中華人民共和国・海南島、亜熱帯の濃密な空気に包まれた沿岸部。
そこに建てられた灰色の要塞――広域異次元監視センターは、かつてない緊迫に包まれていた。
指揮管制室では、十数人の研究者と軍幹部が各種データの洪水を捌ききれず、各端末に張り付き、怒号と報告が交錯していた。
「磁場偏差値、北太平洋セクター4にて急激な乱れを確認!」
「加えて、ロシア・モスクワと欧州ブリュッセル近郊でも類似波形! 出現の兆候、確定レベル!」
「補正計算終了……3地点、ほぼ同時刻に臨界到達! これは……ッ」
何十年も科学者として働いてきた自分達が、見たこともないような磁場の乱れ。
このタイミングで、と云う事は。
まさかと思い、主任研究員はPCを操作し、“情報収集の為”と公式に認可された某SNSサイトを開き、ゲートのワード検索を掛け、何度も更新を行う。
そうすると、案の定。
「……開いたぞ。地球は、また“向こう”と繋がった……!」
次々と投稿され、拡散されていく写真や動画。
その内容は、大混乱に陥るモスクワやブリュッセル市街の様子、そして――地表にぽっかりと空いた歪な光の穴。
それは、銀座で、テキサスで、既に人類が知ってしまった“異界の門”だった。
研究主任が呆然と呟いた時、指揮官が怒声を飛ばす。
「即時、中央軍事委員会へ暗号通信! 全世界の大使館網に連絡を!」
ロシア連邦モスクワ 赤の広場。
ベルギー王国ブリュッセル 欧州連合理事会事務所前広場。
北太平洋 アラスカ沖1860km地点。
20XX年9月29日、世界の3つの地点に、新たなゲートが開いた。
◆
東京・永田町。首相官邸地下に設けられた国家安全保障会議の特別会議室。
薄暗い部屋の中、外務・防衛・内閣情報調査室の高官たちが、それぞれの資料とにらみ合っていた。
「――ワームホールの“同時多発開通”です。時刻は本日午前4時33分、UTC基準。対象地点はロシア連邦・モスクワ市赤の広場、ベルギー王国・ブリュッセル中央都市欧州連合理事会事務所前、及び北太平洋中央部、いずれも視覚的に空間歪曲が観測されています」
報告を読み上げる官僚の声は冷静だが、会議室に漂う空気は冷や汗と緊張に満ちていた。
首相が報告書の紙面に目を落としながら、低く問う。
「……確認されたのは、我が国の異常事象と同質のものと見ていいのか?」
「はい、銀座およびテキサスで観測された際の重力変動・磁場乱れと酷似しております。特に、モスクワでは今朝方、外務省を通じて観測不能な空間干渉波の波形が転送されており、完全に一致しています」
続けて、防衛大臣が声を荒らげる。
「北太平洋!? それはどこだ! 領海か、それとも公海か!?」
「公海上です。ですが……現在、アメリカ第七艦隊と中国南海艦隊が現場に向かっているとの情報あり。両軍の距離、およそ80キロ。接触まで半日と持たない見込みです」
「……最悪だな」
官邸の奥、重厚な椅子に腰掛ける首相が静かに唇を引き結び、前を見た。
彼の横で内閣情報官がページを捲りながら言葉を続ける。
「特筆すべきは各国の初動です。ロシアは早急にワームホール周辺を閉鎖し、兵力を展開。ベルギーはEUと協議の上、NATO軍の即応部隊を招集。太平洋では米中が早速、睨み合いに入りました」
「……火種だな。世界が“次の段階”に入ったのは、疑いようがない。我々も、生き残るために立ち回りを再検討しなければならないかもしれん」