先生やサオリ、アズサ絡みの話は次回から。
ゲヘナ中央空港、ロシア航空宇宙軍第6950ドンバス親衛航空基地分遣隊格納エリア。
格納庫のスライドドアがゆっくりと開き、重金属の唸るような軋みと共に、白い巨体が姿を現す。
【ツポレフ Tu-22M】
ロシアが誇る中距離爆撃機であり、極超音速空対地ミサイルや長距離対艦ミサイルを搭載可能なその巨体が、ゆっくりと陽に晒され始めた。
「装填完了。Kh-47M2――確認。発射用ハードポイント、ロック完了」
「燃料充填82%、外部電源切断。エンジンスタート、スタンバイ」
管制塔との交信が重く響き、格納庫に詰める整備兵たちが手慣れた手付きで爆撃機の周囲から次々に退いていく。
その機体下部には、明らかに既存の爆撃とは性質を異にする兵器――長大な黒鉄の弾体、Kh-47M2“キンジャール”が懸架されていた。
核搭載可能な極超音速空対地ミサイル。並みの迎撃システムは受け付けず、その威力は調印式会場襲撃に使われたものと同じかそれ以上。
それをTu-22M一機につき複数発搭載している。
対アリウスの為に選ばれた、ロシアが持つ最後通牒の刃だった。
「目標はトリニティ自治区内、アリウス影響下エリアZ-53。座標をシステムに入力」
「軌道制御システム作動確認、INS/GNSS誘導、誤差係数3.2」
「許容範囲内。衛星リンク接続完了。データ連動確認」
無機質なパイロットの声が無線を叩く。
「管制塔より離陸許可を確認。離陸を開始」
その言葉を最後に、タキシングが開始される。
震える大地。滑走路を支える厚いコンクリートに、鋼鉄の重みが響く。Tu-22Mの四発NK-32エンジンが唸りを上げ、背後に巨大な排気の雲を巻き上げながら、機体が地上を滑るように加速していく。
「加速、50ノット……80……120……160……離陸確認」
機体がふわりと浮かんだ。
白銀の巨鳥が空を裂き、ゲヘナの空を超高速で駆け上がる。
滑走路の端からは、ロシア軍の地上要員たちが沈黙のままその姿を見送っていた。
◇
同時刻、トリニティ自治区南東丘陵地帯 連合軍前線砲兵陣地。
空は鈍い鉛色に濁り、破砕された聖堂の廃墟の上に、静かに濃霧が垂れ込めていた。
「――総砲列、弾種照合。第1斉射、砲撃範囲はセクターC-4からF-3まで」
「座標、確認。弾種:9M55Kクラスター弾、装填完了」
「LAP 155mm誘導砲弾、装填。MLRSグリッド交差点指定、準備完了」
無線のやり取りが乾いた声で交差する。
この丘陵地帯には、ロシア軍の第236砲兵旅団と第45大火力砲兵旅団、そして欧州統合軍として展開するフランス軍第1砲兵連隊が密集展開していた。
開けた地形に沿ってずらりと並ぶロケットランチャー群――BM-21“グラート”、BM-27“ウラガン”、BM-30“スメルチ”、そしてMLRS。
それぞれが異なるキャリバーの弾体を抱えながら、まるで山脈のような不気味な輪郭を描いている。
「前線観測班より最終位置補正……ユスティナの集団、およびアリウス前衛部隊、移動停止を確認」
「射撃位置固定、弾道演算確定、装填数最終確認」
「――
その言葉を号令に、数百の火砲が一斉に開かれた。
空を裂く雷鳴のような発射音が、夜の大地を焼き払った。
火柱を吐き上げながら、次々と発射されるロケット群。グラートの小型弾頭、スメルチの重榴弾、ウラガンの熱圧弾、MLRSの精密誘導ロケット弾……。
100発、200発……やがて数を数えることすら無意味になった。
――それは、空から降る鋼鉄の嵐だった。
弾道は弧を描き、濁った空を越えて聖堂跡地へと降下していく。
静まり返ったあの区画に、最初の一撃が落ちたのは、それから20秒後のことだった。
ドオォォン!!
爆風。光。震動。
その刹那、地形が変わる。
ユスティナの白い影がいくつも粉砕され、地中からは黒煙と火柱が同時に立ち上る。続けてクラスター弾が空中で展開され、散布された子弾が一帯を絨毯のように覆い尽くす。
瓦礫の上に骸を重ねる、非情な火力の連打。
弾幕は等しく全方位を覆い、アリウスの部隊が即席で構築した防護壁や防空壕ごと圧し潰すようにして突き刺さる。
標準化された射撃パターンは、個々の兵士の動きを許さず、いかなる遮蔽も意味をなさなかった。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
突如として降り注いだ鉄の暴風に、着弾地点に展開していたアリウスの生徒らは、何が起きたかも分からぬままに次々と意識を刈り取られていった。
更に、その地点には秘密裏に米軍から輸入した対砲兵レーダーとカイザー製の重榴弾砲群が展開していたが、それらも日の目を見る事なく次々とスクラップに変えられていく。
砲撃は10分近く続いた。
その間に投下されたロケットは、およそ700発以上。
地表は深く抉られ、廃墟はさらに深い沈黙に沈んでいった。
「……露仏連合砲兵隊、斉射完了」
「弾着観測に於ける人影の沈黙を確認、敵戦力の75%以上を壊滅と推定」
だが、この砲撃は連合軍が計画した熾烈な報復作戦の一部に過ぎない。
作戦は次のフェーズに移る。
砲撃の後に発動されるそれは、調印式会場の制圧――つまり、友軍を巻き込む恐れがある為に砲撃を行えなかった事件の中心部を地上部隊によって制圧するものであった。
◇
濃密な黒煙と灰が空を覆い、かつて信仰の象徴であった聖堂の尖塔は完全に崩壊していた。
その焦土の向こう、水平線を割るようにして、鋼鉄の奔流が現れる。
「前進! 全車、散開陣形を維持、斜面手前で一度速度を落とせ」
ロシア陸軍第4独立親衛戦車旅団の基幹部隊である、T-90MS主力戦車の通信が割れるように響く。
側面にはT-72B3の中隊群が広がり、履帯が地を鳴らして砂塵を巻き上げていた。
その後方、BMP-2装甲歩兵戦闘車、BTR-80装甲兵員輸送車が随伴し、車内には重武装のロシア兵が数十名ずつ搭乗している。
更にその後方には2S3アカーツィヤ 152mm自走榴弾砲や2S1グヴォズジーカ 122mm自走榴弾砲が展開していた。
この小規模な諸兵科連合部隊――地球では
「装甲擲弾兵中隊及び戦車中隊、展開位置に到達。各車、目標地点まで500メートル」
隣接するのは、ドイツ連邦陸軍の第21装甲旅団。
鋼の巨獣とも形容されるレオパルト2A7が傾斜地を登りながら、精密に計算された間隔で進む。
その側面にはプーマ装甲歩兵戦闘車が並び、さらにその後方にはフクス装甲兵員輸送車が続いていた。
そして中央部、もっとも開けた地形を疾駆するのは、フランス軍第1驃騎兵落下傘連隊の各種中隊。
ERC 90装輪装甲車が車輪を唸らせながら列を成し、その背後にVAB装甲車が展開する。
「敵、散発的に抵抗あり。おそらく砲撃を生き残ったアリウスの生徒かと」
「目標、小隊規模。榴弾投射準備――装填よし!」
「
次の瞬間、ERC 90の砲塔が火を噴いた。
90mmカノン砲から放たれた榴弾が、瓦礫に身を隠していたアリウスの残存小隊を正確に叩く。
爆炎が生徒たちを包み込み、残った数名が混乱の中で無秩序に反撃の銃撃を放つ。
が、それも虚しい。
上空には二つの国の回転翼が旋回していた。
「こちら
ロシア海軍歩兵第125独立ヘリ飛行隊のMi-24攻撃ヘリがA-12.7機関砲を掃射し、地表を駆けるアリウスの生徒たちを容赦なく貫く。
そのすぐ後を追うように、フランス陸軍第3戦闘ヘリコプター連隊のEC665ティーガーがホバリング位置を取り、ミサイルポッドから誘導弾を発射。
コンクリート塊ごと吹き飛び、アリウス生徒の隠れた遮蔽は粉砕された。
「敵の対空火器は確認できません。砲撃で全て潰したようです」
「よし、このまま航空支援を続行。動く奴は片っ端からぶっ潰せ!!」
両国のヘリの乗員らが叫ぶ。
この怒涛の制圧力の中、かろうじて生き残っていたトリニティの正義実現委員会、ゲヘナの風紀委員会の生徒たちが、地面にへたり込みながらその光景を見上げた。
「あれは、ロシア軍……応援が間に合ったんだ……!」
血まみれのゲヘナ風紀委員の制服を纏った少女が、崩れた壁に身体を預けたまま呟いた。
別の生徒が、目を瞠ったまま震える声で言う。
「私達、助かるの……?」
目の前に広がるのは、戦車や攻撃ヘリの攻撃で次々と吹き飛ばされるユスティナの戒律者や、降車した兵士らの精密な射撃により、次々と意識を刈り取られるアリウスの残存兵。
「君達、怪我をしているなら直ぐにに下がるんだ。後は我々に任せろ」
「は、はい……ありがとうございます!!」
地面にへたり込む彼女達に対して、H&K G36を肩から背負ったドイツ兵が言った。それを聞いた彼女達は、若干声が上擦りながらも、直ぐに立ち上がって友軍の方へと駆け出す。
彼女達に続き、他の生き残っていた生徒や、その場で怪我の手当てを受けていた生徒、瓦礫の下から助け出された生徒達が、次々と街中へと逃げ帰っていく。
と、その時。
「再度敵影を確認、正面方向!!」
一人の兵士が双眼鏡を持ちながら叫んだ。
周囲の兵士達が銃口を一斉に向ける。
その先には――
「
聖堂の周辺にぽっかりと空いた、地下へと通ずる穴。
そこからゾロゾロと這い出てくる大量のユスティナの戒律者達や、少数のアリウスの増援部隊だった。
それを見た独仏露の現場指揮官が、一斉に叫んだ。
「総員、速やかに乗車! 全員の乗車が確認でき次第、AFVはその場を離れろ!!」
その指示と共に、兵士らが瞬時に駆け出した。
APCやIFVに次々と兵士が乗車し、車輌がハッチを閉めながら離脱していく。それは戦車も同様だった。
その行動を見たアリウスの増援部隊は、敵が恐れを為して撤退したと受け取った。
だが、それが全くの見当違いであった事に気付かされる事となる。
戦場の遥か上空、黒い雲の中から現れる機影。
ロシア航空宇宙軍第6950ドンバス親衛航空基地分遣隊所属のツポレフ Tu-22M。
その機影は、静寂の空を裂きながら、キヴォトス領空に差しかかっていた。
副操縦士の声が、戦略爆撃機のコックピットに響く。
「ターゲット確認。照準座標、ユスティナ聖徒会の構成波出現密度に一致。上層指令より、攻撃許可が降りました」
機長は一瞬、唇を噛んだ。
機外カメラが捉える地上には、まるで影の洪水のようにユスティナの戒律者やアリウスの部隊が溢れている。
「
その一声で、Tu-22Mの胴体下からコンフォーマルベイが開く。
そこに格納されていたのは、全長7.9メートル、機首に黒い探針を備えた、巨大なミサイル。
Kh-47M2 “キンジャール”――マッハ10で飛翔し、着弾地点に逃れ得ぬ死をもたらす、極超音速の殺意。
滑るように、重力の腕の中を落ちたその瞬間。
音より先に、閃光が夜空を割った。
「熱源捕捉。飛翔体、降下コースに移行」
地上の情報中隊が警告を発するよりも早く、それは来た。
先の調印式襲撃でアリウスが使用したミサイルと同等か、それ以上の威力を持つミサイルが3発。
倍返し……いや、倍々返しの攻撃作戦だった。
――光。
着弾の瞬間、大地が軋んだ。
まばゆい閃光が全方位を焼き尽くし、空間そのものが一瞬、歪んだようにすら見えた。
重低音の轟音が十数キロ四方に響き渡り、地上の瓦礫が吹き飛び、地面が爆心地を中心にめくれあがる。
アスファルトも、コンクリートも、全てが溶解し、分解し、文字通り蒸発した。
全てを包む熱と衝撃波が、地形ごと塗り替える。
空から眺めた衛星写真では、調印式会場があった一帯がぽっかりと抉れ、白く焼き焦がされた盆地へと変わっていた。
作戦は、次の段階に移ろうとしていた。
作戦はこれだけでは無い模様(絶望)
ちなみに、連合軍の指す『友軍』とは調印式会場で警備にあたっていた地球国家の兵士達の事だけで、キヴォトスの生徒達は含まれていません。
何人が巻き添えになったんでしょうか……