道徳以外を教えます   作:マウスブン

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何をやっても許されるのが本編後ぞい!


本編終了後など
平和


フォドラ全土を巻き込んだ大戦が帝国の勝利という形で終結してから、早くも数か月が過ぎた。エーデルガルト皇帝の下、フォドラは緩やかに着実に新たな秩序を形成し始め、長く続いた戦乱の傷跡も人々の営みの中で少しずつ癒え始めていた。

 

そしてそのフォドラの西の辺境、今は「アイスナー領」として知られるその地は、戦いの喧騒が嘘であったかのように、驚くほど穏やかな時間が流れていた。カシアンが設計した堅牢な城壁は、今や領民の安全を保障する頼もしいシンボルとなり、その内側ではアビスから移り住んだ者たちと元々の領民たちが手を取り合い、畑を耕し、家々を再建し、活気あるコミュニティを築き上げていた。カシアンが密かに始めた酒造業も軌道に乗り、彼の作る独特で高品質な酒は、帝国内の好事家たちの間で高値で取引され、領地に安定した莫大な富をもたらしていた。

 

だがその平和の中心にいるはずの男、カシアン=アイスナーの様子は、ここ数ヶ月明らかに奇妙だった。

 

「…以上です。本日中に処理が必要な決済書類は、これで全てとなります、カシアン様」

執務室で、帝国から派遣された有能な内政官が、分厚い書類の束をカシアンの前に置いた。時刻はまだ昼を少し回ったばかりだ。

 

「ご苦労」

カシアンは、その書類の山にまるで教科書でも読むかのように驚異的な速さで目を通し、必要な箇所に淀みなくサインを書き加えていく。その思考は依然として明晰で判断力も衰えてはいない。しかし彼の全身から放たれる雰囲気はかつての常に何かを企み、怜悧な光を宿していたそれとは全く異なっていた。

全ての書類の決裁を終えると、カシアンは「ふぅ」と一つ、まるで仕事を終えた老人のような力の抜けたため息をついた。

「では、今日の私の仕事はこれで終わりだ。後は頼んだぞ」

そう言うと彼はあっさりと執務机から離れ窓際の陽当たりの良い長椅子に腰を下ろし、どこからか取り出した、ごく普通の歴史小説を静かに読み始めたのだ。

 

これがここ数ヶ月のカシアンの日常だった。領地の運営に必要な最低限の決裁や指示は、午前中のうちに完璧に終わらせる。だが午後になると彼はまるで抜け殻のように全ての仕事から手を引き、ただひたすらに「休む」のだ。読書をしたり庭園を散歩したり、時には長椅子でうたた寝をしたり。その姿はかつてフォドラの戦局すら左右した稀代の戦略家の面影はなく、むしろ長年の激務から解放され、隠居生活を満喫するただの疲れた中年男性のようだった。

 

アビスの仲間たちは、そんな彼の豹変ぶりに、戸惑いを隠せずにいた。

 

「おい、カシアンの旦那。ちょっと耳寄りな話があるんだが」

ある日の午後ユーリスがいつものようにカシアンの執務室を訪れた。その手には帝都の裏社会から入手したであろう機密情報が記された羊皮紙が握られている。

「帝国の貴族の何人かが裏でこそこそと、王国の残党と手を組んで、何か良からぬことを企んでるって噂だ。面白そうだろ? 俺たちで一足先にその尻尾を掴んで、皇帝陛下に恩を売っておくってのはどうだ?」

それはかつてのカシアンならば目を輝かせて飛びついたであろう、スリリングで、かつ実りの多い「刺激的な話」のはずだった。

 

だがカシアンの反応は鈍かった。彼は読んでいた本から顔を上げることなく、静かに、そして気だるげに答えた。

「…ふむ。それは確かに、興味深い話ではあるな。だが帝国にはヒューベルト殿という、私以上に陰湿で有能な諜報のプロがいる。その件は彼に任せておけばよろしい。我々が首を突っ込む必要はない」

 

「なっ…!?」ユーリスは、そのあまりにも素っ気ない返答に、言葉を失った。

 

またある日にはバルタザールが血相を変えて駆け込んできた。

「カシアン! 大変だ! 北の山でとんでもなくデカくて凶暴な魔獣が出たって話だ! 村の屈強な猟師たちも、何人かやられたらしい! こいつを討伐すりゃあ村人たちからは感謝されるし、その素材も高く売れるぜ! 俺たちで一狩り行こうじゃねえか!」

 

しかしカシアンはページをめくる手を止めずに答えた。

「…魔獣討伐か。それは、帝国正規軍の仕事だろう。我々が、危険を冒してまで出張る義理はない。村には当面の間の食料と、防衛用のアーチボルトでも数台送っておけ。それで十分だ」

 

コンスタンツェが新型の魔道兵器の設計図を手に目を輝かせて彼の元を訪れた時も、彼の反応は同じだった。

「まあ、カシアン! わたくしの新たな発明をご覧になって! これさえあれば帝国の魔道技術は、さらに数年は飛躍いたしますわよ!」

「…ほう、素晴らしい理論ですね、コンスタンツェ。ですが実用化にはまだいくつかの技術的課題と莫大な予算が必要でしょう。その研究はまたいずれ気が向いたらということで」

 

カシアンは何も企まなかった。何も求めなかった。彼はただ静かに穏やかに、まるで長い戦争で使い果たしてしまった何かを取り戻すかのように、「休んで」いた。長年に渡る極度の緊張と知略の限りを尽くした戦いの連続は彼の心と体を、彼自身が思っている以上に深く静かに蝕んでいたのだ。彼は燃え尽きていた。

 

そんなカシアンの姿をベレスは複雑な思いで見つめていた。

最初は彼女も喜んでいた。カシアンがようやく心からの休息を得られている。もう無茶な計画で自らの命を削るようなこともしない。穏やかで平和な毎日。彼と共にただ静かに過ごせる時間。それは彼女がずっと夢見ていた幸せの形の一つのはずだった。

 

だがその「平和」が数ヶ月も続くとベレスの心の中にほんの少しずつ、ある感情が芽生え始めていた。

(…なんだろう、この気持ち…)

ベレスは執務室の窓から庭のベンチで静かに本を読んでいるカシアンの後ろ姿を眺めながら、小さくため息をついた。

(平和で穏やかで、カシアンも毎日ちゃんと食事を摂って、夜も私の隣で眠って朝には起きてくれる。これ以上ないくらい、幸せなはずなのに…)

彼女の胸の奥で、何かが物足りない、と囁いている。

 

(…つまらない)

 

ぽつり、と。ベレスの口から、そんな言葉が漏れた。

そうだ、つまらないのだ。あの常に何か悪だくみをしその瞳を悪魔のように輝かせ、常識外れの策で世界を引っ掻き回していた、あのカシアンがいない。今の彼はただの穏やかで、少しだけ博識で、そして少しだけ退屈な、優しい夫でしかない。

ベレスは自分が彼のその危うさや予測不可能な知性、そして時には非情でさえあるその生き様そのものに強く惹かれていたのだという事実に今更ながら気づかされていた。

 

その日の夕食後。二人がいつものように暖炉の前で言葉少なにお茶を飲んでいた時、ベレスはついにその胸の内の想いを口にした。

彼女は読んでいた本をパタンと閉じると、隣に座るカシアンの顔をじっと見つめた。

「ねえ、カシアン」

「はい、何でしょう、ベレス」

ベレスは少しだけ拗ねたような子供のような口調で言った。

「最近のカシアン、なんだか、つまらない」

 

カシアンはベレスのそのあまりにも直接的な言葉に、一瞬だけきょとんとした顔をした。

「…つまらない、ですか? 私が?」

 

「うん」ベレスは、こくりと頷いた。

「今のカシアンはただ優しくて、穏やかなだけ。それはそれですごく嬉しいし、安心するけれど…でも私が好きになったカシアンは、それだけじゃなかったはず」

彼女はカシアンの手に自分の手をそっと重ねた。

「もっと意地悪で何を考えてるか分からなくて、そして時々とんでもないことを仕出かして、私や周りの皆をハラハラさせるような…そういう危なっかしいけど目が離せない、そんなあなたのことも、私は好きだったんだよ」

その言葉は非難ではなく愛する人への偽らざる本音だった。

 

「だからカシアン。もう休むのはおしまい」

ベレスはカシアンの手をぎゅっと握りしめ、そしてその緑の瞳に悪戯っぽい期待に満ちた輝きを宿らせて言った。

「私、退屈なんだ。カシアンが、何か面白いことをしてくれないとつまらない。だからまた何かとんでもないことを企んで、私を驚かせてよ。ね?」

 

カシアンはベレスのその言葉と彼女の瞳の奥にある純粋な好奇心と、彼への揺るぎない愛情に完全に言葉を失った。彼は自分が「休む」ことで、彼女を「退屈」させてしまっていたという、あまりにも想定外の事実に、頭を殴られたかのような衝撃を受けていた。

 

彼はベレスのその期待に満ちた顔を、しばらくの間ただ黙って見つめていたが、やがて深くてどこか吹っ切れたような、長いため息を、ゆっくりと吐き出した。

「……やれやれ。どうやら、私の平穏な隠居生活は、この家の女神様には、まだ許可されていないらしい」

カシアンはそう言って頭巾の下で久しぶりに、本当に久しぶりにあの悪魔的な心の底から楽しそうな笑みをゆっくりと浮かべた。

「…分かりましたよ、ベレス。貴女がそこまで言うのなら仕方がない。少しばかり退屈しのぎに世界を引っ掻き回すような『悪戯』でも、考えてみるとしますかな」

 

その言葉を聞いたベ安堵と喜びが入り混じったような、満面の笑みを浮かべた。彼女の愛した、あの危うくて、目が離せないカシアンが、ようやく長い眠りから覚めようとしていた。

カシアンは執務机の上に放置されていたユーリスが持ってきた「帝国の不穏分子に関する報告書」を、静かに再び手に取るのだった。彼の平穏な日々はどうやら今日で終わりを告げたらしい。そしてそのことを彼自身もまたどこか待ち望んでいた。

 

 

 

 

 

アイスナー領の領主の館、その一室は今宵一夜限りの特別なバー『ネクタル・アイスナー』へと姿を変えていた。普段はカシアンが古文書の解読や奇妙な実験に没頭するその部屋も、今日ばかりは壁際の書棚が巧みな間接照明で照らされ磨き上げられた木のカウンターが設えられている。バックバーには、カシアンが自ら蒸留し、あるいは世界各地から密かに取り寄せたであろう、色とりどりのリキュールやスピリッツの瓶がまるで錬金術師の研究室のように、洗練された秩序をもって並べられていた。

 

今宵の客はたった一人。アドラステア帝国皇帝、エーデルガルト。彼女はカシアンとベレスからの「ささやかなおもてなし」という招待を受け、護衛もヒューベルトさえも下がらせ、一人この部屋を訪れたのだ。

 

「…まあ。これが、あなたたちの『おもてなし』なのね。素敵だわ」

エーデルガルトは部屋の雰囲気に感心したように息を漏らす。その視線の先では黒いベストに身を包んだカシアンが無言だが完璧な所作でグラスを磨いていた。そして彼女を出迎えたのはまるで夜に咲く花のように優雅だがどこか悪戯っぽい輝きを瞳に宿したベレスだった。

 

「ようこそ、エーデルガルト。今夜はあなたのためだけのバーよ。存分に、日頃の疲れを癒やしていってほしい」

ベレスはホストのように優雅に微笑むとエーデルガルトをカウンターの一番上質な椅子へとエスコートした。

 

「ありがとう、師。でもあまり気を遣わないで。あなたとこうしてゆっくり話せるだけで、私にとっては十分な休息になるわ」

エーデルガルトは皇帝の鎧を脱ぎ捨てた一人の女性としての柔らかな表情を浮かべた。

 

「ふふ、そう言ってくれると嬉しい。でも今夜は私があなたをもてなしたいの」

ベレスはカシアンに最初のオーダーを告げた。その声は甘く、そしてどこか親密な響きを持っていた。

「カシアン。まずは私たちが初めて出会った、あの夜の思い出…『ファースト・スター』をお願い」

 

「…承知いたしました」

カシアンは短く応じると流れるような極めて精密な動きでシェイカーを手に取った。ジン、シャンパン、そしてほんの少しのレモンジュースとエルダーフラワーのシロップ。彼がベレスのために考案した華やかで、しかし繊細な味わいのカクテルだ。

シェイカーが奏でる小気味よい音の後、冷たく冷やされたカクテルグラスに淡い黄金色の液体が注がれる。カシアンはそのグラスと共に小さな銀の皿をエーデルガルトの前に静かに置いた。皿の上には見た目も美しいスモークサーモンのブリニが、ディルとサワークリームを添えられてちょこんと乗っている。

 

「まあ、綺麗…!」

エーデルガルトはその完璧なもてなしに感嘆の声を上げた。一口、カクテルを味わう。

「…美味しい。爽やかでまるでフォドラの夜明けのようだわ。これが『ファースト・スター』…」

「ええ」ベレスは頷き、エーデルガルトの瞳をじっと見つめながら言った。

「あなたの瞳の色のように、気高くて新しい時代の幕開けを感じさせる、そんな味でしょう? あなたが皇帝として、このフォドラにもたらそうとしている、輝かしい未来。その始まりに、まずは乾杯させて」

 

ベレスのその言葉にエーデルガルトは少し照れたように頬を赤らめた。

「…買いかぶりすぎよ、師。私はまだ、道半ばだわ」

「ううん、そんなことはない。あなたは、誰よりも強く気高く、この帝国を導いている。その姿は本当に…誇らしい」

ベレスの褒め言葉は少しも嘘っぽくなくエーデルガルトの心を優しく満たしていった。

 

会話が弾み一杯目のカクテルが空になる頃ベレスは次のオーダーを告げた。

「カシアン。次は少しだけ強いお酒を。皇帝としての彼女の揺るぎない意志の強さを表現したような…そう、『紫水晶の誓い』を」

 

カシアンは再び無言で頷くと今度はミキシンググラスを取り出した。ジンとウォッカをベースにほんの少しのキナ・リレ。鋭い切れ味と芳醇な香りを併せ持つまさに女王にふさわしいカクテル――ヴェスパー・マティーニ。カシアンはオリーブを一つ、静かにグラスに沈めると、今度は温かい一皿を添えて差し出した。香ばしいチーズの香りが食欲をそそる焼きたてのグジェールだった。

 

「まあ、これもまた…力強い味わいね。でも不思議と心が落ち着くわ」

エーデルガルトは二杯目のカクテルを味わい、そのアルコールの強さに心地よく身を委ねていた。彼女の表情はすっかり和らぎその瞳は信頼するベレスの姿を熱っぽく見つめている。

「師とこうしていると、皇帝としての重責も戦いの疲れも全て忘れてしまいそうだわ」

「ふふ、それが今夜の私の役目だから。あなたはただありのままのあなたでいてくれればいい」

ベレスはエーデルガルトのグラスに触れ、自分のグラスと軽く合わせた。カチンと心地よい音が響く。二人の間の距離は確実に縮まっていた。

 

そして夜も更けエーデルガルトの思考がアルコールと心地よい会話で完全に蕩け始めた頃、ベレスはとどめの一杯をオーダーした。

「カシアン。最後はとびきり甘くて、少しだけ切ない思い出の味を。…私たちのための、『約束の指輪』を」

 

カシアンはゆっくりとどこか慈しむような手つきで、ずっしりとしたロックグラスに大きな氷を一つ入れ丁寧にステアして冷やしていく。バーボンウィスキーを注ぎ角砂糖とビターズを加えゆっくりと時間をかけて溶かしていく。その所作はまるで大切な儀式を執り行っているかのようだった。

そしてその甘く、そして力強いカクテルと共に差し出されたのは濃厚な香りを放つスティルトンチーズと、香ばしくローストされたクルミだった。

 

「これが『約束の指輪』…」

エーデルガルトはうっとりとした瞳で、琥珀色に輝くグラスを見つめた。彼女はもはやベレスの言葉の意味を深く考えることもなく、ただその甘美な響きと目の前の美しいカクテルに心を奪われていた。

「師が、私のために…」

一口、また一口と、グラスを傾ける。甘く力強い味わいが、彼女の理性を完全に溶かし去っていく。

 

「ふふ、エーデルガルト。このお酒を飲んでいると、色々と思い出すわ」

ベレスは優しい声で語りかけた。

「戦場で疲弊した兵士たちがほんの少しの休息時間に、安いエールを分け合って笑っている姿。収穫を終えた農夫たちが自分たちで醸した果実酒でささやかな宴を開いている光景。お酒って、ただ酔うためのものじゃない。人と人とを繋いだり辛いことを忘れさせてくれたり、明日への活力を与えてくれたりする…そういう、不思議な力があると思わない?」

 

エーデルガルトはベレスの言葉に、とろりとした目で頷いた。

「ええ…そうね、師。あなたの言う通りだわ。民のささやかな喜び…それこそ、私が守りたいものの一つよ」

 

その言葉を待っていたかのように、ベレスは少しだけ悲しそうな表情を浮かべてみせた。

「でもね、エーデルガルト。最近帝都で、そのささやかな喜びを奪おうとするような話が出ているって聞いたわ。戦費を補うためにお酒の税金を大きく引き上げるって…」

 

「…ああ、酒税の話ね」エーデルガルトは少し面倒くさそうに眉をひそめた。

「一部の頭の固い閣僚たちがしきりにそう進言してきているのよ。民の娯楽よりも国庫を、とね。正直私はどちらでも良いと思っていたのだけれど…」

 

「どちらでも良くなんてないわ」ベレスの声が真剣な響きを帯びる。

「もし税が上がれば兵士たちのエールは水で薄まり、農夫たちの宴からは笑顔が消える。それはあなたが目指す、民が笑って暮らせる世界とは、少し違うんじゃないかしら」

ベレスは、エーデルガルトの手をそっと握った。

「お願いエーデルガルト。あなたの力で、そのつまらない議論を終わらせて。あなたが民のささやかな幸せを守ると、そう示してほしいの」

 

ベレスのその真摯な何よりも自分を信じきった眼差しに、エーデルガルトの心は完全に決まった。元々どちらでも良いと思っていた議題だ。愛しいベレスの願いを叶え、そして民の心も掴めるというのなら、これ以上の名案はない。

「…分かったわ、師。あなたを悲しませるようなことは、私が許さない。その税の話、即刻、取りやめさせましょう。ええ、皇帝として約束するわ」

 

「本当? ありがとう、エーデルガルト! さすが、私たちの皇帝陛下ね!」

ベレスは、心からの笑顔を浮かべると、エーデルガルトの手を両手で優しく包み込んだ。

「あなたのその言葉、信じているわ。それだけで、十分」

 

その純粋な信頼の眼差しにエーデルガルトは胸がいっぱいになり、力強く頷き返した。

「ええ、任せて。必ず、そうさせるから」

 

ベレスはカウンターの奥で静かに佇むカシアンに向かって、ほんの少しだけ、悪戯っぽく片目をつぶって見せた。カシアンは、その合図に深く、満足げに頷き返した。

 

こうして帝国を揺るがしかねなかった酒税引き上げ問題は、一夜限りのバー『ネクタル・アイスナー』で、一人の女神の恐るべき歓迎と、一人の悪魔が作り出した甘美な毒、そして皇帝の「口約束」によって、あまりにもあっけなく完全に解決されたのだった。エーデルガルトはその後ベレスに介抱されながら、幸せな夢の中へと落ちていったという。

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