(書籍発売中!)逃げる魔法使い 〜寿命を削って魔法を使っていただけなのに、なんだか周囲の様子が変です〜   作:うちっち

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『逃げる魔法使い』第2期 エピローグ

 

(エピローグ)

 

 

 ――海といえば……遥か昔のことになるが、今も、思い出す光景がある。

 

 

 そのとき、私は、広い砂浜でカニ牧場を作っていた。カニ牧場とは、砂で囲いを作った中に、カニを入れて動きを観察するという非常に高尚な遊びである。何匹も入れるとより楽しいがカニたちが喧嘩をしてしまうので、集中力も求められるのだ。

 

 私の牧場には、4匹のカニが仲睦まじく並んでいた。珍しい。ひょっとしたら家族か、仲良しの友達なのかもしれない。

 

 私が微笑ましく眺めていたとき、隣にいた知り合いが、真面目くさった顔で口を開いた。彼は、いつも、自分が話したい時に、話したいことを話す。

 

「※※※……君がこの先も生きていけば、この砂浜はなくなってしまうかもしれないね」

 

「砂浜が? どうして?」

 

 それは、困る。カニ牧場が作れなくなってしまう。私はこの遊びが大好きだった。きっと千年経っても飽きない自信があった。

 

「海がもっとこちらまで来てしまうからさ。まあ、数千年はかかるだろうが」

 

 私は海を振り返った。ちょうど引き潮なのか、海は遠くに引っ込み、ざざーん、と時折控えめに存在を主張している。あんな遠くにある海が、この、見渡すばかりに広がる砂浜を全て飲み込む……?

 

 

 

 

「海辺の景色ってそんなに変わらなくない?」

 

「だから数千年だと言ったろう」

 

 彼は、呆れたような表情を浮かべた。私が話をよく理解できない時、彼は決まってこんな顔をした。「なんて頭が悪いんだ」と言われているような気がして、私はちょっとむっとする。

 

「じゃあ、数千年経って、なくなってるかどうか見に来る。もし嘘だったら、謝っても許してあげないから」

 

「そうかい。まあ、僕も、言った手前、一緒に見届けようか」

 

「数千年も生きるの? 人間なのに」

 

 彼が数百年近くも生きているのは知っていた。なぜかは分からない。魔法か、私の知らない何かなのか。だが、おそらくもうすぐ死ぬだろうな、という予感があった。いくら人間が長く生きても、必ず終わりがあることを、私は知っていた。

 

 彼は動かなくなった足の代わりに、金属でできた杖のようなものを愛用するようになった。1日のほとんどを眠って過ごすようになった。変わらないのは、ぺらぺらとよく回る口くらいではないか。

 

 

 

 

 

 しかし、彼は自信たっぷりに笑った。

 

「信じていない顔だな。よろしい、じゃあ、また、数千年後にここで」

 

 言い切る彼の態度に、少し自信がなくなってしまう私。

 

「数千年後、君が来て、ここで会えたら、僕の勝ちとしよう。じゃあね、※※※。まだ長いんだ、ゆっくりと敗戦の弁を考えておくといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、千年経ったころ、私はその砂浜に行ってみた。確かに、以前に来たころと比べて、海が近くに見えるような気がした。しかし、まだまだ砂浜は広大だった。この砂浜が全部なくなるなんて、信じられなかった。

 

 あれから、あの砂浜は訪れていない。まだ彼が言っていた数千年後には時間があるからだ。そして、風の噂で、彼が死んだらしいと聞いた。……ほら、やっぱり。

 

 

 

 

 だが、おそらく私は数千年後、あの砂浜を訪れるだろう。……彼と会うことはないので、「私が数千年後、砂浜に来る」「彼と会う」という条件は、1つしか叶えられないことになる。それがどちらの勝ちなのかは、またその時に考えるとしよう――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに、昔の夢を見た。

 

 夢の中の知り合いは、あの頃のまま、少しも変わらない笑顔で、砂浜を歩いていた。

 くたびれたローブの裾を砂に引きずって、いつものように、どうでもいい話を得意げに語っていた。

 私はその隣で、言葉の半分も聞かずに、うんうんと頷いていた。

 

 窓を開けると、どこかべたついた潮風と、打ち寄せる波の音が入ってきて――あの時と、同じ匂いがした。

 

 

 

 

 

 

 さて、私は、勇者達と海に遊びに来ている。1日目は砂の大きなお城を作ったり、ボール遊びをしたりと、非常に充実していた。さあ、今日は何をしようか。

 

 

 

 その後、遠くから聞こえる波の音を聞いていると、私はさっき見た夢のことを、なんとなく思い出した。そして、ふといいことを思いつく。

 

 

 

 ――そうだ。勇者たちとも、何か約束をしよう。

 

 

 ちょうどすぐそこに砂浜もある。私の中では、砂浜といえば約束である。せっかくだから、何か埋めようか。

 

 

 

 掘り出すころ、「逃がさない」と言っていた勇者やみんなが、もういなくなっていたら――そのときは、私の勝ちだと笑って、全部もらってしてしまえばいい。まだ隣に誰かがいれば、賞品として、その人にあげよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い立った私は、さっそく3人を呼びに行った。3人はまた朝から食堂で暗い顔を突き合わせていたが、半ば無理やり砂浜まで引っ張っていった。待っていたら1000年くらい経ってしまいそうなほど、みんなの腰が重かったからだ。

 

 「砂浜を見られるうちに見ておきたい」と主張したら、3人はなぜか涙した後、何かを決意したような顔で立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 そして、私が先導し、全員で砂浜にやってくる。その後、「みんなで思い出の品を埋めたい」と言った時も一悶着あったのだが、なんとか賛成して貰えることができた。……人間は、あんなに泣いて水分がなくならないのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

「このあたりなら、たぶん大丈夫です~」

 

 埋める場所は、波打ち際からずっと離れた、小さな砂の丘を選んだ。

 

 王女様が「本当にここでいいの?」と首を傾げたけれど、海の方を見て、すぐに納得した顔になる。最初は3人の顔も硬かったけれど、次第に笑顔も混じり始め……全員でその丘に腰かけ、何を埋めるか、あーでもないこーでもないと話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 皆で囲むのは、瓶に入った一枚の手紙。

 

 王女様が「未来のわたしたちへ」と挨拶を書き。

 勇者は、どこかのんきな近況を書いた。

 剣士は「くだらん」と言いながらも、一言だけ添えた。

 最後に私は、4人が肩を寄せ合って笑っている絵を描いた。

 

 

 

 

 

「じゃあ千年後に、みんなでまた掘り出しましょう!」

 

 

 王女様が言うと、勇者が「いいな、それ!」と笑い、剣士も「……覚えていればな」とつぶやいた。

 

 

 ――夏の風。海の匂い。

 

 

 私だけが、この日の声を千年後も覚えている自信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(~千年後~)

 

 

 

 

 あの頃と比べて、遥かに手前まで打ち寄せるようになった波打ち際を眺めながら、1人、私は、みんなで埋めた瓶の埋まっている場所を振り返った。波が近くまで来ていて、かつて私たちが腰を下ろした砂の丘も、いまはもう跡形もない。

 

 海から吹く風が砂をかすかに巻き上げる。あの時と同じ匂いがした。どこか懐かしくて、胸の奥がくすぐったくなる。

 

 今も、呼べば返事が返ってきそうな気がした。

 声をかければ、誰かが笑って振り返るような気がした。

 

 

 

 

 ――もちろん、誰も、いない。

 

 

 

 

 

 

 

 私は、それでもそっと、手を振った。

 

 けれど返ってくるものは何もなく、風が静かに吹き抜けていくだけだった。

 砂の匂いと潮の音だけが、まるで記憶のように、そっと私の頬をなでていった。

 

 

 かつて、昔の知り合いの彼が言った、「また数千年後に会おう」という、あの言葉の意味が、今なら少し、分かる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――千年後にまた掘り起こそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って笑ったあなたたちの声を、私はいまも聞いている。

 

 

 

 

 

 

 




エピローグから始まってますが、次から本編です。
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