(書籍発売中!)逃げる魔法使い 〜寿命を削って魔法を使っていただけなのに、なんだか周囲の様子が変です〜   作:うちっち

39 / 55
(おまけ)1000年後の私たちへ(上)

 私は、マンションで、瓶を抱きしめたまま、勇者と向かい合っていた。

 

 

 

 この瓶は、1000年ちょっと前に浜辺でみんなで埋めたやつだ。1人で見るのは寂しいから、誰かと一緒に見ようと決めていた。

 しかし開封しようとしたところ、何やら勇者の様子がおかしい。「このまま埋めよう」とか言ってくる。

 なんでやねん。

 

「別にさ、また魔王退治に行こうとか書いてても変じゃないよ」

 

 優しく言ってみた。こちらの世界に魔王がいないのは明らかだけど、そんなこと、書いた当時は分からないから。

 

 しかし、勇者は腕組みをして、渋い表情で顔を横にすごい勢いで振った。すごい勢いというか、早く振りすぎててもはや残像見えた。あそこまで拒否られるとちょっと気になる。何書いたんだろう。

 

「いいからほら貸せって」

「あ! もう!」

 

 

 

 

 その後。

 宙から現れた謎の杖が不運にも勇者の頭を強打するというハプニングがあったものの、無事に瓶は死守された。

 ちなみに、勇者が昏倒している間に瓶にはガッチガチに防御魔法をかけたので、勝手に破棄することはもはやできない。勇者を椅子にぐるぐる巻きに縛りつけ、私はベッドでゴロゴロしながら彼の起床を待った。

 

 

 

 

 がったんがったん! と椅子が暴れる音がした。私は瓶を抱え、勇者の正面に座る。縛られたままの彼は、血走った目で必死に口を開いた。

 

「それ読むのやめよう! な!」

「だって約束したもん」

 

 

 どれどれ、っと。

 瓶の口に手を入れ、最初に触れた紙を引き出して広げる。それは王女様の手紙だった。見覚えのある、几帳面な力強い字。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――未来のわたしたちへ。

 

この旅がどんな終わりを迎えても、

あなたたちと過ごした日々を、私は誇りに思います。

 

本当に、楽しかった。

 

どんな形になっても、

私はあなたたちのそばにいる。

それが今の私にできる約束です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑顔を浮かべてさらさらと書いていた王女様が、こんなことを書いていたなんて。

 なんだか、胸の奥がきゅっとなった。

 

 

 

「王女様役のすみれさんに「今から来てください」って電話してみる。多分あの人が生まれ変わりだと思うから」

 

「おいなんで携帯取り出したんだ。ていうかその人たぶん違うって……! おい聞けよ」

 

「……あ! すみません! 神代です! 突然お電話してすみません……ちょっとすみれさんに聞きたいことがあって……え? 今? 私の部屋ですよ? なんだか他の声がする? あー、友達が来てて……男の声だった? いちゃついてる時に電話してくるな? いえ違うんです。だいたい彼、椅子に縛られてますし。え? プレイ中なのかって? 違いますよ。いえ……まあ縛ったのは確かに私なんですけど……それよりすみれさん、突然なんですが、前世の記憶ってありますか?」

 

 

 

 

 

 プツッ、ツーツーツー。

 すみれさんに繋がっていたはずの電話は、切れていた。

 

 

 

 

「手紙読んでるって言えなかった」

「その人は俺知らねーけど、次会ったときに謝った方がいいと思う」

「わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次、剣士の手紙。こちらはシンプルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生きてるか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 短いけれど、なんだか剣士らしかった。背中を向けてぽつりと言う、彼の姿が脳裏に浮かぶ。剣士が、一番最後まで考えていたっけ。すごく困ったような顔をしていたのが昨日のように思い浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして残りは勇者の手紙。

 

 ここに焦っている理由があると見た! でも、当時、書いてるの見たけど、確か普通の近況みたいなのだったような……。

 

 しかし、開こうとしたとき。紙が2枚あることに気づいた。重なる二枚の端が、かすかにずれて覗いている。

 

 

 

 ……後ろに『1000年後の俺へ』みたいなやつがある! これか!

 

 いそいそ、というより、もう我慢できずに破るような速さで開いた。いったいどんな内容……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『頑張れ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なにこれ……。

 裏に何か書いてるのかなと思って裏返してみても、白紙だった。これだけ。これを見られたくなかった……? いやなんでだ。

 

 

 

 

 

「剣士さんのより短いじゃん! ……何を頑張るの?」

「ぜってー教えてやんねー」

「魔王退治かなぁ?」

「お前はひょっとしたら知らないのかもしれないけど、現代日本に魔王はいないんだ」

「だって、また旅に出ようって言ってた」

「お前の中で旅って魔王を退治するためじゃないとしちゃいけないの?」

 

 いいだろう。この手掛かりだけで、真実に辿り着いてみせる。

 

 

 

 

「頑張ることが、恥ずかしい? ううん、知られたくないって感じ……」

 

 すると勇者は、みるみる顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

「なんだろう? 顔が赤くなったってことは……一番有りそうなのは、恋愛関係かな? そういえば、前どこかで「勇者には好きな人がいる」みたいな話なかったっけ? え? 誰?」

 

「ぜって―言わねー」

 

 

 あ、やっぱりいるんだ。おお。

 もし「いい人できて結婚する!」みたいな話だったら――幼馴染として全力で祝わなくては!

 

 いや待てよ。好きな人がいたとしても、あっちの世界にいる人だろうから、もう会えないか? だから『頑張る』? いやそれだと勇者が現代に生まれ変わると知っていた前提になるから違うか。でも、今の反応だと、まるで現在進行形みたいな雰囲気だった……。

 

 

 

 

 

「俺の前で分析始めるのやめてくれる?」

「わかった」

「あと今考えたことも忘れろ。いいな? 頼む、一生のお願いだ」

「うん」

 

 一生のお願いだって。こんなことに使うなよと思わなくもないけど、きっと彼にとっては大事なことだったのだろう。確かにちょっと無神経だったかもしれない。

 

 私は素直に頷いて、忘れるべく頭を左右に振った。みるみるうちにさっき考えていたことが抜け落ちていくのが分かる。うん、忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は瓶の中に手紙を元通りに詰めたあと、さっそく、ガイドブックを開いた。皆の手紙を見ていると、なんだか旅に出たくなったからだ。

 

 横から勇者も覗き込んでくる。

 

「どこに行こうか? 吊り橋と川と牧場があるところだよね……?」

「あー、まあ、ゆっくりするのもいいかもな……」

「明日、友達が来るから相談してみようかなぁ」

「お前、友達いたの?」

「もう! 友達の1人や2人いるよ!」

「2人なのか……」

 

 肩をすくめる勇者の声が呆れ半分優しさ半分で。

 私は瓶をぎゅっと抱いたまま、未来のページをめくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでそれで、夜中に会いに行った人とは、結局会えたの?」

 

 翌日。

 カヤ役の声優の『篠原 真那』が、クッションを抱えてソファに座ったまま、身をぐっと乗り出して私を覗き込んできた。ゆるく巻いた明るい茶髪が肩のあたりで揺れる。

 

 彼女は20代中盤の可愛い雰囲気の女性で、柔らかな笑みを絶やさず、距離の詰め方がとても自然な人だった。収録で話すようになってから、(見た目の)年齢が近い私と彼女は、すぐに友人になった。

 

「会えましたよ~」

「おおー! それでそれで? その後は?」

 

 身を乗り出したまま、彼女は目を輝かせて続きを催促してくる。手の中のクッションをぽんぽんと軽く叩きながら、ちょっと浮足立っている様子だ。しかしその後とな……?

 

 私は少しだけ首をかしげる。勇者と海で会った後は、確か……。

 

「カニ牧場を作りました」

 

 

 

 すると彼女はそのまま数秒沈黙し、眉をひそめて、今度は小さく首を左右に振った。不思議そうに、まるで聞き間違いを疑うように何度も私の顔と口元を見比べてくる。

 

「……なんて?」

「カニ牧場を作りました」

「あ、やっぱり聞き違いじゃなかったんだ。なにそれ? なにかの比喩?」

「砂浜でカニを集めて観察するんです」

「そのままだったかぁ。なーんだつまんない」

 

 彼女は呆れたような顔をして、両手を上げて後ろに倒れ込んだ。と思ったら、背筋を伸ばし、そのままの姿勢でゆっくりと起き上がってくる。腹筋を10回でギブアップする私には到底できない芸当であった。彼女は真顔だった。

 

 

 

「いやいやいや。つまんないとかじゃないわ。なんでそんなことしてるの?」

「大人の遊びだから……?」

「夜中に?」

「カニって夜中の方が活動的なんですよ」

「ごめん自慢そうに言ってるけど全然意味分かんないから。このご時世に大人2人でやる遊びがそれ?」

「令和にいたのかこんなヒロインが……ってやつですね」

「自分で言うんかい。……あーもう! なんで負けちゃったかなー!」

 

 

 

 彼女は両手で髪をくしゃくしゃにしてから、すとんとソファに座り直した。気の抜けたような動作の中に、少しだけ悔しさが滲んでいる。

 

 

 

 彼女はカヤ役と魔法使い役、王女様役に応募していたらしい。オーディションって複数の役に応募するのもアリなんだ。そして、篠原さんはどちらかというと魔法使い役が本命だったのだとか。

 

「だって私って王女って柄じゃないし。やるならちゃんとやるけどね」

 

 クッションにぐてーっと倒れ込む彼女の口調は、さっぱりとしていた。そういうところは王女様らしいと言えなくもない、が……果たして……。

 

 私は、見極めるべくじっと彼女を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王女様と剣士が何だか近くにいる気がする。

 ……ということで。

 

 最近の私は、2人が誰かに生まれ変わっていないかを確認していた。例えば剣士役の人の前で、へろへろの素振りをやってみたり。3分あたりでしんどすぎてやめた。剣士役の人は、不思議な物を見る目で私を見ていた。あれは違いそう。

 

 

 

 ところが、私が見つめていると、篠原さんも、私の方をじとーっと横目で見てきた。その顔には、明らかな疑念が浮かんでいる。

 

「どうしたんですか?」

「そろそろ尻尾を出さないかなーって。だってゆのはちゃん、声優とかやったことないでしょ? なんでオーディションに受かったの?」

 

 私の今の名前は『神代ゆのは』だ。丸投げしたら、監督が付けてくれた。

 

 

 

「私の演技、駄目でした?」

「ううん。でもあれ、演技じゃないよね。普通に喋ってるだけ」

 

 彼女は、ずっとこう言う。

 

「演技じゃなくてもぴったりならよくないですか?」

「すみれさんの前で絶対それ言わない方がいいよ」

 

 

 

 王女様役の声優のすみれさんも確か、魔法使い役も応募したと言っていた。厳しい雰囲気の大人の女性で、私はちょっぴり憧れているのだが、彼女はいつも怒っている気がする。

 

 

「『バカにしてるの⁉』って怒られちゃいますもんね」

「……既に言ったなこれ! だからこの前ピリピリしてたんだ……!」

 

 

 だが、彼女はクッションをポーンと上に放り投げ、ひとまず満足したらしい。勢いよく立ち上がり、ストレッチのように腕をぐいっと伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもすみれさん、最近体調良くなったんだって。体弱いのに仕事に一生懸命過ぎて倒れたりしてて、病院行ってくださいっていつも言ってたんだけど」

 

 

 そういえばこの前、裏の通路ですみれさん倒れてた。あれっていつものことだったんだ。杖で回復魔法掛けたら治ったけど。なんか重症だったみたいで、青じゃないと治せなかった。

 まあ、王女様の料理を整える時も青だったし。「赤は駄目だけど、青まではOKよ」きっと王女様もそう言ってくれる。

 

 

 そう思ってネックレスに指先で触れてみると、ぱちりと小さな静電気が跳ねた。痛っ。

 

 

「すみれさんの方が、絶対ゆのはちゃんのこと怪しいと思ってるよ。今日も問い詰めてやるって言ってたもん」

「そういえばすみれさん遅いですね……早く来ないかな……」

「この流れで待てるのすごいよね」

「聞いてみたいことがあって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、少しの間、沈黙が流れ。

 篠原さんがクッションに顔を埋めたままで「そういえばさー」と呟いた。

 

 

「ゆのはちゃん田舎から出てきたって言ってたっけ?」

「はい。山奥の村に住んでることが多かったです」

「引っ越し何度かしてるんだ。にしても今どき山奥て」

「コンビニとかこっちで初めて見ました」

「……近くになくてもさ。テレビで見るでしょ?」

「テレビもラジオもなくて……」

「いや、天気予報とかどうしてたの……?」

「明日の天気なら、夜の空気を吸って空を見たら何となくわかりますよ」

 

 

 風向きによるけれど。木の上に登った方が分かりやすいのだが、こっちに来てからやったことはない。通行人を見ていて、いきなり木に登る人がいないからだ。そう、私は危機管理のできる女。

 

 

 

 

 すると、篠原さんはぽんと立ち上がり、リビングの奥のベランダに通じる窓を開けた。外の冷たい空気が一瞬室内に流れ込む。彼女はすーっと深く深呼吸して首をひと振りし、「全然わからん」と呟いた。

 

 

 

「だから東京駅とか未だに迷います」

「あー、みんな言うよね。そのうち慣れるよ」

「自動改札の切符入れるタイミングとか」

「ICって知ってる?」

「あのピッてやるやつでしょう? もう! それくらい知ってます! こう見えても篠原さんより私の方がちょっと年上なんですから!」

 

 

 

 

 

 

 私が立ち上がって腰に手を当てると、篠原さんは疑わしい物を見る目でこちらを見上げた。じっと見つめながら、口の端だけで笑う。

 

 

 

「で、ゆのはちゃんはおいくつになったのかな?」

「下二桁は18歳ですよ」

「……その注釈必要ある?」

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 篠原真那には、よく分からない友人がいる。

 

 「神代ゆのは」という名の彼女は、真那と同じ作品に関わった声優――つまりは、同僚だ。なら、何がよく分からないのか。

 

 

 彼女に初めて会ったのは、オーディションの会場でだった。真那は、今回こそは主役の座を射止めるぞと、サンプルの台本を読み込み、役作りを頑張り、オーディションに臨んだ。だからこそ、そこで出会った彼女のことが、目に留まったのだ。

 

 

 中庭で、日差しを浴びて空を見上げる彼女は……まるで、さっき読み込んだ台本の中から出てきたみたいだった。

 

 

 

 

 

 

 後日、「オーディションの中で『魔法使いちゃん』を見つけました」と語る監督のインタビューを読んで、真那は自分が落ちたことを受け入れた。完全に納得したわけではない。だが、あんなの反則ではないか。

 

 

 その日の夜、真那は同じく主役に落ちた王女役の綾守すみれと飲み明かしたが、その日2人で空けたボトルの数は、新記録を更新した。

 

 

 SNSでは、「もともと彼女を知っている者が、キャラを参考にして脚本を書いたのだ」「いや彼女こそ、魔法使いちゃんの生まれ変わりなのでは」等々、様々な説が飛び出していた。「異世界からやってきた本人だ」みたいな荒唐無稽な説を言いだす者もいたが、さすがに誰も信じなかった。

 

 

 

 魔法使いちゃんこと「神代ゆのは」。現在、スタッフの間で彼女は幸せを呼ぶマスコットキャラみたいな扱いだ。イベントの天気も彼女がいると毎回晴れるし、機材が故障しても本番には必ず直るし。

 

 

 

 

 

 なら、何が問題なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰にも言ったことがないが、真那は……「彼女が本当に魔法を使えるのではないか」と疑っている。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。