虚実の方舟:Re   作:Oh my PC

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日キ友好条約

 

「警戒態勢ッ! 全員、標準射撃姿勢を維持しつつ包囲! 目を逸らすな!」

 

「な、何だこいつら……!? 防毒マスクに、装甲車だと…?」

 

 銃口を向けられ、狼狽していたのは自衛官達だけではなかった。

 時空間異常を包囲していたヴァルキューレ警察学校の生徒も、突如として出現した異世界の人間に対して恐怖心を抱いている。

 

 自衛隊とヴァルキューレ警察学校の双方が銃口を向け合い、緊張感が極限にまで達しようとしていた瞬間、徐に怒号が飛ぶ。

 

「馬鹿者ッ!! 銃口を下ろせ!!」

 

 その怒号と共に銃口を自衛官らに向けていたヴァルキューレ生徒の肩が震え、まばらに銃口が下がり始める。

 まだ自衛官への警戒感が解けず、完全に銃口を下ろしていない生徒も居たが、自衛官も徐々に銃口を下げる様子を見て、彼女達も銃口を下げ、トリガーから指を離した。

 

 怒号を発した本人――公安局長の尾刃カンナが息を切らしながら駆け、ヴァルキューレ生徒と自衛官の間に入り、自衛官らに向けて言葉を放つ。

 

「いきなり銃口を向けてしまった事、深く謝罪します。貴方達は――」

 

 武装していたとはいえ、ヘイローの無い人間に銃口を無暗に向けた事は不味いと感じ、彼女は咄嗟に謝罪を行う。

 既に保護された集団(転移した観光客)と同言語での意思疎通が可能なことは実証済みなので、普段通りに話しかけた。

 

 すると、多少の動揺の後、自衛官らがゆっくりと銃口を下げ、リーダーらしき者が一歩前へ踏み出し、言い放つ。

 

「我々は日本国陸上自衛隊、第1特殊武器防護隊です。我々は先日この場所より失踪した民間人の捜索及び周辺環境の調査を目的として派遣されました。敵意はありません」

 その言葉から、敵意を持った存在ではない事を確認できたと認識したカンナは、先ほどの自衛官の言葉に習い、自己紹介を行った。

 

「我々は、ヴァルキューレ警察学校公安局です。我々はこの時空間異常の監視及び封鎖を行っていまして――ああ、その『失踪した民間人』については、我々が適切に保護しております。ご安心ください」

 

「そうでしたか、丁寧な対応、感謝します」

 

 カンナの言葉に先頭の自衛官は軽くお辞儀を行うと共に、彼を含めて全員の自衛官達は多くの驚きや疑問点を隠し切れずに居た。

 

 まず、全員が女性であること。

 そして、彼女達が単なる警察組織ではなく、学校と名乗ったこと。

 更には頭上に浮かんだ天使のリング状のもの。

 

 どれもこれも、今直ぐに問い詰めたい事ばかりであるが、無論そのようなことはしない。失踪した観光客の行方が分かった上に、ファーストコンタクトが成功した以上、直ぐに帰還し防護隊本部へ報告しなければならないからである。

 

『総員、速やかに乗車。一度帰還し、状況を本部へ報告する』

 

「――との事ですので、ヴァルキューレ警察学校の皆さん、一度我々は帰還致します。民間人の返還などの事は他の者が対応しますので、よろしくお願いいたします」

 

 CRVからの通信を聞いた自衛官は、カンナへそう言い放ち、隷下の自衛官らへ指示を出す。指示を聞いた自衛官らは一糸乱れぬ挙動で敬礼したのち、急いでCRVとNBC防護車に乗り込む。

 

(凄い統率力だ。やはり、二ホンコクというのは我々で言うところの学園のようなものなのだろうか…)

 

 一糸乱れぬ自衛官らの動きを見たカンナがそう思う傍ら、カンナの近くに居た公安局の現場指揮官が無線を手に、連邦生徒会へ連絡を入れていた。

 

「こちら公安局、時空間異常より来訪者あり。二ホンコクと名乗る組織であり、敵意は確認できず。我々が保護した集団の回収を目的とする派遣と主張。……至急、外交判断を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態の沈静化から数時間後、D.U.地区の連邦生徒会庁舎には、慌ただしい準備の音が響いていた。

 来訪した“異世界”の勢力──日本国代表団を迎えるための臨時会談が、急遽設定されたのだ。

 

 ヴァルキューレ公安局による入念な身元照会と装備の確認が行われ、また転移してきた観光客の身柄と証言により、日本政府の言葉は信頼に足ると判断された。

 とはいえ、キヴォトス側も慎重を期すため、会談は“限定的非公式会談”として行われることになった。

 

 会談に臨むのは、日本側からは外務省の担当者を筆頭とする外交団と、自衛隊からの同伴要員。

 対するキヴォトス側は、連邦生徒会の行政官・七神リンを中心に、各行政委員会の代表者らが同席する形式となった。

 

 

 そして、会談当日。

 厳重な警備の下、日本代表団は会場となる庁舎ホールへと入室する。

 その姿を、リンは真っ直ぐに見据えた。

 目の前に立つのは、スーツに身を包み、冷静な表情を浮かべる数名の大人たち。

 その後ろに控えるのは、迷彩服を着た数名の自衛官──いずれも制服の襟に誇り高く階級章を付けている。

 

「……ようこそ、日本国の方々。私は連邦生徒会行政官、七神リンと申します」

 

 静かに口を開いたリンの声は、少しの警戒と、しかし確かな知性を帯びていた。

 彼女の言葉に、日本の対キ外交担当・滝川雅史は丁寧に一礼する。

 

「日本国外務省対キヴォトス外交担当、滝川雅史です。本日は急なお願いにも関わらず、このような場を設けていただき、誠にありがとうございます」

 

 その礼儀正しさ、言葉の選び方、身のこなし──リンは無意識に息を呑む。

 基本的にキヴォトスの大人は、ただ一人の例外(・・)を除いて、子供である生徒を見下すような態度を取る者が多い。

 だが、キヴォトスに存在するどの企業の人間よりも、“大人”だった。

 

「……そちらの方は?」

 

 滝川がリンノ隣に立つ、白いコートを羽織った男性へ目を向け問う。

 すると、その男性が如何にも申し訳なさそうな表情で言った。

 

"あぁ、自己紹介が遅れてしまいまして申し訳ありません。私は連邦捜査部『シャーレ』の先生です。以降、お見知り置きを"

 

「先生、ですか…よろしくお願いします」

 

 滝川がその男性が先生だと明かすと、若干の困惑の表情を浮かべながらも、軽くお辞儀をする。

 その様子を見た先生が心配そうに問い掛けた。

 

"…どうかされましたか?"

 

「いえ…我々の世界では先生というのは学生を導く立場の人間でして、このような政治的な場へ出て来るものではないのです。ただの価値観の違いですので、お気になさらず…」

 

"そうでしたか。キヴォトスの事については、後ほど説明資料をお渡ししますので"

 

「お気遣いありがとうございます。では、会談に移りましょうか」

 

 お互いに少しだけ顔を綻ばせながら、連邦生徒会の各代表と日本の使節団は一礼の後に着席する。

 こうして、会議室で向かい合う形で会談は開始された。

 

 

 

 

「まずは、我々の住む『地球』に関する資料をお渡し致します」

 

 開口一番にそう言い放ったのは、日本側の使節団であった。

 使節団の代表である滝川は冷静に、会談用の資料を一枚机の上に滑らせる。

 

「こちらが地球という“惑星”の概要と歴史ついて、こちらは我々の住む国、日本の政治体制、経済規模、軍事力、技術水準の要約です」

 

 提示された二種類の冊子を、連邦生徒会の各代表と先生が丁寧に受け取り、ページを捲りながら文字に目を落とす。

 

 一つ目の資料に記されていたのは、地球という惑星の基礎情報。

 そして、地球には100を超える主権国家──キヴォトスで言うところの学園が存在し、総人口は80億に昇るということ。

 その中でも日本国は7つある代表国家(G7)の一つであり、地球の中ではトップクラスの国力を持つということが分かった。

 

 そして、二つ目には日本国の情報が事細かに記されていた。

 詳細は省くが──その情報は、キヴォトス側の面々を畏怖させるのに充分であった。

 

 仮にあそこで、初接触で戦闘に発展し、そのまま戦争になっていたら。

 キヴォトスには少なくない被害が出ていた可能性も充分にあった。

 

 そして。

 

(少し……地球というのは、危なすぎるかもしれないね)

 

 一枚目の資料に記されていた地球の歴史。

 それを見て、先生が感じたことは──あまりにも彼等の歴史は()()()()()()ているという事だ。

 

 皆、驚愕しながらも真面目に資料を読み込んでいるため、雑談や話し声が会議室に響く事はないが…恐らくは、キヴォトス側の全員が同じことを思っているのではないだろうか。

 

 一世紀もの間続いた戦争(百年戦争)とある国の人口の半分が抹殺された内戦(三十年戦争)数千万の命が数年で失われた最悪の戦争(二度の世界大戦)

 そして、一撃で都市を破壊可能な究極の兵器、核兵器。

 

 ヘイローの無い社会と聞き、どのような歴史を経て、どのような社会システムを構築しているのかと少し興味があったが、部分的に見ればキヴォトスよりも残虐であった場面を少なくない。

 

 言い方を選ばなければ狂っていた。

 

「……資料、しっかりと読ませて頂きました。この資料の内容を踏まえた上で、今後の動向についても決めさせて頂きます」

 

 一通り資料を読み終えたリンが、一言礼を述べ、日本の代表団へと向き合う。表情はいつも通りのものであったが、頬には微かに冷や汗が浮かんでいるのが先生からは見て取れた。

 

 他の連邦生徒会の生徒に至っては、どこか体調が優れなさそうな子が何人か見受けられる。

 先生はすかさず、彼女達に声を掛けた。

 

"二人とも…大丈夫かい? 具合が悪かったら、無理をしないでね"

 

「お気遣いありがとうございます、先生。私達は…大丈夫、ですので…」

 

 彼の声掛けに、体調が悪そうな二人が返した。

 仮にも外交の場なので、途中退席など言語道断だとし、無理をしているのだろう。

 

 二人が体調を崩した要因については、まぁ大方予想はできる。

 歴史のページに記載されていた近代の大量虐殺(ホロコースト)の項目は、死というものに殆ど無縁なキヴォトスの生徒には堪えるものがあったのだろう。

 

(……普通に考えて、初めての外交の場でここまで情報を開示するというのはどうかと思ったけど)

 

 仮に、初接触の時点で日本国がキヴォトスの治安の劣悪さや、価値観の大きな違いに勘づき、舐められないような対策を取っていたとしたら。

 ()()()()事を見越して、敢えて残虐な内容や軍事に関する具体的な情報を開示していたとしたら。

 

(単に礼儀正しいと思っていたけれど…仕掛けるね、日本という国は)

 

 先生は内心、苦い顔を浮かべた。

 

「では、今度は私達の住む都市“キヴォトス”についての資料です。こちらを」

 

 そう言ってリンは、震える手を抑えながら日本の使節団へ人数分の資料を手渡した。

 それを受け取った日本の使節団は座りながら軽く一礼し、資料のページを捲った。

 

 資料に記されていたのは、キヴォトスの概要や学園について、そして住む住民の身体的特徴や“ヘイロー”について。

 ページが進む毎に、日本の使節団の顔色が悪くなり、顔面蒼白となっていく。

 

(何だ、この都市は……全員が銃火器で武装し、毎日平均で数万件の爆発事案だと…? それに、キヴォトスの住民はヘイローを持たない人間と比べて数十倍の肉体強度と身体能力を持っていて、銃弾が致命傷になり得ない…)

 

 予め外務省からは初接触の時点で発覚した状況や景色から我々の常識では推し量れない、異質な世界観を持つ場所であると通告はされていたし、それ相応の覚悟はあった。

 

 だが、だ。

 何だ、この地球人に対して絶望的に相性の悪い世界観は。

 

 非武装の民間人は勿論、完全武装の自衛官でさえ一日と命は持たないだろう。

 あの時に転移した観光客らが誰一人として亡くなっていない事が、今になってとてつもない奇跡に思えた。

 

 そして、学園によって成り立っているという点。

 

「学園によって統治される都市…我々の価値観からすると、信じられないですな」

 

 滝川の横に座っていた自衛官が、不意にそう呟いた。

 その言葉を拾った先生が、苦笑しながら答える。

 

"確かに……貴方たちの世界では、彼女達のような未成年者だけで構成された学園自治区など、想像し難いでしょうね"

 

「……失礼ながら、確かに。我々の世界では、国家や政府は大人により構成され、教育機関はあくまで民間人の学び舎として設けられています。ですが、こちらでは本当に学園がそのまま国家の役割を……?」

 

 先生の言葉に、今度は滝川が聞き返す。

 

"ええ。キヴォトスでは学園こそが最も基本的な社会単位です。それぞれの学園が独自の警察組織、外交機構、産業体系、そして軍事力を持ち……それらを連邦生徒会が全体調整する、という仕組みになっています"

 

 なるほど、と滝川は黙った。

 

 その一方で感じてしまう。

 彼女達が政治を、行政を執り行うには、あまりに若すぎる、と。

 

 だがまぁ、初の外交の場としては上出来だろう。

 互いにすれ違いなく情報を交換でき、相手に()()()()()に対等な立場にあると示すことができた。

 現に、黙り込んでしまった目の前の女子生徒達がそれを証明している。

 

 少しばかりその様子に滝川は罪悪感を感じるも、これも外交だとして振り切る事にした。

 

 それに、資料の中から先生がどのようなものかも分かった。

 彼がきちんとした大人である限り、キヴォトス側との交流も円滑に進むだろう。

 

「では、皆さん」

 

 滝川は改まった表情で、連邦生徒会の面々と先生へ向き合い、言い放つ。

 

「連邦生徒会と日本国はここに友好的な関係を築き、経済的・政治的な関係を深め、協力するものとする。……宜しいですか?」

 

「はい、問題ありません。そして、改めて…キヴォトスへようこそ、日本国の皆さん」

 

 七神リンと滝川雅史、二人の握手によって、ここに歴史的な『異なる次元同士の国交樹立』が成されたのであった。

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