智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜   作:嘉神かろ

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四の浪 王都エルデン②

「で、結局なんなのさ、そのエスプレ教とかスピリエ教とか」

 

 宿を決め、借りた部屋に入ってすぐにアストが聞いて来た。そういえば説明していなかった気がする。

 

「どちらも三女神信仰から分かれた精霊信仰よ。スピリエ教の方は割と穏やかなんだけれど、エスプレ教は少し過激ね。それと、亜精霊を神たる精霊を騙る紛い物として忌み嫌ってる」

「ああ、なるほどね。僕らは精霊を騙っている訳じゃ無いんだけどなぁ。実際、生まれは近いし」

「まあ、信じたいものを信じるのが人間だから」

 

 そういう物かなぁ、なんて不思議そうに呟く彼に、少しばかり胸の内のモヤモヤが晴れる。

 あまり気にしても仕方のない事だし、あの気配は覚えた。近くにいたらアストを隠す事だけ留意しておこう。

 

「さて、それじゃあ本屋さんを探しに行きましょうか」

「ホントに直ぐだね。一息つく暇もない……」

 

 まだ不満そう。いい加減諦めたらいいのに。

 部屋の設備確認は、まあ帰ってからでいいか。王都のそこそこの宿だから、それなりに魔道具も使われているだろうけれど、日本の宿を基準にしたら微妙と評価する域を出ないだろうし。

 

 そんなわけで渋るアストをさっさと帽子の中に押し込み、宿を出る。宿の人曰く、本屋さんは街の中心部の方にあるらしい。まあ、技術書や歴史書の類だって高価なんだし、貴族や豪商の多い地域に店を構えるのは当然か。

 

 それにしても、このエルデンの街はアインスの街とは随分建築様式が違うように見える。石材が主に使われているのは、森からの距離を考えるとおかしくは無いのだけれど、あちらよりも建物の形自体がシンプルで屋根の傾斜も大きい。

 侵略の歴史、というやつだろうか。この辺りとアインスのある辺りは元々別の国だったようだし。この世界は魔力濃度で環境が決まるから、魔力濃度が高く温暖で肥沃で南部に向けてエルデア王国が侵攻したらしい。何百年も前の話で、もう殆ど確執なんかも残っていないみたいだけれど。

 

 私がアインスからエルデンまで来るのに地球の暦で半年以上掛かったのは、結果的にこの国が南北に長くなってしまった為だ。

 まあ、それは良いとして、これ以上北に行くのなら寒さへの備えも必要になるかもしれない。ぶっちゃけ魔導でどうにでもできるのだけれど、それっぽい恰好は必要だろう。TPOというやつだ。

 

 余談だけれど、この世界は創世の経緯が理由で平面世界になっている。それでも四季があるのは、嘗ての惑星としてあった旧世界に合わせて女神や精霊たちが環境を整えているからなのだとか。

 

 閑話休題。

 

「アスト、本屋、見つけたよ」

「ふーん」

 

 帽子から顔をのぞかせる気配はなし。思った以上に拗ねているらしい。仕方がない、売ろうと思っていた質の良い魔石を一つあげよう。

 

「これ食べていいから、そろそろ機嫌を直してくれない?」

「……ソフィアがそこまで言うなら、仕方ないなぁ」

「ありがと」

 

 漸く帽子から出て、肩の上で美味しそうに浮かせた魔石を舐める様子を見るに、本当に機嫌を直してくれたらしい。ちょろい。身体も幼体だけれど、精神的にもまだまだ子どもみたい。

 かく言う私もアストにはなんだかんだ甘いのかもしれないけれど。

 

 なんてやり取りをしている間にも本屋に着。今の私は、傍目にもご機嫌なのが丸分かりだろう。口角が限界まで上がっている感覚があるし、傍のお店の窓ガラスに映った私の瞳が明らかにキラキラとしていた。油断をすれば鼻歌を歌いだしてしまいそうだ。これではアストの事を言えない。

 

「失礼、身分証を拝見しても?」

 

 そんな私を、店の入り口で止める声が。

 襟の閉まった小奇麗な恰好をしているが、このお兄さん、身のこなしが明らかに只者ではない。徒手空拳の達人とか、そんな感じだろうか? 武器をどこかに隠し持っているのかもしれないけれど、どちらにせよ、その辺りのゴロツキなら涼しい顔でひと捻りにしてしまうだろう。

 

 まあ、品質のいい紙は材料の種類を問わず簡単に量産出来ないらしいし、本にもなると装丁にも手が込んでいて下手な宝石より貴重みたいだから、こういうチェックがあってもおかしくないか。ギルドの筆記試験で使ったような紙になると途端に一山いくらとなるようだけれど。

 

「これでいい?」

「お預かりいたします。……他の身分を示せるものはお持ちでなかったでしょうか?」

「ええ、それだけよ」

 

 ふむ、これは、もしかしてしまうのだろうか。

 

「失礼ながら、あなた様は当店に入店いただくには資格が不十分なようです。こちらはお返しします。どうぞお引き取りください」

 

 もしかして、しまった。

 嘘でしょう? ここまできて、入店すらできないだなんて。この扉の向こうに、物語が溢れているというのに?

 

「ソフィア、落ち着いて。色々漏れてる」

 

 ……はっ。危ない。私としたことが、魔力やら殺気やらが駄々洩れになっていた。お兄さんは表情一つ変えていないが、よくよく見れば脂汗を滲ませている。不老になってしまう程の魔力を殺気と一緒にぶつけてしまったのだ、当然か。

 

「ごめんなさい。少し、動揺してしまったわ」

「少し?」

 

 ええ、少しよ。

 

「いえ、お気になさらず。それほどのお力をお持ちでしたら、すぐに当店をご利用できるようになると思われます」

「そうなの?」

「はい。冒険者ランクB以上の方でしたら十分に資格有りと見做されますので」

 

 ここでもBランク。

 これは、冒険者の仕事をサボっていた付けが回ってきた感じかしら。

 

「ありがとう。また来るわ」

「お待ちしております」

 

 たしか、前に仕事をした時に昇級が近いと言われた記憶がある。こんなことならもう少し依頼を受けておけばよかったと思うけれど、ぐちぐち言っても仕方がない。早速ギルドに行ってみるとしよう。

 

 そう思って踵を返そうとしたら、嫌な気配を感じてしまった。

 

「アスト、隠れて」

「ん、了解」

 

 帽子を持ち上げてアストが隠れたのを確認し、振り返るのと、そいつがこちらに気が付くのは殆ど同時だった。危ない。

 

「ふんっ、資格を持たずに来た身の程知らずか。どけ、貴様のような下賤の者が来る場所ではない」

 

 予想通り、そいつの容姿は整っていた。けれど、中身は真逆だったらしい。

 

「嫌な奴」

 

 アストが小さく呟くのが聞こえた。

 私が素直に従って場所を譲ったら、そいつはフンと鼻を鳴らし、エスプレ教の教会の聖印をお兄さんに見せる。確かあれは、司教のモノだったか。

 

「ゼレガデ様、いつもご利用ありがとうございます。どうぞお通りください」

 

 お兄さんの言葉を無視して、ゼレガデと呼ばれたそのダークエルフは店の扉を潜っていった。その向こうには、沢山の本。

 

 よし、急いでギルドへ行こう。善は急げだ。

 

「アスト、もう良いわよ」

 

 早足でギルドのある方へ向かいながら声をかけると、彼はひょこりを帽子から顔を出す。ただ自分で歩く気は無いようで、辺りを見回した後その体勢のまま落ち着いてしまった。

 

「ソフィア、全然気にしてないの? さっきのあれ」

「うん? ああ、ゼルなんとかってダークエルフのこと?」

「ゼレガデね」

 

 一文字目しかあっていなかった。まあ良いけれど。

 

「だって、あんなの相手にするだけ無駄じゃない。放置しても害があるわけでもないし、無視してい置けばいいのよ」

「寛大すぎ」

「そういう訳ではないんだけれど……」

 

 どちらかと言えば、これは傲慢さによるものだろう。少し大きな蟻が足元で草を鳴らしたとして、怒る人間がいないのと同じこと。

 態々口にはしないけれど。

 

「そんな事より、ギルドはどこかしら? こっちの方だって聞いたのだけれど」

「あの建物じゃない? 血の匂いが濃いし」

 

 アストの指さした先にあるのは、周囲より明らかに広い建坪の大きな建物。他と同じように石材を積み上げたシンプルな造りの建物だが、魔導的な防御が段違いの強度で施されている。近づいてみると、冒険者らしき人々ばかりが出入りしているのが見えたのでギルドに違いないだろう。

 

「ギルドはいざという時の避難所にもなっているって聞いたけれど、さすが王都ね。これの維持にどれだけの魔石を消費しているのかしら?」

「ソフィアなら自分の魔力だけで維持できるでしょ」

「それは、そうね」

 

 何を張り合っているのやら。思った以上にさっきのアレを気にしているらしい。資格を持っていなかったのは間違いないというのに。

 そんな風に呆れていると、覚えのある気配がギルドから出てきた。

 

「あ、さっきのお姉さん!」

 

 あちらも私たちに気が付いたみたいで、駆け寄ってくる。連れはいないみたいなので、彼女もソロなのかもしれない。

 

「こんにちは、スピリエ教のエルフさん」

 

 どことなく子どもっぽいから、見た目通りくらいの年齢なのかもしれない。長命種は人族よりも精神の成熟が少し遅いらしいから。低身長の私をお姉さんと呼んでいるのもあるし。

 

「こんにちは。また会えて嬉しいな!」

「ふふ、ありがとう。あなたは、依頼の報告でもしてきたのかしら?」

「そそ! お姉さんは? 依頼を受けるにはもう遅い時間だよね」

 

 たしかに、もう碌な依頼は残っていない時間だ。正直気が流行っていたのは否めない。

 

「ちょっと急ぎでランクを上げる理由が出来たから、さくっと常設以来でも(こな)そうかと思ったの」

「ふーん? お勧めのやつを教えられたら良かったけど、私も最近来たばかりだしなぁ?」

 

 純粋に力になろうとしてくれているみたい。良い子そう。こういう子は甘やかしたくなってしまうけれど、急には不審者か。がまんがまん。

 

「大丈夫よ。ありがとう」

 

 そう微笑みかけたのだけれど、彼女は不満らしい。私、彼女に何か気に入られるような事しただろうか? アストがいるから? 下心は無さそうだけれど、不思議ね?

 

「あ、そうだ! 今度一緒に依頼を受けない?」

「まあ、それは別に構わないんだけれど……」

「やった! それじゃあ早速……って、用事があるんだった。細かい話は明日、ギルドでしよ!」

 

 私が頷くのを見るや否や、彼女は走りだす。そして呼び止める間もなく人ごみの中に消えてしまった。

 

 

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