智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜 作:嘉神かろ
⑨
ともかく一息つきましょう。
クリムゾンドラゴンの胴体を背にして腰を下ろす。
「はい、お茶よ。多少魔力の回復も早まるから」
「ありがとう。助かるよ」
身体強化が主とはいえ、これだけ長時間探索してたらそれなりに消耗するでしょうし。この環境だから、物理的な強化はしやすいはずだけれど、そもそもの魔力量の問題もある。
まあ、彼女はまだ二十代前半らしいから、それにしては多い方だと思うけれど。
「そういえば、武神様っていうのはどういう方って伝わっているの? ドラグニエ教が崇める龍神とは別?」
「ああ、うん。あらゆる武を極めたって言われてる方でね、大昔に実在した龍人族なんだって」
へぇ。『智慧の館』で閲覧できる情報通りね。ドラグニエ教関連の記述では見たことがなかったから、伝承の途絶えているものだとばかり思っていた。
「あと、女神様たちと関係があるらしい――あ、これは内緒ね! 過激な人たちが聞いたら大変なことになっちゃう」
「そうね。ここだけの話にしておくわ」
一部の人たちはやたらと女神を敵視しているから。たぶん最高神扱いされてるのが気に入らないのでしょうけれど。
どういうわけかこの里の人たちはそうでもないみたいだけれど、気を付けるに越したことはない。
しかし、三女神とも関係があったのね。私では閲覧できない情報だから、きっと色々な思惑の絡んだ結果なのね。
「小さい頃からお祖父ちゃんに武神様の話を聞いて育ったからさ、いつかそんな風になれたらって思うようになったんだ」
「ああ、刀一本で海や世界を断ったとかっていう。本当かな?」
「本当なんじゃないかしら。三女神に関係のある人物だっていうのなら」
私たちの知っているのは三女神の力の一端に過ぎないけれど、それでもできてしまいそうだと思わせるものなのだし。
アマネさんにとっては妙な会話かもしれない。実際に不思議そうな顔もしている。何か納得したように頷いたのは、私たちの信心がかなり深いものとでも思ったのかしら。訂正する理由もないし、別にいいのだけれど。
それよりも、夢を語る彼女が可愛らしくて、つい頭を撫でてしまう。
「う、なに、子供っぽかった?」
「そうね、幼いというわけではないけれど、私たちからすればあなたの歳はまだまだ子供ね」
「そうかもしれないけど、ちょっと恥ずかしいかも……」
うん、可愛い。赤面する少女だなんて、可愛くないはずがない。
え、アスト、あなたも撫でてほしいの? 仕方ないわね。
「あ、そうだ、二人の話も聞かせて! どうして旧世界の遺物だなんてものを探してるの?」
あー、まあ、そうよね。気になるわよね。
アストにちらりと視線を向ける。できればまだ、彼には知られたくない。
「学術的な興味が大きいわね。旧世界なんて学者以外が知ってることじたい珍しい話だし」
嘘ではない。アストの寿命を延ばすための学術的な興味だ。
「なるほどね。じゃあ何が何でも見つけたいってわけじゃなかったんだ」
「今回はあなたの夢を応援したいって理由が強いのは否定しないわ」
まったく、嘘を吐かずに騙すようなことばかり上手くなって。大人のずるいところね。
アストは、そういうのは苦手だろうけれども。ぜひそのままでいてほしい。
「そっか。……ありがと。じゃあ、なおさら頑張らないと」
「でも無理しちゃだめだよ。いくら僕らがいるからって、間に合わないこともあるんだから」
「……そうね」
ウルのときとは状況が違うけれど、似たような結果になってもおかしくない。ましてや、高難易度のダンジョンにいるのだから。
しんみりしそうになるのを必死に隠し、アマネさんに視線を向ける。彼女はそうだよね、とだけ返したきり何か気にした風でもなく、お茶に口をつけた。良かった、特に違和感は感じられていないみたい。
「まあ、挑戦は悪いことではないわ。よほどの無謀でなければどうにかしてあげるから、思う存分、試行錯誤して」
そうすればきっと、見極める目は養えるから。この若さでAランククラスになった彼女だもの。
「うん、ありがとう、ソフィエンティアさん」
少し硬さの抜けた笑みに私も同じものを返す。それから話題を他愛のないものに移し、しばらくの間、雑談に興じた。
一向に冷めないお茶を飲み干して、話題もそろそろ一巡しようかという頃。よしっとアマネさんが立ち上がった。
「あら、もういいの?」
「うん、もうほぼ万全!」
「なら行きましょうか」
コップを片付けたら、残り一階層と少し。あまり遅くなっては長老さんの寿命が縮まってしまいそうだし、このまま一気に攻略してしまいたい。
おっと、その前に。
魔導でクリムゾンドラゴンの爪を切り落とし、妖精の悪戯鞄にしまっておく。さっき使った分の補充だ。
鱗なんかも本当は持って帰りたいところだけれど、残念ながらこの鞄の容量は無限ではない。
「あ、今のってドラグニエ教的には不快でなかったかしら?」
「私たちは大丈夫」
「そ。なら良かったわ」
どんなに良い人でも信仰が絡むと難しい。彼女が色々と厳しいタイプでないのは、冒険者をしてる身としてはありがたいところね。
「二人とも何してるの。早く行こうよ!」
アストったら、急いちゃって。アマネさんと視線を交わし、肩をすくめる。彼女も苦笑い。硬さは、戻ってきてはいないみたいね。
上々上々。あとはどれだけ格上との戦闘勘掴めるか。年長者として、出来うる限りのことをしましょう。
四階層に辿り着いたのは、クリムゾンドラゴンと戦った場所を出発してすぐのことだった。人型も含めてSランククラスが一気に増えたけれど、今のところ問題はない。
やっぱり大きいのはアマネさんの緊張が解けたこと。実力を遺憾なく発揮した彼女は、同格相手なら多少の手助けだけで怪我なく勝てるくらいに強い。まだまだ見極めの甘いところはあるとはいえ、次のステージに手をかけたと言っても過言じゃないんじゃないかしら。
そうして進むことしばらく。とうとうダンジョンの終わりが視界には入った。
バランシエの大迷宮ほど広くないとはいえ、思っていた以上に早い。アストのおかげだ。
「聞いていたとおりなら、この先にボスがいるはずね」
階段の先を見下ろせば、例によって重厚そうな扉が見える。ここまでの傾向通りなら、
アマネさんは、さすがに緊張しているのか、若干呼吸が浅い。でも、このダンジョンの入る直前よりは落ち着いている。
この様子なら大丈夫でしょう。
「行きましょう」