虚実の方舟:Re   作:Oh my PC

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第三章開幕です。


第三章:エデン条約編
エデン条約調印式(Ⅰ)


 

 20XX年10月15日。

 世界は、静かに緊張を孕んだ祝祭の日を迎えていた。

 トリニティ中央地区、“通功の古聖堂”広場。

 ゲヘナ学園とトリニティ総合学園、そしてその後ろ盾となるロシア連邦と欧州連合(EU)の代表が一堂に会し、両陣営の旗が掲げられていた。

 

 午前08:00。

 陽光が白亜の式典会場を照らし、空には各国の旗がたなびく。

 トリニティ側代表であるティーパーティーの桐藤ナギサと、同学園の掲揚チームが、EUの代表と並んで準備を整えていた。

 一方、ゲヘナ側の代表たるパンデモニウム・ソサエティー会長の羽沼マコトとその親衛隊、そしてロシアの代表も同様だった。

 

 舞台裏では、この重要な式典を狙ったテロ攻撃を警戒し、警備部隊の大規模な増員が行われている。

 古聖堂前にはトリニティの正義実現委員会並びにゲヘナの風紀委員会、そしてロシア国家親衛隊の特別任務機動隊(ОМОН)と欧州統合軍の仏軍第1歩兵連隊第2中隊が互いに警戒網を構築し、最大限の警戒体制が敷かれていた。

 

 古聖堂の裏ではティーパーティの私兵部隊や万魔殿の親衛隊機甲部隊、ロシア軍や欧州統合軍が会場を囲むように展開し、不審人物を一人たりとも見逃さないような体制であった。

 更に、仏軍第54砲兵連隊第4中隊が付近の公園に展開し、ミストラル地対空ミサイル(自走型のASPIC発射機として展開)とレーダー群が対ドローンや航空機対策として常に上空に睨みを効かせていた。

 

 調印式の時間が刻々と近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 アビドス東部砂漠のアメリカ合衆国軍駐屯地。

 

「それで……まだ聞き出せていないのかね? 連中の言う“作戦”とやらは」

 

「既に何回も問い合わせていますが、応答がありません」

 

 駐屯地内の会議室にて、米軍の高官とカイザー・コーポレーションの理事長が向かい合うように座り、眉を顰めながら話し合っていた。

 

 議題は、本来は協力関係を築く筈だったアリウス分校との連絡途絶。

 アメリカ合衆国とカイザー・コーポレーションの真の野望はキヴォトス全体の掌握であり、これを実現する為になら手段を厭わない――現にアメリカは連邦生徒会の政権転覆を試みている――ため、トリニティとゲヘナを打ち倒す野望を掲げるアリウスとではある意味利害は一致していた。

 その為、アメリカとカイザーはアリウス分校に対してトリニティとゲヘナに対する攻撃の際の支援の見返りとして、将来的な連邦生徒会に対する攻撃の際の協力を取り付けたのだ。

 

 しかし、調印式襲撃の数日前。

 突如としてアリウスに駐屯していた派遣員と、アリウスの外交部と連絡が途絶した。

 当初はトリニティとゲヘナ、加えてロシアやEUがアリウスの計画を掴み、先制攻撃を仕掛けたのではと肝を冷やしたのだが、そのような事実は確認されなかった。

 

 となれば、考えられる可能性は二つ。

 アリウスが直前で裏切ったか、何らかのトラブルか。

 

 後者ならまだしも、前者であれば計画に混乱が生じてしまう。

 

 アリウスはアメリカとカイザーに対して、調印式襲撃時には充分な“計画”があるとして、大規模な軍事支援を要請し、両者はそれに同意。

 戦車や火砲、果てはミサイルまでもを支援した上で、アリウスが協力する事を込みで連邦生徒会転覆計画を考案していた。

 

 この現状で裏切られた――正確には手を切られた、と考えると、計画の乱れは勿論、多大な損害を出すことになってしまう。

 

 その事を思い、カイザー側の人間は顔を青くしていた。

 だが米軍側の人間は一転、薄ら笑みを浮かべていた。

 

「何か考えがあるのですか? 中将」

 

 その様子を見たカイザーの職員が問い掛けると、米海兵隊外地派遣軍の指揮官である中将が答えた。

 

「アリウスの裏切り――確かにこれは、我々にとって大きな損失だ。味方が減るだけではなく、我々の軍事技術が流出してしまったのだからな。だが……これで“口実”ができた、とも考えられる」

 

「口実……ですか?」

 

「ああ。アリウス自治区は通常、摩訶不思議な概念的な防護壁に覆われ、トリニティの地下から通ずるカタコンベ以外から侵入する事はできない。だが我々は連中との交流の過程でいくつもの抜け道や自治区の構造を把握し、記録している」

 

 中将の野心に燃えた瞳を見て、カイザーの理事が呟いた。

 

「つまりアメリカはアリウス自治区の武力制圧に乗り切るつもり、という事ですな?」

 

「そういうことだ、理事長。アリウス――いや、()が都市の構造を数時間で改変できるほどの技術力でも持ち合わせていない限り、近日中に橋頭保を確保すればこちらのもの。我々を舐めたことを後悔させてやる」

 

 調印式襲撃前にアリウスとの連絡が復旧すれば、それはただのトラブル、あと数時間以内に調印式襲撃が実行されたとすれば、それは裏切りという事になる。

 仮に裏切りだとすればそれはアメリカとカイザーに対する敵対行為と云っても過言ではないだろう。

 

「准将、第2海兵師団と第4歩兵師団を出す準備をしておけ。空軍にはこちらから話を付けておく。頼んだぞ」

 

「Yes,Sir!」

 

 中将の言葉に、隣に控えていた准将が応える。

 彼は敬礼をしたのち、部屋を駆け足で退出していく。

 

 その後ろ姿を眺めながら、中将が呟いた。

 

「調印式襲撃、か……果たしてどんなやり方であの場を制圧するのか見ものだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 厚いコンクリートと鉄に囲まれた地下空間に、金属の軋む音が低く反響していた。

 

 アリウス地下区画(カタコンベ)、C階層戦闘前待機室。

 端末に映っていた調印式会場の中継映像は既に切られ、照明は赤の非常灯に切り替わっていた。

 壁沿いに並ぶ武装ラックからは、各分隊に支給された最新の軽量突撃銃やカイザー製の自動小銃が次々に手に取られていく。

 

 中央に立つサオリの横顔は、光に染まり、血のように紅く照らされていた。

 彼女は無言で頭上にインカムを装着し、胸元のIDパッチをタップする。

 

「……トリニティやゲヘナの風紀委員会に加えて、ロシア軍や欧州連合の部隊も会場を囲うように展開している」

 

 その報告に、ヒヨリがわずかに身を竦ませた。

 

「やっぱり、地球の軍隊も……」

 

「当然だ。今この瞬間、あの会場の周囲は、ゲヘナでもトリニティだけではない、完全に“向こう側”の連中が押さえてる。私達が憎む『現実(トリニティ)』だけじゃない。今は『虚構(地球国家)』の連中も、私達を排除しようとしてる」

 

 サオリの声には怒りと、透徹した諦念が混じっていた。

 そしてその諦念こそが、彼女たちを突き動かす源だった。

 

「……ミサイルは?」

 

「既に発射済みだ。後数分もすれば着弾する」

 

 ミサキの問い掛けに、サオリは言った。

 既にチームⅠ〜Ⅳの最終確認は完了し、後は彼女の号令を待つばかりとなっていた。

 

 カタコンベの扉の向こう、トリニティへの入り口。

 古聖堂の地下道は既に破壊指令が下されており、突入と同時に上層部は崩壊する段取りになっている。

 その瞬間に、全チームが一斉に突入を開始する。

 

 サオリの顔を見たアツコが小さく、しかし力強く頷いた。

 サオリは短くそれに頷き返し、懐から半面マスクを取り出す。

 

 無機質なマスクを顔に押し当てると、不思議なことに心が静まっていく。

 機械音が低く鳴る。

 その瞬間、基地全域に突入信号が発信された。

 

 赤く点滅するライトが、カタコンベの奥深くまで照らす。

 電子ロックが一斉に開放され、戦闘ドローンの起動音、エレベーターの唸りが、混ざり合って反響していく。

 

 その中心にサオリがいた。

 

「……出るぞ」

 

 短く言い放つと、鉄の隔壁が左右に開き、崩壊予定の聖堂地下通路へと続く長い、長い回廊が現れる。

 

 その先にあるのは、血と硝煙と――虚無。

 

 今日、彼女たちは真の現実を突きつける。

 

 vanitas vanitatum, et omnia vanitas.

 ――全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ。

 

 アリウス・スクワッド、出撃。

 

 

 

 

 同日11:30。

 式典会場の大ホールでは、各国・各校の報道陣や観覧者が見守る中、壇上に上がったゲヘナ・トリニティの代表団らが互いに歩み寄り、固く握手を交わそうとしていた。

 

 その時だった。

 

「監視小隊より入電!! 極超音速飛翔体を捕捉! 接近中!!」

 

「な、何ッ!? クソ!! 迎撃シークエンス、作動開始!!」

 

 会場の対空警備を担当していた仏軍第54砲兵連隊第4中隊と、葡軍緊急展開旅団の防空砲兵小隊が、レーダーに極超音速で飛来する物体を捉えた。

 

「距離、15キロ──速度マッハ6以上!」

 

「急げッ!! 迎撃しろ!!」

 

 指揮官の怒号と共に、仏軍のミストラルと葡軍のMIM-72G チャパラルが発射される。

 迎撃ミサイルが火を噴き、大気を裂くように上昇した。

 ミサイルの発射筒が唸りを上げ、複数のミサイルが轟音と共に空へと飛び立つ。

 

 防空オペレーターの声が重なり、画面には飛翔体との交差ポイントが次々と描画されていく。

 

「み、ミサイル!?」

 

「なにこれ!? 事故?」

 

 立ち昇る白煙と光の槍に、周囲の生徒が騒然とする。

 困惑と驚愕に包まれていたのは、生徒達だけではなかった。

 

「何が起きた、状況は!?」

 

「警備本部、応答せよ!! 何事だ!?」

 

 会場に代表として出席していた、ロシアや欧州各国の政府高官らが、一斉に不安げな表情を浮かべる。

 会場に展開していた特別任務機動隊(ОМОН)の隊員も、無線機に向かってしきりに叫んでいる。

 

「先生! こ、これは……?」

 

"私にも分からない。一体何が……アロナ!!"

 

『はい!』

 

 傍にいた風紀委員にそう問われた先生は、困惑しながらも自分の持つ端末――シッテムの箱に叫ぶ。

 少し待つと、アロナから衝撃の事実が明かされた。

 

『これは……ご、極超音速の飛行物体が会場に接近しています!! この速度だと、着弾まであと8秒しかありません!!』

 

"は、8秒だって!?"

 

 珍しく声を荒げる先生。

 着弾の時が、刻々と迫っていた。

 

 元々近接防空(VSHORAD)用に設計されていたミストラルやチャパラルが極超音速ミサイルを迎撃できる筈はなく、発射された迎撃ミサイルは虚しく明日の方向へ飛んでいく。

 

 やがて終末誘導に突入したミサイルが、真っ直ぐと会場に突き刺さらんと加速。

 

 数秒後。

 会場の上空を真紅の閃光が駆け抜けた。

 

 

 ──光。

 

 それは、凄絶なまでの閃光だった。

 音よりも先に、視界を塗り潰す白い光が世界を包み、震動と衝撃波が会場の全てを飲み込んでいく。

 

 壇上の生徒達も、各国の代表団も、会場を警備していた風紀委員やロシア・EUの兵士達も、皆が等しく爆風に呑まれ、背景の構造物ごと吹き飛ばされていく。

 

 報道席が倒れ、人影がなだれのように崩れ、地鳴りのような轟音が残響のように地平を走る。

 

 

 

 20XX年10月15日 AM11:30。

 エデン条約調印式は、爆炎に包まれた。

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