智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜 作:嘉神かろ
⑩
赤熱した岩の段を一つずつ降り、暗く鈍い灰色の門の前に立つ。溶岩に似た赤に照らされるそれの気配は、色と巨大さの印象以上に重苦しい。
そこに刻まれたレリーフは、あれは龍神の姿なのだろうか。猛々しいドラゴンと、それに対峙する四人の冒険者らしき男女が描かれていた。
「私が開けるべき、だよね?」
「役割でみるなら、そうね」
とはいえ私もアストも前に出て戦えるタイプだ。対応力的にも、本来なら私が開けるのが一番安全。けれど、これも経験ね。
「お願いできるかしら?」
「うん、分かった」
若干固くなった声に、いつでも障壁を張れるよう準備する。必要ないとは思うけれど、これだけで彼女は多少安心できるはずだから。
アマネさんの両手がレリーフの一部に重ねられた。静かに門が開き、鈍い光が差し込む。顕わになったそこは、山頂なのかしら。これまでの岩窟とはまったく違って、遙か彼方に続く地平線と、終わりのない空があった。
ボスの姿はない。視線を交わし、うなずき合って門の先に進む。
生き物の動く音は無い。妙な匂いもしない。変化があったのは、いくらか中に入ったときだ。
「何か来る。ソフィアの魔法に似てる感じ」
「私の?」
ああ、なるほど。
「召喚ね。それも過去を参照しての」
言い終わると同時に風が渦巻いた。帽子を抑え、アストの壁になる。
その風、物理的な力を持つほど高密度かつ膨大な魔力は山頂の中央へと集まり、そして魔法陣を為す。
発光。白く染まった視界に色が戻ると、そこには四つの影があった。
真っ黒な人型だ。表情は見えないけれど、たぶん扉の描かれていた四人だろう。剣士の男に何か長物を持った女、杖を持つ男女。表情は見えないのに、どうしてか懐かしさを覚える。
同時に感じる、肌を刺す威圧感。なるほど、このダンジョンのボスに相応しい。誰の記憶かは知らないけれど、紛れもない強者たちだ。
「数は不利。これまで通りに戦うことも難しそうだけれど、アマネさん、大丈夫?」
「大丈夫、にする!」
うん、良い表情。
「そう。なら、頑張りましょう」
杖を構える。直後に飛来した光の矢は剣士の放ったものだ。私を狙ったのは遠距離を経過してだろうけれど、牽制というには強力。前衛寄りのオールラウンダーね。
「剣士の相手は私がするわ。他の三人をお願い」
「りょーかい!」
「く、ごめん!」
飛び出して袈裟斬りを受け止める。受け流そうとするけれど、許してくれない。
案の定というか、そうとうの技量。まともに打ち合うのは不利ね。
間合いの差を活かして牽制しつつ、攻撃は魔導をメインに。杖術はあくまで防御手段。大丈夫、無理をする必要はない。左右を抜けた二人にこの男の剣を向けさせなければいい。
その二人は、攻めあぐねてるわね。アストの魔導で牽制はしているけれど、アマネさんの距離にまでは近づけていない。この四人、どうやら全員が一定以上の水準で魔導を扱えるらしい。
となると、後衛二人もある程度接近戦ができると踏んだ方がいい。そのことには、気が付いていそうね。微妙な隙は見逃している。
まずい!
「後ろへ!」
叫びながら二人に障壁を張る。直後の爆発は、圧縮空気の解放か。
なんて効率的で隠匿性の高い魔導。冒険者のなりだけれど、専門的な指導を受けているとしか思えない。
さらに爆風の中から飛び出してきた女がアマネさんに武器を振り下ろす。どうやら薙刀らしいそれは空を切るのみ。でも、もし障壁が一瞬の間を作らなかったとしたら。冷や汗が伝うのを感じる。
「っ! あの爆発の中をどうやって」
「向こうも障壁を使ったんだよ。たぶん、あっちの女の人」
その通り、と返したいけれど、余裕が無い。一瞬攻撃を緩めた瞬間に接近された。
一歩間違えれば首を飛ばされかねない連撃。どうにか凌げているのは、覚えのある太刀筋だからでしかない。
スズさんに似た剣。でも少しだけ違う。彼はたぶん、銀の女神か白の女神に師事していた人物なのでしょう。それなら剣士としては異様な魔導の技量も頷ける。
そんな人がこのダンジョンで出てくる意味は分からないけれど、ともかく、非常にまずい。
しかもこの位置。下手に魔導を使えばアストたちに当たる。彼の後ろに常に二人がいるのは偶然じゃないでしょう。本当にやりづらい。
「くっ……」
まだ速くなるの!?
瞬く間の三連撃。頬に痛みがはしった。帽子が飛ばされ、斬られた髪が宙を舞う。
無理矢理にでも魔導で、いえ無理。構築前に散らされる。牽制に反撃、したら隙を晒すだけ。
せめてこの剣を止めないと。狙うは切り上げ。前に出て威力の乗る前に受け――
「っ……!?」
想定外の膂力。大きく弾かれて、がら空きの胴を晒す。
妙に遅い刃が迫る。表情のないはずの影に強い意志の光を幻視する。
これは、ダメ。防御、間に合わない。致命傷だけでも、避け、あ、無理。死ぬ。
「ソフィアっ!」
常の動きを取り戻した世界で影の剣士が吹き飛んだ。アストだ。
「助かったわ」
「あとでココアね! それで、どうにかできそう?」
「どうにかするしかないでしょう」
と言っても正直つらい。初手の打ち合いからしてぎりぎり互角くらいだと思っていたけれど、強化率が想定外。魔力による強化だけじゃ考えられないから、何か仕掛けがあるはずだけれど、それを探る余裕を作れない。
「ア、アスト君! そろそろ、戻って、ほしいかも!」
「ああ、ごめん!」
今度はアマネさんがピンチ。上手く薙刀の人を盾に立ち回っているけれど、単純な技量さで押し切られそうになっている。
ここは仕切り直しも兼ねて、自分で尻拭いをしましょうか。
剣士の動きにも注意しつつ魔導を構築。二人を避けて、フィールド全体に雷の雨を降らせ続ける。
果たして結果は、うん、知ってた。全員無傷。後衛の女が全員に障壁を張って防いでしまった。
個々の技量の高さに加えて連携も上手いパーティ。嫌になる。
「はぁ、はぁ、はぁ……。助かったよ、ソフィエンティアさん」
「気にしないで。それより、もう少し雷を維持するから所感を聞かせてちょうだい」
「色々おかしい!」
アスト、その色々について聞きたいのよ。気持ちは分かるけれど。
仕方なくアマネさんに視線を向ければ、彼女は少し考える様子を見せてから口を開く。
「凄くバランスのいいパーティだと思うかな。前衛に中衛、それから後衛が攻撃役と補助役と」
「だね。不思議なのはその攻撃役の魔導の威力。だんだん強くなってると思ったら、急に僕でも防げるくらいになる」
なるほど。なにかの魔道具の効果かしら? それか魔法の可能性もある。
旧世界にしか存在しない法則の可能性もあるけれど、どれでも関係ないわね。
「あとあの女の人。スズさんみたい」
「踊るような戦い方ってこと?」
「そうそう」
たしかに、言われてみればそうだ。
「とすると、彼女はスズさんに師事していたのでしょうね。私が相手をしていた剣士も似たような太刀筋だったし、三女神の弟子かなにかじゃないかしら」
「げぇ。強いはずだよ」
「三女神って、あの三女神?」
ああ、アマネさんが分からない形で情報共有をしてしまったわね。肯定を返しつつ、昔会ったことがあるのだと伝える。納得しているのは、いったい私たちにどんな印象を抱いているからなのか。
ともかく、方針を決定しないと。もうそろそろあちらも痺れを切らすか、反撃の準備を終えてしまうころだ。
無理矢理にでも魔法を使って一発逆転、は無し。たぶん可能だし、手っ取り早いけれど、それではアマネさんがここに来た意味がなくなってしまう。
彼女に経験を積ませることが最低条件。その上で、できれば後衛を落としたいところ。だけれど、それには剣士と薙刀の彼女が邪魔でって、あれは、何をしているのかしら?
「アスト、薙刀の人が障壁の中で何してるか見える?」
「うん? えっと、踊ってるっぽい?」
踊り? この状況で?
いえ、待って。魔法陣や紋様で魔術的な効果を発揮できるなら、踊りでも可能なんじゃないかしら? だとすると、剣士のあの異様な強化率は……。
「二人とも、まず落とすべきはあの薙刀使いよ。彼女の踊りがあちらを強化してるみたい」
「じゃあソフィエンティアさんが彼女を?」
「いえ。それだと剣士に崩される。だからアストが前に出て翻弄しつつ、私が魔導の魔導で抑える。ついでに後衛も私がどうにかするわ」
援護有りかつ時間を稼ぐだけならどうにかできるはずだ。
「その間に、アマネさん。あなたが薙刀使いを倒して」
「えっ!?」
「大丈夫。あなたならできるわ。もちろん隙を見て援護もするから」
短い付き合いだけれど、壁を越えられたなら、可能だと確信している。でなければ龍人族の里の環境でここまで付いてこられるほど強くなれていない。それだけの才がある。
何より、より強くなりたいと彼女は望んでいるから。
「……分かった。私やるよ」
「良い返事。それじゃあ準備はいい?」
こくりと頷くのを確認して、魔導を止める準備をする。最初の関門は、その雷の止んだ瞬間。同じく準備を整え、反撃の機会を窺っているだろうあちらの攻撃をどう捌くか。
タイミングが分かる分こちらが少し有利だけれど、さて、どう転ぶかしらね。