智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜 作:嘉神かろ
⑧
現在位置は『火龍の祠』三階層。探索自体は概ね順調に進んでいる。進んではいるけれど、問題がないとは言えない。
「アマネさん、腕を出して。治療するわ」
「ごめんね、毎回」
「大丈夫よ。このレベルのダンジョンで前衛をしてたら仕方ないわ」
実際、既に私でも油断できない強さの魔物が多くなっている。魔法を使わないといけない程ではないけれど、アマネさんを気にかけながらだとそれなりに負荷だ。普通の護衛依頼ならもう少し楽だけれど。
聞いた話通りなら、全五階層。五階層はいわゆるボスが待ち構える階層でしょうから、残り一階層と少しをこのまま進まなければならない。
そうすると、少しくらい助言をした方がいいかもしれないわね。幸いというか、彼女の課題は分かりやすい。
「これでよし。……アマネさん、無意識なのだと思うけれど――」
「おかわりだよ、二人とも」
「はぁ。さっさと終わらせましょう」
とは言ったけれど、この気配。上位の竜種ね。
ちらりとアマネさんを見る。彼女も近づいてくる相手の強さは肌で感じているのだろう。分かりやすく震えている。
ランクで言えばSの域は軽く超える相手。ある意味では丁度良い。
「来るよ」
地響きは無い。代わりに聞こえるこれは、風切り音。
視線を上げると、赤熱した岩窟の光に照らされた巨体が現れる。くすんだルビーのような鱗、大きく広げられた翼、それに、燃えさかる炎のような金色の瞳。
「クリムゾンドラゴンね。アマネさん、戦える? 紛うことなき竜よ」
「だ、大丈夫。たしかに私たちにとっては敬うべき存在だけど、越えないといけない相手でもあるから」
その一派だろうとは思ってたけれど、直接聞けて良かった。
これで心置きなく戦える。
「まずは同じ土俵に降りてもらいましょうか。『サンダーフォール』」
無数の雷が轟いた。薄暗い岩窟が煌々と照らされ、クリムゾンドラゴンの悲鳴が紛れる。
一般的な上位魔術だけれど、簡易詠唱による威力の底上げをしたものだ。翼を落とすくらいならわけもない。多少の改変もしてあるのだからなおさら。
地響きと土煙が立ちのぼり、首の痛いほどに見上げる必要が無くなる。
「行くよアマネさん!」
「う、うん!」
地に落としてしまえばただの蜥蜴、とはいかないのが上位竜。飛行能力は厄介極まりないものであるけれど、それすらおまけに成り下がる。
振るわれた腕の風圧にアストが僅かに後退する。その後ろでやり過ごしたアマネさんが斬りかかるも、堅牢な鱗に阻まれた。
アマネさんの腕なら多少の傷は付けられるはずだけれど、やっぱりあれが課題ね。
「ソフィア!」
と、油断大敵。
「ええ!」
クリムゾンドラゴンの口の端から漏れる赤に魔導の防御を発動する。これだけ火属性に偏った魔力環境だ。減衰させて受け止めるより、逸らして受け流す方が容易い。
吐き出された炎が半球状に展開した障壁に沿って後ろへ流れる。熱気対策をしていてなお肌を焼くような熱がダンジョンの壁を溶かしながら後方へ消える。
途切れた瞬間が攻撃チャンスだ。
「もうすぐ炎途切れるよ」
「アスト、アマネさんのサポート優先で」
「了解!」
私たちならこのまま仕留められる。でも、今回はそれじゃだめ。
炎が途切れた。一瞬生まれた間に二人が飛び出す。アストのスピードでもドラゴンの復帰には間に合わない。なら、その時間を作るのが後衛の役目ね。
妖精の悪戯鞄から魔物の牙を一つ取り出し、射出する。超速で撃ち出された牙は瞬く間にドラゴンの眉間を穿った。強度的に貫くことは叶わないけれど、怯ませるには十分。悶える間に、まずアストが辿り着く。
「ちょっと上向いててよ、ねっ!」
私の背丈サイズまで大きくなった彼のタックルがクリムゾンドラゴンの下顎をかち上げる。巨体を仰け反らせるには足りない。でも、喉元を晒させるには事足りる。
「アマネさん、あとよろしく!」
「っ! ハァァアっ!」
そこへ一閃。対魔物を想定して肉厚に作られた太刀が閃き、比較的柔らかな喉元を切り裂いた。
噴き出す鮮血。普通の生物なら間違いなく致命傷。だけれど、やはり浅い。
黄金の竜眼がぎろりと燦めき、アマネさんを見据える。腕が振り上げられ、鋭い爪が彼女を狙った。
「備えておいて良かったわ」
けれど、それが彼女に届くことはあり得ない。
二発目の射撃。今度はAランククラスの牙を使ったそれが、違うことなくアマネさんの付けた傷へ突き立ち、そして吹き飛ばす。支えを失った竜頭は地に垂れ、命令を失った巨体が重力に従った。
再び動く気配は、無い。
「ふぅ」
一つ息を吐けば、血に塗れたアマネさんが目に入った。腰が抜けたのか、座り込んで動かない。
「大丈夫?」
「う、うん。……ごめん」
あれだけお膳立てされて仕留めきれなかったのがショックなのだろう。相手は余裕でSランクの上位竜なのだし、仕方ない、なんて言うことは簡単。でもそれは、ただ甘いだけの言葉ね。
「初めの一撃も、最後の一撃も、いいえ、ここに来るまでの戦い全てで、あなたはもっと深く斬ることができたはず。それなのに、できなかった。どうしてか分かるかしら?」
「……ごめん、分からない」
この様子だと、挫折の経験はあまり無いのかもしれない。でもただ優しい言葉をかけても、彼女は夢に近づけない。
「簡単よ。あなたが恐れているから。踏み込むべきところまで踏み込めていないから」
「そんな、初歩的な……」
「ええ、初歩的ね。でもこれは誰しもが通る道よ。だって、死ぬのは怖いもの」
それでも踏み込んだからこそ手に入るものがある。逆に失う物もある。そうして私たちも強くなってきた。
「ここに来ようとしたのは間違ってなかったわね。あなたに足りないのは、格上との戦闘経験。それも命をかけた戦いのね。攻め時と引き際、そしてその深さ。それさえ間違えなければ、一段上に行けるはずよ」
「そう、かな……?」
「間違いないよ。だって、ソフィアがそう言ってるんだから」
それはそれでどうかとは思うけれど。まあ、今更ね。
「ふふ、そうだね。ありがとう」
なんにせよ、今これ以上進むのは良くないでしょうね。精神的にも、体力的にも。
「ここで休憩にしましょ。上位ドラゴンの血の臭いが魔物避けになってくれるはずよ」
「僕らも不快だけどね」
「それは、我慢なさい」
「えー」
その気になれば魔導でどうにかできるでしょうに、甘えちゃって。
さて、残る道程でアマネさんはどこまで成長できるかしらね。