「会長、今月の生徒会会議の資料作って来ました。一度目を通して貰っても良いですか?」
「ああ、分かった」
生徒会メンバーが集まる生徒会室。生徒たちのリーダーとして学校を纏めあげる職務を任せられた、責任ある役員が集まる場であるのだが、今日は二人のメンバーしかいなかった。
その人物というのは、生徒会長
「………うん、良く出来てるな。流石副会長様だ」
「いえ、このくらい出来て当然です」
「相変わらず真面目だな、君は。もうちょっと自分に甘くても良いと思うのだが」
「自分なんて会長と比べたらまだまだです」
美琴は謙遜するようにそう言い、作り終えた資料を持ってまた仕事に取り掛かる。そんな姿を見た響希は軽く溜息をつき、少し思案する。
「(うちの副会長は些か真面目すぎる。真面目なのは良い事なのだが、あんまり肩に力を入れすぎないで欲しいし、どうにかしてもう少し柔らかく出来ないだろうか)」
生徒会が発足して早半年。当初から生徒会長として託された任をしっかりこなすと気概を持ってやって来た。
慣れない仕事で苦労することがあっても、生徒会のメンバーと支え合いながら乗り越えた。まだ半年ほど仕事は残っているが、今のところ順調に進んでいるのだ。
この半年を通して、生徒会のメンバーの事についても徐々に知ることが出来た。
仕事上特に副会長とは接する機会が多い。それ故、橋本美琴という人物の人となりについて、響希はよく知っている。
任された仕事は期日前に必ず終わらせ、その後の確認も怠らない。勉学についても夜中まで行う努力家で、チャラチャラとした遊びには参加しない。
真面目という言葉を完璧に体現する美琴は、学校内でも比較的知れ渡っている存在だ。共に過ごしてきた仲間としては、その印象が更に強い。
だからこそ、響希はもう少しその真面目さが崩れては良いのではないかと考えていた。
そんな風に響希が考えを巡らす一方、副会長の方はというと―————。
〇
「(あー!会長カッコよすぎるぅぅぅぅぅ!!!)」
机の上に置かれた一つの資料と向かい合い、私は心の内で声に出して叫びたい気持ちを抑える。それも眼前にいる会長の存在に私が耐えられないためである。
「(会長褒めてくれた………流石副会長様だって。私なんて会長の足元にも及ばないのにっ!会長優しい!好き!)」
自分の思考の中を読める人がいたらドン引きされるであろう言葉を浮かべながら、私は意中の人の事をただただ考えていた。
私、橋本美琴は目下の男子生徒、三条響希の事が好きだ。
好きな理由なんて聞かれたら、きっと私の口は止まらないだろう。品行方正、頭脳明晰、運動神経抜群。まるで漫画の世界から出てきたような完璧超人な生徒会長。
そんな彼に惹かれるのは副会長として彼のそばで働いていれば必然だった。彼の優しさを、優秀さを身近で感じたからこそ、私は彼のことを自身をもって好きだと言える。
でも、その気持ちを当の本人に伝えることはできない。
会長は優秀だ。なるべくして生徒会長になった人だ。そんな彼の隣にいれるような、釣り合うような人では私はなかった。
勉学だってスポーツだって、上位に入るが会長に比べれば劣る。真面目に努力は重ねてきたが、彼を追い越す、または並べるようになるまでにはまだ到達していない。
私は会長と釣り合う存在ではないのだ。だから私は、まだ自分の気持ちを伝えるわけにはいかない。会長の横に自信をもって立てるようになるまで。
まあでも、好きな人と二人きりの空間になれるこの場所は本当に幸せを感じる。願わくば、いつまでもこの時間が続けば良いのに。
なんて、そんな風に考えていると。
「失礼しまーす」
突如現れたのは二人の生徒。一人は短く纏められた茶髪ショートカットの女子生徒と、もう一人は爽やかな印象を持たせる黒髪の男子生徒。その二人の生徒の正体は、生徒会会計の
「生徒会会議の会計資料作り終えたので持ってきました」
「自分はその付き添いでーす」
二人きりの空間が……………といった少しの落胆が芽生えるが、ここにいるべきはずである生徒会役員に文句も言ってられない。私は構わず目の前の仕事に取り掛かる。
「あ、先輩お疲れ様です」
そう私に声をかけてきたのは、書記の桜根叶芽だった。書記の叶芽は二年で、私含め会長も会計も三年であるため、生徒会の中での唯一の後輩である。
「お疲れ様」
「………お邪魔したみたいで悪かったですね。会長と二人きりの空間を」
「っ…………………………」
にまにまと意地の悪い笑みを浮かべる叶芽に対し、私は思わず表情を歪める。
そう、この桜根叶芽には私の会長への好意がバレているのだ。というか、会長以外の生徒会メンバーはそのことを理解している。その面々が言うには傍から見れば一目瞭然だと言葉を漏らし、私はそれにまったく納得出来なかったが、どうやら外野から見ると私の会長への好意はダダ漏れらしい。
………当の意中の人にはバレていないようだけど。
「それを分かっているなら気遣いというものはないのかな?後輩君?」
「いやー、会長をこんな欲にまみれた獣と二人きりにさせるのは申し訳ないですから〜」
「はあ!?誰が欲にまみれた獣よ!」
「だって実際そうでしょ?真面目に見せ掛けて会長に劣情を抱いている副会長さん。どうせ会長の姿をチラ見しては心の中で好き好きとか連呼してるんじゃないですか?」
「なっ………そ、そんな訳ないじゃない!」
「わかりやすいなぁ」
呆れ混じりにため息を吐き、叶芽はまあいいです、と会話を切って会長の方へと向かっていく。そして、叶芽はとんでもない言葉を切り出す。
「会長〜、実は渡さなきゃいけないものがありましてですねー」
ポケットをガサゴソと漁り、あったあったと一言言い終え、叶芽はそれを机に置く。一目見て分かること、それは一通の手紙だった。
「これは…………手紙?」
会長は怪訝な顔でその手紙を持ち、裏表と引っくり返してそれを凝視する。
「そうですそうです。会長宛のラブレターですよ」
「んぐ!?」
叶芽が言葉を発した途端、大きな物音が生徒会室に響き渡る。その音の正体というのは、何を隠そう私が机に思いきり足をぶつけた音だった。突然の騒音に3人の視線が一斉に私の方へと突き刺さる。
「だ、大丈夫か?副会長。何か問題でもあったか?」
「い、いえ!な、なんでもありません」
恥ずかしさから顔の熱が高まるのを感じ、早口になりながらも言葉を返す。姿勢を正して目の前にあるパソコンの方に視線を固定しようとするが、今起きている状況を鑑みればそれどころでは無かった。
会長は私の奇行に困惑しているようだったが、微妙な表情ながらも気にせず叶芽との会話に戻っていく。
「それで、これをどうして私に?」
「クラスの人に頼まれたんです。会長にこれを渡して欲しいって。誰からかは中身を見れば分かるそうですよ」
「ふむ。………それにしても手紙か」
会長が物珍しそうに見ていると、朱里は会長の考えを読み取ったように言葉を放つ。
「珍しいですよね、今どきラブレターなんて」
「そうだな。だからこそ、少し新鮮ではあるのだが」
「まあ、会長なら一杯もらってそうですけどね」
「おいおい、朱里にとって私のイメージはそんななのか?」
「会長がモテモテなのは一目瞭然ですし。ねえ、叶芽」
「そうだね〜、学年問わず会長の人気はとても高いですから。というか、会長って彼女いないんですか?」
か、会長に彼女!?確かに実際に聞いたことがないから、もしかしたら会長に彼女がいる?
そうだとしたら、私の恋は容易く打ち砕かれてしまうが………。
「いや、いないな」
「(よしっ!)」
喜びを口に出してしまいそうになるのを抑え、私は机の下で小さくガッツポーズをする。
「え、そうなんですか。ちょっと以外です」
会長の返答に朱里は驚いたように口を開く。同様に、叶芽も驚きを顕にしていた。
「え〜?会長何でですか?告白とか滅茶苦茶されてますよね?この前校舎裏でされてるの僕見ましたよ」
「って、おい、勝手に覗き見るなよ。………まあ、恋愛というものに興味が無い訳では無いのだが。告白されるのはほとんどが話した事ない相手だし、そんな中で付き合ったとしても相手に申し訳ないじゃないか。私は相手の事を好いてもないのに。そんな私と付き合っても面白くないだろう?」
「う〜ん、会長は真面目ですね〜。一回付き合ってから相手のことを好きになるって事だってありますよ?というか、会長と付き合えたら皆滅茶苦茶喜ぶだろうし、面白くないことは無いと思いますけどねー」
「そうか?………そういうものなのか」
叶芽の言う通り、会長と付き合えたら滅茶苦茶嬉しいし、絶対楽しい。学校の大多数が会長の事を評価している筈なのに、どうしてか会長は自己肯定感が低い。
そういう天狗になっていない所も凄く好きだけど、お節介ながらもっと会長は自信を持っても大丈夫だと思ってしまう。
「まっ、だからそのラブレターの事はしっかり考えてみたら良いんじゃないですか?」
「そうですよ。あ、でも、中身が変な内容だったら教えてくださいね。その差出人と叶芽にはちゃんと叱っておきますから」
「な、なんで僕も!?」
「会長に変な輩の手紙を間接的に渡した時点で叶芽も同罪よ」
「ぐっ、変な事は書いてないと信じよう………」
朱里と叶芽の掛け合いに会長は少し苦笑し、手紙をバッグに入れる。
「分かった、二人の言葉を参考にしてみるよ。ありがとう。それと、会計資料の方もありがとな」
「いえいえ、任された仕事なので」
「会長にはお世話になってますから〜。会長も僕らにどんどん頼ってくださいね」
「ふふっ、そうだな。そうするよ」
そうして朱里と叶芽は会長に一礼をし、更に私の方にも同様にして生徒会室を後にした。
また、私と会長の二人だけの空間に戻る。会長は朱里からもらった会計資料に目を向け、仕事に取り掛かった。
先ほどの会話が終わったことによる沈黙。私のパソコンのキーボードをたたく音と、会長の資料をめくる音。その二つのみの音が数十分ほど響き渡った後のこと。
「なあ、副会長」
会長は会計資料をファイルにしまい、唐突に私の事を呼んだ。
「何ですか?」
私はキーボードから一度手を離し、会長の方へ向き直る。
「副会長は恋愛に興味あるのか?」
「え……………」
何とも返答に困る質問が会長から飛んできて、私は思わず言葉に詰まった。
「まあ…………なんだ。さきほど恋愛の話になったとき、副会長にあまり話を振らなかったからな。副会長はどうなのかと思って」
少しくぐもった声を発しながら会長はそう言葉にする。
恋愛に興味がないわけではない。寧ろバリバリある。というか貴方が好き。付き合ってよ。
……………とまあ、そんなことを口にすることが出来るわけはなく。
「人並みにはありますよ」
無いと言ってはちょっとあれかなと、いらない保険を掛けつつ返答する。
「ふむ、そうか。……………やはり、高校生となれば一度は恋愛というものをしてみるべきなのだろうか」
「え……………?会長、もしかして誰かと付き合ったこととかないんですか?」
「ああ、そうだな」
驚愕した。こんな顔が良くて、頭も良くて、運動も出来て、性格も良い会長が誰とも付き合ったことがないなんて。
「ほ、本気で言ってます?会長絶対に今までたくさん告白されてきてますよね?」
「む、副会長も私をそう思ってるのか」
そりゃそうでしょうよ。モテの化身みたいな存在なんですから貴方は。
私の言葉が不服だったのか、会長は少し口をとがらせて不満そうな表情を露わにしていた。
「確かに告白をされたことは何度かあるが、全て断ったきたんだ。さっきも言ったが、告白してくるのはだいぶ関係値が薄い人たちばっかりでね。勉強やら部活やら生徒会やらに熱心になってたから、一定のレベルまでの仲にまでしかならない友達も多かったし。だからこそというか、まあ悪く言うとあまり興味のない人にしか告白されなかったな」
「な、なるほど……………」
会長らしいと言えば会長らしい。まあでも、会長も罪づくりな人だとは思う。だって、会長は自分の価値が分かってない。顔が良い人から優しくされれば、思春期の女子なんて一瞬で好きになってしまうんだから。
告白して玉砕した女子たちには深く同情する。
「申し訳ないが、今回も断るだろうなあ。朱里たちに言われた手前ちょっとあれだが」
会長はバッグから手紙を取り出して右手に持ち、少し上に掲げてそう発した。
私としては会長が誰かと付き合ってほしくないからそれで良いんだけど。
「…………会長は今興味のある人とかはいないんですか?」
正直いてほしくはないけど、一応の確認のために私は質問した。
「興味……………うーん」
会長は深く考える素振りをして悩み始める。
「興味………興味……………」
ぶつぶつと口にして、思いのほか悩んでいる会長。私は思わず乾いた笑みが零れてしまう。あー、これはきっといないんだろうなと、もしいたとしてそれが私だったらという淡い期待は粉々に打ち砕かれた。
「いる」
そう、思っていた。
「ぇ……………その人は……………」
いったい誰。クラスの人?同級生?二年?一年?はたまた年上の人?嫌な想像ばかりが広がってしまい、私は会長の返答が来るまで息を詰まらせる。
「きみ」
瞬間、時が止まったかのように静寂に包まれた。柔らかく微笑む会長の表情に吸い込まれる、私の視線。
「君、橋本美琴には興味がある」
どこからともない一陣の風が生徒会室に吹き荒れた。