道徳以外を教えます   作:マウスブン

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尋問

ガルグ=マク大修道院での激戦から数ヶ月後。アイスナー領の地下深くに設けられた牢屋、その一室である尋問室は、冷たい石の壁に囲まれ、灯された松明の光が頼りなげに揺らめいているだけだった。部屋の中央には、古びた木の机と二つの椅子。その一つに男が座らされていた。ファーガス神聖王国、そしてセイロス聖教会の要、セテス。その身に纏う高潔な衣服は破れ泥と血に汚れ顔には深い疲労と、そしてガルグ=マクの地下で味わったであろう悪夢の記憶が消えない影のように刻まれている。彼の体は先の戦いで受けた傷と、カシアンが仕掛けた罠によって、もはやボロボロの状態だった。

 

そのセテスの向かいにカシアンが静かに腰を下ろした。彼の背後には万が一の事態に備え、屈強なアビスの兵士数名と帝都から来た書記官が一人、そして半ば興味本位で付き従ってきたバルタザールが、腕を組み鋭い視線でセテスを監視している。

 

「…さて、セテス殿」カシアンは、まるで旧知の友人にでも語りかけるかのような、穏やかな口調で切り出した。

「長旅と、その後の…まあ、少々手荒い『歓迎』で、さぞお疲れのことでしょう。まずはゆっくりとお休みいただけましたかな?」

 

セテスはカシアンのその白々しい言葉に、力がないが憎悪に満ちた視線を向けた。

「…あの地獄は…貴様の仕業か、カシアン」

セテスの声は掠れていたが、その奥には揺るぎない非難の意志が宿っていた。

 

「ええ、一応」カシアンはあっさりと何の感情も込めずに肯定した。

「私が計画し、実行を命じました。ガルグ=マクの防衛力強化の一環として、ね。何か問題でも?」

 

「問題だと!?」セテスは思わず声を荒げた。傷ついた体が痛み顔を歪める。

「ようも…! ようも、あのような人の心を持たぬ悪辣なものばかりを思いつくものだ! あれはもはや罠などという生易しいものではない! 悪魔の所業だぞ! 我々セイロス教の聖地をよくもあのような悪魔の住処に変えたな!」

 

セテスはまるで昨日のことのようにあの悪夢の光景を思い出し、わなわなと震え始めた。

「暗闇の通路を進めば突如として足元が崩れ、仲間が悲鳴と共に奈落へと消えていく。濁流が我々を押し流し、気づけば壁から炎が噴き出し、水浸しになった鎧が逆に我々の体を焼く釜と化す。かと思えばどこからともなく鼓膜を破るような轟音が鳴り響き、平衡感覚を失ったところを頭上から巨大な岩石が降り注ぐ…! あれはただ殺すのではない…! 人間の恐怖心を最大限に煽り、その尊厳を絶望の淵へと叩き落とすための、実に陰湿で残忍な仕掛けだ! 貴様には騎士の誇りも人としての情けもないのか!」

 

セテスのその悲痛な叫び、そして彼が語る地獄絵図のような罠の数々。それを聞いていたバルタザールですらゴクリと喉を鳴らし、(…俺たちが作っていたの、そんなにヤバかったのか…)と、今更ながらに戦慄していた。

 

しかしカシアンはセテスのその非難をまるで子供の癇癪でも聞くかのように、平然と冷ややかに受け流した。

「お褒めにいただき光栄です。ですがセテス殿。貴殿も貴殿の部下たちの多くもこうしておおよそがここで生きておられる。私の仕掛けた罠の多くは致死性のものは極僅かで、あくまで敵兵の無力化と、戦意の喪失を目的として設計したものです。現に貴殿らは死ぬことなく捕虜となった。結果を見れば私のやり方はむしろ人道的であったとさえ言えるでしょう。それとも何です? 貴殿は名誉の戦死とやらを遂げたかったとでも?」

 

そのあまりにも歪んだ彼なりの合理性に貫かれた理屈にセテスはぐうの音も出ず、ただ悔しさに唇を噛み締めるしかなかった。

 

「さて昔話はそれくらいにして、本題に入りましょうか」

カシアンはテーブルに肘をつき、その頭巾の下の瞳でセテスの心を射抜くように見つめた。

「セテス殿。貴殿に聞きたい。現在の王国の兵力、そして残存する教会の戦力は、具体的にどれほどのものか。レアは次はどこを攻めてくる? …さあ、洗いざらいお話しいただこうか」

 

カシアンのその問いかけは静かだったが、有無を言わせぬ圧力を伴っていた。だがセテスは、その圧力に屈するような男ではなかった。彼はカシアンの目を真っ直ぐに見返し、きっぱりと揺るぎない拒絶の意志を込めて言い放った。

「…断る。貴様のような女神を欺きフォドラを混乱に陥れる異端者に私が口を開くとでも思ったか。たとえこの身がどうなろうとも私がレア様を、そしてセイロス聖教会を裏切ることは断じてない!」

 

「…ふむ。そうですか」

カシアンはセテスのその頑なな態度に特に驚く様子も見せず静かに頷いた。彼の予想通りの反応だったのかもしれない。

「やれやれ…通常の尋問では時間の無駄、ということですか。仕方ありませんねぇ」

カシアンはまるで面倒な仕事を押し付けられたかのように、わざとらしく肩をすくめてみせた。そして彼の口元に微かな、しかし極めて悪趣味な笑みが浮かんだ。

 

「それではセテス殿。貴殿のような高潔で理性的なお方にはそれにふさわしい、特別なやり方で『お話』をしていただくことにしましょう。ええ、これから我が『カシアン流の尋問術』を、とくとお見せするとしますかな」

 

その言葉にセテスの背筋がわずかに凍りついた。バルタザールもゴクリと唾を飲む。カシアン流の尋問術。それは一体どのような恐ろしい拷問なのだろうか。

 

カシアンは傍らに控えていたアビスの兵士に、静かに命じた。

「おい、君。私が、この日のために『準備』しておいた、例の『アレ』を持ってきなさい。丁重に、だぞ」

 

「はっ!」

兵士は緊張した面持ちで一礼すると足早に尋問室を出て行った。数分後彼が戻ってきた時、その両手に抱えられていたものを見てセテスは、そしてバルタザールも、完全に意表を突かれ言葉を失った。

兵士が運んできたのは拷問具の類などではなかった。それは埃を被った、しかし明らかに年代物と分かる上質な葡萄酒の瓶が数本と磨き上げられた清潔なガラスのコップが、いくつか載せられた銀の盆だった。

 

カシアンはその盆を受け取ると慣れた手つきで葡萄酒のコルクを抜き、芳醇な香りを立ち上らせながら、二つのコップにそれを注いだ。そしてその一つを未だに困惑の表情を浮かべているセテスの前に、ことりと音を立てて置いた。

 

「さあセテス殿。まずは一杯、いかがですかな? 長い夜になりそうです。まずは喉を潤してから、ゆっくりとじっくりと、我々の『対話』を始めようではありませんか」

カシアンは頭巾の下で悪魔のような、そして心底楽しそうな笑みを浮かべていた。セテスは目の前の葡萄酒と、カシアンのその不気味な笑みに、一体これから何が始まるのか、全く見当もつかず、ただ背筋に冷たい汗が流れるのを感じるしかなかった。

 

 

 

 

 

一時間後。

尋問室の空気は、先ほどまでの張り詰めた緊張感が嘘のように、どこか弛緩しアルコールの匂いで満たされていた。テーブルの上には空になった葡萄酒の瓶が数本、そして中身が半分ほどになったもう一本の瓶が物悲しく佇んでいる。

そして椅子に座るセテスの姿は一時間前のたとえボロボロでも背筋を伸ばし、毅然とした態度を崩さなかった彼のそれとは、似ても似つかぬものへと変わり果てていた。その顔は酒で赤らみ目はとろんと虚ろに揺れ、時折呂律の回らない口調で「レア様は…フォドラの…礎なのだ…ひっく…」などと意味不明な独り言を繰り返している。完全に酔いが回ってしまっていた。

 

もっとも彼がこうなるまでには一悶着があった。

最初にカシアンが酒を勧めた時、セテスは「ふざけるな! 異端者の酒など、一口たりとも飲むものか!」ときっぱりと拒絶した。カシアンはその頑なな態度に、やれやれといった様子でため息をつくと、悪魔のような笑みを浮かべて言ったのだ。

「…そうですか、残念だ。これはなかなかの年代物で、特に女性が好む甘口の逸品なのですがね。…まあ貴殿が飲まないというのなら仕方がない。後でフレン殿にでも届けて差し上げるとしましょう。彼女も先の戦いで心労が溜まっていることでしょうからな。きっとお喜びになる」と。

その瞬間セテスの顔色が変わった。「ま、待て!」と、彼はカシアンの手から半ばひったくるようにして杯を奪い取ると「フレンに…素性の知れぬものを飲ませるわけにはいかん…! これは私が責任をもって飲む!」などと、その中身を一気に呷ったのが事の始まりだった。

 

カシアンはその後約一時間に渡り、ありとあらゆる角度から尋問を試みた。王国の現状、兵站線、そしてセイロス騎士団の戦力について。だがセテスはたとえ酔いが回り思考が鈍くなってもその口は驚くほど堅かった。王国軍やセイロス騎士団の具体的な情報については頑として一切口を割らなかったのだ。

 

「…やれやれ。これでは、口を割ってはくれませね。」

カシアンは少し芝居がかった、大げさなため息をついてみせた。まるで尋問を諦めたかのように。彼はテーブルの上にあった空のカップを手に取ると、そこに残っていた葡萄酒をなみなみと注ぎ自らもそれを呷り始めた。

「ふむ…実に、残念だ」

 

そのカシアンの様子を見てセテスは呂律の回らない口調で勝ち誇ったように、ふん、と鼻を鳴らした。

「ふん…わたひの…かち、だ…カシアン…」

 

「ええ、そうですね。完敗です」カシアンはあっさりと敗北を認めた。

「貴殿のその忠誠心、実に見事なものです。私ではどうやってもその牙城を崩すことはできなかった。…なので私ももう諦めて精々この美味い酒で敗北の屈辱を誤魔化させていただくとしますよ」

 

カシアンのその言葉にセテスは気を良くしたのか、あるいはただの酔っ払い同士の会話だと完全に油断したのか、少しだけ饒舌になった。

「ところでセテス殿。貴殿にとって、酒は久しぶりなのでは? その飲みっぷり、少々ペースが早いように見受けられますが」

カシアンは世間話でもするかのように何気なく尋ねた。

 

「ああ…ひさひぶり、だ…」セテスは遠い目をして答えた。

「レア様が…禁酒令とやらを、お出しになったからな…。まったくあれには、こまったものだ…」

 

「ははあ、なるほど。ですが貴殿ほどの立場の方なら、皆に隠れて少しばかり嗜むくらいは許されるのでは? 王国の兵士たちもどうせ皆、こっそりどこかで飲んでいるのでしょうに」

カシアンはカマをかける。

 

するとセテスはまるで心外だとでも言うように、むっとした顔で反論した。

「私が! ルールをまもらなくて、どうする! しめしが、つかんだろうが!」

彼のその言葉には酔ってなお失われることのない、生真面目な彼らしい矜持が滲んでいた。

 

「これは失礼」カシアンは、軽く頭を下げた。そしてまるで今思い出したかのように全く別の話題を、ごく自然に切り出した。

「そういえば、先日我々がレア様と戦った際、奇妙なことがありましてね。彼女の号令一下、三人のセイロス騎士があの『白き獣』…竜のような獣へと姿を変え、我々に襲い掛かってきたのですよ」

 

その言葉を聞いた瞬間セテスの虚ろだった瞳に一瞬だけ鋭い光が戻った。彼の酔いが少しだけ醒めたのが分かった。

「…三匹も、か…!?」

 

「ええ」カシアンは頷いた。

「なかなかに手強く、強かったのですが…残念ながら、彼らは最後まで殿としての役割を務め、我々の手によって討ち果たされました。実に勇敢な最期でしたよ」

カシアンはわざとらしく彼らの死を悼むような口調で言った。

 

セテスはカシアンのその言葉に再び酔った頭で真剣に考え込み始めた。

「…おかしい…。竜の力は教会の要職のみが得られる力のはずだ…。決して、前哨戦で使い潰せるような、安価な戦力ではないはず…」

セテスの口からカシアンが最も聞きたかった情報が独り言のように漏れ出した。

 

「おや、そうなのですか?」カシアンは心底意外だというように、そして内心の興奮を隠しながら尋ねた。

「ですが、あの竜の元になった人間は見たところ、ごく一般的なセイロス騎士団の衣装を身につけているように見えましたが。もしかして最近が方針が変わったのでは?」

 

セテスは混乱したように首を振る。

「最近レア様は変わってしまった…。私以外の新任の教会幹部を名乗る知らぬ者たちと王国のどこかへ出かけては、何かを…しておられるようで…。詳しくは…わからんのだ…」

 

「なるほど…」カシアンは深く頷いた。

「そういえばレアも言ってましたね。あの力はレアの『血』と『紋章石の欠片』を分け与えることで、作り出すことができる、と」

 

「そうだ!」セテスはカシアンの言葉にまるで答え合わせでもするかのように、力なく頷いた。

「あれは教会に、そしてレア様に絶対の忠誠を誓った要職の者のみが扱える禁断の力なのだ…。それを新任や一般の騎士にまで…? 一体、レア様は何を…お考えなのだ…」

セテスはもはやカシアンと話しているという意識もなく、ただ自らの混乱とレアへの不信感を酔いに任せて吐露していた。そしてその思考の限界が来たのかついに彼はがくりと首を垂れテーブルに突っ伏すようにして深い眠りの中へと落ちてしまった。

 

カシアンはそのセテスの寝顔を頭巾の下の冷徹な目で見下ろしていた。尋問は終わった。彼はセテスの口から王国軍の具体的な配置や、兵站線の情報といったものは何一つ聞き出せなかった。だがそれ以上に価値のある女神と化け物に関する情報を手に入れることができた。レアが彼以外の側近を持ち長期間にわたって独断で行動していること。そして彼女が禁断の力をもはや歯止めなく一般の兵士にまで行使し始めているという、その恐るべき事実を。

 

帝都から来た書記官は震える手で何とか報告書を書き起こしている。その横でカシアンは静かに立ち上がると傍らで一部始終を見守っていた兵士に命じた。

「彼を元の牢屋に戻しなさい。手厚く、な。風邪など引かせぬよう、毛布の一枚でも掛けてやるといい」

「はっ!」

 

兵士が眠りこけるセテスを担ぎ上げ部屋を出て行くと、今まで黙って壁際に立っていたバルタザールが、どこか呆れたような、それでいて感心したような声で、カシアンに話しかけた。

「…おい、カシアンの旦那。あんた、まさかとは思うが…俺たちとのいつもの飲み会で、この尋問方法、使ってねえよな…?」

彼のその問いは本気の心配と、カシアンという男の底知れなさへの純粋な畏怖から来るものだった。

 

カシアンはバルタザールのその言葉にゆっくりと振り返ると、頭巾を少しだけ持ち上げ、その下に隠されていた口元に、悪戯っぽい、そして心からの笑顔を浮かべてみせた。

 

「ははは、ご安心ください、バルタザール。この尋問方法はセテス殿のような特別で、そして非常に『口の堅い』お客様にだけご提供する、私なりの最大限の『おもてなし』ですよ。…それにこれでは私が酔えないではありませんか。」

 

その笑顔は仲間への信頼を示す温かいものであったが、同時に敵対する者に対してはどこまでも冷酷で、そして狡猾になれる、彼の本質を改めてバルタザールに認識させるには、十分すぎるものだった。

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