智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜   作:嘉神かろ

59 / 60
九の浪 龍人族の里③

 翌朝、障子の向こうから差し込んでくる白い光に目を覚ます。けれどすぐには布団から出られない。畳に敷かれたその中は、はっきり目が覚めていても中々出られないくらいに快適だ。

 

「おはよう、ソフィア」

 

 それもアストには関係が無いようで、すっと畳の上に降りて体を伸ばしているのが見えた。

 

「ええ、おはよう、アスト」

 

 仕方なく私も外に出て伸びをする。布団の誘惑を断ち切らなければいけなかったことを除けば、最高に近い目覚めだ。これで温泉でもあったなら完璧だったんだけれど、ここの大浴場は違うらしい。

 火口に造られた里なのだし、どこかにはあってもおかしくない。遺物のついでに探してみようかしら?

 

「今日は情報収集だよね。いつもならとりあえずギルドに行くけど、あるかな?」

「無さそうよね。まあ、いったん里の中をぐるっと回ってみましょ」

 

 それっぽい遺跡か図書館的な何かがあれば話は早いけれど。期待はできないから、聞き込みが主になるでしょうね。

 

 部屋を出るときにした予想は見事に当たって、少なくとも私たちの行けた範囲には求める情報がありそうな施設は何もなかった。それだけなら良かったんだけれど、現状はもっと酷い。

 

「幻のお酒のときより情報がないんだけど、ソフィア、何か色々間違ってない?」

「それは無いと思いたいのだけれど……」

 

 多少の推測も入っているとはいえ、情報源は『智慧の館』。例えばその管理者が意図的に騙そうとしただなんて話でもない限り、間違いはないはずだ。

 

 なんにせよ、このままではどうしようもない。最悪は足を使って地道に探すこともできるけれど……。

 

「――うん? 妙に人が集まってる気配があるわね」

「だね。あの門の先かな」

 

 あれだけ人がいるなら、一人くらいは手がかりを持ってる人もいるかもしれない。これでダメなら、一度宿に戻りましょう。

 

 観音開きの門を押し開き、壁に囲まれた道を辿って奥に向かう。やがて聞こえてきたのは、固いものがぶつかり合う鈍い音と気合いの入った声だった。

 

「これは、修練場ね」

「凄い賑わってる。ここであれこれ聞くのは難しそうだね」

 

 違いない。火口の内側を削って作ったような広場には二十を超える龍人族がいるけれど、誰もが一心不乱に武器を振るっていて邪魔しづらい。

 

 そういえば最近は移動ばかりで、鍛錬らしい鍛錬ができていなかった。気分転換がてら、少し体を動かそうかしら。

 

「私たちも使って良いか聞いてみましょう」

「てことは聞き込みは終わり? やった!」

 

 やっぱり飽きてたのね。なんとなくそんな雰囲気は感じてた。

 まあ、誰に聞いても知らないの一言で終わらせられていたし、アストが嫌になるのも分からなくはない。

 

 誰に尋ねようかしらと視線を巡らせれば、ちょうど休憩に入るらしい女性が目に入った。白髪に黒のメッシュの入っているのが特徴的で、鱗はサファイアのような青。この中ではかなり上位の実力者でしょうから、許可を求める相手としてはちょうど良いかもしれない。

 

「すみません。旅の者なんですけれど、私たちもここを使ってもかまいませんか?」

「ん? あー、まあいいけど、絡まれても知らないよ?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

 少なくとも今私に気が付いている人たちからは悪意を感じないけれど、もし絡まれたら、相応の対応をするだけね。

 ともかく、まずは型稽古をひととおり済ませましょうか。その後は、アストに相手してもらおう。

 

 不意に剣呑な声をかけられたのは、大森林にいたころから続けている素振りを終える頃だった。

 

「おい」

 

 声の主は、つい今し方修練場に入ってきた気配。動きを確かめるようゆっくり振るっていた杖を下ろし、そちらを見れば、くすんだ色の鱗で槍を持った龍人族の男がいた。

 

「なにかしら」

「何故きさまのような軟弱な人族がいる。ここは我らが神聖なる修練場だ」

 

 ああ、そういえば龍人族は強者に敬意を払う質の強い種族だったわね。

 

「一応許可はとったのだけれど」

「関係ない、邪魔だ。とっとと場所を空けろ」

 

 見渡せば、たしかに気兼ねなくあの槍を振り回せるだけのスペースはなくなっている。

 最低限は終わっているし、別に譲ってもいいのだけれど、どうにもアストの癇に障ったらしい。どうにもさっきから、頭の上で微妙に剣呑な雰囲気を放っている。

 

 まったく、こんな若そうな子に。私が馬鹿にされたときの沸点の低さは相変わらずね。

 

 でも、そうね。この里で情報収集を続けるなら、郷に従う方が良いかもしれない。

 

「ええ、かまわないわ。けれど、私に勝てたらね?」

 

 ここで挑発的な笑みを一つ。

 

「ふんっ、生意気な。いいだろう。後悔させてやる!」

 

 やっぱり若いわね。これだけで分かりやすく心を乱して。

 帽子の中からアストを出してやれば、なんとも満足げな顔が。これではあまり絡んできた彼のことを言えない。

 

「何を笑っている。早く準備しろ」

 

 おっといけない。無意味に煽る趣味はないのだし、さっさと構えてあげましょう。

 

「魔導は使わないから安心して」

「ちっ」

 

 私たちの様子を見ていたのか、周囲で鍛錬していた何人かが手を止め、観戦の態勢に入る。これは好都合。邪魔してしまう後ろめたさも、好奇心に満ちたあれらの目を見てなくなった。

 

「それじゃあ、どこからでもかかってきなさい」

 

 さてさて、どれくらいやれば認めてもらえるかしらね。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。