日キ友好条約締結から五日後。
D.U.地区第三業務区域の灰色の舗装路に、日本製の車列が整然と並んでいた。
濃緑の車体には、陽光を弾く白文字で「JGSDF」と書かれた識別標。
静かにエンジンを鳴らすそれらは、日本政府が提案し、連邦生徒会が承認した『D.U.地区における治安維持組織に対する資金および非殺傷装備提供案』に基づいて編成された支援車列だった。
先頭と最後尾に陣取るのは、誘導車として配置された73式小型トラック二輌。中央には装備と現金を積んだ73式大型トラックが三輌。計五輌が慎重に整列し、発進の時を待つ。
その周囲、目立たぬ位置には陸上自衛隊第1師団第1普通科連隊第2中隊の高機動車が二輌と、ミニミ軽機関銃を搭載した軽装甲機動車(LAV)が一輌、緊急事態を想定して待機していた。
「隊長、予定時刻の
無線越しの報告が届く。
直後、先頭車両のフロントに白布で大きく掲げられた「誘導車」の文字が揺れ、エンジン音がわずかに高まる。トラックは静かに前進を始め、それに続くように大型トラックも等間隔を保ちつつ進行していく。慎重だが、どこか張り詰めた空気があった。
やがて一行が第三業務地区を抜けようとしたところで、ヴァルキューレ警察学校のパトカーが二輌、前方から割り込み、隊列の先導に加わる。
「あれも高校生が運転してるのか……まったく、こっち来てから驚きっぱなしだ」
「ほんとですよ。ヘイローってのも、原理が全然分かりませんし」
軽口を交わす自衛官の声の裏には、明確な異質感が滲んでいた。
天を突くサンクトゥムタワー。銃火器を手に街を治める学生たち。犬や猫が制服を着て歩く街角──。
すべてが地球とは違う。そう思わせるには十分だった。
「まあ……とにかく今は任務に集中だ。無駄口を叩くと上官に───」
その瞬間、視界の端で閃光が弾けた。
「うわッ!? 何だ、何が起きた!?」
爆発。
先頭を走っていたヴァルキューレ警察のパトカーが、突如として激しく炎上する。
爆風は下から吹き上がり、車体は浮き上がるように跳ね、回転しながら横転。そのまま火に包まれて沈黙した。
閃光の直後、轟音が鼓膜を突き破る。
真っ赤に燃え上がったパトカーの残骸が宙を舞い、回転しながら路面に叩きつけられる。
黒煙と火花を撒き散らしながら横転したそれは、激しく軋む音を残しつつ完全に停止した。
直後、後続の警察車両もパニックに陥る。
速度を保っていた一輌は爆発の炎を避けようと急ハンドルを切り、車体を斜めに滑らせながら中央分離帯へと突っ込んだ。もう一輌は、ガードレールに激突して前輪を浮かせたまま停止する。
警報音が鳴り響き、ガラスの破片が歩道へ飛び散る。
「まさか……待ち伏せか!?」
誘導車内の自衛官が叫ぶ。
足元に伝わる重い衝撃、そして道路下から伝わってきた爆圧の感覚が脳裏に警鐘を鳴らす。
地雷か、即席爆発装置(IED)か──。
その問いに答えるように、次の瞬間、銃声が周囲を包んだ。
『銃撃、銃撃だ!! 総員伏せッ!!』
無線機越しに怒鳴る隊長の声。
その叫びと同時に、車列のフロントガラスにヒビが走る。乾いた音と共に散弾が突き刺さり、次いでリアにも銃弾が打ち込まれる。
完全な待ち伏せだった。
不規則に弾丸が飛び交い、アスファルトを跳ねる。撃ってきているのは明らかに複数。しかも正面だけではない。
だが、敵の狙撃精度は低く、即座に致命傷を与えるというより威嚇、あるいは混乱を誘うような乱射に近かった。
『全車、全速後退! 街路から離脱せよ!!』
すかさず飛ぶ隊長の指示。
車両が孤立した状態で停車すれば、敵の狙い撃ちにされるのは明白だった。複雑に入り組んだ市街地で、相手の正確な位置も掴めぬまま交戦を続けることは得策ではない。
大型トラックのエンジンが唸りを上げ、重々しくバックを始める。後退中もなお、銃弾が車体に当たる音が断続的に響くが、幸いどの車両も動作機構を損なうには至っていなかった。
瓦礫の陰から、ヴァルキューレ警察学校の制服を着た生徒たちが這い出てくる。
顔を煤で黒く染め、ライフルを構えながら必死に銃撃を返す。射撃の腕は拙い。命中精度は低く、牽制に過ぎないが、彼女たちは怯むことなく仲間の後退を援護していた。
「銃弾を受けても倒れない……凄いな。これじゃあ、喧嘩感覚で撃ち合いが起きるのも納得だ」
自衛官が唸る。
事実、彼女たちは被弾しても「痛っ!」と小さく叫び、態勢を崩すこともなく動き続けている。
この世界における“防御力”の異質さが、実感を伴って突きつけられる。
数分後、銃撃を振り切った4人のヴァルキューレ生徒が車列の陰に滑り込むようにして辿り着く。
だが、炎上したパトカーに乗っていた2人は──気絶したまま動けずにいた。
「ここからはどうしますか? 一応、我々だけで道案内も可能ですが……」
「いや、追撃は避けられん。先ほど応援を要請した。それまで持ち堪えるぞ」
隊長は即断した。
その視線の先、瓦礫の合間に次々と姿を現す影。
銃を装備したヘルメットの集団。全員がヘルメットを被り、輸送用のピックアップトラックまで用意されている。
敵は明確に準備された勢力だった。
そして今、異世界の地で、初めての交戦が正式に始まろうとしていた。
◇
「11時の方向、敵MG手!!」
怒号と同時に、街路に連なる建物の影から、赤いヘルメットを被った団員が機関銃を構えた。
銃口が閃き、次の瞬間、弾丸が連続してばら撒かれる。だが狙いは粗く、焦りと混乱の混じった射撃だった。
「くそッ、日本人がこんなに強いなんて聞いてねぇぞ……!!」
「だ、弾幕を張れ!! 負傷者を下げろ、裏路地に!」
敵の動きは粗雑だった。
彼女たち“ヘルメット団”は、日常的に銃を脅しの道具として使い、遊び半分で撃つような者たち。
一方、自衛隊は実戦経験こそ少ないとはいえ、訓練によって磨かれた精密な連携と判断力を持つ集団だった。
威嚇のための弾幕では、訓練された部隊に通じるはずもない。
通常、地球での戦闘では被弾を極力避ける為、遮蔽物越しでの地味な撃ち合いが長く続きやすい。
一方でキヴォトスでの戦闘は被弾こそ避けるものの、当たったところで酷い怪我にはならない為、地球ほど被弾というものへの捉え方が薄い。
なので、精密射撃を是とする自衛隊と、多少の被弾を考慮せずに物量による制圧を図ったヘルメット団は、自衛隊の精密な射撃の餌食となった。
これが、ヘルメット団の劣勢を決定付けた理由だった。
一発、また一発。
頭部を撃ち抜かれたヘルメット団の団員が、断末魔も上げられずその場に倒れていく。
「こ、この野郎──いでっ!?」
腕を振り上げ、手榴弾を投擲しようとした団員の手首が、突如として破裂するように撃ち抜かれる。
別角度から狙っていた自衛官が、彼女の動作を見極めたうえで放った精密射撃だった。
「馬鹿野郎ッ! 爆発物の使用は
「で、でもよ……」
「それにしても……なんだあの射撃……化け物かよ……」
怒鳴り合う中で、隊長格の赤ヘルメットの団員が呻く。
既に部隊の半数が戦闘不能。士気は目に見えて落ちていた。
事前に配置した別働隊による側面攻撃を頼みの綱としていたが、未だにその姿は見えない。
流石に遅すぎる。無線機に手を伸ばし、焦りと苛立ちを隠せぬ声で呼びかける。
『おい!! 援護はまだか!? これ以上は持ち堪えられない!!』
返ってくるのは謝罪か、罵声か──そのどちらでもなかった。
『た、助け──ガガッ』
『連中の増援だ、早く対処を!!』
『弾幕を張れ!! 近寄らせるな!!』
銃声、悲鳴、怒号が混線しながら無線越しに響く。
その瞬間、隊長格の顔色が変わった。
──別働隊が潰されている。
『総員退け、作戦は失敗だ! 武器と負傷者を回収して脱出する!!』
怒号が飛び、残存部隊は一斉に撤退を開始する。
まだ動ける者が負傷者を背負い、破損していないトラックの荷台に滑り込み、排気を撒き散らしながら街路から逃げ出していく。
自衛官たちはその光景を、黙って見送った。
追撃は不要だった。今回の戦闘はあくまで“自衛”であり、それ以上の交戦は不必要と判断された。
それに、彼らの弾薬と体力も限界に近かったのだ。
訓練で何度も想定はしていた。しかし実戦とは異なる。
実際、今回の戦闘でも死者こそいないが、腕に被弾した者が一人、破片で負傷した者が三人。防弾チョッキ越しに直撃を受けた者もいた。
「……終わった、ようですね」
「ああ、だが気を緩めるな。まだ周囲に敵が潜んでいるかもしれん」
銃を下ろし、深く息を吐く隊員たち。
街路に散った薬莢と硝煙の残り香が、現実だったことを静かに物語っていた。
◆
一方、その頃。
ヘルメット団の別働隊は、戦場から離れた裏路地で拘束されていた。
両手を背後で縛られ、地面に座らされる少女たちの前に、迷彩服を纏った自衛官が立つ。
彼女たちは銃を手放し、顔を強張らせながら状況を理解できずにいた。
「他に武器は?」
「な、無いです! もう無いですから!」
泣きそうな顔でそう叫ぶ少女。
その声に嘘は無い。彼女達は完全に制圧されていた。
別働隊を制圧したのは、ヴァルキューレ警備局の応援部隊と、事前に予備配備されていた陸上自衛隊第2普通科中隊の混成部隊。
高機動車二輌と、ミニミ軽機関銃を搭載したLAV一輌──その火力と機動力は、数十人規模の武装集団を制圧するには十分だった。
「どうしますか? こちらは拘束班と車列回収班に分かれます」
「我々はLAVと高機動車を回して車列支援に向かいます。ここには残りの車輌と隊員を」
「了解、引き続き頼みます」
静かなやり取りのあと、一人の自衛官が地面にしゃがみ、目の前の少女に視線を合わせる。
彼の口調は穏やかだったが、その視線は鋭い。
「君たちに、いくつか聞きたいことがある。答えてくれるか?」
「な、なんだよ……」
怯えたように目を逸らす少女に、自衛官はストレートに問いをぶつけた。
「この襲撃は──一体、何のためにやった? このままだと、ヴァルキューレ警察学校や日本国政府の全面的な報復が来るかもしれないぞ」
その言葉に、少女は目を伏せ、しばらく沈黙したまま口を閉ざしていた。だが、やがて観念したように、小さな声で口を開く。
「……私たちは、企業に雇われた。名前は……教えてもらってない。でも、あれだけの装備を用意できるんだ。相当大きな組織に違いないよ……」
自衛官の顔に緊張が走る。
無名の傭兵ではない。背後に、資金力と組織力を持つ“黒幕”がいるという事実。
「……分かった。その情報、すぐに本部に回すんだ」
部下にそう指示を出すと、自衛官はゆっくりと立ち上がった。
眼前の少女は、目を伏せたまま何も言わなかった。
この事件は、始まりに過ぎない。
だが、確かに一歩──大きな戦いの影が、静かに輪郭を現した瞬間だった。
◆
「襲撃は失敗、か」
「そのようです」
高級感が溢れ出すデスクに肘を付き、受け取った用紙を眺めた人物はそう呟いた。
声色は不機嫌──でもなく、想定内、といった感じであった。
「良いだろう。いくら調べても下っ端であるチンピラからの情報だけでは我々の存在を認知することはできん」
彼はそう言うと、ふんと鼻を鳴らし、コーヒーを啜った。
その様子を見ていた連絡員と思われる人物が口を開く。
「……よろしかったのですか?」
「何がだ」
「襲撃のことです。わざわざ襲わせて異世界の装備品を奪おうとしなくとも、癒着を進めているヴァルキューレ内部からの横流しを行えば良かったのでは? と思いまして」
「いや、まだ完全な癒着には至っていない。不完全な状態ではむしろ我々の影を出すのは危険だからな。それに、今回は相手の力試しも兼ねていたところだ。焦っては何も成し遂げられない。何事も、少しずつ丁寧に進めていくべきだ」
彼はそう言い終わると、席を立ち、追加のコーヒーを淹れながら連絡員に向き合い、言った。
「では、引き続き君はアビドスの方を頼むよ。異世界の技術のことはこちらでやっておく」
「了解しました─────カイザープレジデント」