(書籍発売中!)逃げる魔法使い 〜寿命を削って魔法を使っていただけなのに、なんだか周囲の様子が変です〜   作:うちっち

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おまけ⑥(再放送8話 宴の日)

 王都の大広間に、燭台の明かりがゆらめいていた。

 

 数年に及んだ戦いの終わりを祝うその宴には、王族、騎士団、各地の英雄、さまざまな者たちが招かれていた。誰もが笑い、杯を掲げていた。平和が戻ったのだと、そう信じるように。

 

 

 混み合う中、魔法使いの少女が料理を取りに向かおうとした瞬間、勇者がすっと手を差し出す。

 

「ほら、手。迷子になるなよ」

 

 幼馴染ならではの遠慮のなさで。

 当然のように握ろうとしてくるその手に、少女は一瞬きょとんとした顔をして――。

 

「お待ちなさい、それは私の役目よ」

 

 王女が、風を切るような足取りで割り込んできた。白い手袋に包まれた手が、今まさに差し出されようとしていた勇者の手の上にそっと被される。

 

「この子は王国の功労者なのよ。誰が導くべきか、わかってる?」

 

「いやいやいやいや、幼馴染だから! ずっと俺が面倒見てんの!!」

 

「前、この子を肩に担いで走ってたわよね。どう見ても運搬よ。姫抱きですらなかったわ」

 

「運搬じゃねえ! あれは救助!!」

 

 少女の手が、左右から同時に握られかける。

 

「……い、いや別に、こんな所で手をつないで貰わなくてもよくない……?」

 

 そのときだった。

 無言で剣士が現れ、前振れなく少女の手首を握んだ。

 

「ひゃっ」

 

 少女の短い声とともに、場が一瞬静まる。

 

「お前なあ!!」

「また強引に……!!」

 

「……持った」

 

「“持った”じゃねえんだよ!!」

「もうちょっと会話ってものを覚えて!!」

 

 剣士は落ち着いた声で、真面目に言い放った。

 

「小さい。軽い。足音がしない。すぐ視界から消える。戦場なら即、見失う」

 

「いやここ戦場じゃねえし!!!」

「宴!!! ここは宴なのよ!!!」

「あ、いちおう二人ともそれはわかってたんだ……」

 

 少女の両手は三方向から引っ張られ、ややぐらついた。本人は控えめに引きつった笑みを浮かべている。

 

「私が右手ね」

「じゃあ俺が左!」

「後方支援に回る」

 

「お前は戦術かポジションの話しかしてねえ!!」

「わたしは地位の話をしてるのよ!!」

 

「……あの、ちょっと……料理、取りに行くだけなんですけど……えぇ〜……?」

 

 引っ張られながら、少女は小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 そんな一幕はあったものの。

 

 魔法使いの少女は、広間の隅のテーブルで、無事に確保できた皿の上のフルーツをひとつ、またひとつと口に運んでいた。白いワンピースに身を包み、ふわりとした髪飾りを揺らして、にこにこと笑っている。

 

 「おいし〜」と、小さな声で呟くたび、柔らかい光が彼女を照らしていた。

 

 

 

 王女はグラスを手にしながら、壇上から宴を見渡していた。笑顔を浮かべつつも、その視線は一箇所にとどまっている。

 

 ――魔法使いの、あの子。

 

 あの子は、いつもと同じように笑っていた。けれど、なぜだろう。

 胸の奥に、棘のような違和感が残っている。

 何も変わらないはずなのに、どこか違って見える、ような。

 言葉にできない「ズレ」のようなもの。

 

(何を……私は、見落としているのかしら)

 

 王女は目を伏せ、そっとグラスを口元に運んだ。

 けれど、飲み干すことはなかった。

 

 

 

 一方、剣士は壁際の柱に背を預けていた。

 沈黙を選びながらも、腕を組み、広間全体を隅々まで見渡している。

 剣を帯びぬ今も、視線だけは研ぎ澄まされていた。

 

 そして彼もまた、少女の姿に、視線を止めていた。

 

 楽しそうに笑っている。

 軽やかに身を揺らしながら、フルーツを頬張っている、いつも通りの姿。

 

 ――なのに、何かが足りない気がした。

 

 ずっとそばにいた。

 戦場では、彼女の支援が何度も命を救ってくれた。

 その背中を、何度も見てきたはずなのに。

 今夜の彼女は、まるで幻のように、手の届かない距離に感じられた。

 

(どうしてだ……。こんなにも、遠く見える)

 

 言葉にはしない。

 けれど、彼の中に確かに灯った疑念が、静かに膨らんでいた。

 

 

 

 

 そして勇者は、笑顔で会話を交わしながらも、何度もそっと広間を見回していた。

 目が自然と彼女を探してしまう。

 いつものように近くにいるはずなのに、今夜に限って、なぜかそれが落ち着かない。

 

 何度も話した。

 戦った。

 隣で眠った夜もあった。

 

 それでも、彼女について、どれだけ“知って”いたのだろう。

 笑顔、声、癖――それ以外のことを、自分はどこまで知っていたのか。

 

 彼女がずっと「大丈夫」と言っていたその意味を、自分は何ひとつ、疑ってこなかった。本当にそうだったのだろうか。なぜか急に、それが不安に思えてくる。

 

(……俺、ほんとは何も知らなかったんじゃないか)

 

 そんな考えを打ち消そうと、勇者は杯をあおった。

 でも、違和感は胸に残ったままだった。

 

 

 

 王女も、勇者も、剣士も――同じ問いを胸に抱えていた。

 

「私たちは、何か大事なものを見落としていたのではないか」

 

 そのときは、誰も言葉にできなかった。

 けれど、宴の夜の違和感は、確かに胸に刻まれていた。

 

 

 ――正しくこの夜が、あの子の“終わり”だったことに、気づけるはずもなく。

 

 

 

 

 そして、その直後。

 

「王女様、お時間よろしいでしょうか」

 

 研究班の者が、重い箱を抱えて現れる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「王女様、お時間よろしいでしょうか」

 

 宴も終盤に差し掛かったころ、控えめにかけられたその声が、場の空気をふっと変えた。

 振り返ると、王宮の研究班の一人が、重そうな箱を両腕に抱えて立っていた。黒く、細長い――その形は、誰の目にも見覚えがあった。中に収められているものが何か、すぐに分かった。

 

 魔法使いの少女の、杖だった。

 

 王女は驚いたように眉を上げ、ゆっくりと立ち上がる。「こんなときに何事?」と問いかけようとしたその瞬間だった。

 

 カツン――。

 

 足音。宴の輪の外れから、軽い靴音が一つだけ響く。振り返った仲間たちの視線の先に、魔法使いの少女が立っていた。皿を両手で抱えたまま、動かない。肩が、わずかに震えていた。

 

 勇者が呼びかけようとしたその瞬間、彼女は一歩、王女のほうに歩を進めた。

 

「ちょっと、すみませ~ん」

 

 声は、いつも通りの調子だった。だがその目には、どこか鋭い光が宿っていた。少女はすばやく王女の横をすり抜けると、研究班の前に立つ。そのまま、箱を持つ男の腕に手をかけた。

 

「これ……私の、ですよね〜」

 

 笑顔。けれど、その笑顔がどこか怖かった。軽やかに、自然に、手は箱の蓋を開け、杖を取り出す。その動きに、誰も反応できなかった。

 

「えっ、ちょっ――待って、それは――!」

 

 研究員がようやく慌てて制止の声を上げたが、遅かった。

 

 杖の先が、静かに青く輝き始める。足元に、淡い魔法陣が広がった。部屋の空気が、一瞬にして変わる。浮かんだのは、転移魔法の紋。

 

 その中心に立ち、少女はくるりと振り返った。その顔には、どこか苦笑のような笑みが浮かんでいる。そして、彼女は、仲間3人の顔を、ゆっくりと見回した。

 

「計算、したんだけどなぁ……」

 

 

 

 

 

 そのまま、光が部屋を包み込む。誰も動けなかった。魔法陣の光が一閃し、少女の姿が、杖ごと――かき消える。

 

 宴の喧騒は、一瞬で消えた。

 

 誰も、言葉を発することができなかった。

 残されたのは、皿に残ったフルーツと、震えたままの空気だけ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【逃げる魔法使い】第8話再放送実況スレ【宴の日】

 

300:風の名無しさん

 あ、研究班来た……

 この箱、見たことある ダメだ……

 

303:風の名無しさん

 はい無理 ここから無理

 全員覚悟しろ

 

307:風の名無しさん

 え、ちょっと待って杖? それ魔法使いちゃんのじゃない?

 っていうか魔法使いちゃんどこいったの?

 

309:風の名無しさん

 あーあーあーあーあー始まった……

 

313:風の名無しさん

 寿命を代償?

 知ってるわ! 今更それがなんだよ

 

318:風の名無しさん

 きた……胃が……胃が……

 

 

 

 

321:風の名無しさん

 再放送組だが頼む……

 削られた寿命、せめて30年くらいでお願い……

 

324:風の名無しさん

 何言ってんのお前

 頭おかしいのか?

 

325:風の名無しさん

 人の寿命の話してんだぞ

 

327:風の名無しさん

 もうほんと無理無理無理

 せめて30年?

 再放送組の感覚、正直理解できない

 

328:風の名無しさん

 30年削れてるのが“マシ”って言える神経が怖いんだが……

 

330:風の名無しさん

 初見だけど、そんな祈りされたら逆に怖くなってきた

 やばいの来るの? ねえ、やばいの???

 

335:風の名無しさん

 今度こそ何か違うんじゃないかって思っちゃうんだよ……

 でもきっと変わらないんだよ なにも……

 

 

 

 

339:風の名無しさん

 82⁉

 えっ、82⁉⁉⁉⁉

 はちじゅうにねん⁉⁉⁉⁉

 

343:風の名無しさん

 やばいやばいやばい!!!

 桁が!! 桁がおかしい!!!

 

347:風の名無しさん

 30年って言ってたやつ今どうしてる?

 

349:風の名無しさん

 死んでるよ……

 

351:風の名無しさん

 一生じゃん 一生ぶんじゃん!!!!!

 

355:風の名無しさん

 旅してた日々が楽しかっただけに、今の落差が地獄なんですけど

 

358:風の名無しさん

 研究班、普通に言ってるけどこれ人の一生だよ……?

 

362:風の名無しさん

「ちょっと助けただけなのに~」の“ちょっと”が、82年ってマジ????

 

373:風の名無しさん

 82ってそんな具体的に言わないで!

 

380:風の名無しさん

 王女の目だけ潤んでるの、ほんとにだめ

 誰も泣いてないのに泣いてるって分かる

 

387:風の名無しさん

 このアニメ、魔法少女の癒し旅じゃなかったの?

 なんで人生の収支報告みたいなことされてるの?

 

390:風の名無しさん

 俺、異世界アニメで「定年退職後まで含めた人生分」って言葉聞くと思わなかった

 

399:風の名無しさん

 ダメダメダメダメ もうダメ 数字が怖い 数学嫌い!

 

402:風の名無しさん

「よく食べ、よく笑い、よく死ぬ」ってテーマだった……?

 

407:風の名無しさん

 それってもうほぼ残ってないってことだよね……?

 まだ生きてるってことは、元々は100年近く寿命あったのに?

 そんな元気な子が、もう明日死んでもおかしくないの?

 

411:風の名無しさん

 再放送なのに、ほんとにダメ

 この瞬間くるたびに息止まる

 

416:風の名無しさん

 え? え?

 これ、取り戻せないの???

 

 

 

 

 

420:風の名無しさん

 いや、ほんとごめん……

 再放送だけど、今、涙止まらん……

 

424:風の名無しさん

 「また変わるかも」って思ってた

 でも、変わらなかった

 変わらなかったのが、こんなにつらいとは思わなかった

 

429:風の名無しさん

 展開変わるかもって思ってて、「もっと悪い数字かも」って怖かった

 82年って聞いて、正直、ちょっとホッとした俺がいた

 今、それを後悔してる

 

431:風の名無しさん

 もっと悪いって例えば、もっと魔法使ってて、あと1回使ったら死ぬとかさ

 それでも魔法使いちゃんは笑って使うだろうから

 

435:風の名無しさん

 魔王戦のあの一発で寿命ぜんぶ持ってかれてて、もう余ってなかった展開とかありそうで

 

444:風の名無しさん

 初見勢には悪いけど、マジで“もっと重くなるかも”って覚悟してた

 この辺で数字変わったら終わりだと思ってた

 

447:風の名無しさん

 前と一緒であってくれて、安心したような……

 だって初回放送よりは悪くならないってことだろ?

 少しでも重くなってたら、こっちが死ぬ

 

451:風の名無しさん

 やっぱりまた、「ありがとう」って言うにはもう遅い世界なのか……?

 あの制作陣だし……

 

471:風の名無しさん

 でもさ

 なんか初回放送時より、3人が魔法使いちゃんのこと気にしてた気がする

 ……気のせい?

 

 

 

 

 

 

 

481:風の名無しさん

 なんか古参勢が「82年でまだマシだった」とか言ってて恐怖を感じてる

 同じ日本語とは思えん

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後――。

 

 初回放送時と同じく日記が公開され、スレは、初見と古参の阿鼻叫喚で埋め尽くされた――。

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