アビドス合意の締結は、表面上は平和的な妥協として報じられた。
連邦生徒会の声明には『地域秩序の回復に向けた協調的枠組みという美辞麗句が並び、メディアは日キ連携に続く歴史的進展』と持て囃した。
だが、現地――アビドス自治区の空気は違っていた。
目に見えない領有化が、静かに進行していたのだ。
米海兵隊第2海兵師団は、ゲート経由で物資と人員の補給体制を確立し、双方向の軍事展開が可能な態勢を構築。
既存の部隊に加え、戦闘工兵、電子戦オペレーター、心理戦専門官までが展開され、更に米軍は突入部隊の編成の大きな改編を行なっていた。
第2海兵師団に所属しているLAV-25やM1A1FEP(M1エイブラムスの改装型海兵隊仕様)では戦力的に不十分と判断し、米海兵隊は
今回編成されたMAGTFは米海兵隊の精鋭部隊や火力部隊をかき集めた米軍屈指の諸兵科連合部隊であり、先日行われた神殺し作戦の実行部隊に比べれば火力は劣るものの、十分にビナーを撃退可能とされた。
元々は数ヶ月ほど掛かると予想されていたアビドス基地や仮説飛行場も、カイザー・インダストリーやカイザー・コンストラクションの支援の元で速やかに完成し、直ぐにでも戦闘可能な体制が取られていた。
一方のカイザー・コーポレーションも、負けてはいなかった。
アビドス砂漠の軍事施設や物流拠点は日に日に巨大化し、資材集積と同時に拠点防衛設備の増強が進められていた。
本社傘下のカイザーPMCはアメリカから齎された戦術知識や技術を分析、反映させ、部隊編成の大規模な改革を実行。
更に、試験的に導入された米製のHIMARSまでもが正式に装備され、その拡張具合はアビドスに進出した時の比ではなかった。
だが、その中で最も変化を強いられたのは――この地の民である。
アビドスの住人は米軍とカイザーを迷惑以外の何者でもないと考えていたが、放校処分となった不良集団、学籍を失った廃墟住まいの少女達…彼女達の捉え方は違った。
米軍とカイザーは共同で、アビドス自治区に居る行き場を失った生徒達の人道支援を表明。
だがそれは、甘い罠でしかなかった。
声明を真に受け、やって来た不良生徒へ衣食住を保障する代わりに、軍事契約――つまりは米軍やカイザーの私兵となるよう要求されたのだ。
米軍の高官はこれを不良生徒達の火種になるかと警戒はしていたが、実態はその逆で、戦闘に全く忌避感の無い不良生徒達にとっては『優れた装備と武装を与えられる上に、暴れるだけで衣食住が保障される』という魅力この上ない提案であり、多くの生徒がこれを承諾した。
こうして多くの生徒が米軍とカイザーの私兵となった訳だが……この行動が、シャーレの先生の逆鱗に触れる。
本人達こそ不満は無いものの、客観視すればそれは完全に『子供を食い物にする大人』であると同時に、その矛先がアビドスの住人や対策委員会のメンバーに向けられる可能性が高かったからだ。
最初こそ米軍との全面衝突を恐れていた先生であったが、これを機に先生は米軍及びカイザーとの全面的な対峙を決断。
"彼等が地球流のやり方をするなら、私達はキヴォトス流のやり方で迎えようじゃないか"
先生はそう言い放ち、数日後、彼は対策委員会のメンバーを引き連れて校舎から最も近いカイザーPMCの駐屯地へ向かったのであった。
◆
「……ん? おい、あれ」
「どうした?」
アビドス市街から最も近いカイザーPMCの基地である、第17前哨基地。この基地の入り口に立っていた二人の兵士が、基地に向かってくる5人の人影を確認した。
彼等は直ぐに銃口を人影に向け、拡声器を使って叫んだ。
「そこにいる者、ここはカイザーPMCとアメリカ合衆国の共同管理区域だ! これ以上近付くな、繰り返す、これ以上の接近は――」
その言葉を遮るように、一歩、前に出た人物がいた。
スーツの裾を風に揺らしながら、静かに前進する男。
――シャーレの先生であった。
彼は迷いのない足取りで兵士たちの視線をまっすぐに受け止め、手のひらを開いて見せた。
"こちらは連邦捜査部シャーレとアビドス廃校対策委員会。最近、付近の市街地で不良生徒の誘拐事案が発生している、との通報があってね…その調査の為に来た。貴方達の“管轄下”であれば、説明責任があるはず。超法規的な捜査組織の責任者として、説明を要求する"
ハッキリと、抑揚のない声だった。
その場にいた兵士たちが目を見開き、僅かにざわつく。
兵士の一人が通信機に手をかけたが、もう一人の方は顎を引いて、詰問するように返した。
「説明責任だと? ここは契約済みの民間利権区画だ。非許可の住民が立ち入ること自体が条約違反だろうが」
"だったら、その確認と抗議を伝えるためにも私達は“話し合い”に来た。今ここで無用な衝突を起こすのは私にとっても本意じゃないから"
先生の声音には怒りも高圧もなかった。けれどその言葉の背後には、確かな意思があった。
その静けさに、一瞬兵士たちが言葉に詰まる。
だが。
「ダメだ。引き返せ。命令には従ってもらう」
そう言って、兵士が銃のセーフティを外しかけた、その瞬間だった。
"――ホシノ"
「邪魔」
低く、くぐもった声が先生の背後から響いた。
次の瞬間、ドン、ドンと連続した破裂音が基地の静寂を裂く。
ホシノが抱えていた18.5インチのポンプアクション式散弾銃――Eye of Horusが、二人の兵士を吹き飛ばした。
反動に肩を揺らしながら、ホシノは目を伏せて呟いた。
「さて、皆んな――準備は良い?」
警報が鳴り響く。
基地内のサイレンが一斉に赤く点滅し、金属的なゲートがガチャリと開く音が辺りに響き渡った。
「敵襲――!? 外部侵入者だ! 接近距離30メートル!」
「PMCと増援部隊、全員展開しろ!」
カイザーPMCの武装兵たちが、基地の門からぞろぞろと現れる。
自動小銃に擲弾銃、重機関銃を抱えた者もいる。基地内は瞬く間に臨戦体制へと塗り替わっていった。
だが、臆する者は誰もいない。
対策委員会の
ホシノが再装填を済ませて再び銃口を構えたその瞬間、先生が短く声を発した。
"それじゃあ、作戦開始!!"
「「「「「はい!!」」」」
その瞬間、銃声が一斉に弾けた。
火線が交錯し、粉塵と熱気が舞い上がる。入り口前の砂地が、瞬く間に瓦礫と硝煙に塗れた戦場へと変貌する。
先陣を切るのはシロコ。
疾走しながら愛銃の“WHITE FANG 465”を両手で制御し、遮蔽物に身を預けながら正確な三点バーストをPMC隊員の腹部に撃ち込む。
「数は多いけど、動きが鈍い。装備頼りって感じ」
冷静に分析しながら、彼女は姿勢を低くして突っ込む。
敵の狙撃手が屋上に構えているのを視界の端で捉えると、素早く手の中のスイッチを押す。
その瞬間、青と白で塗装されたドローンが現れ、狙撃手をロケット弾で吹き飛ばした。
反対側の瓦礫に身を隠していたセリカが、銃口を上げて悲鳴をあげるPMC隊員に叫ぶ。
「アンタ達――ふざけんじゃないわよ!! 何度も、何ッ度も私達の事を妨害してッ!!」
彼女の愛銃“シンシアリティ”が火を噴き、敵の胸部を撃ち抜く。
体勢を崩してもなおトリガーを引き続けるセリカに、ホシノが援護するように横から回り込んで銃撃を加える。
「セリカちゃん! 弾、切らさないで! 左側面が甘いよ!」
PMCの一人が手榴弾を投げた瞬間、ホシノの散弾銃が放たれ、セリカとホシノに向かって飛来するそれが空中で爆散した。
「お仕置きの時間ですよ〜♡」
更に、建物の中から出て来た兵士達を、遮蔽物から飛び出したノノミが捉え、愛銃の“リトルマシンガンⅤ”が火を噴く。
毎秒20〜30発で放たれる7.62x51mm NATO弾が兵士達に突き刺さり、その意識を一瞬で刈り取る。
「な、なんだこいつらは!? ただの高校生じゃ――」
「距離を詰められるな! 後退だ! 後退しろ!」
幾人かのPMC隊員が取り乱し、建物内に撤退しようとするが、彼等を吹き飛ばす無誘導のロケット弾。
後方からヘリコプターで援護していた、アヤネの放ったものだった。
『後方の脅威を排除しました! 先生、一帯の
"順調だよ。カイザーは通信ができなくて戸惑ってるみたい"
一騎当千の対策委員会メンバーによる突撃、シッテムの箱による完璧な通信妨害。
奇襲を受けたカイザーPMCの駐屯部隊は、大損害を受けた。
――だが、その時。
遠くから、重い履帯音と回転音が迫る。
塵煙を巻き上げ、三輌のM1A1FEPエイブラムス戦車と、一機のAH-1Z ヴァイパーが砂地に姿を現した。
その砲塔とロケットポッドが、まっすぐに5人へと向けられる。
"あれは、アメリカ軍の……"
通信は止められても、何らかの方法で警報が知られたか。
先生は己の爪の甘さを悔やみつつ、下唇を噛んだ。
ホシノの手がゆっくりと止まり、対策委員会の面々が一瞬、戦場の空気を読み直す。
「……本気、ってわけだね。こっちも容赦しないよ」
◇
「こちらタイガー2-1、接近地点に到達。前哨基地のビーコン信号確認。……だが、これは……」
副操縦士が言葉を飲む。
前方に広がる基地の入口付近は、もはや戦場の焼け跡だった。
煙が立ち上り、PMC兵士の残骸が散乱し、爆薬で黒焦げになった車両が幾つも放置されている。
「……なんてこった。鉄製のオートマタがここまでやられるなんて……」
主砲手が呟いたそのとき、通信機が唸る。
『Tiger小隊へ――敵勢力は小規模な学生武装グループ、ただし脅威度高し。現在も交戦継続中。全戦力展開、接敵次第制圧を許可する』
車長は通信に応えず、双眼鏡を握ったまま戦場を見据えていた。
駐屯地を覆う隔壁の死角から、制服姿の少女達の姿が見えてくる。
「……あれが敵? 冗談じゃねぇ……」
女子高生のような風貌。だがその手にあるのは明らかに軍規格外の火力だった。
一人はビルの屋上からミニガンらしきものを軽々しく持ちながら乱射し、一人は信じられない速度で建物間を跳躍し、散弾銃を乱射している。
と、その内の一人――ドローンを使って暴れていた一人の生徒がこちらに銃口を向け、発砲してきた。
銃弾がエイブラムスの劣化ウランプレートを叩き、軽快な音が響く。
「チッ、マジでやる気かよ!! …全車、迎撃態勢!」
先頭のエイブラムスが砲身をゆっくり旋回させる。
「目標、正面の武装勢力……
砲手が発射ボタンを押し込むと同時に主砲からM1028砲弾――対人制圧用のキャニスター弾が放たれ、空中で分裂した子弾がシロコに襲い掛かる。
「痛ッ――!!」
「シロコ先輩、大丈夫!?」
「…うん、大丈夫」
キヴォトス人の脅威の反応速度で直撃は回避するも、幾つかの子弾がシロコの肩と腕に直撃した。
しかしそれでも彼女は一瞬苦い表情を浮かべるだけで、直ぐに戦闘を再開した。
その効果を目の当たりにした米兵が、思わず呟く。
「おいおい……マジでキヴォトス人に並の攻撃って効かねえのかよ」
「装填手――連中にキャニスター弾はダメだ!! HE-OR-Tを使え!!」
「了解!」
命令の直後、エイブラムスの砲身に
そうして、砲手が発射ボタンを押そうとした瞬間。
「
突然、照準モニターにノイズが走り、やがて画面が暗転する。
「ダメです、FCSが応答しません!」
"眼は封じた――シロコ、今!!"
「……ん!!」
照準システムがシッテムの箱により妨害され、攻撃できずにいる戦闘のエイブラムス戦車の砲身に、シロコのドローンがロケット弾を発射。
放たれた複数のロケット弾は正確に砲身の先端で炸裂し、砲身を破壊して攻撃不能とした。
更に。
「全弾発射〜!」
ノノミが隙を突いて放った銃弾の雨が、二輌目のエイブラムスの履帯に命中する。
銃弾の雨を浴びたエイブラムスの履帯がガキンッ!と云う音と共に破壊され、コントロールを失った車体が砂漠の地面に転がる。
二輌の戦車が目の前で無力化されたのを目の当たりにした三輌目が、パニックになりながら機銃を撒き散らして後退する。
「クソ! クソッ!! 聞いてねえぞ、こんなバケモノが――」
車長が戦慄しながら叫んだ刹那、彼の乗るエイブラムスの正面に、ホシノが現れる。
「こ、コイツ!! 一体どこから!?」
同軸機銃で応戦する間もなく、ホシノは戦車の上に上り、ハッチを開けて、先生から“人を殺さないように制圧するため”と支給された特殊な睡眠ガス弾を投げ込み、離脱する。
投げ込まれたガス弾から強力な睡眠ガスが噴出し、一瞬で車内が白煙で包まれる。
密室でそれを吸った乗員達は一瞬で意識を失い、三輌のM1A1FEPエイブラムス戦車は無力化された。
残るは、単機のAH-1Z ヴァイパーのみ。
「な、何なんだ…コイツら……」
ただの歩兵、それも武装しただけの女子学生に、アメリカ合衆国海兵隊が誇る
『こちらヴァイパー1、Tiger小隊は全滅だ! 撤退する!!』
砲弾の直撃で倒せないのであれば、ガトリング砲とロケット弾だけでは太刀打ちができる訳がない。
ヴァイパーの乗員はそう判断を下し、速やかに機体を反転させようと操縦桿を倒す。
だが。
「……逃すわけ、ないでしょ」
空に浮かぶ機体を睨んだホシノが、全力で跳躍する。
ホシノの身体は機体と同じ高度まで飛び上がり、彼女はヴァイパーの尾部ローターの付け根に片手でぶら下がり、愛銃の照準をローターに合わせた。
そして、引き金を引く。
『ば、バケモノめぇぇぇッ!!!』
ヴァイパーの乗員が断末魔をあげる中、機体は徐々に高度を落としていく。奇跡的にホシノの放った一撃はエンジンとローターを完全停止させるには至らず、ゆっくりと墜落していき、やがて砂漠に黒煙を吐きながら不時着した。
――対策委員会と先生がカイザーPMCの駐屯地に到着してから僅か30分。駐屯していたカイザーPMCの2個中隊と米海兵隊1個小隊は、完全に沈黙した。
当然、米軍がやられっぱなしで終わる訳はなく。
次回「交渉」