午後の柔らかな日差しが差し込む、誰もいない空き教室。カシアンとベレスは、窓際に並んで立ち、言葉少なながらも会話を交わしていた。話題の中心は、主にベレスが受け持つ黒鷲の学級の生徒たちのことだった。
「…それで、カスパルは相変わらず訓練で無茶ばかり…。」「ベルナデッタは、少しずつ他の生徒と話す時間が増えた…」「リンハルトは…今日も授業中に居眠り…」
ベレスは、普段の寡黙さが嘘のように、担当生徒一人一人の様子を、淡々とした口調ながらも、どこか楽しそうにカシアンに報告していた。カシアンは、壁に寄りかかりながら、静かに相槌を打ち、彼女の話に耳を傾けている。彼にとって、生徒たちの個々の成長記録は、興味深い分析対象でもあるのだろう。
しかし、ベレスが次にペトラの最近の活躍について語ろうとした、その時だった。
「ペトラは、最近フォドラの言葉の…っ」
突然、彼女の言葉が途切れ、その体がふらりと揺れた。ベレスは咄嗟に額を押さえ、苦しそうに顔をしかめる。視界がぐらつき、立っているのがやっと、という様子だ。彼女は壁に手をつき、ゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。
「ベレス!?」
今まで静かに話を聞いていたカシアンが、驚いて駆け寄り、彼女の肩を支えた。その声には、彼にしては珍しく、焦りと明確な心配の色が浮かんでいた。
「どうしました? 大丈夫ですか? 顔色が悪い…」
ベレスは数秒間、浅く速い呼吸を繰り返し、目を閉じて眩暈が収まるのを待っていた。やがて、ゆっくりと目を開け、弱々しく首を振った。
「……いや、なんでもない。立ちくらみがしただけだ。もう…大丈夫だから…」
彼女はそう言って、カシアンの支えを借りながら立ち上がろうとした。しかし、その足元はまだおぼつかず、顔色もすぐれない。
「大丈夫ではありません。無理はいけませんよ」カシアンは彼女の肩をしっかりと支え、有無を言わせぬ口調で言った。
「こちらへ。少し横になってください」
彼はベレスを促し、近くにあった長椅子へと導いた。ベレスは抵抗する気力もないのか、素直に従い、長椅子にゆっくりと横になった。
「すぐに医務室の者を…いや、マヌエラ先生か、あるいは回復魔法に長けた僧侶の方を呼んできます。あなたはここで、安静にしていてください」
カシアンはそう言って、足早に教室の扉へ向かおうとした。
しかし、彼が扉に手をかけようとした瞬間、後ろから弱々しい声がかかった。
「…待って、先生」
振り返ると、横になったベレスが、彼の服の裾を力なく掴んでいた。
「本当に、大丈夫だから…。呼ぶほどのことじゃない。お願い…」
彼女は懇願するようにカシアンを見上げた。
「それよりも…もう少しだけ。話をしていたい」
そのか細い声と、助けを求めるような瞳に、カシアンは一瞬動きを止めた。彼女の体調を考えれば、すぐに専門家の助けを求めるのが合理的だ。しかし、彼女の「話をしたい」という、この状況下では非合理的な願いを、彼は無下にはできなかった。
「……ですが、貴女の顔色はまだ優れません。本当に大丈夫なのですか?」
「平気。少し、休めばすぐに治るから」
ベレスは静かに首を振った。その瞳には、ただ休みたいという以上の、何か別の感情が揺れているように見えた。
カシアンは数秒間逡巡した。彼の合理性が警鐘を鳴らす一方で、目の前のベレスをこのままにしておくことへの、別の種類の衝動が彼を押し留めていた。
「……分かりました。ですが、本当に少しだけですよ。眩暈が再発したりしたら、今度こそすぐに言うこと。約束です」
彼は渋々ながらも了承した。
「…うん。ありがとう」
ベレスが小さく頷くのを見て、カシアンは扉から離れ、彼女が横たわる長椅子のそばに置かれていた椅子に静かに腰を下ろした。
しばしの沈黙の後、カシアンは、横になっているベレスの顔を覗き込むようにして、その大きな緑の瞳をまっすぐに見つめて尋ねた。その声は、心配する響きの中に、原因を探ろうとする分析的な鋭さも含んでいた。
「ベレス。正直に答えてください。このような眩暈や、突然の体調不良を感じたのは、最近になってからですか? …そして、もし差し支えなければ、これで何回目なのか、教えていただけますか?」
ベレスは、カシアンの真剣な問いかけに、一瞬、何かを隠そうとするかのように視線をさまよわせた。自分の弱さを見せることへの抵抗があるのかもしれない。しかし、カシアンの誤魔化しを許さないような視線に、彼女は観念したように小さく息をつき、正直に答えた。
「……数回。ここ…一月ほどの間に、何度か…」
「数回…やはり、そうですか」
カシアンは納得したように頷いた。彼の頭脳は、ベレスの症状と、彼女を取り巻く最近の状況を結びつけ、原因の分析を始めていた。
「思い当たる節はありますか? 何か、特別な出来事があった後に起こりやすいとか…」
ベレスは静かに首を振る。「特に…分からない」
「そうですか…」
カシアンは少し考え込んだ後、彼の推測を、諭すような、それでいて断定的な口調で述べ始めた。
「ベレス、貴女は少し…いや、かなり自分を酷使しすぎているように、私には見えます。まず、この大修道院での教師という職務。そして生徒たち一人一人に向き合い、彼らの個人的な悩みや複雑な事情にまで親身になって対応していると聞きます。」
彼は続ける。その視線が、ベレスの腰に下げられたままの剣…天帝の剣に向けられた。
「さらに、それだけではありません。最近の貴女は、以前にも増して、その『天帝の剣』、あの特別な力を持つ英雄の遺産を頻繁に手にしている。貴女自身にその自覚がないかもしれませんが、身体と精神には、確実に疲労が蓄積しているのでしょう」
カシアンの指摘は、的確で、そして容赦がなかった。ベレスは、彼の言葉を黙って聞いていた。反論の言葉は、何も浮かばなかった。彼が言う通りなのかもしれない。自分でも気づかないうちに、無理を重ねていたのかもしれない…。彼女はただ、静かに目を閉じ、「…………うん」と、小さく、か細い声で、彼の分析を肯定するしかなかった。
カシアンは、彼女の反応を見て、静かに立ち上がった。そして、自身が常に持ち歩いている革製のカバンの中から、小さな水筒を取り出した。「これを」彼は近くにあった清潔なコップに、水筒の中身を注ぎ、横になっているベレスにそっと差し出した。
「ただの水ですが、飲んで少し落ち着いてください。水分補給です。」
ベレスはゆっくりと身を起こすと、カシアンからコップを受け取ろうとした。その時、差し出された彼の腕に、自分が以前交換した革のブレスレットがつけられているのが目に入る。
「……先生、今日も付けてる。」
ベレスは微かに口元を綻ばせ、その事実に控えめな喜びを見せた。
カシアンは少しぶっきらぼうに視線をそらすと、「……あなたが、つけていろと言いましたからね」と小さな声で呟いた。
彼のぶっきらぼうな返事の中にも、どこか照れのようなものが感じられる気がして、ベレスは小さく頷いた。そしてその手はまだ少し震えているものの、コップをしっかりと受け取った。「…ありがとう、先生」彼女は小さな声で礼を言うと、コップに口をつけ、こくり、こくりと喉を潤した。冷たい水が、火照った体に心地よく染み渡っていくようだった。
彼女はコップをサイドテーブルに置くと、再び長椅子に横になり、穏やかな午後の光の中で、静かに目を閉じた。カシアンは、そんな彼女のそばの椅子に再び腰掛け、何も言わず、ただ静かに彼女が落ち着くのを待っていた。
ベレスはカシアンが差し出した水をゆっくりと飲み干し、コップをサイドテーブルに置いた。まだ顔色は完全には戻っていないが、先ほどまでの苦しそうな様子はいくらか和らいでいる。彼女は長椅子に横になったまま、静かに天井を見上げていた。カシアンも、彼女が落ち着くまで、何も言わずにそばの椅子に座っていた。穏やかな午後の光だけが、静かな教室を満たしている。
しばらくして、ベレスが不意に、天井を見上げたまま口を開いた。
「……先生」
「はい、何でしょう」
彼女の声は、まだ少し弱々しい。
「エーデルガルドが言っていた……先生が近いうちに帝国へ行くというのは……本当?」
その問いには、単なる好奇心以上の、何かを探るような響きが含まれていた。
カシアンは、彼女がその情報をどこから得たのか少し訝しんだが、隠すことでもないと判断した。「ええ、その話は事実です」彼は正直に認めた。
「ただし、正式に帝国に仕官するわけではありません。あくまで『臨時の軍属』という、期間限定での協力関係を結んだに過ぎません。エーデルガルト殿下の個人的な要請を受け、当面の間、ここから西にある町の復興と管理を担当することになっています」
彼は事実を淡々と、しかし正確に伝えた。
「……そう」
ベレスは短く応じると、再び目を閉じた。帝国へ行く。それはつまり、このガルグ=マクを離れるということだ。彼女がその事実をどう受け止めているのか、その短い返事と閉ざされた瞼からは、何も読み取ることはできなかった。ただ、教室の空気が、ほんの少しだけ重くなったような気がした。
さらに静かな時間が流れる。ベレスは眠っているのか、それとも何かを考えているのか。カシアンも、彼女を起こさないように静かに座っていたが、彼の頭の中では様々な思考が巡っていたかもしれない。
やがて、ベレスは再びゆっくりと目を開けた。今度は、彼女の視線は真っ直ぐにカシアンに向けられていた。
「……先生が、時々一緒にいるのを見かける。あの、紫色の髪をした…ユーリス。それから大柄な男や、魔道士の女たちも…。彼らは何者? 先生の、昔からの知り合い?」
カシアンは、ベレスの質問に、内心でわずかに警戒心を強めた。アビスの住人たちのこと、そして彼らとの関係は、極力秘密にしておきたい事柄だ。特に、教会の関係者には。しかし、目の前にいるのはベレスだ。彼女の持つ、全てを見透かすかのような純粋な瞳の前で、中途半端な嘘や誤魔化しが通用するとは思えなかった。そして、なぜか、彼女に対しては、ある程度の真実を話しても良いのではないか、という奇妙な信頼感のようなものが、カシアンの中に芽生え始めていた。
彼は少しだけ逡巡した後、重い口を開いた。
「……彼らは、アビスの住人です」
「アビス…?」
「ええ。このガルグ=マク大修道院の地下深くに、まるで忘れ去られたかのように存在していた場所…そこに、様々な事情を抱え、地上では生きていけない者たちが集まって暮らしていました。彼らは、そのアビスの住人たちです。今は、ある事情から、私が管理を任されている西の町に移り住み、町の復興や…その他、様々な『仕事』を手伝ってもらっています」
カシアンは、言葉を選びながら説明した。
ベレスは「アビス…」と小さく繰り返し、カシアンの言葉を噛みしめるように聞いていた。そして、彼女はさらに核心に迫る質問を、静かに投げかけた。
「…その『仕事』の中には、悪いことも含まれている?」
彼女の声は穏やかだったが、その問いは鋭く、カシアンの胸に突き刺さった。
カシアンは一瞬、息を呑んだ。彼女のまっすぐな視線から逃れることはできない。非合法な手段による貴族の「排除」、物資の「調達」…それらが「悪いこと」でないはずがない。彼は、嘘で塗り固めることもできたかもしれない。だが、彼女の前では、それができなかった。
「………………否定は、しません」
長い沈黙の後、彼は重々しく、しかし正直に、その事実を認めた。
ベレスは、カシアンの苦しい肯定を聞いても、表情を大きく変えることはなかった。彼女はただ、悲しそうに、あるいは憐れむように、カシアンを見つめていた。そして諭すかのように、静かに言った。
「……そうか。…先生悪いことは良くない。…お願いだから、しないでほしい。」
それは非難ではなく、心からの願いのように聞こえた。
カシアンは、返す言葉もなく、ただ黙り込んでいた。彼女の言うことは正論だ。だが、彼の生きてきた世界、そしてこれから目指すものは、必ずしも正論だけでは成り立たない。目的のためには、時に汚い手段も必要になる…そう信じてきた。しかしベレスの純粋な言葉は、彼の凝り固まった信念を、わずかに揺さぶっていた。
カシアンの沈黙を見て、ベレスはゆっくりと長椅子から身を起こした。まだ少し顔色は青白いが、その瞳には強い意志の光が宿っていた。彼女はカシアンのすぐ目の前に立つと、彼の目を、射抜くようにまっすぐに見つめて、問いかけた。
「……先生。もうあまりしないと…これから先『悪いこと』はあまりしないと…私に、約束してくれる?」
その問いかけは、静かだが、有無を言わせぬような響きを持っていた。まるで、女神が信徒に誓いを求めるかのように。
カシアンは、ベレスのその真剣な眼差しから、目を逸らすことができなかった。彼女の純粋な願い、あるいはそれは命令に近いのかもしれない。彼の内側で、合理性と、彼女を失望させたくないという非合理的な感情が激しくぶつかり合った。なぜ、彼女の言葉がこれほどまでに自分の心を揺さぶるのか、彼自身にもよく分からなかった。
長い、重い沈黙が流れた。窓の外では、鳥がさえずっている。やがて、カシアンは、まるで重い枷を受け入れるかのように、小さく、しかしはっきりと答えた。
「………………はい、控えます。」
その一言を絞り出すのに、彼がどれほどの葛藤を乗り越えたのか、ベレスには分からなかったかもしれない。
カシアンの返事を聞くと、ベレスの表情が、ほんのわずかに和らいだ。彼女はそれ以上何も追求せず、ただ静かに頷いた。ベレスのまっすぐな言葉と、彼女に向けた「はい」という返事は、確実にカシアンの心の中に、無視できない楔として打ち込まれたはず。穏やかな午後の光が差し込む教室に、二人の間に生まれた新たな、そして少しだけ重く、しかしどこか温かい約束の余韻が、静かに漂っていた。
その日、シルヴァンは、少しばかり浮き足立っていた。故郷であるゴーティエ辺境伯領の入り口付近、約束の場所へと向かう彼の足取りは軽い。領内で再び厄介な盗賊が徒党を組んで暴れ始め、頭を悩ませていたところ、相談を持ち掛けたベレス先生が、驚くほど快く討伐への協力を約束してくれたのだ。
(ベレス先生との共同任務か…!)
シルヴァンは内心でほくそ笑んでいた。大修道院にいる多くの女子生徒と同じように、彼女に下心がないと言えば嘘になる。だが、それ以上に、ベレスには他の誰とも違う、特別な何かを感じていた。彼女は、自分の軽薄な外面や貴族という肩書きではなく、その奥にある素の部分…あるいは、自分でも持て余している家の紋章の宿命のようなものまで、静かに見透かしているような気がするのだ。そんな彼女と仲間たちで故郷の危機に立ち向かう…それは、彼にとって非常に魅力的で、心躍る出来事のはずだった。
意気揚々と約束の場所に到着したシルヴァンだったが、そこに立っていた人物を見て、その表情は一瞬で固まった。
「……え?」
そこにいたのはベレス先生ではなく、腕を組み、いつもの無表情でこちらを見ている、最も予想外の人物――カシアン先生だった。
「…か、カシアン先生? なんでアンタがここにいるんですか? えーっと、ベレス先生は…?」
シルヴァンは混乱しながら尋ねた。何か手違いがあったのだろうか?
カシアンは、シルヴァンの動揺など全く意に介さない様子で、淡々と答えた。
「ああ、シルヴァン殿。お待ちしていましたよ。約束の時間通りですね」彼は続けた。
「残念ながら、ベレスは急な体調不良のため、本日は安静が必要です。よって、彼女に代わり、私が貴方の領地の盗賊退治に協力させていただくことになりました」
「た、体調不良!?」
ベレスの身を案じる気持ちと、楽しみにしていた予定が完全に潰えたことへの衝撃で、シルヴァンの頭は真っ白になった。
(ベレス先生が…それは心配だけど…ってことは、今日の任務は…この、面白みも色気もゼロのカシアン先生と!? いやいやいや、嘘だろ!? 俺の楽しみが!)
彼の心の中は、落胆の嵐が吹き荒れていた。
シルヴァンが声もなく立ち尽くしていると、カシアンはさらに言葉を続けた。
「ご心配には及びませんよ、シルヴァン殿。私一人というわけではありませんから。この任務のために、非常に頼りになる『仲間』たちも、駆けつけてくれました」
「仲間…?」シルヴァンが訝しげに聞き返す。
カシアンは後方の森の方を、顎でくいっとしゃくってみせた。「ええ。ほら、あそこに」
シルヴァンが恐る恐るそちらに目をやると、木々の間から、ぞろぞろと十数名の男が現れた。先頭に立つのは、岩のような筋肉を誇示するバルタザール。そしてその後ろには、いかにも裏社会の住人といった風体の屈強で目つきの悪い傭兵たちがずらりと並んでいた。
「よう、今日はよろしく頼むぜ!」バルタザールが、その巨体に似合わぬ軽快さで手を振る。
他の傭兵たちも、値踏みするような、あるいは単に無関心な視線をシルヴァンに向けている。
(……終わった……)シルヴァンは心の中で完全に膝から崩れ落ちた。
(ベレス先生との冒険が、なんでカシアン先生と、こんなむさくるしい怪しい連中との、汗臭い盗賊退治に変わってるんだよ!? 俺の癒やしの時間が!)
彼は天を仰ぎ、心の涙を流した。数少ない、自分のチャラい外面に騙されずに、本当の自分を見てくれると期待していたベレスとの時間が、無残にも消え去ったのだ。
「さあ、これで戦力は十分すぎるほどでしょう」
カシアンは、シルヴァンの内心の絶望など全くお構いなしに言った。
「盗賊ごとき小悪党、我々にかかれば赤子の手をひねるようなもの。早速、奴らの根城へ案内していただきたい。時間は有限ですからね」
彼はさっさと歩き出す準備を始めた。
シルヴァンは、もはや抵抗する気力もなかった。どれだけ落胆しようとも、領地の民を苦しめる盗賊を放置することは、次期当主として許されない。それにカシアンの実力が確かなことも、先の戦闘などで嫌というほど知っている。戦略としては、ベレス先生一人よりも、ある意味頼りになるのかもしれない…。
「はぁぁぁ…………」
シルヴァンは、これ以上ないほど深くて長いため息をつくと、やけくそ気味に叫んだ。
「分かりましたよ! ええ、分かりましたとも! こっちです! どうぞ、皆さん、ついてきてください!」
彼は半ば投げやりな足取りで、カシアンと、その後ろから物珍しそうについてくるアビスの一団を、盗賊が潜むという町へと案内し始めたのだった。
数日後。
ゴーティエ辺境伯領を荒らしていた盗賊団は、跡形もなく壊滅していた。カシアンの立てた作戦は、相変わらず効率的で非情なものだった。そしてバルタザールの圧倒的な破壊力、そしてアビス傭兵たちの裏社会で鍛えられた戦闘術は、盗賊たちにとって悪夢以外の何物でもなかった。
そして意外なことに、討伐後の後片付けや、近くの村での休息を経て、シルヴァンはあれほど「むさくるしい」と思っていたアビスの男たちと、奇妙なほど打ち解けていた。
「へっ、ゴーティエの坊ちゃんも、見かけによらずなかなかやるじゃねえか! あの時、俺の背中をちゃんと守ってくれたからな!」バルタザールが、シルヴァンの肩をバンバン叩きながら豪快に笑う。
シルヴァンも「はは…バルタザールさんこそ、あの無茶な突撃は肝が冷えましたよ!」と苦笑いで返す。
他の傭兵たちとも、共に戦い、酒(カシアンの試作品)を酌み交わすうちに、互いの素性や苦労話などを語り合い、いつの間にか奇妙な連帯感のようなものが生まれていたのだ。
ベレス先生との任務が潰れてしまったことへの残念な気持ちは、もちろんまだ残っている。だが、シルヴァンは、今回の予想外の出来事を通して、カシアンという教師の確かな実力と、アビスの住人たちの荒々しいけれどどこか憎めない人間味(?)に触れることになった。これもまた、得難い経験だったのかもしれない…と、次期領主として彼らとの間に生まれたこの奇妙な縁に、少しだけ複雑な、しかし決して悪くない感情を抱きながら、彼は故郷の青い空を見上げるのだった。