──アメリカ合衆国 テキサス州兵 第36歩兵師団司令部
現地時間 午前03時14分
深夜の作戦管制室。
モニターの光だけが薄暗い室内を照らすなか、通信担当の下士官が何度目かのリトライを繰り返していた。
「……応答なし。フェーズ1の再確認ルートも全断」
「……レッドオーク24も反応なしです。データリンク、完全に沈黙しました」
報告を受けた作戦管制官は、眉をひそめて腕を組んだ。
クロード郡第115監視哨──人口2000人の小さな街を拠点にする観測拠点との通信が、数時間前から完全に断たれていた。
「天候異常か?」
「いいえ、衛星情報では晴天。磁気嵐も確認されていません。EMPも無し」
「衛星からのリアルタイム映像はどうなってる?」
「……そこが問題です。画像フィードが途切れたままです。衛星カメラそのものは正常動作中ですが、クロード郡の映像データだけが完全に消えている」
消えている──その言葉に、室内の空気がわずかに緊張を帯びる。
「冗談はよせ。何が見えてる?」
「──何も、です。地形も、建物も。まるで最初から無かったみたいに」
「
「不明です」
その報告に、作戦管制官は息を呑んだ。
既に数十回に渡って問い合わせと調査を繰り返している。だが、データはすべて「クロード郡が存在しない」としか示してこなかった。
「……
「了解。既にRQ-4Bをスクランブル待機中です」
「いいか、最悪の場合──クロードの全域が消滅している。我々はこれを“自然災害”や“事故”とは扱わない。……これは軍事的異常事態だ」
◇
『こちらライサンダー1-1、あと10分で作戦領域に到達する。通信状態、安定している。どうぞ』
『スコーピオン2よりライサンダー1-1へ。映像の確認を優先、危険を感じたら即時撤退しろ。命令を繰り返す──即時、撤退だ』
午前4時過ぎ。テキサス州北部、アマリロ上空──
夜明け前の薄明かりのなか、高高度を静かに滑空する1機の偵察機があった。
グレーに塗装された流線型のボディ。翼を滑らせるような静かな航行音。無人偵察機、RQ-4Bグローバルホーク。第10空軍・第940航空団所属の機体だ。
アマリロ郊外──クロード郡との通信が完全に沈黙したことを受け、事態の把握と現地確認のため派遣された。
地上では、州兵と空軍の救難部隊が待機。
だが、何が起きているか分からない今、軽々に部隊を送り込むわけにはいかなかった。
「何か……おかしすぎる。気象データは正常、EMP反応もゼロ。だってのに──衛星画像が、一枚も来ない」
「ペンタゴンには既に再送信を要請済みだ。けど、画像そのものが“消えてる”んだよ。おかしいってレベルじゃない」
第10空軍のUAV管制室では、管制官たちの顔に焦燥が浮かんでいた。
通信断絶だけならまだしも、衛星が“街そのものを捉えられていない”という異常が続いている。
「作戦領域まで3マイル──到達します」
『こちらライサンダー1-1、作戦領域に突入……映像、送信開始』
一拍置いて、映像が流れ始める。
だが、映った光景に、E-3セントリーの監視員が思わず絶句した。
『スコーピオン2より、ライサンダー1-1へ。確認する──今、映っているのは……蛇か? 巨大な、白い……?』
『……こちらライサンダー1-1。対象を視認。白く巨大な物体、蛇型──いや、これは……機械か?』
それは確かに、機械だった。だが同時に、あまりにも異常だった。
巨大な蛇のような体躯が砂嵐を巻き上げ、滑るように地上を進む。
頭部と思われる部位には青白いエネルギーフィールド──シールドが展開され、全身から異様な駆動音を発していた。
『ライサンダー1-1より再送。巨大物体がこちらを……いや、こちらを“見ている”? 高度差を無視して感知してきている!』
『回避しろ、即座に回避!!』
『Shit!! ダメだ……熱線チャージ確認! 避けきれ──』
通信が途切れる。
ビナーの口内から放たれた熱線は画面に映っていたグローバルホークの炭素繊維複合材でできた機体を正確に貫き、数千度の温度で焼き尽くして塵に変えた。
『……こちらスコーピオン2。ライサンダー1-1、撃墜確認。反応ロスト。ペンタゴンに映像データ送信──繰り返す。撃墜確認』
その場にいた誰もが、言葉を失った。
「……なんだアレは。ドラゴンか? SFか? 冗談だろ……」
「何なんだアレは!? 俺達はハリウッド映画の世界にでも入り込んじまったのか!?」
誰かが叫んだたその言葉が、誰の口にも否定されないまま空気に溶けていく。
アマリロからの連絡が途絶えたと云って、有り得ても現地州兵や民間人の反乱か、特異的な災害は予想していた。
だが、ハリウッド映画でしか見たことのないような存在が街を消し炭にし、暴れ回っているとは誰も予想していなかった。
そして、その恐怖は地上にも迫っていた。
『スコーピオン2よりシールド1-2へ──高エネルギー反応がそちらへ向かっている! 全隊、至急退避せよ!』
◇
第56歩兵旅団戦闘チーム。
ストライカー装甲車を中心とした機械化歩兵部隊であり、テキサス州兵・第36歩兵師団の中核を成す存在。
その隷下にある第142歩兵連隊第2大隊は、現在アマリロ近郊にて展開中だった。クロード郡からの連絡が途絶し、偵察機が撃墜された今──現地は既に敵性存在の徘徊地域と見做されていた。
「……これ以上、民間の被害を待つわけにはいかない」
司令部から下された指示は、“限定的な接触”だったが、実際には全隊臨戦態勢。
憲兵(MP)や保安官のロスト、地域通信の全遮断──通常の反乱やテロでは説明できない状況だった。
誰もが“何かがおかしい”と分かっていた。
『くそッ! .50口径すら効かねぇ! 火力が足りねぇんだよ!!』
通信が怒声で割れる。
先行していた分遣隊が、白い巨体──ビナーと交戦を開始したのだ。
『こちらHQ、全隊後退! ストライカーに乗り込み、速やかに撤退せよ!』
しかし、それは遅すぎた。
目の前のビナーは、まるで意志を持った兵器のように正確に敵部隊を選別し、殲滅していった。
移動の射線上に入ったストライカー装甲車が、次々と火の玉になって爆ぜていく。HMMWVもまた、謎の誘導弾によって追尾され、的確に破壊された。
と、その時。
『こちらMGS小隊。目標を視認、援護射撃に入る! 全車、戦闘態勢!』
砂塵が渦巻く平原を、6輌のストライカーMGSが駆け抜ける。
車体が揺れ、金属が唸る音が通信ノイズと重なる中、車長たちはひとつ、またひとつと砲塔を旋回させていた。
『MGSだ、MGSが来たぞ!!』
『
105mm戦車砲──M68A2。
歩兵中隊の火力支援用としては過剰とも言える威力を秘めたこの砲が、今、真っ向からビナーに向けられた。
砲手がスコープを覗きながら叫ぶ。
「目標、白い装甲の巨体。背部にVLS、顔部にエネルギーシールド確認──間違いない、コイツがターゲットだ!!」
小隊長の車両が先陣を切る。
『KEP弾装填、照準良し──撃てッ!』
ズドンッ!
その直後、ストライカーMGSが装備しているM68A2 105mm戦車砲が火を噴く。
戦車砲から発射されたM900
衝撃波と共に、白く光るビナーのシールドに直撃し、まばゆい火花が四方に散った。
「命中……だがシールドに亀裂は浅い! もう一発、装填!」
他の車両も続くように砲撃を開始。
各機の照準システムが自動で砲塔を制御し、火線を交錯させながらビナーの顔面を狙う。
しかし──ビナーは止まらない。
シールドに包まれたその体が、直撃を受けてもまるで気にした様子を見せず、重機のような脚部を踏み鳴らしながら前進を続けていた。
そして──咆哮。
重低音の衝撃が、戦場全体を震わせた。
『全車、回避機動! 対応用意!』
その咆哮を合図に、ビナーが動く。
まず、頭部を左に傾け、顔面に展開されていた青白いフィールドを一瞬だけ収縮させる。
直後、
『ミサイル、6発発射! 数は……クソ、車両の数と一致してる!!』
『スモーク・ディスチャージャー、撃て! 今すぐ!』
MGS小隊の各車両が一斉に煙幕弾を射出。
炸裂と同時に、視界全体が白い靄に包まれる。
赤外線・レーザー誘導妨害用の化合物が空中を漂い、ミサイルの追尾システムを錯乱させた。
──すべては想定内。
ミサイルは逸れ、地表に次々と激突。砂と火花を巻き上げながら不発に終わる。
『やった……やったぞ!』
瞬間、士気が上がる。
各車両は再度位置を分散し、移動しながら射撃を継続。
交差砲火がビナーのシールドを叩き続ける。
数発の命中弾が、ついに薄いヒビを走らせた。
『効いてる! いいぞ、そのままいけッ!!』
小隊長が叫ぶ。
だが──次の瞬間。
砂の大地に、音がが響いた。
ミシッ……ミシ……ッ
『ちょっと待て、今の音──』
『……地面が──崩れるぞ!!』
何かが割れるような音。
そして、地面全体が沈み込む。
車体のサスペンションが沈み、数秒ののち、轟音とともに土砂が陥没。
『落ちるッ! 車体支えきれ──うわああああああッ!!』
亀裂が一斉に走る。
ストライカーMGSは足元から崩れ落ち、回避機動を取っていた車両すらも巻き込まれる。
ミサイルは囮──真の攻撃は、最初から地形そのものだった。
地中に空洞を掘っておいたのは、ビナーだ。
重砲火力の到着を見越して、あらかじめ罠を張っていたのだ。
1輌、また1輌と、MGSが砂に沈む。
中から聞こえるのは、悲鳴と衝突音。
そして──沈黙。
後退しようとしていた歩兵たちも、もはや逃げ場がない。
ビナーは静かに振り向くと、再びその背中のVLSを展開。
今度は──“生き残り”を狩りにかかった。
そして、その僅か数分後。
第142歩兵連隊第2大隊──戦力喪失。
MGS小隊──全滅。
ビナーは咆哮を一つ残し、再び砂漠の果てへと身を消していった。