智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜   作:嘉神かろ

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九の浪 龍人族の里②

 いつものようにアストを帽子の中に入れ、石を積み上げた階段を降りる。若干煤っぽさの混じった煙は独特の甘みと塩気を孕んでいて、私のお腹まで音を立ててしまった。

 視界の上からにゅっと出てきた顔がニンマリとした笑みを作っていたから、指先で軽く小突いておく。

 

「あでっ」

 

 初めに比べたらずいぶんと大人びたアストだけれど、こういう所はまだまだだ。他の精霊猫は知らないから比較できないけれど、寿命を考えたらこんなものなのかもしれない。

 

 階段を下りきると、途端に人通りが増えた。大きな街に比べたら歩きやすいにせよ、やっぱりそれなりの影が見える。その中に龍人族以外はなく、格好も着流しに似た服ばかりが目についた。例外は門番と同じ、道着を改造したような防具だ。

 

 彼らの表情は明るく、活気もある。私たちの姿を見つけて怪訝な顔をすることはあっても、それだけだ。不自然に排外的な印象は受けなかった。

 たぶん、門番が通した時点で客人扱いなのは確かだと考えているのだと思う。

 

「これだけ賑わってるなら外食って概念はありそうだね」

「そうね。いつかの村みたいに全部自分でやらなくていいのは助かるわ」

 

 滅多にないけれど、時々宿もレストランの類も無い村はある。旅人がそれなりに多い世の中だから、よほど辺鄙な場所でなければ宿くらいはあるものだけれど。

 そのよほど辺鄙な場所ではあるから、無いことも考えていた。

 

 ……そういえば、私のせいで滅ぼされてしまった村も何も無かったわね。忌むべき地として長く人の寄りつかない場所になっていたらしいけれど、人族あたりならそろそろ新しい村を作り始めているかしら。

 そのうち様子を見に行ってもいいかもしれない。意味のないことではあるけれど。

 

「んっ、ソフィア、ココアの匂いがする」

「えっ?」

「あっち」

 

 驚いた。流通も殆どなさそうな場所なのに。

 

 アストの腕が指した方向に歩くと、藍色の暖簾を下げた建物が見つかった。(ひさし)の上には板材に文字を掘り込んだ看板もある。茶屋と付いているから、食事処で間違いない。もっと古い方の意味でなければだけれど。

 

 暖簾を帽子の先に引っ掛けながら潜り、引き戸を開ける。目があったのは、明るい印象を受けるお姉さんだ。

 

「こんにちは……」

「はいいらっしゃいって、人族? 珍しい」

 

 割烹着……。ここまで揃うと、日本人の関与は確定的ね。いえ、日本好きの外国人の可能性もあるか。

 

 他のお客さんも気になるみたい。こっそり伺うような視線がいくつも。悪意を含むようなものは無いから、気にする必要はなさそう。目立つのは好きではないのだけれど、こればかりは仕方ない。

 

 アストも問題ないって言うから、そのまま案内してもらう。通された席は、調理場の見えるカウンター席だ。

 お品書きは、卓上には無い。定食屋みのある店内を見渡すと、壁に木札の掛けてあるのを見つけた。端の方、飲み物らしき名前が並んでる辺りには、ココアの文字も見える。同じ呼び名なのは、旧世界時代からあるような古い言葉だからかしら?

 

「焼き魚定食を一つもらおうかしら」

「僕もそれで。あとココアね」

 

 焼き魚とココア……。まあ、いつものことね。

 

 アストと他愛もない話をしながら待っていたけれど、こうも聞き耳を立てられていては話しづらい。話を打ち切り、少し首を伸ばして厨房の中を覗き込んでみる。中にいるのは、さっきのお姉さんを含めて三人だ。親子っぽい。

 かまどの火で調理してるみたいだけれど、店内に煙たさは無い。煙突技術が発展してるのかしら?

 

「お客さん、何か気になることでもあった?」

「ああ、いいえ。ただ、この里の調理場に興味があっただけよ」

「まあ外とはあんまり関わらないとこだからね。旅の人が来ることもほぼ無いし、必要なものがあればこっちから買いにいくし」

 

 だから前の町だと、だいたいの位置しか聞けなかったのよね。

 

「それで、わざわざこんな所まで何しに来たの? 里に入れてもらえたってことはうちのやり方も知ってるんだろうけど、巡礼とか?」

「いいえ。この里に旧世界時代の文献があるって聞いて、探しに来たの」

「ふーん?」

 

 この様子じゃ知らなそうね。他の客にも反応する気配は無かった。

 

「その旧時代ってのが何かは知らないけど、まあ頑張ってね。ほいっ、お待たせ」

「ありがとう。気長にやるつもりよ」

 

 ものがものだから、元々簡単に情報を得られるとは思ってなかったし。

 

 カウンター越しに渡されたのは、四角いお盆に乗せられた一セット。焼き魚の皿の端には白い何かに黒い液体を垂らしたようなものが添えてある。

 

「大根おろしに醤油……」

 

 こっちのはお味噌汁ね? ご飯も白米。お漬物まで。味も殆どそのまま。地域のバリエーションの範囲。

 長期間滞在できるのは寧ろ嬉しい話かもしれないわね。エピソード記憶がほとんど皆無で体も別物なのに郷愁を覚えるんだから、ソウルフードとはよく言ったものだ。

 

 久しぶり、と言って良いのか分からない和食に舌鼓を打った後は、宿へ寄る。茶屋のお姉さんに教えてもらった場所で、巡礼者が主に使う場所みたい。

 

 入り口は少し大きめの引き戸。この部分だけ少し外周のラインから張り出していて、左右を見ればそれぞれに周囲の建物が入るくらいの長さの外壁が続いている。

 二階建ての建物は例によって木で造られており、上に視線をやれば、窓の向こうに障子らしきものが見えた。

 

「旅館、ね……」

「りょかん?」

 

 思わず呟いてしまったけれど、アストが分かるように説明するとなると困るわね。日本式の建物や設備のお宿って言ったところで伝わらないだろうし。

 実際そのままの外観なんだけれど、この世界だと龍人族式になるでしょうから、私が旅館の名前を漏らした説明にならないし……。

 

 ああ、そうだ。ちょうど良い言い訳があったわ。

 一応検索をかけてみたら、龍人族のこれも旅館と呼称すると書いてあった。これなら矛盾はしないでしょう。

 

「『智慧の館』にそう書いてあったの」

「ふぅん?」

 

 別に前世の記憶のことは隠してるわけじゃないんだけれど。たまたま機会が無かっただけで。

 

 まあ、そうね。今言ってしまおうかしら。アストに話す分には大した話ではないし。

 

「というのも嘘ではないけれど、前世の記憶にこれと同じようなものがあったのよ」

「なるほどね。……前世?」

「そう。それもこことは違う世界の」

 

 さすがに軽すぎたかしら?

 もう少し雰囲気を作っても良かったかもしれないわね。

 

「揶揄ってるわけじゃなさそうだね。それにしては軽すぎるけど」

 

 やっばり。このジト目は甘んじて受け入れよう。

 

「あっさり信じたわね」

「まあ、ソフィアはソフィアだし。色々変なのにも納得した」

「アスト?」

 

 まったく。帽子の中に隠れるなら言わなければ良いのに。けっきょく私の頭の上にいるままだし。

 後で頬っぺたムニムニの刑ね。

 

 頬を少しばかり緩めて、引き戸を開ける。案の定というべきか、中もイメージの通りだ。靴も脱ぐらしい。

 

 脱いだ靴をすぐ横の下駄箱に入れるのと、奥から着物姿の女の人が出てくるのとは殆ど同時だった。彼女は鮮やかな赤い鱗と瞳を持った美人さんで、歳は、二十代前半くらいかしら。龍人族も長命種だから実際はもっと上かもしれない。雰囲気からしてこの宿の人なんでしょう。たぶん、引き戸のガラガラと鳴る音を聞いて出てきたのね。

 

「いらっしゃい、噂の人族さん。そろそろ来る頃だと思ってた」

 

 こういう噂の広がり方はちゃんと村って感じね。他に宿があるのかは知らないけれど、あのお店を使ってたって話まで広がってたなら予想できるような環境なんでしょうね。これは下手なことをしないよう細心の注意をはらった方がいいかもしれない。

 

「滞在期間ははっきり決めてないんですけれど、たぶん、長めにいることになると思います」

「何か探してるんだってね。お代は十日分ごとにくれたらそれでいいわ。十日経つ前に出発するなら差額分は返すから」

 

 返してくれるのね。こういう辺境の宿だと仕入れの都合だとか何かしらの理由で返金されないことが多いのに、ずいぶん良心的。巡礼者が使うことが多いからなのかもしれないけれど。

 

 数日分の宿代くらいは気にしなくて良い程度には稼いでいるけれど、ありがたいものはありがたい。助かりますと礼を言って、ひとまず最初の十日分を渡す。

 

「はい、たしかに。それじゃ、案内するよ。低い方と高い方、どっちがいい?」

「えっと、じゃあ、低い方で」

「ならこっち。ついてきて」

 

 何のことかと思ったら、すり鉢状になった里の底側か縁側かという話だった。縁側の景色がどうかは分からないけれど、少なくとも後悔はしなくて良さそうだ。案内された三階の部屋の窓からは、段々状に下がっていく家々や反対側の町並、それに綺麗に晴れた青い空がよく見えた。

 

「夕飯は部屋で食べる? 外に行く?」

「今日は部屋で食べます」

 

 旅の疲れも癒したいし。上方収集は明日からでも遅くはない。

 

「了解。何かあればさっき教えた辺りにいるから。鍵はここに置いておくよ」

 

 赤い鱗の彼女は笑顔でそれだけ言って、部屋を出て行く。音もなく扉が閉められると、私とアスト、それから畳のものらしい草の香りだけが残った。

 

「ふぅ」

「お疲れ様。夕飯までゆっくりするの?」

「そのつもりよ。本でも読みながらね」

 

 靴を脱いで畳の上で過ごすなんていつぶりかしら。いえ、ソフィアとしては初めてね。でも、やっぱりなんだか落ち着く。

 

「僕は、どうしようかな。代わった部屋と建物だし、ちょっと探検してこようかな」

「和室は、そうね。他じゃ見ない。好きにしたらいいわ」

 

 帽子を脱いで頭の上のアストを抱える。そのまま畳に下ろそうとして、気が付いた。外を歩いていた足で歩き回らせるのは良くない。魔導で綺麗にしてあげると、彼はくすぐったそうに身をよじらせた。

 

「もし外に出るなら、入る前に自分で足の裏を綺麗にするのよ」

「ああ、うん。分かった。それじゃあ行ってきます」

 

 器用に引き戸を開けて出て行く二尾を見送って、もう一度息を吐く。さて、夕飯までは何を読んでいようかしら。せっかくの旅館。情報収集に支障が無い範囲で満喫したい。

 

 

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