智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜 作:嘉神かろ
⑤
揺れる灯りを頼りに案内されたのは、里の家々の中で最も高い位置にあって、最も大きなもの。玄関でさえ他の家々よりも明るく照らされたそこは、この里をとりまとめる長老の家だ。
「立場はあると思っていたけれど、長老の孫娘だったとはね」
「はは、驚かせちゃった。さあ、上がって」
女中さんに出迎えられ、長い砂壁の廊下を辿る。華美さは無い。彼らが祀る武神が質素堅実を好むとされていたからなのだろうけれど、なんとも懐かしさを覚える光景だ。
「お祖父様、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「良い。入れ」
ふすまの向こうからしわがれた、しかし芯の通った声が聞こえた。アマネさんについて中に入れば、くすんだ青の鱗で眼光の鋭い、白ひげの老人が目に入る。龍人族の寿命的に、百歳は超えていそうだ。けれど背筋はピンと伸びていて、まとう気配も強者のそれ。さすがというべきね。
肌をひりつかせる感覚も彼の放つ空気感のせいだろう。
「失礼いたします」
「うむ。……アマネちゃん、よく来たなぁ。修練場に行ってたんだろう? 虐められなかったか?」
ああ、そういう……。つい呆れた目をしそうになってしまうけれど、これから頼み事をする身。我慢我慢、って、アスト、あなたも耐えて。
「何かされたらお祖父ちゃんに言うんだよ? 懲らしめてあげるからね」
「もうお祖父ちゃん、別になにもないから。それよりお客さんだよ」
「ふむ?」
再び部屋を満たす緊張感。じろりと音の聞こえてきそうな視線が向けられて、積み重ねられた時の重圧が前進を襲う。
「お主は、昨日里に入った者だな。名は、ソフィエンティアだったか」
「はい。こちらはアスト。精霊猫です」
アストがぶるりと振るえる。力では私たちの方がずっと上のはずなのに。
「話はワシの耳にまで届いている。お主、どこで知った?」
ビンゴ。スズさんたちやティールデンの学者以外で初めて出会った、旧世界を知る人間。これは間違いなく何か知ってる。
「明かせません。ただ、神に連なるものからとだけ」
「神、か……」
長老は眉間の皺を濃くし、天井を睨む。時おりこちらを見る目には、幸い悪意や敵意の類いは感じない。
「旧世界時代の遺物。察して折ろうが、たしかにワシはその有りか知っておる」
身を乗り出しそうになるのを、どうにか抑える。『智慧の館』でも閲覧できなかった情報。旧世界の、女神たちとは異なる神に連なるだろうことは間違いない。
「だが、彼の地は、生半な実力の者に教えて良い場所ではない」
大丈夫。予想の範囲。あのスズさんと、ウィッチェルの湖を作った女神と同格の存在の遺しただろうものなんだから。
「ダンジョン化、しているんですね」
「そうだ」
つまり、示さなければいけないのは私たちの実力。それも迷宮都市のそれよりもずっと単純な。この里のルールは分かりやすくて助かる。
「長老さん、こう見えて僕たち、けっこう強いんだよ? 大迷宮の最高記録も持ってるし」
「ほう。女神の造りし迷宮か。だが、踏破はしておらぬのだろう?」
その意味が無かったから、と言っても意味がないわね。
「うぅ、でも、Sランクだし、魔ほ、導の腕だって凄いから!」
「そんなことは分かっておる。抑えてはおるが、その魔力量、老いを知らぬ身であろう。それでもまだ生半だと言っておるのだ」
なおも言い募ろうとするアストだけれど、長老さんの説得は難しそう。最悪、あると分かっているなら虱潰しに探すこともできるけれど、里と軋轢が生まれるようなことは無意味にしたくない。
「問題はそれだけでない。掟もある」
「掟って何さ」
「あれは我ら龍人族の秘すべきもの。お主達たちに読ませるならば、里の者をつけぬわけにはいかぬ。だが、あのような場所に同行できる者はおらぬのだ」
なるほど。信仰に関わる掟ね。そうするとますます私の求めるものである可能性が高くなるのだけれど、本当にどうしようかしら?
長老さんを納得させられる方法……。
「ねえお祖父ちゃん、私が付きそうってことじゃダメかな?」