道徳以外を教えます   作:マウスブン

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盗賊団退治

月が雲に隠れ、深い闇が支配する夜。カシアンは、ユーリス、ハピ、そしてアビスから集められた十数名の傭兵たちと共に、目的の盗賊団が根城にしているという森の奥深く、古い砦の跡地の近くに潜んでいた。傭兵たちは皆、一癖も二癖もありそうな顔つきだったが、その目には裏社会で生き抜いてきた者特有の鋭さと、それなりの手練れであることをうかがわせる雰囲気があった。カシアンを含めても、総勢わずか十五名ほど。対する盗賊団の情報はまだ不確かだ。

 

「さて、まずは敵の正確な状況を知る必要がある」

カシアンは息を潜め、低い声で指示を出した。

「ユーリス、ハピ。君たち二人と、そこの…斥候が得意そうな者を二、三人連れて、あそこの砦跡の様子を探ってきてもらいたい」

彼は闇に沈む砦のシルエットを指差す。

「敵の正確な人数、武器の種類、見張りの配置、警戒の厳しさ。可能なら、奴らの頭目がどんな奴かも見てきてほしい。いいか、くれぐれも発見されるな。音もなく、影のように動け」

 

「へいへい、お安い御用だぜ、センセ」

ユーリスは軽口を叩きながらも、その目は真剣だった。隣でハピが大きなため息をつく。

「はぁ…夜の偵察とか、マジ勘弁してほしいんだけど。でも、ここでため息ついて魔物が出ちゃったらもっと面倒だしねぇ…仕方ない、行くか」

彼女は気だるそうに立ち上がった。

 

ユーリスは手慣れた様子で傭兵の中から数名を指名し、ハピと共に音もなく闇の中へと消えていった。残されたカシアンと傭兵たちは、息を殺してその場で待機する。カシアンは懐から取り出した手製の地図を広げ、月明かりを頼りに地形を確認したり、じっと砦の方角を見つめたりしながら、静かに思考を巡らせている。傭兵たちの間には、張り詰めた緊張感が漂っていた。

 

どれくらいの時間が経っただろうか。森の茂みが微かに揺れ、ユーリスたちが姿を現した。彼らの表情は、出発前とは打って変わって険しいものだった。

 

「カシアン先生、厄介なことになったぜ」

ユーリスはカシアンの前に立つなり、低い声で報告を始めた。

「あんたの読みより、奴らの数はだいぶ多い。砦の中と周囲の見張りを合わせて、ざっと数えただけでも…軽く三十人は超えてる。それも、ただの烏合の衆じゃねえ。見張りは複数箇所にしっかり立ってるし、武器もそこそこ良いものを持ってる奴がいた。思ったより手強い連中だ」

 

ハピも隣で頷いた。

「なんかね、砦の雰囲気も妙にピリピリしてたし…ただの盗賊団じゃないような、嫌な感じがしたんだよね。それに、数が多すぎるよ…」

 

偵察結果は明白だった。味方はカシアンを含めて十五名。対する敵は約三十名以上。戦力差は倍以上。

 

ユーリスは厳しい顔でカシアンに進言した。

「…というわけだ、センセ。こっちの人数じゃ、まともにぶつかったら犬死にするのがオチだ。ここは一旦引いて、態勢を立て直すべきだ。あんたとの契約は果たしたいが、無駄死にはごめんだぜ」

 

「そうだね、ユーリスの言う通りだよ」

ハピも心配そうに言った。

「数が違いすぎる。こんなの、無茶だよ…」

 

傭兵たちの間にも、不安と動揺の色が広がっているのが見て取れた。

 

しかし、ユーリスとハピの報告と進言を聞いても、カシアンの表情には一切の変化が見られなかった。彼は眉一つ動かさず、冷静に呟いた。

 

「ふむ、約三十人か。なるほど、予想よりは多いが…誤差の範囲内だな」

 

そして、撤退を進言した二人に向かって、彼は事もなげに言い放った。

 

「撤退? なぜだ?」

「はあ!?」

ユーリスとハピの声が重なった。

「敵の数がこちらの三倍以内なら、戦術次第でどうとでもなる。むしろ、これくらいの戦力差の方が、相手も油断しやすいというものだ。問題ない」

 

カシアンのあまりにも自信に満ちた、常識外れな言葉に、ユーリスとハピは呆気に取られたような顔を見せた。

「正気か、あんた…?」「三倍だよ!? それで問題ないって…」彼らの驚愕と不信をよそに、カシアンは全く意に介する様子がない。

 

彼は残りの兵隊たちを手招きして集めた。その瞳には、戦力差などものともしない、冷徹な計算と確信が宿っている。

 

「さて、状況は把握した。敵の数は約三十、こちらは十五。数字だけ見れば不利だが、戦いは数だけで決まるのではない」

カシアンは集まった傭兵たちを見渡し、疑っていない、ただただ冷徹な声で言った。

「これより作戦を伝える。敵の数が多いからこそ、有効になる策がある。いいか、私の指示を正確に、一分の隙なく実行しろ。そうすれば、必ず勝てる。よく聞け…」

 

カシアンは、闇の中で静かに、しかし確信を持って、彼の頭脳が生み出したであろう奇策を語り始めた。ユーリスとハピは、まだ半信半疑ながらも、その常識を超えた作戦内容に、知らず知らずのうちに引き込まれていくのだった。

 

 

 

カシアンは集めたアビスの傭兵たちを前に、これから実行する作戦――「偽りの夜襲と誘引火計」――の全貌を、低い、しかし隅々まで響き渡る声で説明し始めた。火を使い、敵を欺き、有利な地形で包囲殲滅するという、大胆かつ非情な計画。傭兵たちの間に、驚きと不安、そしてわずかな興奮が入り混じったような動揺が走った。倍以上の敵を相手に、これほど手の込んだ作戦を実行するというのだ。成功すれば大きな戦果だが、失敗すれば逃走するしかないだろう。

 

「…以上が作戦の全容だ。質問は?」

カシアンは説明を終え、傭兵たちを見渡した。誰もが息を呑み、言葉を発せずにいる。カシアンの揺るぎない自信と、作戦の緻密さが、彼らの不安をわずかに押し留めているようだった。

「なければ、各自、持ち場へ移動しろ。ユーリス、ハピ、頼んだぞ」

 

「へいへい。ま、面白そうな作戦じゃねえか。乗ってやるよ、センセの狂気に」

ユーリスは不敵な笑みを浮かべ、偵察時と同じメンバーを引き連れて闇に紛れた。偽の襲撃準備と、後の伏兵役だ。

「はぁ…。火事とか、煙とか、マジ最悪なんだけど…。まあ、やるしかないかぁ」

ハピはため息をつきつつも、カシアンの指示に従い、魔道攻撃に適した位置へと移動していく。残りの傭兵たちも、火計の準備班とカシアンの本隊とに分かれ、音もなく森の中へと散っていった。深い森の静寂の中に、作戦開始を待つ張り詰めた空気が満ちていた。

 

 

フェーズ1:偽装と油断

 

真夜中過ぎ。砦跡から少し離れた森の一角で、突如として複数の松明の火が揺らめき、鬨の声のようなものが上がった。ユーリスの部隊による陽動だ。砦の見張りがそれに気づき、慌てて仲間たちに知らせる声が聞こえる。砦内がにわかに騒がしくなり、武装した盗賊たちが警戒態勢をとる気配が伝わってきた。

 

しかし、ユーリスたちは深追いはしない。しばらくの間、適度に騒ぎを起こして敵の注意を引きつけた後、松明を消し、素早くその場を離脱した。砦に残された盗賊たちは、肩透かしを食らった形だ。「なんだ、空振りか?」「見間違いだったんじゃねえか?」「ちっ、脅かしやがって…」そんな声が闇の中から聞こえてくる。一度高まった警戒心は、何も起こらなかったことで急速に緩み、夜通しの警戒による疲労感と油断へと変わっていった。

 

その裏で、カシアンの指示を受けた別の傭兵部隊は、風向きを慎重に確認しながら、砦跡の風上に位置する複数のポイントに、油を染み込ませた布や枯れ枝を大量に運び込み、点火準備を完了させていた。また、ユーリス隊も陽動の後、砦から森へ抜ける主要な脱出経路に潜み、息を殺して伏兵としての配置についていた。全てはカシアンの計算通りに進んでいた。

 

 

フェーズ2:夜明け前の奇襲

 

東の空がわずかに白み始め、森の木々がシルエットとして浮かび上がる頃。鳥の鳴き声に似た、短く鋭い口笛が、カシアンの潜む場所から静かに響いた。作戦開始の合図だ。

 

次の瞬間、砦跡の風上、複数の地点から同時に火の手が上がった! 火は乾燥した枯れ草や古びた木材に瞬く間に燃え移り、パチパチと音を立てながら勢いを増していく。風に煽られた炎は巨大な舌のように砦跡を舐め、建物や柵を次々と飲み込んでいった。濃い黒煙が空へと立ち上り、夜明け前の静寂は破られた。

 

「火事だ! 火事だぞ!」

「どこから火が出てるんだ!?」

「逃げろ! 早く外へ!」

 

砦内は、文字通り阿鼻叫喚の地獄と化した。眠りから叩き起こされ、何が起きているのか理解できないまま、盗賊たちは燃え盛る炎と窒息しそうな煙から逃れようと、唯一安全に見える砦の外へと我先にと殺到し始めた。装備も不十分で、隊列も何もない、ただの烏合の衆だ。

 

「さあ、お目覚めの時間だよ…!」

 

高台に潜んでいたハピが、カシアンの指示に従い、杖を構えた。彼女の詠唱と共に、砦から逃げ出してくる盗賊たちの頭上に、幻影の炎が降り注ぎ、威嚇するような轟音が響き渡る。それは直接的なダメージを与えるものではないが、パニックに陥った盗賊たちの恐怖心をさらに煽り、彼らの逃走経路をカシアンが意図した方向――砦前の少し開けた窪地、キルゾーン――へと巧みに誘導していく。

 

 

フェーズ3:包囲殲滅

 

火と煙、そしてハピの魔道による混乱から逃れようと、盗賊たちはなだれを打って砦の外へ飛び出し、無我夢中で開けた窪地へと駆け込んできた。彼らはまだ、自分たちが死地へと誘い込まれていることに気づいていない。

 

「―――放てッ!!」

 

カシアンの冷徹な号令が響いた。

 

窪地を見下ろす斜面の茂みや岩陰から、カシアン率いる本隊が一斉に姿を現し、矢の雨、魔道弾、投擲された手斧などが、密集した盗賊たちの中に叩き込まれた! 奇襲は完璧に成功し、最初の攻撃だけで盗賊団の約三分の一が悲鳴と共に地に伏した。

 

「な、なんだ!? 敵襲だ!」

「どこからだ!?」

「囲まれているぞ!」

 

残った盗賊たちはようやく状況を理解したが、時すでに遅し。混乱の中、必死に応戦しようとする者もいたが、多方向からの正確な攻撃と、統率を失った状態では有効な反撃は不可能だった。

 

「森へ逃げ込め!」

誰かが叫び、生き残った者たちが蜘蛛の子を散らすように、唯一の逃げ道と思われた背後の森へと殺到した。

 

だが、そこは死への入り口だった。

 

「お待ちかねだぜ、クズども!」

 

森の入り口に潜んでいたユーリス隊が姿を現した。ユーリス自身が先頭に立ち、その紫電のような剣閃が逃げ惑う盗賊たちを次々と薙ぎ払っていく。彼の指揮下のアビス傭兵たちも、容赦なく槍を突き出し、斧を振り下ろし、逃走経路を完全に封鎖した。

 

「ぐあああっ!」「助けてくれ!」

 

悲鳴と断末魔が森にこだまする。もはや戦闘ではなく、一方的な蹂躏、あるいは駆除作業に近い光景だった。

 

カシアン本隊も窪地へと突入し、ユーリス隊と連携して残敵の掃討を開始した。カシアン自身は剣を取ることはほとんどなかったが、戦場全体を見渡し、的確な指示を飛ばし続ける。

 

「右翼の敵が抵抗している、数を集中させろ」

「降伏は認めない。一人残らず始末しろ」

「逃亡者を見逃すな、ユーリス、そちらに数名向かったぞ」

 

彼の指示は常に冷静で、一切の感情を排していた。まるで駒を動かすように、兵を動かし、敵を殲滅していく。

 

戦闘は、夜明けの太陽が完全に昇る頃には、ほぼ終結していた。砦跡は黒い煙を上げ続け、かつて盗賊団の根城だった場所は、夥しい数の死体が転がる煉獄へと変貌していた。生き残った盗賊は一人もいない。文字通りの「全滅」だった。

 

朝焼けの赤い光が、返り血と土埃にまみれたカシアンとアビスの傭兵たちを照らし出す。カシアンは静かに戦場を見渡し、傭兵たちに後始末――死体の処理、略奪品の回収、そして放火の痕跡を可能な限り消すこと――を命じた。

 

「…マジでやりやがったな、あのセンセ」

ユーリスは剣についた血を払いながら、呆れたように、しかしどこか感嘆したように呟いた。ハピも、少し青ざめた顔で頷く。

「ちょっと怖いくらいだったけど…。本当に、三倍の相手を全滅させちゃった…」

 

カシアンは、そんな二人の会話にも特に反応せず、回収された盗賊団の所持品の中から何か価値のある情報や資産がないか、冷静に検分を始めていた。彼にとって、この凄惨な結果は、自身の計算と戦術が正しかったことの証明に過ぎないのかもしれない。

 

アビスとの最初の共同作戦は、圧倒的な「成果」をもって終了した。しかし、この冷徹な教師と地下の住人たちとの危険な協力関係がもたらすものが、単なる戦果だけではないことを、その場にいた誰もが予感していた。

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