(書籍発売中!)逃げる魔法使い 〜寿命を削って魔法を使っていただけなのに、なんだか周囲の様子が変です〜   作:うちっち

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(おまけ)1000年後の私たちへ(下)

「意味わからないこと言わないで」

 

 焼き鳥屋の個室で、ばっさりとすみれは切り捨てた。

 真那は内心憤慨した。なぜなら、結構勇気を出して言ったのだ。誰だって言いたくない。「友達が魔法を使えるかもしれない」なんて。

 

「すみれさんの言いたいことはわかってます。夢でも見たんじゃないか、そう思ってますよね」

「カヤ役ってもう出番あんまりないから入院してもまあいいか、って思ってたわ」

「……思ったより辛辣だった……!」

 

 一瞬くじけそうになったが、真那は気を取り直し、背筋を伸ばして続けた。

 

 

 

「聞いてください。証拠があるんです」

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 とある日曜日の、朝8時55分。

 篠原真那は、人生で一番と言っていいほど絶望の淵に沈んでいた。

 

 今日は、「逃げる魔法使い」のアニメのイベントで、朝からキャストが集合する予定、だった。  

 目覚ましは2個かけた。1時間前には着くように家も早めに出た。揺れる電車の中でも寝ないように頑張った。終わった後の自分のご褒美として、駅ナカのベーカリーで限定の塩バターロールも買った。それなのに。

 

 

 

 駅裏の山からは、鳥の声と、どこかで川が鳴る音が聞こえてくる。駅のロータリーには、タクシーが1台だけ停まっているが、運転手は暇そうに新聞を広げていた。爽やかな朝の風が、ホームをざぁっと音を立てて吹き抜ける。

 

 真那は、駅の名前が記されている看板を、恨めし気に見上げた。

 

 ――「青梅駅」。

 

 何度見てもそう書いてある。真那はもう1度、メールを見返した。

 

 

 

『明日の午前10時に、()()駅に集合です』

 

 

 

 青海と青梅。

 なぜこんなに似ている駅が都内にあるのか。

 

 確かに、だんだん景色が都会っぽくなくなるなぁとは思っていた。しかし。乗り換え案内アプリによると、青梅から青海まではおよそ2時間かかるという。こんなに名前は似ているのに。

 誰か同じ間違いをした者はいないかと見回してみても、ホームにいるのは真那1人だった。

 

 

 

 プロデューサーにはさっき電話で説明した。大きな溜息をつかれ、「じゃあ何とかするわ。いちおうこっち向かって」と言われた。怖かった。いちおうって何。

 

 

 

 

 朝食がまだなことを思い出し、パンを食べようと思って取り出す。しかし、全然美味しそうに見えない。ふかふかのはずのパンは、まるで粘土か何かみたいに見えた。

 

 そうして、真那がもう1度両手で頭を抱えたときだった。

 

 

 

 

 ふと顔を上げると、「魔法使いちゃん」役の神代ゆのはが、すぐそばに立って、こちらを見つめていた。いつものように、ふわりとした笑顔を浮かべている。

 

 一瞬流しそうになり、真那は綺麗に彼女を2度見した。

 

「ゆのはちゃん!!!! なんでここにいるの!?」

「篠原さんが困ってるみたいだったので」

 

 えへへ、と恥ずかしそうに笑うゆのは。思わず全部許しそうになる。さっきの自分にはこれが足りなかったのかもしれない、と思い、そこで真那は重大なことに気付いて立ち上がる。

 

「ゆのはちゃんは! 主役じゃん!!!!!!」

「はい。私、主役ですよ」

 

 ゆのはは、胸を張る。真那はその小さな両肩を持って、激しく揺さぶった。ゆのはの首はがくんがくんと前後に揺れた。「ちょっ……」みたいな声も聞こえるが、それどころではない。

 

「主役が遅刻してどうするの!?」

「主役に限らず遅刻は駄目じゃ……」

 

 ぐっ、と詰まった真那は、もう1度勢いを取り戻す。

 

 

 

「そういうのじゃなくてね! さっき電車行ったばっかりなの! 間に合わないよ!?」

「大丈夫です」

 

 ゆのははニッコリと笑った。その笑顔を見て「ひょっとして何か方法があるのかも……」と希望を持つ真那。しかしそのとき、真那の耳に衝撃的な台詞が飛び込んできた。

 

「ここが青海だと思い込めばいいんですよ」

「ほらやっぱり!! 大丈夫じゃないじゃん!!!」

「いえいえ。さ、騙されたと思って目を閉じてください」

 

 真那は会話を打ち切り、そっぽを向いて聞こえないふりをした。とてもそんな気分になれなかったからだ。

 

 すると、ゆのはは困惑したように腕を組んだ。そして、ふむ、と顎を撫でる。

 

 

 

「ではこうしましょう。まず、篠原さんの持っているその美味しそうなパンを私にください」

「……ん? え? これ?」

 

 とりあえず渡した。食欲なんて湧いてこないから。

 

「ではお代として送ってあげましょう。さ、目を閉じて」

「……何も解決してないじゃない……!」

 

 

 

 そして、やけくそで真那が目を閉じて開けると――。

 

 

 

 

 

 そこは青海だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スタッフがあちこちにいて、イベントの準備をしている。搬入口では機材が運ばれ、簡易テントの下ではスタッフが台本を確認していた。遠くからスピーカーの音チェックの声も聞こえる。

 

 真那は、自分の頬をぐいっと引っ張った。思った以上に伸びた頬と、鈍い痛みが、真那がいるここが現実なことを教えてくれる。

 

 ――夢、じゃない。

 

 

 

 

 遠くで、監督と談笑しているゆのはを見つけ、真那は全速力で駆け寄った。おそらくだが、真那の人生で一番早く走ったと思う。

 

 

 

 真那はゆのはの両肩を持ち、大きく前後にぐらぐらと揺さぶった。ゆのはの首が前後にガックンガックン揺れる。「ちょっ……まっ……」みたいな声が聞こえたが、それどころじゃなかった。

 

「ゆのはちゃん!!!! なんでここにいるの!!!」

「彼女がここにいるのは当たり前だろう。主役なんだから。ほら、やめてあげなさい」

 

 横から監督が呆れたような口調で口を挟んでくる。真那が揺らす手を止めると、目が回ったのか少しふらふらとした後、ゆのはは胸を張った。

 

「そう、私、主役です。だからここにいるのは当たり前」

「当たり前だけど! 当たり前じゃないじゃん!!!」

「落ち着きなさい真那君。何を言ってるか分からないよ」

「監督は!!!!! 黙っててください!!!!!」

「わかった」

 

 監督は真顔のまま、即座に頷いた。

 

 

 

 そして、真那はゆのはに何度も尋ねた。さっき青梅駅にいたではないかと。

 しかし、ゆのはは困ったようにふわりと笑い、「夢じゃないですか?」と言って、首を横に振るだけだった。

 

 スタッフに聞いても、監督に聞いても、返ってくる答えは同じ。

 

 

 

「神代さん? 最初からここにいたけど?」

 

「集合時間より前にはもう来てたよ」

 

 

 

 まるで、夢でも見ているみたいだった。

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 すみれは、焼き鳥のタッチパネルを覗き込んだままで、バッサリと斬り捨てた。

 

「夢でしょ」

 

「違うんですよ! 続きがあるんです!」

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 真那が諦めて、プロデューサーの所に到着を報告しようとその場を去ろうとしたときだった。

 

 なんとなく――そう、本当に何となく。

 

 真那は振り返った。

 

 ゆのはは、手に持ったパンを美味しそうにもぐもぐと食べていた。包み紙には、真那の最寄り駅の名前が印刷してあった。そこでしか買えない、限定のバターロール。

 

 

 

 

 それは、青梅駅で真那があげたパンだった。

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

 すみれの、パネルへ滑らせていた指が、ピタリと止まる。

 そして、視線だけがタッチパネルからわずかに逸れた。

 

 

「何それ……怖……」

「でしょう! すみれさんもないですかそういうの!?」

 

 真那は身を乗り出し、じっとすみれの顔を見つめた。

 

「そんなの、ある、わけ…………」

 

 すみれは言いかけて、言葉を切った。

 視線が泳ぎ、口元に指を当てる。

 

「あ」

 

「あるじゃないですか!!」

 

「いやいやいや違うわ。そういうのじゃない」

 

 すみれは慌てて手を振り、姿勢を正そうとするが、どこか落ち着きがない。真那はすみれを再びじっと見つめた。その圧力に負けたのか、すみれは溜息を1つつき、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~すみれの話~

 

 先日、急な立ち眩みに襲われて、スタジオの通路で倒れていた時。

 すみれは、ゆのはに起こされたのだという。つんつんと突っつかれて。

 

 目を開けると、目の前に、しゃがみ込んでこちらを覗き込むゆのはの顔があって。ニコニコ笑って「あ! すみれさん、おはようございます」とか言って。そして、ゆのはは、そのままふらふらと歩き去っていった。

 

 

 

 

 その後、早退したすみれが病院に行くと――持病は嘘のようになくなっていた。小さい頃からの病気で、完治は難しいと言われていたはずのそれ。

 

 

 

 たくさんの検査を受けた。検査で1週間入院した。こんなに検査を受けたのは、小さい頃に病気が発覚したとき以来だった。慌ただしく出入りする看護師、困惑して頭を抱える検査技師、「学会に報告していいですか!?」と興奮気味に言う主治医。監督とプロデューサーがお見舞いに来たので、「なぜかわかりませんが10年来の病気が治りました」と報告する自分の声を、すみれはどこか他人事のように聞いた。

 

 その後も再検査につぐ再検査で、今もすみれの通院頻度は減っていないという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや違う違う。あれは偶然よ」

 

 すみれは考え込みながらタッチパネルの「焼き鳥盛り合わせ」の欄をカチカチと連打し、注文ボタンを押す。注文欄に「15」と表示された数字を、真那はちらりと見た。この場に2人しかいないのに、あれ誰が食べるんだろう。

 

「だって他のスタッフさんに聞いたら、ゆのはちゃん最初から青海にいたらしいですよ。プロデューサーがあたしと電話してる時も、そばでニコニコしてたって」

「その状態でニコニコしてるのがまずおかしいじゃない」

「それはそうですけど……人が倒れてるのを見てニコニコするのも相当……」

 

 

 

 

 

 

 その場を、しーんという重い沈黙が支配する。

 

 そして、テーブルに次々とやってきた15皿の焼き鳥盛り合わせを虚ろな目で見つめた2人だったが、とりあえずひたすら食べているうちに、ちょっとだけ落ち着いた。

 

「それで、ちょっと調べてみたいなって」

「気のせいよ。それに、どうやって調べるの?」

「……確かに、「私は魔法が使えます」とか言うわけないだろうし……。実際に目の前で魔法を使ってもらうのが一番いいですよね。でもそんなこと、できる、わけが……」

 

 自分で言いながら、「ノートに名前書かれて死にそうな探偵みたいなこと言ってるな」と真那は思った。

 

「それに、ゆのはちゃんって、アニメの主人公の子みたいだって言われて選ばれたんでしょ? なら、性格もそうかもしれないじゃないですか」

「つまり?」

「もしあれが、私が困ってるからって、代償がある魔法を使ったとかだとどうしようって……」

「魔法とか言い出してる後輩を前にしてる私がどうしようなんだけど。私の通ってる病院って精神科もあるんだけど、紹介する?」

「違います! ただ何もないって、確認したいんですよ!!」

 

 真那が声を張り上げると、すみれは困ったような顔をした。そして、大きな溜息をつく。

 

 

 

「仕方ない、ちょっとだけなら付き合ってあげる。それで、どうするの?」

「『ゆのはちゃんは魔法が使えるんじゃないか』って言う時点で頭がおかしいと思われちゃうと思うんですよね……」

「自己分析ができてて何よりだわ」

 

 

 そして、すみれの呆れたような視線に耐え切れなかった真那は、話題を変えようと視線をさまよわせた。

 

 

 

「……あ、そういえば! 『魔法使いちゃんが他の世界からこの世界にやってきたんだ』って言ってた人、いませんでしたっけ? なんかそんな意見をどこかで見たような」

「もっとヤバい人間を出してきて自分のおかしさをごまかそうとするのはやめなさい」

「なんでその人はそう思ったんだろう……」

「ねえ聞いてる?」

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

「そういやさー。お前って、こっちでまさか魔法なんて使ってないよな?」

 

 ガイドブックを覗き込んでいると、勇者が突然そんなことを私に言ってきた。なんだか確信がありそうな口調だ。何度か心当たりがあり、私はさりげなく目を逸らす。

 

 

 

「……赤は使わないようにしてるよ?」

「何色だろうが駄目!!!」

「だって、王女様も『いいわよ』って……」

「……本人否定してるみたいですけど!?」

「私の中の王女様が、だよ」

「それ偽物だから即刻消し去った方がいいぞ」

 

 勇者が「さあお説教するぞ」みたいな顔をしたので、私はソファーの後ろに退避した。そのまま、ガイドブックを盾にして私が籠城の構えを見せると……勇者は困ったような顔をして、少し沈黙した後、優しい声で話しかけてきた。

 

 

「ほら、こっちの世界に魔法はないし、騒がしくなるだろ。それに、俺は自分と同じ犠牲者を増やしたくない。ほら、お前って……誤解……? されやすいじゃん」

「それなら大丈夫!」

 

 私は、ガイドブックから目を上げて、胸を張った。なぜなら私には、自信があった。勇者が言うのはつまり、周囲の人が余計に心配しないか、と言っているのだろう。

 

 しかし、今回は大丈夫。なぜなら……。

 

「だって、寿命が減ってるなんてわからなくない? ここには王都の研究班はいないんだよ? しかも魔法があることと、魔法を使ったら寿命が削れてることも証明しないといけないし」

 

 なのだ。そう、私は学習できる女。

 

 こんなこと証明できる人間がこの世にいるわけがない。だって私もどうやったら証明できるか分からないもの。けどもしいるとしたら、その人はよっぽど常識にとらわれない人に違いない。

 

 

 

 

 

 しかし、勇者との会話でちょっと心配になったのも事実。

 

 私は、机の引き出しに適当に放り込んでいた、自分の精密検査の結果を取り出し、目を通した。えーっと、『あなたの残り寿命』の欄は、と。

 

 

 

 

 ……うん、ない。やはりこの世界の検査では、残り寿命なんて測れないみたいだ。勝ったな……!

 こういう時なんて言うか知ってる。「圧倒的じゃないか、我が軍は」。事実、私の中のイマジナリー王女様も、「勝訴」と書かれた紙を大きく掲げている。

 

 

 

「何見てるんだ?」

「なんか働くのに健康診断受けなきゃいけないんだって言われて。数値がおかしいって、精密検査も受けたんだけど……」

「……変だったのか?」

「うーん。代謝とか、エネルギー効率とか……説明されたけど、よく分からなかった」

 

 お医者さんが言っていたことを思い出して、付け足す。

 

「『生き物としての出力が安定しすぎてる』って言われたかな」

「それっていいのか? 悪いのか?」

「お医者さんも首かしげてた」

 

 えーっと、あとなんて言ってたっけ? 確か……。

 

「細胞がすごく古いって言われた。測定だと、3桁行きそうですねーって」

「いいのかそれ」

 

 4桁じゃないところを見ると、逆に新しいと思うんだけれど、私もさすがにそれは口にしなかった。「そうなんですね~」みたいに笑って誤魔化しておいたけれど、あれが果たして正解だったのかどうか。まあ……。

 

「肌年齢は15歳だったから差し引きゼロかなって」

「いいのか……?」

 

 しかし、精密検査という名目で、このあたりで一番大きな病院に連れていかれ、何度も何度も検査された。よって今の私は注射針が大嫌いである。検査のたびにもらえる精密検査の紙は、収納場所に困ったので現場のロッカーにとりあえず放り込んでいる。

 

 

 

 

 

 

 ……あ、そういえば。この前、病院ですみれさん見たっけ。

 




いちおう長命種ニキの名誉回復の可能性を作っておきたいなって
いつか回復するといいですね
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