智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜 作:嘉神かろ
⑦
件のダンジョンは、里の真下にあった。長老の屋敷の裏手から地下へ進み、火口の底よりもずっと深くに潜った先だ。近づくほどにじんわり汗が滲み、しかしすぐに蒸発してしまうような熱の発生源。ダンジョンの外にすらここまでの影響を及ぼすのだから凄まじい。
その眠る地への入り口は、薄暗い洞窟の中でぼんやり光る門だった。岩を削って作ったらしい観音開きのこの門は、おそらく龍人族、アマネさんたちの先祖が作ったもの。紋様を刻み、封印の力を込めてダンジョンを封じるのを目的としているように見える。
「これが、『火龍の祠』の入り口……」
アマネさんの喉がごくりと鳴った。心なしか、その腰に下げられた太刀も振るえているようだ。
無理もない。私ですら多少の緊張感を覚えるほどの威圧感が、あの門の先から伝わってくるのだから。
「お祖父ちゃんがずっと、ここには入っちゃ駄目だって言ってた理由が分かった。正直、怖いかも」
「大丈夫だよ。ソフィアが必ず守るって言ったんだから。僕もいるしね」
「……そうだね。ありがとう、アスト君」
むず痒い信頼ね。アストに言われたら、余計に応えないわけにはいかないじゃない。
「さあ、行きましょう」
アマネさんは首肯を一つすると、やはり緊張の隠しきれない様子で門に両手を添える。一瞬魔力の動く気配がして、重い地響きが鳴り、祠の口が開かれた。
途端に増す圧力と熱に思わず目を細める。階層はそれほど多くないはずだと聞いていたけれど、既に大迷宮のそうとう深い階層と遜色ない気配だ。
「アマネさん、熱気はまだ大丈夫?」
「うん。まだ平気」
なら対策が必要なのは私だけね。龍人族が熱に強い種族で良かった。
並びはアストを先頭にアマネさん、私と続く。彼女は護衛対象だけれど、同時に経験を詰ませないといけない相手だからこの位置。それ以外はいつも通りだ。
門の先にはこれまでと変わらない岩窟が続いていた。自然発生したダンジョンらしく入り組んだ構造にはなっているけれど、通路は広いし、罠らしい罠は少なめ。これなら、さほど時間をかけずに最奥まで行けるでしょう。
不意にアストが耳を揺らした。
「大きいのが一と人間サイズが二。その角の先。気付かれてるね。まっすぐ向かって来るよ」
少し遅れて私の感覚にも引っかかった。なかなか速い。強さ的にはたぶん、全部Aランク。大きいのだけSに近いくらいかしら。
「大きいのを抑えておくから、二人で人間大のをお願い」
「了解」
「わ、分かった」
アマネさんはまだ少し萎縮しているわね。でもアストもいるし、あれくらいなら問題ないはず。
足を止めいくつかの魔導の用意をして備える。近づいてくる三つの足音。まず飛び出してきた影は、軽い方の二つ。
「右よろしく!」
現れたのは人型の蜥蜴。リザードマンと呼ばれる系統の高位種だろう。揃って鱗が赤黒いのはダンジョンの影響かしら。ずいぶん強い火属性の力を感じる。
つまり物理的な強度はそうとうなものなんでしょうけれど、まあ、アストには関係のない範囲ね。問題は――
「くっ、浅い……!」
アマネさんの太刀はたしかに傷を付けているけれど、動きを鈍らせられるほどではない。普段の移動や討伐依頼ならともかく、ダンジョン攻略では適正レベルに足りていないと判断せざるを得ないダメージだ。
多少の手助けは必要、だけれど、どこまでするかが問題ね。
「――よそ見ばかりしてちゃダメね」
少し遅れて現れた蜥蜴の頭に氷柱の雨を叩きつける。例によって赤黒い鱗の蜥蜴は、私の背丈ほどありそうな顔を歪め、僅かに後退する。
足止め目的で打撃力を優先した魔導だから、ダメージ自体は大きくないはず。続けて雷を落として追撃しておく。
アストの方は、もうすぐ片付く。アマネさんは、やっぱり苦戦してるけど、どうにか一人でも勝てそうってくらい。
これなら私は温存しても良さそう。時間を稼いで、アストたちに仕留めてもらう方向で。
拘束は、この環境だと厳しそうね。地形はダンジョンの魔力が強すぎて、大した干渉ができない。凍らせようにもこの熱気だし。
なら、闇属性。エネルギーそのものを減衰させて、動きを鈍らせる。
「こっちは終わり!」
「アマネさんの方を先に!」
「了解!」
明らかに動きの鈍くなった蜥蜴へもう一度雷を打つける。消耗しない程度の威力だけど、十分だ。
嫌がらせするように顔面を狙い、間隔を空けてさらに数度の閃光。一瞬曲がり角の向こうへ消えようとした蜥蜴だったけれど、苛立たしげな様子を見せて、私に向かってくる。
その首元に、小さな影が飛び込んだ。
「これで、終わり!」
瞬く間に巨大化したアストが腕を振るう。亜精霊の強大な魔力で強化された爪は、私の魔導で柔らかくなった鱗の防げるものではない。
血しぶきが舞い、重たい音を立てて首が地に落ちる。残念ながら、Aランクの範疇ではもう私たちの敵にはなり得ない。
「お疲れ様、アマネさん。初戦の感想はどう?」
「はぁ、はぁ……やはり、私はまだまだだね。我が儘言っちゃったなって感じ」
明るく言ってはいるけれど、悔しさが垣間見える。まだ入り口付近でこれだものね。仕方ない。
「ふふ。それは気にしなくていいのよ。おばさんなりにあなたのことを応援しようと思っただけだから」
「おばさんって。そんな風には見えないんだけど、でも不老なんだよね。そっか……」
人族の寿命だとむしろおばあちゃんかもしれないけれど、まあどちらでもいい話か。
ともかく、この調子で進もう。最深部までにはアマネさんも多少は成長できてるはず。いくらかは指導してもいいわけなのだし。