恋してる場合じゃないんです、このクラス存在しないんで 作:和泉 旅路
三人が教室の中をぐるりと見渡す。
そこは、本当に何もない教室だった。
机も椅子も一つもなく、クラスメイトたちは床に座ったり、壁にもたれかかったりしていた。
理央に続いて、陽斗ともう一人も教室へ足を踏み入れる。
「理央くん、おはよっ!」
教室に入ってきた理央に、樋渡 薫が真っ先に駆け寄ってくる。
「おはよう、薫。……って、教室どうしたの?」
理央は鞄を手に持ったまま、ぽかんと立ち尽くす。
「ほんとだぜ薫。何だよこれ、引っ越しかよ」
陽斗も顔をしかめて言う。
「うーん、僕もわかんないんだよね。来たときから、ほんとに何もなくて……。ふたりとも、ごめんね?」
薫は身長165センチの小柄な身体で、くいっと上目遣い。
その仕草に、男子たちのボルテージは一気に上がる。
「……っ、薫たまらん……!」
「破壊力えぐい……」
クラスの男子たちが、床からのけぞりながらもんどり打つ。
「薫、ほどほどにな。……新堂あたりに帰り道で〆られるぞ」
陽斗が女子たちと談笑しつつも、チラと鋭い視線を送ってきた美月に気づいたのか、釘をさすように言う。
「そんなつもりないんだけどなぁ……そのときは、春野くんが助けてね?」
「っっ……!!」
陽斗は思わず言葉を詰まらせ、耳のあたりをぽりぽりとかいた。
再び教室中から男子たちの歓声が湧き上がる。
「おーーーーー!!」
「かわえええええ!!!」
クラスの女子たちは、けだものを見るような目で男子たちをにらみつけた。
そんな騒ぎの中、Ⅾ組の教室にひとりの学校職員が姿を現す。
「失礼します。それでは、始業式が始まりますので、地下ホールへお集まりください」
唐突な案内に、生徒たちは呆気に取られる。
「あの、私たちの机とか椅子はどうなってるんですか?」
美月が警戒心を滲ませながら問いかける。
「その件も含め、すべてご説明いたします。移動をお願いします」
職員はそれだけ告げると、教室からさっさと姿を消した。
残されたⅮ組の面々は、戸惑いながらも、ホールへ向かう準備を始める。
生徒たちは、顔を見合わせながら重い足取りで教室を後にした。
廊下を歩くたび、カツン、カツンと靴音だけがやけに響く。
普段ならざわめきや笑い声に包まれるはずの始業式の日なのに、
校舎全体がどこか不気味な静けさに包まれている。
「……なんか、変だよな」
誰もが胸の奥に、言いようのない不安を抱えながら歩く。
地下ホール前に着くと、そこには重厚感のある両開きの扉が構えていた。
理央がその扉に手をかけ、ゆっくりと押し開ける。
──その先は、教室とはまるで別世界だった。
高い天井、壁一面に広がる巨大スクリーン、整然と並ぶ無数の座席。
まるで、自分たちが国際会議場に放り込まれたかのような錯覚に陥る。
「皆さん各々のクラスでまとまって席についてください」
舞台の上から、同じ制服を着た女子生徒がこちらを見下ろしていた。
促されるまま、生徒たちはざわめきながらも次々に席についていく。
ほぼ全員が着席した頃、ホール内が突如、真っ暗になった。
次の瞬間、ライトが演台を照らし、先ほどの女子生徒が改めて姿を現す。
「それでは、資雅学園高校 二年生の始業式を執り行います」
静かに、しかしよく通る声がホール中に響き渡る。
そこから、校長先生の挨拶や形式的な話が淡々と続いた。
やがて、舞台袖から一人の男子生徒が姿を現した。
同じ制服に身を包み、凛とした態度で演台に立つ。
「ここからは、私が進行を担当させていただきます」
ほんの少し間を置いて──、彼は言った。
「続きまして、各クラスにおける昨年度成績最下位者を発表いたします」
ホール中がざわつき、重たい空気が広がる。
「お静かにお願いします。それでは、スクリーンをご覧ください」
会場が沈黙に包まれる中、大スクリーンに映し出される名前の数々。
A組、B組、C組──そして、
「D組 一ノ瀬 理央」
突然の発表に、2年生全員が騒然とする。
そして、モニターに大きく数字が映し出された。
100,000,000
どよめきが広がるなか、男子生徒が静かに続ける。
「先ほど発表した4名には──この1億円を管理していただきます」