道徳以外を教えます   作:マウスブン

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療養

旧同盟領での諸問題を片付け、金鹿の学級の元生徒たちの協力を取り付けるという大きな成果を手に、ベレスは数日ぶりにアイスナー領の領主の館、そして何よりもカシアンが待つはずの部屋へと帰還した。彼女の心は、久しぶりに彼に会えるという期待と、彼が一人で無理をしていないかという、かすかな不安で満ちていた。

 

執務室の扉を開けた瞬間、ベレスのその不安は最悪の形で現実のものとなった。

 

部屋の中は凄まじいまでの混沌に支配されていた。床にも壁にも、おびただしい数の羊皮紙や地図、そして意味不明な数式が殴り書きされたメモが散乱している。インクの瓶は倒れ、冷え切ったハーブティーのカップや乾ききったパンやスープの容器がいくつも無造作に置かれ、部屋全体に寝食を忘れた男の、異様なまでの熱気と、そして腐敗しかけた思考の匂いが充満していた。

そしてその混沌の中心で。カシアンは、椅子から崩れ落ちるようにして、床に倒れていた。その顔は血の気が完全に引いて蝋のように白く、頬はこけ、普段は冷徹な光を宿しているはずのその瞳は、固く閉じられている。呼吸も浅く、その姿はまるで命の火が消えかけているかのようだった。

 

「カシアンッ!!」

 

ベレスの絶叫が静まり返った館に響き渡った。彼女は駆け寄りカシアンの冷たくなりかけた体を必死に揺さぶる。

「しっかりして! カシアン! 目を開けて! 私が分かる!?」

その声は戦場で幾多の死線を潜り抜けてきた女神の戦士のそれではなく、ただ愛する者を失う恐怖に駆られた、一人の少女の悲痛な叫びだった。

 

ベレスが必死に声をかけその頬を叩き続けると、カシアンの瞼が、ほんのわずかに確かに震えた。そして、うっすらと開かれたその瞳が、ぼんやりとベレスの顔を捉える。

「……ああ、ベレス…か。…おかえり」

その声は掠れ、ほとんど空気の振動に近かった。だが彼は確かにベレスを認識していた。そして、その唇に、まるで長い悪夢の果てに答えを見つけたかのような虚ろで、しかし満足げな笑みが浮かんだ。

「…ふふ、ふふふ……できたぞ…。レアを…あの化け物を、そして王国を最小限の犠牲で、そして最も効率的に屈服させるための、完璧な策が…。ようやく見えた…」

 

「勝算…? 何を言っているの、カシアン!」

ベレスは、怒りと安堵と、そしてどうしようもないほどの愛おしさが入り混じった涙を流しながら、叫んだ。

「あなた、その戦いの前に死んでしまうわよ! その顔を見て! まるで亡霊じゃない!」

 

ベレスはカシアンのその言葉に耳を貸すことなく、近くにいた衛兵に、大声で指示を飛ばした。

「すぐに温かいスープと、パンを! それから綺麗な水を! 急いでここに持ってきて!」

衛兵はベレスのその剣幕に驚きながらも、慌てて厨房へと駆け出していった。

 

やがて湯気の立つ滋養に富んだ野菜スープと、柔らかいパン、そして水差しが部屋に運び込まれる。ベレスは、カシアンの体を優しく抱き起こすと、スプーンでスープを少量すくい、まるで幼子に与えるかのように、そっと彼の口元へと運んだ。

「さあ、カシアン。少しでいいから、食べて。お願いだから」

カシアンは最初は抵抗するかのように首を振ろうとしたが、ベレスのその真剣な涙で潤んだ瞳に見つめられると、観念したかのように、おとなしく口を開けた。温かいスープが彼の乾ききった体に、ゆっくりと染み渡っていく。ベレスは彼がむせないように、一口、また一口と、辛抱強くスープを飲ませ続けた。

 

パンも小さくちぎってスープに浸し柔らかくしてから、少しずつ彼の口へと運んでやる。カシアンはされるがままになりながらも、その意識は確かに覚醒しつつあった。

しばらくしてようやくスープを半分ほど飲み終え、カシアンの顔にわずかな血の気が戻ってきたのを見て、ベレスは安堵のため息をつき、そして静かに尋ねた。

 

「カシアン…一体、いつから何も食べていなかったの? 正直に言って」

 

カシアンはまだ少しぼんやりとした頭で、その問いに答えようとした。彼は部屋の隅にあるカレンダーや、窓の外の太陽の位置を確認するでもなく、ただ自らの体の感覚だけを頼りに、彼らしい、あまりにも合理的な、そしてあまりにも人間味のない方法で、その経過時間を算出した。

「うーん……覚えていません」

彼は、あっさりとそう言った。そして少しだけ真剣な顔で付け加えた。

「ですがこの数日はトイレに行く必要がなかったので、しばらくは食べていなかったはずですね」

 

そのあまりにもカシアンらしい、そしてあまりにも常識外れな答えに、ベレスは一瞬だけ言葉を失い、そして次の瞬間深くて長くて、そしてどうしようもないほどの愛情がこもったため息を、ゆっくりと吐き出した。

「…あなたって、本当に…馬鹿なんだから」

彼女は呆れたような、しかしその声には隠しきれない優しさを込めてそう言うと、カシアンの額に、自分の額をこつん、と優しく合わせた。

「もう絶対にこんな無茶は許さないから。分かった?」

その言葉はもはや妻としての、絶対的な命令だった。

 

「…はい」

カシアンはベレスのその温もりと彼女から香る優しい匂いに、ようやく自分が生きていることを、そして何よりも、彼女がそばにいてくれるという幸福を、心の底から実感し素直に力なく頷くのだった。彼の練り上げた恐るべき策と、フォドラの未来は今はただ、この温かいスープの湯気の中に静かに溶けていくだけだった。

 

 

 

 

ベレスがカシアンの執務室で彼を見つけ、半ば無理やり流動食を流し込んでから、一夜が明けた。カシアンの意識は戻ったものの、数週間にも及ぶ極度の集中と、それに伴う飲まず食わずの生活は、彼の肉体を限界まで蝕んでいた。カシアンは空いていた部屋の一室に入れられ、ベッドから起き上がることもままならず、ただ天井を虚ろに見つめることしかできない。

 

その日の朝ベレスはどこからか大きな木の板と、墨と筆を持ってくると、カシアンの執務室の扉に、ある貼り紙を力強く書き付けた。その文字は彼女の普段の穏やかさからは想像もつかないほど、怒りと決意に満ちた力強い筆跡だった。

 

『無断入室を禁ず(特に本人)』

 

そのあまりにも奇妙な貼り紙は、すぐに領内の噂となった。様子を見に来たユーリスは、その貼り紙を一瞥するなり腹を抱えて笑い転げた。

「へっ、こりゃ傑作だ! 『特に本人』だぁ? おい、次の領内のトップニュースが決まったぞ。担当者はどこだ?」

 

その宣言通り、ベレスによるカシアンへの「集中治療」が始まった。彼女はまずカシアンの病室から、ありとあらゆる羊皮紙、インク、そして書物といった、「仕事」を連想させるものを徹底的に撤去させた。部屋はガランとし、殺風景な病室そのものへと姿を変える。

「いい、カシアン。あなたが完全に回復するまで、ここはあなたの病室。そして私があなたの専属看護師。絶対にベッドから出て仕事をしようだなんて考えないこと。分かった?」

ベレスは腕を組み仁王立ちでカシアンにそう宣告した。その瞳には有無を言わせぬ強い意志が宿っており、カシアンも今の衰弱しきった体では、ただ頷くことしかできなかった。

 

ベレスの看病は実に手厚くそして厳格だった。決まった時間に消化が良く栄養価の高いスープや粥を、彼女は自らの手でスプーンにすくい、カシアンの口元へと運ぶ。「はい、食べて」と。カシアンは最初こそ、その子供扱いされるような状況に、屈辱と羞恥で顔を赤らめたが、ベレスの「食べないなら、口をこじ開けてでも流し込むから」という本気の眼差しに、おとなしく従うしかなかった。

 

しかし数日が経ちカシアンの体に少しずつ体力が戻ってくると、彼のその性分が、再び鎌首をもたげ始めた。ある日の午後ベレスが少し席を外した隙に、カシアンはベッドからそろりと抜け出し、ベレスが見逃していたベッドの下に隠されていた一枚の羊皮紙と炭筆の欠片を手に取ると、再び計画の続きを練り始めようとしたのだ。

 

だがその企みは、部屋に戻ってきたベレスによって、瞬時にそして完璧に見抜かれた。

「カシアンッ!!!!」

ベレスの今までに聞いたこともないような、怒りに満ちた声が部屋に響き渡った。彼女はカシアンの手から羊皮紙と炭筆をひったくると、わなわなと肩を震わせた。

「どうして…! どうして分かってくれないの!? あなたが数週間もあんな状態で…! 私が部屋の扉を開けた時、あなたが本当に死んでしまっているんじゃないかって、どれだけ怖かったか…!どれだけ心配したか、分かってないの!?」

怒りと安堵と、そして彼を失うことへの恐怖が入り混じった、彼女の魂からの叫びだった。

「あなたの策がフォドラを救う素晴らしいものだってことは、私にも分かる! でも、そのためにあなたが死んだら何の意味もない! 私にとっては…あなたの命も大事…!」

ベレスはその場に泣き崩れてしまった。

 

カシアンはベレスのその涙と剥き出しの感情の奔流に、完全に言葉を失った。彼の合理的な思考も彼女のその純粋な想いの前では、何の役にも立たない。彼は自らの愚かさと、彼女にこれほどの悲しい思いをさせてしまったことへの、深い後悔に打ちひしがれた。

 

やがてベレスは涙を拭うと、決然とした表情で立ち上がった。そして、カシアンに向かって、最後通牒とも言える、恐るべき宣言を突きつけた。

「…もう決めた。カシアン、よく聞いて」

彼女の声は涙で濡れていたが、その奥には鋼のような、そして悪魔的なまでの決意が宿っていた。

「もしあなたが次に、私に隠れてまた計画を立てようとしたら…その時はあなたが地下の酒蔵に隠している、あの秘蔵のお酒、全部みんなに配ってあげる。一本残らず、ね」

 

「なっ…!?」カシアンの顔から血の気が引いた。

 

「そしてカシアン」ベレスは、さらに追い打ちをかけるように、悪戯っぽく、しかしその目は全く笑っていない表情で続けた。

「あなたは私と二人きりで特別授業。そう…最近手に入れたデアドラで評判という『恋愛小説』を教材にして、登場人物の心の機微について、何日もじっくりねっとりと『勉強会』ね?」

 

その言葉はカシアンにとってレアの竜化やコルネリアの魔獣軍団よりも、遥かに恐ろしい脅威として響いた。秘蔵酒の喪失と、あの理解不能な恋愛小説による精神的拷問。その二つを天秤にかけた時、彼の頭脳は、即座に、そして完璧に、完全降伏という唯一の選択肢を導き出した。

「…………分かりました。もう、しません」

カシアンは、まるで死刑宣告を受けた罪人のように力なく、そして完全に白旗を上げるしかなかった。

 

そんなベレスによる厳しくも愛情のこもった看病の日々が続く中で、カシアンの心境に、ある変化が芽生え始めていた。

ベレスが、彼の額の汗を優しく拭ってくれる時。彼女が、少し味の濃すぎたスープに「失敗した」と照れ笑いを浮かべる時。そして、彼が眠りにつくまで、静かにその手を握りしめ、そばにいてくれる時。

カシアンは、その一つ一つの瞬間に、これまで感じたことのない、温かく、そして穏やかな感情が、自分の心の奥底から湧き上がってくるのを感じていた。

 

(…こんな風に誰かに世話をされるのは…心配されるのは…記憶のある限り初めてだな)

彼は物心ついた時には既に孤児となり、生き抜くためにただ己の知略と合理性だけを頼りに生きてきた。他人の優しさや温もりなど、弱さであり、利用すべき対象でしかないとそう信じてきた。だがベレスが向けてくれる、この見返りを求めない、絶対的な愛情。それは彼の長年かけて築き上げてきた心の壁を、静かに、しかし確実に溶かしていくようだった。

(…悪くない。いや、むしろ…心地良い、とさえ、思ってしまう)

 

カシアンはベレスがスプーンで運んでくれる粥を、おとなしく口に運びながら、そんなことを考えていた。その頭巾の下の表情は、誰にも見えなかったが、おそらくは、彼自身も気づかぬうちに、ほんの少しだけ、穏やかな笑みを浮かべていたのかもしれない。

この奇妙で、しかし何物にも代えがたい看病の日々は、フォドラの未来を左右するであろう稀代の戦略家の心を、静かに、そして確かに変えようとしていた。

 

 

 

 

 

レスター諸侯同盟領での一連の戦いを終え、ベレスがアイスナー領の自室へと戻った数日後。ガルグ=マク大修道院、今は帝国軍の最重要拠点と化したその一室――皇帝エーデルガルトの作戦司令部では、重苦しい空気が支配していた。

 

ユーリスは帝国の物々しい衛兵が立ち並ぶ廊下を、いつものようにどこか飄々とした、しかしその瞳の奥には確かな目的意識を宿した足取りで歩いていた。彼が衛兵に名を告げ、重厚な扉の前に立つと、中から「入れ」という、ヒューベルトのものと思われる低い声が響いた。

 

扉を開けると、そこにはフォドラ全土を示す巨大な軍事地図を前に、腕を組み、難しい表情で議論を交わすエーデルガルトとヒューベルトの姿があった。

「ユーリス殿、よくぞ参られた。カシアン卿からの報告書、確かに受け取りました。前線部隊の統括と管理、大変感謝しております。」

ヒューベルトが表情を変えずに、しかしその言葉には確かな評価の色を滲ませて言った。

 

「ありがとうございます。だが俺が今日持って来たのは、そんな過去の戦果報告じゃねえ」

ユーリスは懐から取り出した何重にも厳重に封がされた分厚い羊皮紙の束を、円卓の上に無造作に置いた。

「カシアンの旦那からの、とっておきの『贈り物』だ。対教会、そして対王国戦における、最終的な、そして全面的な対策案だそうだ。目を通してみるといい」

 

ヒューベルトは、ユーリスのその言葉に、わずかに眉をひそめた。カシアンという男の知略は認めている。だが、帝国の頭脳とも言える自分たちですら、未だ完全な攻略法を見出せずにいるこの大戦の対策案を、あの男一人が、そう易々と作り上げられるものだろうか。

彼は半信半疑のままだが職務に忠実に、羊皮紙の束を手に取り、その封を解き始めた。エーデルガルトも興味深そうにその様子を見守っている。

 

そしてヒューベルトが最初の数ページに目を通した瞬間、彼の動きが、完全に止まった。常に冷静沈着、ポーカーフェイスを崩すことのなかった彼の顔に、初めて、あからさまな驚愕の色が浮かんだのだ。

「こ、これは……」

 

「どうしたのです、ヒューベルト。何が書かれて…」

エーデルガルトが訝しげに尋ねる。ヒューベルトは、その問いに答える代わりに、震える指で羊皮紙の一節を指し示した。

「…陛下。ここに記されているのは、我々が帝都で、軍部の最高の頭脳を集めて日夜検討させている対教会、対王国への軍事戦略、情報戦略、そして経済戦略の全てが、ほぼ網羅されております。それどころか…」

ヒューベルトの声が、わずかに上擦った。

「その一つ一つが、我々の案を遥かに凌駕する、いわば『上位互換』の形で、より効率的かつ非情なまでに具体的に記述されている。そして何よりも恐ろしいのは、ここに記されている策の半分以上が、我々が帝都で、まだ議論の俎上にすら上がっていなかった、全く新しい、そして悪魔的としか言いようのない独創的なもので満ちています…!」

 

ヒューベルトのその言葉に、エーデルガルトも息を呑み、自ら羊皮紙を手に取った。そこには、カシアンらしい冷徹な論理で構築された、恐るべき計画の数々が記されていた。活版印刷を用いた、王国の分裂を煽るための大規模なプロパガンダ工作で得た情報。そして禁酒法で苦しむ王国兵士や民衆の不満を利用した密造酒による経済的、そして精神的な侵食での効果。レアの狂信的な思想の矛盾を突き、セイロス騎士団と分断させる心理戦。そして教会軍の化け物の行動を制限するための地理の活用、そして人の心の弱さを利用した、緻密で非情な焦土作戦…。最後に燃える黒い水の活用。

 

そのあまりにも膨大で、そして緻密な計画の全容を、エーデルガルトとヒューベルトが、ただ概要と要点を把握するだけで、優に数時間はかかった。日が傾き、部屋に夕陽の赤い光が差し込む頃、二人はようやく羊皮紙から顔を上げた。その表情には、恐るべき計画への戦慄と、しかしそれ以上にこの策があれば勝利が固いという、強い確信の光が宿っていた。

 

「…素晴らしいわ、カシアン卿。これさえあれば…これさえあれば、フォドラの夜明けは、もうすぐそこよ」

エーデルガルトは、感慨深げに呟いた。そして、ふと我に返ったように、ユーリスに向き直った。

「それで、ユーリス殿。この、あまりにも偉大な計画を練り上げてくださったカシアン卿は、今、どうなされていますの? このような素晴らしい策を届けさせておきながら、ご本人の姿が見えないようですが」

 

その問いに、ユーリスは、やれやれといった表情で、大きくため息をついた。

「…ああ、カシアンの旦那なら、今は部屋でぶっ倒れてるよ」

 

「倒れてるですって!?」

 

「ああ。あんたたちがこの紙切れを読むのに半日かかったみてえだが、旦那はこれを数週間、たった一人で書き上げたんだ。その間あまり飲まず食わず、寝ても覚めても、な。俺たちが声をかけても、まるで聞こえてねえみてえだった」

ユーリスは、少しだけ遠い目をして、続けた。

「ベレスの嬢ちゃんが、もう数日遅れて同盟領から戻ってきて部屋を覗かなかったら、どうなってたことか。旦那を見つけた時の嬢ちゃんの顔、そりゃあもう、鬼みてえだったぜ。『あなた、その戦いの前に死ぬつもりなの!?』って怒鳴りながら、無理やりスープを飲ませて、ベッドに叩き込んでた。まあ、おかげで今は流動食くらいは食べて、ぐっすり眠ってるから、しばらくしたら本調子に戻るだろうよ」

 

ユーリスのその報告にエーデルガルトとヒューベルトは言葉を失った。あの常軌を逸した計画が、文字通り命を削って生み出されたものであることを、二人はようやく理解したのだ。

エーデルガルトは深く頷いた。その瞳にはカシアンという男への畏敬と、そして彼の身を案じる偽りのない感情が浮かんでいた。

 

「…分かりました、ユーリス殿。ご苦労様でした。そしてカシアン卿とベレス先生に、どうかこうお伝えください」

エーデルガルトの声には皇帝としての揺るぎない決意が込められていた。

「ここに記された全ての案は、このアドラステア帝国が、その総力を挙げて、必ずや準備させていただきます、と。…彼が目覚める頃には、フォドラの夜明けを見るための、最高の舞台を整えておくと、そう、お伝えください」

 

ユーリスは、その言葉に、満足げに、そして不敵な笑みを浮かべて頷いた。

「承知した。必ずそう伝えておくぜ、皇帝陛下」

彼は一礼すると、再び飄々とした足取りで、司令部を後にしていった。後に残されたエーデルガルトとヒューベルトはカシアンが遺した恐るべき計画書を手に、来るべき最終決戦への新たな、そして確実な一歩を踏み出す準備を始めるのだった。




次話は18日です。
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