鷲と獅子と鹿の戦いから数日後、改めて設けられた反省会を経て、金鹿の学級の生徒たちはカシアンの特別講義の教室に集まっていた。以前のような緩んだ空気は薄れ、どこか引き締まった、真剣な雰囲気が漂っている。先の敗戦の悔しさ、そして目の前で繰り広げられたベレスという「規格外」の力の衝撃が、彼らの学習意欲に新たな火を点けたのかもしれない。
カシアンは静かに教壇に立つと、集まった生徒たちを見渡した。
「さて、諸君。先日の鷲と獅子と鹿の戦い、我々は終盤まで人数・戦術上優勢に進めながら、最終的に敗北を喫した」
カシアンは淡々と切り出した。
「反省会でも議論したが、その最大の要因は何か? 個々のミスや連携不足もあっただろう。だが、決定的な要因は一つだ。ベレスという個人の突出した戦闘能力、あの『個の力』に、我々は屈した」
教室に緊張が走る。生徒たちの脳裏に、あの終盤の光景が蘇る。
「今日は、この経験を踏まえ、『規格外の個の力への対抗策』について議論したい」
カシアンは黒板にそう書き出した。
「戦場には、時に『英雄』や『怪物』と称されるような、一個人の能力が戦況を覆してしまうほどの存在が現れる。我々のような凡人、あるいは集団が、そのような相手にどう立ち向かうべきか。諸君の考えを聞きたい」
カシアンの問いかけに、真っ先に口を開いたのはクロードだった。彼は椅子に深く腰掛けたまま、面白そうに口元を歪めている。
「なるほど、打倒ベレス先生、ってわけだ。まあ、真正面からぶつかるのは得策じゃないだろうね。彼女みたいな相手には、搦め手…例えば、罠とか、偽情報で攪乱するとか、そういうのが有効じゃないかな? 相手のペースを崩して、冷静さを失わせるんだ」
「罠、ですか…」
イグナーツが眼鏡の位置を直しながら呟く。
「確かに有効かもしれませんが、あのベレス先生がそう簡単に引っかかるとは…相手の行動パターンや心理を深く読む必要がありそうです」
「ふん、小細工に頼らずとも、我がグロスタール家の誇る魔道で対抗するまで!」
ローレンツが(少し反省の色を見せつつも)いつもの調子で言いかけるが、リシテアが鋭い視線で遮った。
「ローレンツ、それでは前の二の舞です!相手の攻撃をどう凌ぐか、あるいは一撃で仕留められるような弱点を見つけ出すか…もっと現実的に考えるべきです!」
リシテアは自身の経験も踏まえ、魔道による防御や一点突破の可能性を探る。
ヒルダが大きな欠伸をしながら言った。
「ええ~、難しいこと考えたくないけどぉ…やっぱりさ、一人で無理なら、みんなで囲んでボコボコにするのが一番手っ取り早くない? どんなに強くたって、ずっと戦ってたら疲れるでしょ。交代しながら、じわじわとね」
「ヒルダの言う通り、数で押すのは基本だな!」
ラファエルが力強く頷く。
「一人じゃ敵わなくても、皆で力を合わせれば、きっと勝てる!」
レオニーが反論する。
「ただ数で囲むだけじゃダメだ! 連携が大事だろ!相手に隙を見せないように、互いの動きを読んでカバーし合うんだ。地形を利用して、相手の動きを制限するのもいいかもな!」
「戦わない、という選択肢は…?」
マリアンヌが小さな声で、しかし芯のある声で問いかけた。
「相手を倒すことだけが勝利ではないはずです。私たちの目的を達成するために、彼女との直接戦闘を避ける、あるいは時間を稼ぐという方法は考えられないでしょうか…?」
生徒たちから、次々と意見が飛び出す。鷲と獅子と鹿の戦いでの直接的な経験が、議論を白熱させていた。カシアンは黙って彼らの議論を聞きながら、時折、鋭い質問を投げかける。
「数の有利を具体的にどう活かす? 単純な包囲は突破されるリスクが高いぞ」
「罠を仕掛ける最適なタイミングと場所は? 相手に察知されずにどう実行する?」
「相手の心理を読むとは、具体的にどういう情報を集め、どう分析する?」
「高度な連携と言うが、それを実現するために必要な訓練や規律は?」
「マリアンヌの言う『戦わずに勝つ』、その具体的な方法論は?」
カシアンは答えを与えない。ただ、生徒たちの思考を深く、多角的に掘り下げていく。教室の熱気は高まり、生徒たちは互いの意見をぶつけ合い、時には反論し、時には同意しながら、対「ベレス」という難題に挑んでいた。
活発な議論が一段落したのを見計らい、カシアンは黒板に向き直った。
「今日の議論で、いくつかの重要な要素が見えてきたな」
彼は議論の内容を整理しながら書き出した。
「規格外の『個の力』に対抗するには、①徹底した情報収集と弱点の分析、②地形や環境を最大限に利用すること、③相手の意表を突く周到な罠と欺瞞、④数的有利を確実に形成し、それを維持する戦術、⑤個々の役割分担に基づいた高度な連携、⑥そして何より、相手の予測や常識を超える『意外性』…これらが鍵となるだろう」
カシアンは生徒たちに向き直った。
「今日の議論は非常に有意義だった。だが、議論だけでは絵に描いた餅だ。そこで、諸君らには課題を出そう」
生徒たちから「ええー!」「また!?」といった声が上がるが、カシアンは構わず続けた。
「今日の議論を踏まえ、各自、『対ベレス戦術私案』と題してレポートにまとめ、提出するように。内容は自由だが、絵空事ではなく、具体的かつ実行可能な計画を期待する。金鹿の学級の総力を結集すれば、あの『個の力』を打ち破ることも不可能ではないはずだ。諸君らの知恵と工夫に期待する」
最後の言葉には、わずかながら生徒たちへの期待が込められているようにも聞こえた。レポートの指示に、生徒たちはため息をつきながらも、どこか挑戦的な、あるいは面白そうな表情を浮かべている者もいる。
「今日の授業はここまでとする」
カシアンの言葉で授業が終わると、教室はすぐにレポートの話題でざわつき始めた。どうやってあのベレスを倒すか? 生徒たちは、教室を出た後も、真剣な表情で議論を続けていた。カシアンが投げかけた難題は、確実に彼らの思考を刺激し、成長の糧となり始めていた。
その夜、カシアンの部屋からは、普段の静寂とはかけ離れた賑やかな声が漏れていた。部屋の中では、カシアン、ジェラルト、そしてアロイスの三人が、小さなテーブルを囲んで酒を酌み交わしていたのだ。テーブルの上には、カシアンお手製の、実験器具のような瓶に詰められた琥珀色の液体――見た目からしてアルコール度数が高そうな自家製酒――と、お世辞にも洗練されているとは言えないが、ボリュームだけはありそうな料理の皿がいくつも並んでいた。焦げ目のついた肉の塊、正体不明の野菜の煮込み、そして妙に幾何学的な形に切り分けられたパンのようなもの。
「いやあ、カシアン先生! この酒は効きますな! ガツンと来ますぞ!」
アロイスは顔を赤らめ、豪快に笑いながら杯を呷っている。カシアンの作る強烈な酒が、すっかり気に入ったようだ。
「違いない。昔、こいつが傭兵団にいた頃も、時々妙な酒を作ってたが、腕を上げたのか、それとも単にヤバくなっただけか…」
ジェラルトも傭兵時代を思い出すように目を細めながら、カシアンの酒をちびちびと味わっている。隣には、空になった料理の皿がいくつか積み重なっていた。
「効率的なアルコール摂取と、最低限の栄養補給を目的とした試作品ですので。味や見た目は二の次です」
カシアンは相変わらず冷静な口調で答えるが、ジェラルトやアロイスの話に耳を傾け、時折相槌を打つ様子は、普段の彼からは少し意外な姿だった。気心の知れた相手との時間は彼の合理的な殻をわずかに緩ませる。
宴がちょうど盛り上がってきた頃、控えめなノックの音が部屋の扉から聞こえた。
「ん? 誰か来たのか?」ジェラルトが訝しげに言う。
「こんな時間に誰でしょうな?」アロイスも首を傾げる。
カシアンは静かに立ち上がり、扉を開けた。そこに立っていたのは、月明かりを背にしたベレスだった。彼女はいつもの教師の制服ではなく、動きやすい軽装を纏っており、わずかに土埃と汗の匂いがした。黒鷲の学級との課題――近隣に出没した盗賊団の討伐任務を終えて、その足でここへ来た。
「ベレス…? どうかしたのですか」カシアンが尋ねる。
ベレスは何も答えず、カシアンの背後、部屋の中へと視線を向けた。陽気に酒を飲む父ジェラルトとアロイスの姿、珍しくくつろいだカシアン、そしてテーブルの上に所狭しと並べられた料理の数々。彼女はそれらを、まるで初めて見るもののように、ゆっくりと、無言で観察している。
「おお、ベレスじゃないか! 任務ご苦労だったな!」
ジェラルトが娘に気づき、陽気に声をかけた。
「こっちへ来て座れよ。カシアンの妙な酒と料理があるぞ」
ベレスは部屋に足を踏み入れたが、ジェラルトの誘いには応じず、その視線はテーブルの上の一点に注がれていた。それは他の皿よりも一回り大きいが、今は何も乗っていない、空の皿だった。
しばらくの沈黙の後、ベレスは静かにはっきりとした声で尋ねた。
「……あの、牛肉の包み焼きは?」
その言葉はカシアンに向けられたのか、ジェラルトに向けられたのか。それはかつてジェラルト傭兵団にカシアンが協力していた短い期間に、彼が一度だけ振る舞った料理だった。不格好ながらも、香辛料の効いた牛肉がパン生地のようなもので包まれ、じっくりと焼かれたそれは、他の奇抜な料理とは違い、素朴で記憶に残る味だったのだ。ベレスはそれを覚えていた。
「ん? 牛肉の包み焼き?」
ジェラルトは一瞬きょとんとしたが、すぐに合点がいった。
「ああ、あれか! カシアンが作ってくれたんだが…」
ジェラルトは言葉を濁し、少しバツが悪そうな顔で頭を掻いた。
「すまん、ベレス。あれは美味くてな…俺とアロイス殿で、もう全部食っちまったよ」
そう言って、ジェラルトはベレスが見つめていた空の大皿を指差した。
アロイスも悪気なく付け加える。
「いやあ、あれはなかなかの美味でしたぞ、ベレス殿! ジューシーで、スパイスも効いていて! あっという間になくなってしまいましたなあ!」
ベレスは空の皿とジェラルト、そしてアロイスの顔を、ゆっくりと交互に見つめた。その表情はほとんど変わらない。しかしその大きな瞳の奥に、ほんの一瞬子供のような、純粋な失望の色がよぎったのを、カシアンは見逃さなかった。何か言いたげにわずかに唇が動いたようにも見えたが、結局、言葉にはならなかった。
部屋の賑やかさとは対照的な、ベレスの静かな佇まいと、空の皿を巡る小さな出来事。それは飲み会の陽気な空気に、一瞬、不思議な間を作り出した。
「ま、まあ、なんだ。座れよベレス」
ジェラルトは少し困ったように笑いながら、娘に席を促した。
「飲み物くらいはあるぞ。それとも、何か他の食い物の方がいいか? カシアン、何かまだ残ってるか?」
カシアンは黙ってベレスを見つめていた。空の皿を見つめるベレスの、ほんのわずかな失望の色。それを見て取ったカシアンは、調理器具が置かれた部屋の隅に視線を移し、何かを確認するように頷くと、静かに口を開いた。
「…ベレス、材料のストックが残っていればだが、今からもう一つ作ることも可能ですよ」
カシアンは淡々とした口調で続けた。
「ただし、じっくり焼く必要があるので、少し時間はかかるが。それでもよければ」
ベレスが顔を上げる。カシアンの予想外の申し出に、ベレスの大きな瞳がわずかに揺れたように見えた。彼女はこくりと頷き、短く、しかし確かな響きで答えた。
「…頼む」
「承知した」
カシアンはそれだけ言うと、ジェラルトとアロイスが少し驚いた顔で見守る中、手際よく調理の準備を始めた。棚から小麦粉や香辛料の瓶を取り出し、保存してあった牛肉の塊を切り分け、慣れた手つきで下ごしらえを進めていく。その無駄のない動きは、まるで実験でも行うかのように正確だった。
「お、カシアン先生、本気ですかな? いやはや、ベレス殿は愛されておりますな!」
アロイスが陽気に茶化す。
「こいつがわざわざ同じ料理を二度も作るなんてな…明日は槍でも降るんじゃないか?」
ジェラルトも、どこか面白そうにカシアンの背中を見ていた。
そんな中、席に着くでもなく、部屋の中央あたりに立っていたベレスの視線は、テーブルの上に残されたカシアンの自家製酒の瓶に引きつけられていた。琥珀色の液体が揺れる、奇妙な形の瓶。父やアロイスが美味そうに、時折顔をしかめながら飲んでいる未知の飲み物に彼女の静かな好奇心が刺激されたようだった。
その様子に気づいたジェラルトが、少し眉をひそめて言った。
「ん? ベレス、そっちの酒が気になるのか?」
彼は瓶を指差す。
「お前、まだ酒なんて飲んだことないだろう? 特にこいつの酒は、そこらの安物とはわけが違う。めちゃくちゃ強いから、やめておけ」
父親として、当然の忠告だった。
しかしベレスはジェラルトの言葉に特に反応を示さなかった。彼女は少しの間、考えるような仕草を見せると、ふと近くにあった空のコップを手に取った。そして何のためらいもなく、テーブルの上の瓶を持ち上げ、中の琥珀色の液体をコップに少量、トクトクと注いだのだ。
「お、おい、ベレス!?」
ジェラルトが慌てて止めようとするが、ベレスは意に介さない。彼女は注がれた酒の匂いをわずかに嗅ぐと、そのままコップを静かに口元へと運んだ。
そして、一口。
ちびり、と少量を口に含んだ瞬間、ベレスの動きがぴたりと止まった。いつもは感情を映さない彼女の顔に、明らかに変化が現れる。眉がぐっと中央に寄り、大きな瞳が驚きに見開かれ、ほんの少しだけ顔が赤らんだようにも見えた。強烈なアルコール度数と、カシアン独自の配合によるであろう独特の風味が、彼女の味覚と感覚を直撃したのだ。
「おおっと! 大丈夫ですかな、ベレス殿!?」アロイスが身を乗り出して心配する。
「だから言わんこっちゃない…!」ジェラルトは頭を抱えそうだ。
ベレスは口の中の衝撃に耐えるように数秒間固まっていたが、やがて、こくり、と喉を鳴らしてその一口を飲み込んだ。そして、ふー、と小さく息を吐く。
料理の手を止めずに横目でその一部始終を見ていたカシアンは、無表情のままだったが、その瞳の奥には、予測不能な実験結果を観察するような、あるいは新たなデータを得たような、そんな光が宿っていた。
部屋の空気は、一瞬にして酔いの陽気さから、驚きと心配、そしてかすかな好奇心へと変わっていた。
カシアンが調理を始めてから、しばらくの時間が流れた。部屋には、先ほどのアルコールの匂いに混じって、肉と香辛料、そしてパン生地が焼ける香ばしい匂いが漂い始めていた。初めて口にした強い酒のせいか、ベレスは壁際に用意された椅子に静かに腰掛け、少しだけぼんやりとカシアンの作業する背中を眺めている。
やがてカシアンはフライパンから熱々の包み焼きを取り出した。形はやはり少し武骨だが、こんがりと焼き色がつき、食欲をそそる湯気を立てている。彼はそれを皿に乗せると、黙ってベレスの前のテーブルに置いた。
「できましたよ、ベレス」
ベレスは差し出された料理をじっと見つめた。以前傭兵団の野営地で食べた記憶が蘇る。彼女は小さく頷くと、用意されたナイフとフォークを手に取り、包み焼きの端にそっと刃を入れた。中から、じゅわっと肉汁が溢れ出す。ベレスはそれを、やはり表情を変えずに、しかしどこか丁寧な仕草で切り分け、黙々と口に運び始めた。初めて飲んだ酒の影響を感じさせない、落ち着いた食べっぷりだった。
その様子をジェラルトは羨ましそうに眺めていた。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、さっきあっという間に平らげてしまった自分の皿が恨めしくなる。
ジェラルトは我慢しきれなくなったように声を上げた。
「おい、カシアン。そいつ、やっぱり美味そうじゃないか。俺にも一つ作ってくれよ。な? さっきのは本当に一瞬でなくなっちまったんだからさ」
隣で聞いていたアロイスも、「おお、それは良い考えですな! 私ももう一口、いただきたいですぞ!」と陽気に便乗する。
しかしカシアンはジェラルトの懇願に、表情一つ変えず、きっぱりと首を横に振った。
「ダメです、ジェラルト殿」
その返答は、あまりにも素っ気なく、断固としていた。
「な、なんだよ、ケチケチすんなよ! 材料あるんだろ?」
ジェラルトは不満げに唇を尖らせる。
「材料の問題ではありません」
カシアンはベレスを一瞥してから、ジェラルトに向き直り、淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で理由を説明した。
「これは、貴方のためのものではありません」
「はあ?」
「これはベレスが、慣れない教師という職務に就き、日々奮闘していることに対する、私からのささやかな、そして特別な計らいです。彼女の労をねぎらうために作っている。貴方は…失礼ながら、ただ飲みに来て、私の貴重な試作品(酒)を消費しているだけでしょう」
カシアンの言葉は、妙に理路整然としていて、反論の隙を与えない。それは彼の合理主義に基づいているようでいて、どこかベレスに対する個人的な感情…気遣いや、あるいはそれ以上の何かが滲み出ているようにも聞こえた。
カシアンの予想外の理由付けに、ジェラルトは一瞬、呆気に取られて口を開けていたが、やがて状況を理解すると、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「へっ、そういうことかよ。なるほどな。娘には随分と甘いじゃないか、お前も」
彼は面白そうにカシアンを見る。
「いやあ、驚いた。お前にもそんな人間らしいところがあったとはな」
アロイスは豪快に笑い飛ばした。
「いやはや、カシアン先生も人が悪いですな!しかし! ベレス殿へのその温かいお心遣い、感服いたしましたぞ! さすがは先生ですな!」
二人の揶揄うような言葉にも、カシアンは表情を変えず、黙々と調理場の片付けを始めた。
一方、会話の中心にいるベレスは、黙々と包み焼きを食べ続けていた。だがカシアンが「特別な計らいだ」と言った瞬間、ナイフを動かす手がほんの一瞬、止まったのをジェラルトは見逃さなかった。娘の表情は相変わらず読み取りにくいが、その内心では、カシアンの言葉をしっかりと受け止めているのだろう。
部屋には再び、どこか和やかな(?)空気が戻り始めていた。熱々の包み焼きを静かに味わうベレス、娘への特別扱いに苦笑しつつも酒を飲むジェラルト、陽気に笑うアロイス、そして黙々と片付けをするカシアン。それぞれの思いが交錯する平和な夜は、まだもう少し続きそうだった。