智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜 作:嘉神かろ
⑫
「避けて二人とも!」
アストの言葉の意味を理解するよりも早く、アマネさんを突き飛ばしながら地面を転がる。チラと見えたのは金色に輝く閃光で、起き上がると地面が深く溝が刻まれていた。
「飛ぶ、斬撃……」
震えるアマネさんの声。気持ちは分かる。どうして今まで使わなかったのか不思議なほどに、強く、鋭い攻撃だった。下手をすればさっきの氷の雷二つ分よりも。
それを為した剣士は、いつの間にか薙刀使いと私たちの間に立っていて、腰だめに剣を構えている。向こう側には魔導師の二人。
何をするつもり? 彼女はもう治癒の魔導でも助けられない。でも感傷でこんな動きをする人たちには思えない。
「アマネさん、まだ動ける?」
「もちろん! と言いたいところだけれど、ちょっと厳しいかも。さっきから上手く力が入らないんだ」
無理もない。薙刀使いを穿った時の動きは、踏み込み程度で変わるレベルではなかった。火事場の馬鹿力的なものでしょう。瞬間的にだけれど、身体強化の出力が肉体の限界をこえてしまったのね。
仕方ない。この場から動かずに打てる手を考えよう。
とりあえずさっきの攻撃の情報が欲しいところだけれど――
「気を付けて。さっきのに溜めは要らないよ」
「それは、良い情報ね」
全く以て。
こめかみに汗が伝うのを感じる。アストの言うことはつまり、しっかり構えた次の一撃は、さっき以上の攻撃になるということだ。
意図を考える余裕はなさそうね。まず何より、この場から動かないままにあれを防がなければならない。
でもどうやって? 障壁の用意はしているし、『虚無』もまだ撃てる。けれど、それで防げるのかしら?
今の私の手札じゃ足りない。他に何か……。
視界に入ったのは、龍人族であるアマネさん。脳裏を過ったのは温泉で見たものだ。
「……ぶっつけ本番だけれど、やってみるしかないわね」
大丈夫。私は『智慧の魔女』。あらゆる知識を手にし、扱う魔女。そのための研鑽も怠ってはいない。
「アスト、魔導師二人の動きに注意しておいて」
「了解」
雷の槍をいくつも生み出し、剣士に向けて撃ち出す。とにかく数を重視したそれは、男の魔導師が張った障壁に阻まれて届かない。剣士に動く気配もなく、代わりに膨大な力がその剣に宿っていくのを感じる。
彼らへ向けた杖の先が震える。これは、本能的な恐怖だ。あらゆるセンサーが避けろと言っている。バランシエでは何度これに助けられたか分からない。
でも今は、従うわけにはいかない。
「ソフィエンティア、さん……?」
鳴り止まない雷轟。幾度となく障壁を穿っては、次の一枚に隔てられる。同じ光景の繰り返し。それがただ剣士に溜める時間を与えるだけに見えたのでしょう。アマネさんが不安げな声を漏らした。
「大丈夫だよ。ソフィアはちゃんと考えてる」
硬直は、ほんの十秒ほど。不意に男魔導師が放った爆発に私の魔導が途切れ、あちらの障壁も砕かれる。つまりそれは、剣士の準備ができた合図だ。
剣士の体が重力に引かれ、前に倒れ込む。強化出力を上げすぎて力尽きた、わけではない。あの動きは、知っている。一度だけ見たことがある。極上の酒を求めて潜ったダンジョンの底で。
用意していた魔石を握りつぶし、多少の補強をした上で空間を断つ障壁の魔導を多重に発動する。さらにもう一つ魔石を砕き、放って魔法陣を。
直後、障壁と剣とがぶつかった。
大気が、いえ、ダンジョンそのものが揺れる。振り始めから振り終わりまでの一切を知覚させない速度が、魔女である私すら恐怖させる魔力が、空間を隔てる結界を歪ませる。
あまりに膨大なエネルギー。一枚、二枚と障壁は砕かれて、断ったはずの繋がりを超えてくる。
残り二枚。それもすぐに割られて、斬撃という形を為した力の塊が飛来する。
「『
本日二度目の黒。けれどそれも、せいぜい数秒あれが届く時間を稼いだだけ。すぐに押し負けて、金色に染められていく。アストも援護射撃をしてくれるけれど、効果は見えない。
すぐ後ろから息を呑む音が聞こえた。私が我が儘言ったから、だなんて声も聞こえた。
まったく、諦めるのが早いわね。
「大丈夫よ。言ったでしょう? あなたは絶対、死なせないって」
最大出力を維持し続けながら追加でできることは、確かに無い。これが今の私の精一杯。だけれど、その前に仕込んだものなら?
金色が迫る。彼我の距離はもうこの杖三本分も無いほど。威力はかなり削ったにしても、それでも無防備な私たちを殺すには十分。終には虚無も完全に飲み込まれた。
勝ちを確信し、或いは死の覚悟を決めるに十分すぎる状況。それを否定するように、地面が黒紫の光を放つ。
「これは、
然もありなんね。『智慧の館』で引っ張り出したものだから。
龍人族の持つ固有の魔導体系。効果の程は私も正確には分からない。けど、強力な防御らしいそれに賭けるしか無かった。
果たして結果は、私の勝ちだ。
雷撃の雨に紛れて刻んだ紋様がその力を遺憾なく発揮し、虚無すら飲み込んだそれを新たな障壁が受け止める。ミシミシと鳴る音は心臓に悪いけれど、でも十分。防ぎきれる。
ならば詰めよう。位置は問題ない。王手は叶った。あとは、チェックメイトに持ち込むだけ。
「アスト、足止めの用意」
「おっけー、任せて!」
「えっ」
状況がまだ飲み込めていないらしい彼女へ、微笑みを向ける。
「あなたは十分、頑張った。壁を越えた。だから最後は、私たちに任せなさい」
そして紡ぐ。世界への祈りを。
「『大地よ、聞かせておくれ、その悲しみを。空よ、見せておくれ、その喜びを。私は知りたい、世界の記憶を』」
金色が消える。見えたのは、健在の四人。きっと女魔導師が特別な治癒の力を持っていたのでしょう。
「さっきのお返しだよ!」
嘘でしょ、と呟いたアマネさんに返す言葉は無い。代わりにアストの魔導が彼らの足を凍てつかせ、縫い止める。
「『代わりに捧げましょう、この魔力を』
選ぶのは、ごく、極々最近の記憶。私たちがここに来てから刻まれた記憶。
だから、位置が重要だった。
「『求める智慧よ、今ここに』」
さあ、自らの力に焼かれ凍てつき、未来への礎となりなさい。
「[
呼び起こされた青白い光が、氷の雷が四人を飲み込む。障壁を張ったようだけれど、消耗し、アストの魔導で力を発揮しきれない今の彼らじゃ防げない。それほどの魔導だ。
だからこれは彼らへの賞賛でもある。その積み上げたものは、神話に挑むことすら考える私が選ぶに足るものだった。だから、今一度、ゆっくり眠るといい。名も知れない英雄達よ。
光が消える。青く照らされた山頂は本来の色を取り戻し、そして静寂に帰る。
影故になのか、立ち並ぶ氷塊のいずれにも彼らの姿は無くて、あの激闘が夢幻であったかのような錯覚を覚えた。
「……終わった、ね、ソフィア」
「ええ。強かったわ」
仮に私とアストだけで来ていたなら、どう戦ったかしら。やっぱり、魔力量の差にものを言わせた物量戦……。いえ、今考えても仕方のないことね。
「アマネさん。目指すべきところが見えた?」
「うん。はっきり。ありがとう」
「気にすることは無いわ」
私たちにも利があることなのだし。
「さて、それじゃあ行きましょうか。話の通りならこの次の部屋に目的の物があるはずよ」
「だね。早く帰ってたっぷりココアを飲みたいよ」
「ふふ、そうね」
階段は部屋の中央だ。
どうか、手がかりになる情報がありますように。