アビドス高校の正門前に、無骨な軍用車列が姿を現した。
先頭を走る装甲仕様のSUVには、アメリカ合衆国の国章が貼り付けられ、その後ろには書記を兼ねた外交官、そして海兵隊の警護兵たちが続いていた。
"連邦生徒会を介さず、直接交渉とはね……"
「武装は控えめ、精鋭はついていない。やっぱり示威というよりも交渉って感じ」
シロコの分析に、セリカは軽く息をつく。
彼女達の目線の先――アビドス高校の校庭には、先の戦闘で鹵獲した三輛のエイブラムスとヴァイパーの残骸が並べられていた。
乗員については、カイザーの撤退時にカイザーの部隊が回収したらしい。
「どうだか……先生が言うには“話し合いの場”を持ちたいだけ、らしいけど」
その言葉を聞いたアヤネが、教室から顔を出し、不安げな声で言った。
「でも、ちょっと緊張しますよね…相手は地球で一番強い国ですし……」
「いや、それが一番やっかいなんだよ。強い奴が折れる時って、だいたい裏がある」
アヤネの呟きに、ホシノが眉を顰めながら言う。
事実、アメリカはカイザーと同じ“悪い大人”であることは確実であり、たかが数輌の車輌と航空機を失っただけで、誠意を持って交渉に望んでくるとは思っていなかった。
むしろ、自分達に被害が出た時点で無闇に反撃せず、交渉によってジリジリと追い詰めていく方が「やりそうな事」だった。
その時、高校の入り口のチャイムが鳴る。
今ここに、アメリカ合衆国とアビドス高校廃校対策委員会の正式な会談が始まろうとしていた。
◆
アビドス高校の放置されていた講堂を掃除した後に臨時の会場とし、テーブルは中央に置かれた。
向かって右には対策委員会のメンバーと先生、左には米国務省の代表官と海兵隊の佐官が座る形で会談が始まった。
ホシノの視線が、まっすぐ相手の目を射抜く。
セリカは目の前に出された飲み物にも手をつけず、腕を組んで不機嫌そうに座っていた。
対する米側代表、官僚の目元には薄い笑みが浮かぶ。
「我々アメリカ合衆国としては、先日の不測の事態について遺憾であると、正式に表明する」
「ん……不測の事態と言って、民間人の誘拐と基地の無断建設が“想定外”って、都合が良すぎる」
シロコの冷たい指摘に、海兵隊の佐官が僅かに顔をしかめる。
「誘拐ではない。保護だ。我々は生活に困窮していた“未登録の個体”を救済し、職と生活基盤を提供したに過ぎない」
――困窮者の救済。
いくら問い詰めようとも、彼女がアメリカとカイザーによって無理矢理戦力とされていると明確に出来る証拠が無い以上、この件に関する追求は対策委員会が不利。
場が一瞬沈黙する。
その空気を切ったのは、先生だった。
"米国政府がここでの軍事活動を続けたい理由は理解しています。ですが、アビドスは元々貴方たちの土地ではない。それは認めてもらいたいのです"
先生の放った言葉に、官僚が目を伏せて小さく頷いた。
「……それは我々も承知しております。ですが、貴方達の土地に棲息する
官僚の発言に、先生は少しばかりそれを噛み砕いてから、ため息混じりに言う。
"つまりは利権と面子の問題……ということですね"
先生は一息つき、続ける。
"しかし、ここはアビドスの土地ですので、土地の所有者の同意もなく進駐した挙句、後出しジャンケンのように進駐権を認めろと言うのは――"
「無論、私達もタダでとは言いません」
先生の言葉を半ば遮るように、官僚が言った。
それと同時に、彼は隣の海兵隊佐官に目配せをして、机上に数枚の資料を滑らせる。
「アビドス高等学校。貴方達は今、カイザー・コーポレーションに対して多額の債務を抱え、窮地に陥っている……そうでしょう?」
「………」
彼の言葉に、少しだけホシノの眉が動いた。
「それに――貴方達がここで我々アメリカ合衆国と事を構えたとして、それは不利益しか生みません」
「……お前達と協力したところで、利益はあるのか?」
ここで、口を閉ざしていたホシノが初めて発言した。
少しばかり海兵隊佐官が不愉快そうな表情を浮かべたが、官僚は気にせずに続ける。
「よく考えてみて下さい。アビドス高等学校は日々の債務返済と治安維持により生活は困窮、弾薬もシャーレ無しには維持出来ないでしょう。我々もアビドスを苦しめようなどという目論見は寸分もありません、我々の国民を虐殺した白龍…ビナーの行方を追っているだけ」
官僚はここで区切り、今度は先生へ視線を向ける。
「確か……アビドスとシャーレはビナーの正体や棲家について、全く分からないのですよね?
"ええ、まぁ…"
先生の回答を聞いた官僚は満足そうに頷き、再びホシノに向き合う。
「ならば、ビナーを野放しにするのはアビドスにとっても不利益です。ただでさえ砂漠化で人口が減少するこの自治区で、我々とアビドスはビナーに対抗できる数少ない勢力です。潰し合うのは愚策だと、そう思いませんか?」
「だからと言って、お前達をここに置いておく理由にはならない」
諭すように言う官僚の言葉に、ホシノは敵愾心を隠そうともせずに反論する。
すると、今度は今まで沈黙を貫いていた海兵隊佐官が、威圧するようにホシノに言った。
「まるでお前は先ほどから“勝者”の様に振る舞っているが……一体いつ、我々が貴様に敗北したと言うのかね?」
その言葉に、ホシノ――いや、先生と官僚以外の全員が『昨日の戦闘でボロクソに負けてるじゃないか』と心の中で疑問符を浮かべた。
彼女達がその疑問を口に出す前に、佐官は続ける。
「我々合衆国軍は常に地球の軍事力の先頭に立ち、世界をリードしてきた。昨日の衝突は貴様が勝った気でいようが、我々からすれば些細なすれ違いに過ぎん」
その佐官の物言いに、セリカは思わず反発した。
「何よその言い方!! アンタ達がいくら負け惜しみを言ったって、ご自慢の戦車とヘリが破壊された事は事実でしょ!?」
「それは事実だ」
セリカの言葉に、佐官は迷いなく答える。
そして、話を続けた。
「だが、あれは展開した部隊のごく一部に過ぎん。昨日、我々に死者でも出ていれば即刻アビドス自治区を更地にしても良かったのだがな。それに……我々はカイザーとの深いパイプがある。我が兵が自治区を封鎖し、カイザーが経済的な締め付けを強くすれば…経済を外部からの流通とカイザーに頼っているアビドス自治区は耐えられるか?」
睨み付けるように言う海兵隊佐官に、セリカは思わず言葉を詰まらせてしまう。
と、流石に交渉という雰囲気が脅しに変わっていくのを危惧したのか、官僚が止めに入る。
「中佐、それくらいにしておいて頂きたい。我々は脅迫ではなく交渉に来たのです。相手を挑発するような事は避けて下さい。アビドス高校の皆さんも、脅すような真似をしてしまい申し訳ありません」
官僚はそう言うと、申し訳なさそうに頭を下げた。
佐官は自国の軍が舐められたのが余程気に入らなかったのか、まだ不満げではあるが、官僚の制止で口を閉ざした。
「それで、改めて。アビドス高等学校廃校対策委員会の皆さん。我々が敵対するのは得策ではありません。我々は、今回の衝突は相互理解が不十分だった事が原因だと考えています。なので、妥協案を出し合いましょう」
官僚がそう言った後、先生は静かにホシノに視線を向ける。
その視線に気付いたホシノは、先生へ覚悟を決めたような視線を向け、頷いた。
"……分かりました。なら、妥協案を出しましょう"
◇
"――アビドスが抱える債務。これをアメリカ合衆国がカイザーに働きかけて縮小してくれるならば、アビドス高等学校廃校対策委員会は、カイザー・コーポレーションが保有する土地の中での米軍の限定的な駐屯を認めましょう"
「アメリカ合衆国として、アビドス自治区での同自治区及びその主権に対する一切の干渉をやめ、ビナーの研究や対策にのみ、認められた土地を使用します」
先生と官僚がそう言うと、お互いに頷き合い、席を立った。
官僚は隣の佐官と目配せを交わし、小さく頷く。
「では……この条件にて合意し、今後は一切の干渉を行わない…宜しいですな?」
"はい。問題ありません"
先生が落ち着いた声で答える。
同時に、ホシノが棘のある声で言った。
「なら、取引成立。もうこれ以上、アビドスを傷つけるなら……次は、本当に容赦しないよ」
その声に、テーブル越しの空気が凍りつく。
それでも官僚は、ただ静かに席を立ち、深く礼をした後、部屋を後にした。
◆
交渉の翌日。
アビドス自治区は静けさを取り戻していた。
米軍とカイザーPMCの動きは控えめになり、奇妙な均衡のもとに“平穏”が戻りつつあった。
不良たちは宿舎で寝泊まりし、街の治安は皮肉にも良くなった。
カイザーの設備によりインフラも一部改善され、住民たちは状況に戸惑いながらも、安定に希望を見いだしていた。
だが、一つの火種が落ち着いても、
また新たに火種が生まれようとしていた、