智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜 作:嘉神かろ
⑥
「アマネちゃんがかい? もちろんダメに決まっているだろう。アマネちゃんが強いのは知ってるけど、あそこは無理なんだよ」
驚いた。アマネさんがそんなことを言い出すなんて。動機が分からないけれど、ダメね。長老さんの落差が酷すぎて気が散る。
「でも、誰かが行かないとなんでしょ?」
「それは、そうなんだけどね? うーん……」
ついついアストの方を見るとアメジストの瞳と目が合った。彼も同じ感想らしい。
うんうんと唸る長老さんの中ではきっと、可愛い孫娘のお願いを聞いてあげたい気持ちと、危険なことをさせたくない気持ちがせめぎ合っているんだろう。アストに置き換えたなら、その気持ちも分かる。
一応私たちとしては、このまま長老さんが折れてくれた方が都合がよくはある。
「ねえソフィア。アマネさんってAランクくらいだよね?」
「まあ、そうね」
その中の中堅ってくらい。もしそのダンジョンが長老さんの言うような難易度なら、簡単に死ねるとは思う。
やっぱり、今日初めて出会って一度一緒に温泉に入っただけの相手にそこまでさせるのは気が引ける。
「あの、アマネさん、そこまでしてもらわなくても」
「ほれ、お客人もこう言っておる」
長老さんも表情を転じてこちらの船に乗る。
「心配してくれてありがとう。でも、別にソフィエンティアさんのためってだけじゃないの」
私ためだけじゃない?
少し考えてみるけれど、アマネさんの利益になるようなことは思いつかない。彼女のことは何も知らないのだから当然だけれど。
これがティールデンの誰かだったら分かりやすかった。十中八九研究目的だから。
でも、長老の娘とはいえ、学者でもなんでもない人が旧世界の遺物に求めるもの?
「ねえ、ソフィエンティアさん。私はこのままこの里で修行を続けて、先に進めると思う?」
ああ、なるほど、そういうこと。
この里に来て見た戦士達を思い出す。冒険者でいうAランク以上は今のところ、彼女と長老さん、それから修練場で戦ったうちの一人くらいだったか。
周囲の魔物は、たしかに一般的には強力な存在が多いけれど、Aランクより上、それこそSランクと呼ばれる域に辿り着こうと思うと……。
「難しいでしょうね」
AランクとSランクの間には、それだけの隔たりがある。
彼女が、龍人族の戦士として、その域にいこうとしているなら、たしかに神にまつわるダンジョンの攻略は合理的だ。
「だと思った。お祖父ちゃん、ね、だからお願い」
「うぅむ……」
長老さんは目を瞑り、先程よりも深く考え込む。今度はきっと、龍人族としての価値観が、孫娘の安全を願う心と戦っている。
私たちの価値観から言えば、理由もなく強さだけを求めるなんて理解できない。それでも、それが彼女たちだ。
別に長老さんからダンジョンの場所を聞けなくても虱潰しに探せばいい。最悪はそうしようと考えていたことだし、あると分かっているだけ精神的にはずいぶん楽だ。
でも、もし彼女が、死を覚悟が本物なら、温泉の恩くらいは返しても良いかもしれない。
「ねえ、アマネさん」
アストに視線を落とし、その背を撫でながら極力声が重くならないように気を付ける。
「どうしても、強くなりたい?」
うん、と即答した彼女の瞳をじっと見つめる。私の紫が映り込んだそれが一瞬揺れた。それから、再び一点に定まった。
「この里に入れたあなたなら分かってるでしょ。それが、私たち。ただ強さの為に、強さを求める種族。それに何より、私は武神様に憧れたの。刀一つで海を断ち、世界を断ったって言われる武神様に」
龍神様ではなく武神様なのね。でも人の強さという意味なら、完成形はそこで間違いないのでしょうね。
「つまりね、武神様に近づくことが、私の夢なの。会ったばかりのあなたに便乗させてもらうことにはなるけど」
夢。そう。
色んな形で、色んな人に智慧を渡してきたけれど、その中には少なからず夢を叶えるために頼ってきた人たちがいた。だったら、怨恨があるわけでも敵対しているわけでもない彼女だけ例外にするのもおかしな話だろう。
大丈夫。今回もちゃんと、背負える責任だ。
「長老、やはり、アマネさんに同行をお願いした上で、そのダンジョンに挑ませていただけないでしょうか」
「だが、しかし……」
「私の目的のために彼女を巻き込むだけならここまで言いませんでした。でも彼女は、自分の夢のためだと言う。なら、それを応援するのも、私たち年長者の勤めではありませんか?」
再びうなり声を上げさせているのは、長老さんが私の実力を信じ切れていないからだろう。無理もない。
なら後は簡単。ここまでする気はなかったけれど、これだけで年長者のそれを果たせるなら。
押さえ込み、放出を常に一定に保っていた魔力を解放する。噴き出したそれが、私を不老たらしめるそれが物理的な力すら生じて長老の屋敷を揺らす。
長老が腰を浮かせるだけだったのはさすが。アマネさんは飛び退いてしまったっていうのに。
「約束しましょう。『智慧の魔女』、ソフィエンティア・アーテルの名にかけて、彼女はけして死なせません」