道徳以外を教えます   作:マウスブン

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12月 モニカ

カシアンは自室で金鹿のマークの付いた手紙へ返書、西の町の要塞化計画の図面を修正、必要な資材リストを再計算という彼らしい地道な作業に没頭していた。白鷺杯の喧騒は過ぎ去り、大修道院には比較的穏やかな日常が戻っていた…かに見えた。

 

その平穏は唐突に破られた。

 

バンッ!!

 

部屋の扉が乱暴に叩きつけるように開け放たれた。息を切らし顔面蒼白になった若い兵士が、文字通り部屋の中に転がり込んできたのだ。その肩には真新しい血の痕が滲んでいる。

 

「か、カシアン先生っ! 大変です!!」

兵士は床に手をつきながら、必死に言葉を絞り出した。

 

カシアンは驚いて顔を上げた。彼の部屋にこんな形で人が飛び込んでくるのは初めてのことだ。

「落ち着きなさい! 何があった!?」

 

「ま、魔獣です! 魔獣が出現しました!」兵士はぜえぜえと息をしながら報告する。「だ、大修道院の…中庭に、です! どこから現れたのか…突如として巨大な、見たこともないような魔獣が…!」

 

「なんだと…!?」カシアンの表情が険しくなる。

「中庭に? この修道院の敷地内に魔獣が直接出現したというのか!? 馬鹿な…城壁も監視もどうなっている!?」

 

「わ、分かりません! ですが、現に出現し、既に暴れ始めています! 見張りの兵士や、近くにいた生徒も何人か…! 中庭はもう、パニック状態です! 騎士団の方々も駆けつけていますが、数が…! それに、あの魔獣は異常に強い…!」

兵士の声は恐怖に震えていた。

 

カシアンは瞬時に状況を判断した。原因究明は後だ。今は被害の拡大を防ぎ、人々を安全な場所へ避難させることが最優先。

「分かった。状況は理解した。すぐに私も現場へ向かおう」

彼は素早く立ち上がり、壁にかけてあった簡素な革鎧を身に着け、護身用に常に持ち歩いているだけの無駄な短剣と、緊急時用の魔導書を手に取った。

 

「負傷者の救護と、まだ中庭やその周辺に取り残されている人々の避難誘導が最優先だ。おそらく、一番安全なのは礼拝堂だろう。あそこなら、防御力も高く、多数の人間を収容できる。私も礼拝堂へ向かう。君も動けるなら、私に続けなさい!」

 

カシアンは兵士に指示を出すと彼を促し部屋の扉へと向かった。一刻も早く状況を把握し、的確な指示を出す必要がある。彼の頭脳は、既に様々な状況をシミュレーションし最適解を導き出そうと高速で回転し始めていた。

 

しかし彼の用意が完了し、拝堂へと続く回廊へ足を踏み出そうとした、まさにその時だった。

 

「ぐあっ!?」

 

背後でついてきていたはずの若い兵士が短い苦悶に満ちた悲鳴を上げた!

 

カシアンは電光石火の速さで振り返った!

 

そこには信じられない光景が広がっていた。先ほどまで必死に報告していた兵士が、胸から血を流し、驚愕と苦痛の表情を浮かべたまま、ゆっくりと床に崩れ落ちていく。そしてその兵士の背後に…音もなく立っていたのは、一人の少女だった。

 

見慣れた黒鷲の学級の制服。明るい茶色の髪に、人懐っこそうな大きな瞳。それは少し前に保護され、エーデルガルトたちのクラスに編入されたばかりの生徒――モニカのはずだった。

 

だが今の彼女は、カシアンの知る「モニカ」ではなかった。その手に握られているのは可憐な少女には全く似つかわしくない、兵士の血でぬらりと濡れた鋭い短剣。そしてその顔に浮かべられているのは、人懐っこさとは程遠い、歪んだ、狂気を孕んだような不気味な笑みだった。

 

カシアンは一瞬で全てを理解した。床に倒れ伏し動かなくなった兵士。少女の持つ血塗られた凶器。そして彼女の全身から放たれる、濃密な殺気。これは生徒ではない。敵だ。

 

「あらあら、動かなくなっちゃった? ごめんなさいね、兵士さん」

 

少女――モニカは、崩れ落ちた兵士の亡骸を無感動に見下ろすと、くすくすと悪意に満ちた笑い声を漏らした。そして、その視線をゆっくりとカシアンへと向ける。

 

「あなたがカシアン先生…で、合ってるわよね?」

彼女は、獲物を見つけた肉食獣のように、舌なめずりでもしそうな表情でカシアンを値踏みするように見つめた。

「ふーん、思ったより地味な感じ。本当にソロンのジジイをあんな目に遭わせた張本人なわけ?」

 

彼女は楽しげにその瞳の奥に冷酷な殺意をぎらつかせて続けた。

「ま、どっちでもいいんだけどさ。あのしつこいジジイがねぇ、『アレが先生は許せない、確実に始末してこい』って、それはもう、うるさくってうるさくって! だから、わざわざこのアタシが、直々に殺しに来てあげたのよ。」

 

モニカは短剣を逆手に持ち替え、その切っ先をカシアンに向けた。その体からは、魔獣出現の混乱に乗じて標的を確実に仕留めようという、明確な殺意が溢れ出している。

 

大修道院内には魔獣が出現しパニックが広がっている。そして今、目の前にはソロンが差し向けた狂気の暗殺者。援軍を呼ぶ暇もない。そして何より自身の武器戦闘能力は壊滅的だ。

 

カシアンは絶体絶命とも言える状況に追い込まれていた。彼の知略と計算は、この直接的で、純粋な暴力の脅威を前に、果たして通用するのだろうか? 彼の背筋を、久しぶりに、本物の死の予感が走り抜けていた。

 

 

 

「感謝しなさいよね?」

 

モニカは歪んだ笑みを浮かべ、血に濡れた短剣を構え直した。その瞳には、獲物を嬲り殺す前の獣のような、残忍な光が宿っている。魔獣出現の混乱に乗じて現れた、ソロンからの刺客。カシアンは、背後に倒れる兵士の亡骸と、目の前の狂気を孕んだ少女を交互に見、自身の置かれた絶望的な状況を瞬時に理解した。

 

(まずい…! こいつは危険だ…! そしてこの状況下で私を狙ってきたということは、魔獣の出現も偶然ではない可能性が高い…!)

 

だが絶望している暇はない。ここで死ぬわけにはいかない。カシアンは、一瞬の後退りを見せつつ、助けを呼ぶため大声を張り上げた!

 

「誰か来てくれ! 刺客だ! ここに敵がいるぞ!」

 

同時に彼は近くにあった実験台の上に目を走らせた。彼はその中から髑髏マークのついた濁った黄色の液体が入ったものを素早く掴み取ると、迫ってくるモニカめがけて、渾身の力で投げつけた!

 

「うるっさいなぁ!」モニカはカシアンの叫び声に顔をしかめ投げられたフラスコを、まるで鬱陶しい虫でも払うかのように、手にした短剣でこともなげに弾き返した! ガラスが派手な音を立てて砕け散る!

 

しかし次の瞬間、モニカの余裕の表情は苦痛と怒りに歪んだ! 砕けたフラスコから飛び散った黄色の液体――カシアンが実験用に調合していた、極めて腐食性の高い強酸――の一部が、彼女の短剣を持つ手と腕に降りかかったのだ!

 

「ッ!? あ゛っつぅぅぅぅ!! 何これ!? 焼ける!!」

 

ジュウウゥゥ、と肉の焼けるような音と煙が上がり強烈な灼熱感が彼女を襲う! 白い皮膚は瞬時に赤く腫れ上がり、一部は焼け爛れていく! 予期せぬ激痛にモニカの顔が苦悶に歪み、その動きが一瞬止まった。

 

「この…ッ!! よくもアタシの綺麗な手に傷をつけたわねぇぇっ!!」

 

激昂したモニカは痛みすら怒りの燃料に変えたかのように、もう一本太腿のホルスターに隠し持っていた予備の短剣を抜き放つと、カシアンに向かって凄まじい速度で投げつけた!

 

ヒュンッ! 短剣は、正確無比な軌道を描いてカシアンへと迫る!

 

カシアンは咄嗟に身を捻り致命傷を避けようとした。服の下に着込んだ楔帷子が、わずかに衝撃を和らげた。しかし短剣は彼の防御を貫き、左腕の肩に近い部分に深々と突き刺さった!

 

「ぐぅっ……!」

 

骨に響くような衝撃と肉を裂く激痛が走る。カシアンは思わず呻き声を上げ突き刺さった短剣の柄を押さえた。夥しい量の血が、彼の服を赤黒く染めていく。

 

(まずい…! 深手だ…! )

 

しかしカシアンは、この絶体絶命の状況ですら、まだ諦めてはいなかった。彼には様々な道具がある。腕の激痛に耐え、よろめきながらも、彼は机の隅に置かれていた、奇妙な形状をした金属製の機械へと駆け寄った。そして、震える右手で蓋を破壊した!

 

キィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!

 

次の瞬間人間の可聴域の限界を試すかのような、鼓膜が張り裂けんばかりの超高音の金属音が、部屋全体に、いや、おそらくは大修道院のこの一角全体に鳴り響き渡った! それは、物理的な破壊力こそ持たないが、聞く者の神経を直接掻きむしり、平衡感覚を狂わせるような、耐え難い不快感を伴う音の暴力だった!

 

「うぐっ…!」カシアン自身も事前に覚悟はしていたがその強烈すぎる音波に頭を押さえ、顔を苦痛に歪めた。

 

だが、全くの無防備でこの「音響攻撃」を受けたモニカへの影響は、それ以上だった!

「きゃああああっ!? な、何なのよ、この音はぁぁぁっ!? 頭が…! 割れる! 耳がぁぁぁぁっ!!」

 

彼女は耳障りな金切り声を上げたまらず両手で強く耳を塞ぎ、その場に蹲って苦しみ悶えた! おそらく、彼女の持つ人間離れした鋭敏な感覚が、この種の攻撃に対しては仇となったのだろう。短剣も手から滑り落ち、完全に無防備な状態だ。

 

「…今、しか…!」

 

カシアンはモニカが苦悶しているこの一瞬の隙を逃さなかった! 彼は左腕に突き刺さったままの短剣には構わず、最後の力を振り絞り、近くにあった大きな窓へと駆け寄った。そして、一切の躊躇なく、窓枠を乗り越え、数メートル下の地面へと飛び降りた!

 

ドンッ!!

 

鈍い音と共にカシアンの体は下の石畳に叩きつけられた。受け身を取り損ねさらに着地の衝撃で右足を強く打ち付け、捻挫してしまったようだ。「ぐっ…!」新たな激痛に顔を歪める。左腕からは血が流れ続け、右足も思うように動かない。満身創痍だ。

 

だが彼は立ち止まらなかった。ここで捕まれば終わりだ。彼は歯を食いしばり、左腕と右足を引きずりながらも、必死にその場から走り出す。少しでも遠くへ少しでも安全な場所へ!

 

一方上の階ではモニカが強烈な音響からようやく回復し始めていた。まだ耳鳴りは続いているだろうが、彼女は憎悪に燃える目で窓の外を見下ろし、足を引きずりながらも逃げていくカシアンの姿を捉えた。

「あの野郎……! どこまでも小賢しい真似しやがって…!!」

 

彼女は忌々しげに吐き捨てると、カシアンが飛び降りた窓から、まるで猫のように軽々と飛び降り、音もなく地面に着地した。そして、逃げるカシアンの背中に向かって、猛然と追跡を開始した!

 

「待てやゴラァァァァッ!! あんた、マジでうざいんだけど!! 絶対に捕まえて、その生意気な頭脳みそごと、ぐっちゃぐちゃにしてやるんだから!!」

 

モニカの甲高い狂気に満ちた声が、背後から迫ってくる。負傷し足を引きずるカシアン。対して、驚異的な身体能力で距離を詰めてくる狂気の暗殺者。大修道院の敷地内で繰り広げられる絶望的な鬼ごっこ。カシアンの持つ知略と計算は、この圧倒的な暴力と殺意を前にして今度こそ尽きてしまうのか? 彼の運命は風前の灯火だった。

 

 

 

 

左腕と右足に激痛が走る。流れる血で視界が霞みそうだ。それでもカシアンは、足を止めなかった。背後からは、あの甲高い、狂気に満ちた少女の声が迫ってくる。ここで捕まれば終わりだ。彼は残された知覚を総動員し、周囲の地形から最も有利な逃走経路を瞬時に選択した。

 

それは古い建物の壁と壁の間に存在する、人が一人横向きになってようやく通れるかどうかの、暗く、埃っぽい隙間だった。おそらくは、忘れられた古い通路の名残か、あるいは単なる建築上の隙間か。彼は迷わず、その狭い闇へと身を滑り込ませた!

 

「はぁ!? どこ行くのよ、こんな狭いところに!」

 

背後からモニカの苛立ちと悪態が響く。しかし彼女も獲物を逃すまいとその華奢な体でカシアンを追って狭い通路へと飛び込んできた。中は薄暗く、足元には瓦礫が散乱しており、非常に動きにくい。カシアンの逃走速度もモニカの追跡速度も、必然的に落ちていた。

 

「ちっ…!」

 

通路の奥でよろめきながら進むカシアンの背中が見える。このままでは追いつけない、と判断したのかモニカは苛立ちを募らせ、体勢が不十分なまま、腰のホルスターから新たな短剣を引き抜くと、カシアンの脚を目掛けて力任せに投げつけた!

 

シュッ! 短剣は暗闇の中を正確に飛び、再びカシアンの足を捉えた!

 

「ぐっ……!!」

 

今度は先ほど捻挫した右足のふくらはぎの部分だった。鋭い痛みが走りカシアンの足取りはさらに覚束なくなる。血がブーツの中に流れ込む感覚が気持ち悪い。

 

それでもカシアンは止まらなかった。彼は壁に手をつき歯を食いしばって前へと進む。そして、通路の先に、わずかに外の光が見えてきた。出口だ! 彼は最後の力を振り絞りその光へと向かう。

 

そして彼は一つの賭けに出た。通路を抜け出す直前、彼はふくらはぎに突き刺さったままの、モニカが投げた短剣の柄を掴んだ。激痛に顔を歪ませながらも、一気にそれを引き抜く! ブシュッと音を立てて血が噴き出すが、構わず短剣を引き抜き通路を抜け出ると同時に素早く振り返った!

 

まだ狭く暗い通路の中にいるモニカに向かって追跡を遅らせるため、彼は今しがた引き抜いたばかりの、自身の血で濡れた短剣を、ありったけの力で投げ返した!

 

「なっ…!?」

 

モニカはまさか反撃してくるとは思わなかったのか一瞬反応が遅れた。狭い通路の中では、大きく身をかわすこともできない。彼女は咄嗟に自身の短剣で投げ返されたナイフを弾き落とそうとした!

 

キンッ! という鋭い金属音が響き渡る。ナイフは弾き落とされたが、その切っ先がモニカの頬をわずかに掠め、一筋の赤い線を描いた。同時に勢い余ったナイフの柄が、彼女の髪をわずかに引き落とした。

 

「……っ!」モニカは自慢の髪が切られ忌々しげに舌打ちした。

 

息を荒げ肩で呼吸を繰り返しながら、カシアンはようやく狭い通路を抜け出した。しかし、その瞬間、彼の意識は限界を迎えていた。視界がぐにゃりと歪み、全身から力が抜けていく。もはや一歩も動けず、彼はその場に崩れ落ちるようにして気を失った。おびただしい量の血が、石畳を赤黒く染めていく。

 

「……追いついた」

 

背後から聞こえてきたのは、あの甲高い、それでいて今はどこか疲労と苛立ちを含んだ少女の声だった。モニカは、カシアンが倒れているのを確認すると、ゆらりとその手に握られたナイフを構えた。その刀身は、月明かりを反射して妖しく煌めいている。

 

「手間かけさせやがって……このクソ野郎が……!」

 

憎悪に顔を歪ませ、モニカはナイフを振りかぶった。確実に息の根を止めるため、狙うは無防備にさらされたカシアンの首筋。まさにその刃が振り下ろされようとした、その刹那だった。

 

「そこまでよ!」

 

凛とした有無を言わせぬ力強さを秘めた声が響き渡った。声のした方向へモニカが忌々しげに顔を向けると、そこには銀色の髪をなびかせ、巨大な戦斧を肩に担いだ少女――エーデルガルトが立っていた。その瞳は、燃えるような怒りを宿し、まっすぐにモニカを射抜いている。

 

「……あん? なんでだテメェは。邪魔すんじゃねぇよ、コイツはアタシの獲物だ」

 

モニカは鼻を鳴らし吐き捨てるように言った。だが、エーデルガルトは表情一つ変えず、ただ静かに確かな殺意を込めて斧を構え直す。

 

「この者は帝国で雇用中。これ以上傷つけることは、私が許さない」

 

言葉と同時エーデルガルトは踏み込んだ。石畳を蹴る音が夜の静寂を破り、彼女の小柄な体躯からは想像もつかないほどの速度でモニカへと肉薄する。振り下ろされる戦斧の軌道は、まさに閃光のようだった。

 

「ちっ!」

 

モニカは咄嗟にナイフで受け流そうとするがエーデルガルトの一撃はあまりにも重い。金属同士が激しくぶつかり合う甲高い音が響き火花が散る。モニカは数歩後ずさり、体勢を崩された。

 

「テメェ……何しやがる! アタシの邪魔をするってんなら、アンタでも先に殺してやる!」

 

逆上したモニカが獣のような雄叫びを上げてエーデルガルトに襲い掛かろうとする。しかしエーデルガルトは冷静だった。彼女は再び斧を振り上げ、モニカの次の動きを完全に見切ったかのように、的確な追撃を繰り出そうとする。その瞳には一切の迷いも、慈悲もない。ただ守るべきもののために敵を排除するという、鋼のような意志だけが宿っていた。

 

まさにその時だった。

 

モニカの背後の空間が、まるで陽炎のように静かに、そして不気味に歪んだ。何の予兆もなく、そこに漆黒のローブをまとった長身の男――ソロンが姿を現した。

 

「……もう良い、クロニエ」

 

ソロンは抑揚のない、それでいて有無を言わせぬ響きを持つ声で言った。その声はモニカ――クロニエと呼ばれた少女の動きをピタリと止めた。

 

「これ以上の深追いは無用だ。敵が集まる、帰るぞ」

「……ちっ」

 

クロニエは忌々しげに舌打ちをし握りしめたナイフの柄がミシミシと音を立てる。その視線は倒れているカシアンと、油断なく斧を構えるエーデルガルトの間を往復した。

 

「……邪魔しやがって。覚えていろよ」

 

低い声でそう吐き捨てるとクロニエはソロンの隣に並ぶ。

 

「カーッペッ!」

 

カシアンの姿を見ると我慢ならないのかソロンは淡と唾を吐きすてる。そして空間の歪みを広げ転移の魔法を唱えた。

 

エーデルガルトは警戒を解かず二人を睨みつけていたが、深追いはしなかった。相手の力量、そして何より倒れているカシアンの安否が気遣われたからだ。

 

やがて歪んだ空間はクロニエとソロンの姿を飲み込み、跡形もなく消え去った。残されたのは、血の匂いと破壊された通路の残骸、そして意識を失ったままのカシアンと彼を守るように立つエーデルガルトの姿だけだった。

 

エーデルガルトは深く息を吐くと、すぐにカシアンの元へ駆け寄った。その表情には、先程までの戦士としての厳しさは消え年相応の少女の不安と焦りの色が浮かんでいた。

 

「しっかりして! ああもう、なんでこんなことばっかり!」

 

彼女の声は誰にも聞かれず消えて行った。大修道院を襲った凶刃の爪痕は深くその場に残されていた。

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