道徳以外を教えます   作:マウスブン

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長くなりました。面倒なら「籠城」は読み飛ばしてください。


籠城1

コルネリア軍の先鋒がついにカシアン領の城壁――未だ建設途上の箇所も散見されるものの、この数年の領民たちの血と汗の結晶である――へと到達した。その数は蟻の群れのように黒々と大地を覆い鬨の声は天を震わせるほどだった。先頭には闇魔術師たちが召喚した、四つ足で地を駆けるおぞましい魔獣の群れと巨大な車輪を軋ませる数台の破城槌や投石機といった攻城兵器が、その威容を誇示するように進み出ていた。

 

「ふふふ…ようやく辿り着きましたわね、カシアンの鼠の巣へ」

コルネリアは、後方の安全な位置に設えられた華美な天幕の中から魔法で増幅された水晶球を通して戦況を眺め、扇子で口元を隠しながら愉悦の声を漏らした。

「カシアン。そして眠れる女神の器よ。この私が直々にあなたたちの悪夢となって差し上げますわ。…攻城部隊、及び魔獣部隊、前へ!あの貧相な城壁など一刻も早く木っ端微塵にしてしまいなさい!」

 

彼女の甲高い命令一下攻城兵器が轟音と共に巨大な石弾や燃え盛る松明を城壁へと射出し始め地上魔獣の群れも、兵士たちの突撃路を切り開かんとその鋭い爪牙を剥き出しにして城壁へと殺到した。城壁の一部が土煙を上げて崩れ防御側の兵士たちから悲鳴が上がる。

 

だがカシアンの領地の兵士たちは、ただ怯えていたわけではなかった。

「放てぇっ!!」

城壁の上そして町の中に巧みに配置された家々の窓や屋根から、ユーリスやバルタザールの号令と共に、カシアンが考案したロングアーチが一斉に火を噴いた。それはもはや弓というより小型の弩砲と呼ぶべき威力と射程を誇り放たれた太矢は、空気を切り裂く鋭い音と共にコルネリア軍の兵士や比較的装甲の薄い魔獣の急所を正確に貫いていく。

特にバルタザール自らが操るカシアンが「バリスタ」と名付けた特別製の超大型ロングアーチから放たれる巨大な鉄槍は、破城槌の分厚い装甲すら貫通し、その内部の兵士たちをまとめて串刺しにするほどの凄まじい破壊力を見せつけた。

 

「ぐわっ!」「弩だ!どこからだ!?」「密集するな!」

コルネリア軍の先鋒は、予期せぬ方向からの正確かつ強力な反撃に混乱し次々と血煙を上げて倒れていく。攻城兵器も数台が破壊され魔獣も数体が巨体を横たえて動かなくなった。城壁に取り付くことすらままならない。

 

「まあ!あの忌々しいネズミども、まだこんな仕掛けを隠し持っていたとは…!」

水晶球に映る自軍の損害にコルネリアは扇子を握りしめ、その美しい顔を不快そうに歪ませた。

「ですが所詮は付け焼き刃の抵抗。…よろしい。ならば再び『空』からのご挨拶と参りましょうか」

彼女は闇魔術師に新たな指示を出す。

「ありったけの鳥の魔獣を出しなさい!あの城壁を飛び越え忌々しい弓兵どもを一人残らず食い散らかしてしまいなさい!」

 

再び空がおぞましい影で覆われた。前回よりもさらに数を増した鳥型魔獣の大群が太陽を覆い隠すかのようにカシアン領の上空へと飛来する。そして城壁という障害物を嘲笑うかのようにその鋭い鉤爪をきらめかせながら、ロングアーチを操作するカシアンの兵士たち――アビスの傭兵やこの町を守るために武器を取った領民たち――へと襲いかかった。

 

「来たぞ!空の化け物だ!」「迎撃用意!的を絞れ!」

ペトラが残していった飛行部隊は、この大群を完全に抑え込むことは不可能だった。地上部隊は空からの急襲に悲鳴を上げながらも、ロングアーチの仰角を必死に調整し、手持ちの弓や槍で抵抗を試みる。

 

「へっ、またあの鬱陶しい鳥か!いい的だぜ!」

ユーリスは短剣を投げ飛来する魔獣の目を正確に射抜く。バルタザールはロングアーチの鉄槍を空に向けて撃ち放ち、数羽の魔獣をまとめて串刺しにした。死神騎士イエリッツァも、その巨大な鎌を旋風のように振るい低空で襲いかかってくる魔獣を次々と両断していく。ハピやコンスタンツェも強力な攻撃魔法や、コンスタンツェが密かにカシアンと研究していた「対空用魔道障壁」のようなものを展開し、必死に応戦する。

彼らにとっては先の戦いでペトラたちと共闘した経験が活きており、いつもの『的当てゲーム』とばかりに、ある程度までは巧みに魔獣を撃ち落としていった。

 

だが鳥型魔獣の数はあまりにも多く、その数週間にも渡る攻撃は執拗だった。鋭い鉤爪が兵士の肩を裂き嘴がロングアーチの機構を破壊していく。熟練の傭兵やアビスの者たちは善戦するものの、訓練の浅い領民兵たちは次々と悲鳴を上げて倒れロングアーチの射撃密度も徐々に低下していく。

そして空からの攻撃に気を取られている隙を突きコルネリア軍の地上部隊と攻城兵器が再び勢いを盛り返し城壁への攻撃を再開した。ロングアーチによる迎撃が手薄になった城壁はついにその数カ所が轟音と共に崩れ落ち、そこからコルネリア軍の兵士たちが鬨の声を上げてなだれ込んできた。

 

「ふふふ…ようやく壁が崩れましたわね。ですが…時間がかかりすぎですわ。これでは、カシアンもあの女神の器も、逃げ出す準備をする時間を与えてしまうかもしれない」

コルネリアは戦況が有利に進みつつあるにも関わらず、不満げに扇子を叩いた。彼女の忍耐は、それほど長くは続かない。

「こうなれば、少しばかり『荒療治』もやむを得ませんわね」

彼女は闇魔術師の一人に、さらにぞっとするような命令を下した。

「負傷して使い物にならなくなった兵士たちを集めなさい。そして彼らに『力』を授けるのです。そう…あの輝かしい紋章石の力とあなたたちの秘術を使って彼らをより強力な『戦力』へと生まれ変わらせるのです。苦痛は一瞬。永遠の栄光を彼らに!」

 

その命令を受け闇魔術師たちは狂気の笑みを浮かべながら、負傷してうめき声を上げるコルネリア軍の兵士たちのもとへと向かった。彼らの手に握られた紋章石が禍々しい光を放ち兵士たちの絶叫が魔獣の咆哮へと変わっていく。人の形を失いおぞましい異形の姿へと変貌させられた元兵士たちは、新たな殺戮の衝動に突き動かされるように、かつての仲間たちが戦うカシアン領の城壁へと猛然と突撃を開始した。

戦場はもはや地獄絵図そのものだった。コルネリアの非道な策略は、戦いをさらに泥沼化させカシアン領の兵士たちを絶望の淵へと追い詰めていく。

 

 

 

 

帝都アンヴァル、皇帝執務室。窓から差し込む西陽がフォドラ全土を示す巨大な軍事地図とその前に立つ二人の影を赤く染め上げていた。一人はアドラステア帝国皇帝エーデルガルト。もう一人は、彼女の片腕として帝国を影から支える宮内卿、ヒューベルト。部屋の空気はカシアン領から断続的に届く凶報によって、重く張り詰めていた。

 

「ヒューベルト。カシアン卿の領地への援軍は、まだ目処が立たないの?」

エーデルガルトは、焦燥感を隠しきれない声で尋ねた。彼女の指は軍事地図上、コルネリア軍の赤い駒に包囲されたカシアン領を示す一点を、強く押さえている。あの男のことだそう易々とは落ちないだろうが、報告によればコルネリアの投入兵力は尋常ではない。そして何よりもベレス先生がまだあの地で眠り続けている可能性が高いのだ。

 

ヒューベルトは手にした分厚い報告書の束に一度視線を落とすと、いつもと変わらぬ抑揚のない苦渋の色を滲ませた声で答えた。

「…陛下。誠に申し上げにくいことでございますが、現時点においてカシアン卿の領地へ大規模な援軍を派遣することは、極めて困難と言わざるを得ません」

 

「困難ですって? 一体どういうこと? 我々はあの地を帝国の重要な戦略拠点と位置づけカシアン卿にその防衛と自治を委ねたはずよ。見殺しにするつもりなの?」

エーデルガルトの声が、鋭さを増す。

 

「決してそのような意図はございません、陛下」ヒューベルトは静かに首を振った。

「ですがここ数週間で、我々を取り巻く状況が著しく悪化しております。まず東部戦線…レスター諸侯同盟との境界ですが同盟内の強硬派貴族たちがここぞとばかりに攻勢を激化させております。我が軍も各所で防戦を強いられており予断を許さない状況です」

 

「同盟の動きが、これほどまでに…?」

 

ヒューベルトはさらに深刻な声で続けた。

「それに加え、陛下。同盟との前線地帯の数カ所で原因不明の疫病が発生したとの報告が。詳細は不明ですが、感染力が高く兵士たちの間に急速に広まっている模様です。これ以上の感染拡大を防ぐため、そして治療と防疫のために既にかなりの兵力と医療資源をそちらへ割かざるを得ない状況となっております」

 

疫病――その言葉に、エーデルガルトは顔をしかめた。戦場においていかに恐ろしいものであるか彼女は嫌というほど知っている。

 

ヒューベルトは最も不可解な報告を口にした。

「さらに厄介なことに…カシアン卿の領地の周辺地域において、ここ数日、何故か突如として多数の強力な魔獣が広範囲に出現し暴れ回っているとの情報が入っております。近隣の帝国駐屯部隊もその対処に追われ、カシアン卿の領地へ援軍を送るどころか自らの防衛すら手一杯という有様です。まるでカシアン卿の領地を孤立させるかのように…」

 

「魔獣があんな場所に都合よく大量発生するですって…? それに、ガルグ=マクでも、先日起きたという奇妙な崖崩れ…あれも、単なる自然災害とは思えないわね」

エーデルガルトの紫水晶の瞳が、危険な光を宿した。

「そしてこれらとは別に帝国内のいくつかの地方で、以前は沈静化していたはずの盗賊団が再び勢力を増し、さらには小規模ながらも魔獣が村々を襲撃するといった事件が同時多発的に報告されていると聞くわ。…まるで帝国の屋台骨を内側から揺さぶろうとしているかのようじゃない」

 

彼女はギリ、と奥歯を噛み締めた。これほどまでに都合の悪い偶然が重なるものだろうか。

「…ヒューベルト。これは…叔父上…アランデル公の仕業かしら?」

 

ヒューベルトは主君のその疑念に、静かに同意するように頷いた。

「…まだ断定はできませぬ。しかしこれほどまでに多くの『不運』が、帝国の足を引っ張る形で、しかも絶妙なタイミングで発生していることを考えれば…その背後に何者かの明確な『悪意』と『計画性』が存在するのが自然と存じます。そしてそのような手口を好み、実行しうる存在は…我々の知る限り、そう多くはございません」

 

「そう…やはり、あの男ね…!」エーデルガルトの表情に深い怒りと憎悪の色が浮かんだ。

「フォドラを、そして私自身の運命をも弄ぼうとする、あの忌まわしき闇の傀儡師…! いつか必ず、その首をこの手で…!」

 

しかし彼女はすぐにその激しい感情を抑え込み、皇帝としての冷静さを取り戻した。

「いいわ、ヒューベルト。まずは、この帝国内に巣食う害虫と、叔父上の差し金と思われる諸問題の対処を最優先とする。私が直接指揮を執り、可及的速やかにこれらを鎮圧するわ。各地の守備隊長にも檄を飛ばしなさい。帝国軍の真の力を見せつける時よ」

彼女の声には、揺るぎない決意が込められていた。

 

「カシアン卿の領地への援軍は…その後よ。彼にはそして…ベレス先生には、もう少しだけ、耐えてもらうしかない。必ずこの私が助けに行く。それまでは…」

 

エーデルガルトは執務室の窓から遠く西の空を見つめた。その瞳にはかつての師であり、友であり、そして今は帝国の覇道にとって最大の障害となるかもしれない存在への、複雑な想いが揺らめいていた。

(ベレス先生…どうか、無事でいて…そしてカシアン…あなたも。必ず…)

 

帝都アンヴァルでは新たな戦いの準備が静かに始まろうとしていた。それはフォドラの未来を賭けた戦いであると同時に、エーデルガルト自身の、過去と運命への決着を求める戦いでもあった。

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