智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜 作:嘉神かろ
⑪
「三つ数えるわ」
なるだけ口を動かさないように意識しつつ、雷轟の中、いくつかの魔導を準備する。
「三」
想定できるどのパターンでも、アマネさんをあの薙刀使いのところに運べるように。
「二」
失敗はしない。許されない。決して死なせないと約束したのだから。
「一」
ゼロ、の音が形になると同時にアマネさんの黒髪が翻った。白のメッシュと青の鱗が中に線を描く。
躍り出た先に、もう雷の雨はない。映るのは断たなければいけない相手のみ。
当然他の三人が座して見ているはずはない。まっすぐに薙刀の彼女へ向かうアマネさんへ、各々の手札を切る。
魔導師の男が放った風の刃を氷の槍で打ち消し、お返しに炎の塊を後衛二人の頭上に向ける。女の障壁に防がれるだろうけれど、目的はそれで達成。
行く手を塞いだ剣士は、アストが相手をする。
「ハァッ!」
アマネさんの刺突。ひらりと躱した女は舞う動きのままに、刃を返す。
槍の柄で受けられたようだけれど、僅かにその足が浮くのが見えた。
凄まじい膂力。遠心力を加味しても正面から受け止めるのは危険ね。やっぱりどうにか強化を止めないと。
アストを援護しつつ、薙刀の追撃を障壁で止める。更に後衛二人に雷を叩きつけると、不意に周囲で魔力の動く気配がした。
正体は、障壁の檻。たぶん女魔導師の仕業だろうけれど、あと一瞬飛び退くのが遅かったなら完全に捕まっていた。
本当に厄介。全員が全員、一定以上の戦術眼を持って高い精度で連携してくる。ほとんど付け焼き刃の私たちで崩すのは難しい。
更に数度の攻防。肝心のアマネさんは、どうにかくらいつけている。傷もまだ受けていない。けれど傷を付けられてもいない。原因は、どちらも同じ。
「まだ浅い!」
近接戦闘の腕は別に隔絶しているわけではない。明確に差を作っている魔導だって必要なら私が防いでいる。向こうの後衛の援護もあるとはいえ、有効打を与えられそうな場面は何度かあった。それなのに状況が硬直しつつあるのは、やはり彼女の心の問題だ。
「私、だって、分かってる、けど!」
徐々に、しかし明確に押され始めた。スタミナの差でしょうけれど、呼吸の見えない影の姿じゃはっきりはしない。
どの程度治療するかが悩みどころ。ときおり流れる血は、かすり傷というには多い。けれど治療にリソースを割きすぎれば援護射撃は少なくなるし、それに私やアストも危なくなる。
これは四の五の言ってられなくなる時も近いわね。予定を早めた魔法の使用も視野にいれないといけない。幸いここは火山の山頂なようだし、ボスである彼らの存在を思えば、使えそうな記憶は――
「無い?」
どうして? 彼らの召喚は、確かに過去の記憶を利用したときの現象だった。それなら相応の何かがあるはずなのに、それすらも無い。
マズい。切り札が使えない。このままだと、負ける。
「ソフィアっ、そろそろっ、しんどい、かも!」
ひとまず雷を剣士に向けてアストが立て直す時間を作る。続けて広範囲魔法、というのは許してもらえない。その準備を始めた瞬間に後衛組から怒濤の勢いで雷やら光やらが飛んでくる。
まったく、彼らに魔法を教えた女神とは気が合いそうね。構成から何から、酷く合理的だ。
ならせめて嫌がらせをさせてもらおう。範囲をアストの戦っている周囲に限定して、闇属性の魔力を使った結界を張る。直後に踏み込んだ剣士の一撃は、アストに僅かに届かない。
対してアストの動きはほとんどそのまま。あらゆる現象のエネルギーを減衰させる結界を使うこれは、彼が闇の亜精霊だからこそ可能な戦法だ。
これでアストの方は良し、と思ったのに、すぐに剣士の動きが戻ってしまった。学園都市で私がそうしたように、光属性で中和されたみたい。
なるほど光が剣士の得意属性。だから何? それが分かったところで対策できるような状況ではないのよ。
「ソフィアごめん!」
閃光。咄嗟に掲げた杖に衝撃がはしり、たたらを踏む。流れ弾、いえ、たぶん私が狙われた。気付かれてる。私を落とせば完全に崩れるって。
とすると、足を止めるのは危険。急いで前に出れば、ついさっきまで私のいた場所を魔導師二人の攻撃が通り過ぎる。
全体を俯瞰できるこの位置は、逆に言えばどの位置からでも狙えるってこと。でもそれを嫌うなら、アストとアマネさんのどちらかを危険な状況におかなければいけない。
「損な役回りを引き受けるのも年長者の役目かしらね……!」
なるべく全体を視界に入れたまま、弧を描くように走る。同時に速度重視の魔導を展開。割合は後衛二人が多め。次いで薙刀使い。そして剣士だ。
降り注ぐ魔導の数々。一つでも当たればアウト。アマネさんに負けず劣らず、私も危ない状況だ。心なしか、男の風の威力が上がっている気もする。
それでも二人への援護は切らさない。絶やせば、まずアマネさんが死ぬ。
集中。一つのミスも許されない。大丈夫、魔力の総量は圧倒的に私が上。時間は敵ではない。
足を止めず、一定の動きにならないように気を付けながら、弾幕をはり続ける。そうするうちに、向こうの攻撃の手が緩み始めた。
「くっ……!」
視界の奥で薙刀がアマネさんの胴を抉った。飛び散る赤にすぐさま治癒の魔術を発動。魔導に転ずるには状態が見えないけれど、傷を塞ぐには十分。問題は恐れが大きくならないかだけれど、大丈夫みたいね。アドレナリンでも出ているのか、さっきまでよりもいくらか深く踏み込んだ彼女の槍が相手の頬を掠め、僅かに舞を狂わせた。
途端、飛んでくる魔導の威力が明らかに下がる。やっぱり間違いない。あの舞が強化の種だ。
そうとなればリソースの割き方も変わる。僅かな綻びを広げるように、しかしアマネさんの経験地を奪いすぎない程度で、魔導を撃ち込む量を増やす。
大丈夫。魔力切れを気にしてなのか、あちらの魔導攻撃の密度は下がっている。今なら余裕もある。
――なんて考えは、空気を震わす感覚に否定された。
詠唱だ、と直感した。言葉にはなっていない。だけれど、なぜか分かってしまった。魔導師の男は、詠唱をしている。
更に魔法陣が展開され、その直感を肯定する。攻撃密度が下がったのは魔力切れを気にしたわけじゃなかった。あの大魔導を準備していたんだ。
たぶん、途中から風の刃ももう一人の女が撃ってきていたのでしょう。やられた。騙された。格上を相手する経験の差。これではアマネさんのことを言えない。
もうブラフを張る意味が無いと悟ったのか、魔導師の女は多重の障壁張る。男の魔導完成を邪魔したくても、あれは簡単には抜けない。しかも男が見ているのは、アマネさんがいる方向だ。
落とせるところから確実に落とす。私でもそうする。そうでなくても、私はあの斜線を遮らないわけにはいかない。
「え、ちょ、もしかして私、やばい!?」
「ええ、凄くね!」
背後からの声に正直なところを返しながら足を止める。そして鞄から魔石を取り出し、握り潰して宙へ放る。
魔石の魔力も利用して描く魔法陣。この補助を必要としなくなって長い魔術だけれど、アレを止めるなら、さすがに必要だ。
「『――』」
「『
一瞬早く向こうの魔導が完成した。顕現したのは青白く光る雷。いえ、ただの雷じゃないわね。余波を受けた地面が凍っている。言うなれば絶対零度の雷。それが、私の召喚した虚無の黒と衝突する。
威力は、殆ど互角。出力と総量の差を緻密に組み上げられた術理が埋めている。いっそ芸術的。こんな魔導、私だって簡単には作れない。
感動すら覚える。じっくり観察したい。けれど、残念ながらそんな場合ではない。
幸いというべきか、アストの戦っている方への余波は向こうの女が防いでいる。これなら巻き込み事故は起きない。
ならこのまま相殺がベスト、て、嘘でしょ!?
また何かが聞こえた気がしたと思ったら、男の持っている杖が輝いて、青白い光が増える。感覚からして同じ魔導を再度発動させるもの。しかも一発目より強い。急いで魔術を改変し、効果範囲を拡張するけれど、威力がまったく足りていない。
どんどん黒が押し込まれる。冷気が近づいてくる。これ以上出力を上げるには、少しばかり時間が足りない。かと言って避けたなら、それは守るべき彼女の死を意味する。
「……仕方ないわね」
相手が上手だった。それだけのことよ。
魔術の維持を諦めて多重に障壁を張り、同時に最大出力で肉体的な防御力を上げる。ガラスの割れるような音が数度響いた。全身を焼くような痛みが奔って、そして指先一つ動かせなくなる。
「――!」
遠くでアストの叫ぶ声が聞こえた。大丈夫と応えようとしても、口は動かない。
視界が曇っているのは、氷の中に閉じ込められているからでしょう。
本当に、最悪。痛いし、熱いし、冷たいし。あと息もできない。ここまでのダメージはいつ以来かしら。
ああ、ダメよアスト。動揺しすぎ。あなたが死んだら、私は耐えられない。
まず健在なのを教えてあげないと。幸い、周囲の魔力を操るには支障が無い。
アストを狙った剣士へ雷の矢を射ち、魔導師二人に炎の雨を浴びせる。影でも気の緩みはあるのか、男が無防備に食らおうとしていたのを女が防いだ。ついでに私を閉じ込める氷も範囲に入れる。
ああ、苦しくなってきた。早く抜け出さないと窒息してしまう。
全身に力を込め、どうにか氷を砕く。肺を空気が満たすと同時に、安堵の息が二つ聞こえた。
「安心なさい。生きてるわ。ギリギリだけれど」
本気で防御してこれなのだから、大抵の生物はあれ一発で昇天するでしょうね。
「凄い……」
体にムチを打ち、再び足を動かす。ちらと聞こえた感嘆の主を見れば、記憶にあるどれよりも良い顔をしている。
どうやら壁を越えたみたい。次の踏み込みは今日一番に鋭くて、深かった。
さっきまでは手を抜いていたのかと思えるほどに速い突きを、薙刀使いは躱せない。肉には届かないまでも柄で受けさせた。すなわち、完全に舞が止まった。
相手全員の動きが明らかに悪くなり、アストが攻勢に移った。私の魔導も障壁を貫いて、魔導師に届く。最大のチャンス。ものにできなければ、願うものは手に入らない。
アマネさんが槍を巧みに使い、薙刀使いの体勢を崩す。強引に建て直そうとしたらしいけれど、龍人族の尾がいっそう崩した。そして一閃。肩口から脇腹にかけて振り抜かれた穂先。血しぶきのように影の黒が噴き出して、たたらが踏まれる。
更に追い打ち。槍が伸びたと錯覚して、影の胸を貫いた。致命傷だ。
「勝て、た……?」
口角を一瞬緩め、すぐに引き締める。
「まだ終わってないわよ!」
でもこれで状況は動いた。勝てる。
ぞわりとした。たった今した確信とは真逆の予感が全身を駆ける。原因は、剣士だ。