虚実の方舟:Re   作:Oh my PC

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第一章:銀座事変編
混乱


 学園都市キヴォトス D.U.シラトリ区。

 キヴォトスの首都にあたるエリアで、連邦生徒会が管轄する特別行政区だ。

 シャーレのオフィスやサンクトゥムタワーなど、キヴォトスを代表する建造物が集まっている。

 

 そんなシラトリ区の連邦生徒会事務局の前にある交差点には、大勢の人だかりとバリケードが築かれていた。

 

「皆さん、危険ですので下がってください!!」

「ここはヴァルキューレ警察学校に任せて、自警団の方や野次馬は離れて!!」

 

 ライオットシールドとSIG556を持ったヴァルキューレ警察学校の生徒がそう叫ぶ。

 彼女らの後ろにはコンクリート製の障害物や有刺鉄線、同学校の装甲車が並べられ、ネズミ一匹も通さないと言わんばかりの厳重な警備体制が展開されていた。

 

 彼女らが封鎖しているのも、日本の銀座に現れたモノと同じ。

 

 正体不明の謎の黒い物体だ。

 

 この異常現象に、実質的なキヴォトスの中枢政府の役割を果たす連邦生徒会は頭を悩まされていた。

 D.U.シラトリ地区は完全に連邦生徒会の管轄下である為、対応は全て同組織が行う。

 

 だが、通常のテロや銃撃騒ぎとは全く異なる、未知なる現象は既にキヴォトス全域へ知れ渡り、トリニティやゲヘナ、それに科学技術に精通したミレニアム学園がこれに興味を示している。

 

 連邦生徒会は混乱を防ぐため――を建前に、物体の所有権独占のため、周辺をヴァルキューレ警察学校による封鎖で完全に立ち入り禁止とし、他校の干渉をも退けている。

 

「正直、ずっとあるだけで変わったとこはないんだ。ただ、磁場異常を起こしながら佇んでいるだけ……全く、あれが何なのか見当もつかないよ」

 

 連邦生徒会の会議室で、モモカが明太子チップスを頬張りながらヴァルキューレ警察学校の報告書に目を通し、そう言った。

 現在ヴァルキューレ警察学校があの物体の監視を行っているが、出現日から全くと言っていい程に変化がない。

 

「何も起きていない以上、コッチも封鎖以外に対応は――――」

 

「た、大変ですっ!!」

 

 モモカに次いで、同じく連邦生徒会のアユムがそう言い掛けた時。

 突然、会議室のドアが乱暴に開かれた。

 

 入ってきたのは連邦生徒会の生徒の一人。

 彼女は焦燥し切った様子で、モモカ達に言った。

 

「あの物体に変化が…!!」

 

 

 

 

 ――カツ、カツ、と、無機質な音が薄暗い空間に響く。

 非常灯だけがぼんやりと灯るその部屋の奥、巨大なスクリーンの前に、黒い影が一人。

 

「……わざわざこんな薄暗い場所で、秘密会談とは」

 

 静かに車椅子を動かしながら、明星ヒマリは冷ややかな視線を向けた。

 対する調月リオは、壁に投影された映像に視線を落としたまま、顔を向けようともしない。

 

「必要な措置よ。他のセミナー生徒にこの会談の事を全く伝えていない以上、万全を期すためには当然の対応」

 

「ええ、相変わらずの堅物ぶり……合理主義者そのものですね、リオ」

 

 ヒマリは肩をすくめ、静かにため息を吐く。

 だが、その態度とは裏腹に、瞳は真剣そのものだった。

 

 スクリーンに映し出されているのは、空に浮かぶ異形の"穴"――銀座に出現したゲートと酷似した構造物。

 しかしこれは、日本ではない。

 キヴォトスのD.U.地区、いわば連邦生徒会直轄の土地の空に開いたものだった。

 

「連邦生徒会……いや、あの七神リンが"隠蔽"を図っているわけですね?」

 

「ええ。公式発表では"危険物輸送車列の事故"…まるで幼稚な言い訳ね」

 

 リオは冷ややかに言い放つと、手元のタブレットを操作した。

 スクリーンが切り替わり、超小型AMAS――ミレニアム製の偵察ドローンが送信した映像に移り変わる。

 

 映像には、空中に漂う巨大な歪み。

 まるで、そこだけ現実が"割れた"かのような異様な光景。

 

「既にゲヘナの万魔殿、トリニティ情報部も独自に情報収集を始めている。……ならば、ミレニアムも手を拱いているわけにはいかないわ。多少は大胆な活動をしてでも、情報を集めるべきとの判断よ」

 

「なるほど…リオらしいですね」

 

 リオの声には、一片の揺らぎもない。

 この冷徹なまでの合理主義こそ、彼女の強さであり、また弱さでもあった。

 

「……それで、この"穴"について、何か結論は?」

 

 ヒマリが尋ねると、リオはスクリーンに映る歪みを見つめながら、低く呟いた。

 

「――これは、"時空間ゲート"よ。観測された重力場の異常、局所的な物理常数の変動……通常の理論では説明できないけれど、解析結果は明らかに"向こう側"へ通じていることを示している」

 

「つまり、異世界への繋がりという事ですか」

 

「ええ」

 

 ヒマリは少し考え込み、それから興味深そうに続けた。

 

「ならば、問題は二つですね。一つ、向こう側が我々にとって友好か敵対か。二つ、このゲートの安定性――そして、何よりも"制御権"を誰が握るか、でしょう」

 

「そうね。現状、ゲートは不安定だけども、放置すればいずれ何者かが介入する。……この世界にとって最悪のシナリオも十分にあり得るわ」

 

 リオの言葉に、ヒマリは珍しく真剣な表情を見せた。

 

「……リオ。貴女も同じ結論に至ったようですね」

 

「ええ。だからこそ、今回は貴女に声をかけたのよ、ヒマリ。……貴女の力が必要だから」

 

「……あら。超天才清楚系病弱美少女ハッカーたる私に、素直に助力を求めるなんて……珍しいですね?」

 

「合理的な判断よ」

 

 リオは事も無げに言い放つ。

 それにヒマリは小さく微笑み、わずかに頷いた。

 

「――いいでしょう。今回は協力してあげます」

 

 静かな誓い。

 互いに反発しながらも、その知性と意志を重ね合わせる二人。

 銀河を越えて開いた"未知なる門"。

 この異常事態に対して、ミレニアムサイエンススクールは、いま密かに動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、異様なほど空が静かだった。

 

 総理官邸内の危機管理センターでは、数十名の職員が張り詰めた空気の中、モニターに映し出された“異物”の映像に釘付けになっていた。

 銀座に突如として出現したそれは、ただそこにあるだけで、都市の鼓動を止めるほどの異様な存在感を放っていた。

 

 そして、その物体は黒色。

 限りなく黒に近い黒…漆黒とも言って良い色であった。

 光を吸収するどころか、周囲の空間すら歪ませているように見える。

 

「……空間的な重力レンズ効果か、あるいは可視スペクトル外へのエネルギー散乱……」

 

 誰かが呟いたが、その言葉を誰も拾わなかった。

 もはや学術的な言葉では、この異常を説明できないことを、誰もが理解していた。

 

 この時点で、事態の発生からすでに三日が経過。

 政府は自衛隊・警視庁の協力を得て、現場の封鎖と避難誘導を完了し、報道各社には特別情報統制を敷いた上で“銀座での爆発事故”として公式発表を行ったが、SNSでは現場の動画や写真が拡散されており、真実を隠し通せる状況ではなかった。

 

 何より厄介だったのは、「あの場にいた観光客たちが消えた」という事実だった。

 

 ――瞬時に姿を消した三十名弱の人々。

 監視カメラの映像には、異物が現れた瞬間、黒い影に包まれ、そのまま“吸い込まれた”ように見える集団の姿が映っていた。

 

「これが自然現象であるとは……考えにくい」

 

 防衛省の防衛大臣が唇を噛む。

 科学的にも軍事的にも、あらゆる可能性を潰しても、説明がつかない。

 だからこそ、一部では“他国による新兵器”や“異次元兵器”、“人工ブラックホール”といった言葉が噂されていた。

 

「問題は、これが“意図的に接続された”ものかどうか、です」

 

 そう述べたのは、内閣官房参与として呼ばれた有名国立大学の理論物理学者だった。

 彼は理性と混乱の狭間で、口元だけは笑っていた。

 

「我々の物理法則が通用しない現象……まるで、向こう側の世界に穴が開いたような」

 

 その瞬間、管制官の一人が声を上げた。

 

「銀座の異物、変化あり!映像、前方スクリーンへ!」

 

 巨大モニターが切り替わる。

 

 歪んでいた空間の中心が、静かに光を放ちはじめた。

 黒だった表面が波打つように揺れ、歪んだ“レンズ”のように変化していく。

 光の乱反射。時間軸の錯綜。視認できないはずの何かが、そこに映り込みはじめた。

 

 それは――都市だった。

 

 空に浮かぶ巨大なリング状の物体、信じられないほど高層なタワー、車を運転する動物のような生き物。

 どれも現実離れしており、信じ難いものであった。

 

「……これが、歪みの向こうの世界……?」

 

「衛星映像と照合しましたが、日本、いや地球上に該当する都市はありません。未知の構造物です」

 

 場内がざわめく。

 

 総理は、一つ深く息をつき、手元の資料を閉じた。

 

「防衛省・外務省・文科省、それに内閣情報調査室を中心とした対策本部を直ちに設置しろ。異世界、あるいは未知文明との接触可能性を前提にした外交・軍事・科学の多方面対応を施行……自衛隊、先遣調査隊を組織し、現地調査を行う」

 

 誰も反対する者はいなかった。

 なぜなら、あの“穴”が開いてから、もう二度と世界は元には戻らないと、皆が知っていたからだ。

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