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『へのじちゃんねる』に新たに加わったラブラドールレトリバーの子犬、くろじはあっという間に人気ものになった。
人懐っこいこの子犬は同じ赤ん坊であるへのじちゃんにやたらと構いたがり、へのじちゃんが何をするにもどこに行くにもうろちょろとその周りをぐるぐる回ってついていく。
朝のニュース番組でへのじちゃんがニュースを見ている際はキリっとした表情でへのじちゃんの隣に座り、へのじちゃんの
やい子が求めていた通りの動きをするこの黒い子犬は『へのじちゃんねる』の視聴者たちに受け入れられ、『へのじちゃんねる』はこれまでの1赤ん坊力から2赤ん坊力にパワーアップ。くろじ加入の辺りからは動物に癒しを求めるアニマル動画スキーたちの噂にも上る様になり、チャンネル登録のスピードは更に加速していく。
そしてそんな最中、ある出来事が起こる。登録者数120万人越えの動画配信者が『へのじちゃんねる』について言及したのだ。
『いやぁ、毎朝へのじちゃんクイズやるために最近7時前に起きてんだよね。めちゃめちゃ健康的になっちゃったよ。へのじちゃん良いよね、最初はただの面白赤ちゃん枠だと思ってたんだけどさ。ニュース見てる反応がまんまうちの親父とおんなじなのもう笑うしかないでしょ。あの子まだ生後半年くらいだぞw』
この動画配信者の一言により、へのじちゃんはSNSで一時期流行ったコラ画像元から面白赤ちゃん動画配信者へと知名度が上がる事となる。動画配信者のファンは推しと同じ経験をするために『へのじちゃんねる』を覗くようになり、その中から一部がチャンネルを登録する流れが起き、その結果――
「えー。先週、1万人を突破してくろじをお迎えしたんだけどさー」
「おう」
「なんかもう5万人超えてんだけど。あーし、もしかして夢見てる? やー子ちょっと頬引っ張ってくれ痛たたたたた」
りんの言葉に容赦なく頬を引っ張った後、やい子は自分の頬を自分で引っ張った。それくらいに夢のような跳ね方をしたのだ。
登録者5万人。企業の力も何もなくこの数字まで到達する配信者はほとんどいない領域だ。やい子が今までに動画編集の仕事で携わってきたチャンネルでも、この規模のチャンネルはほぼいなかった。それがたった一度のインフルエンサーの一言で達成してしまった。そして登録者数の伸びはまだまだ鈍化していない。
恐らくは今月中には銀盾――10万人を突破するだろう。登録者数の増加に合わせてこれまで撮影した動画やアーカイブもどんどんと回り始めている。来月の収入は今月の比ではないだろう。
やい子はふるふると震える自分の右腕を押さえた。これは武者震いだ。そう自分に信じ込ませる。
「まぁ、導線貰ったとはいえだ。へのじちゃんならこのくらいのポテンシャルはあると思ってた。むしろ銀盾が見えた位で満足しちゃいかんでしょ」
「そやね。うちのベイビーちゃんはサイキョーだから!」
「……ああ、うん。お前も大物だわ」
やい子が自分を騙すつもりで言った言葉に、りんはそりゃそうだ、と言わんばかりの表情で頷いた。恐らく本気でそう思い込んでいるだろう相方に、そういえばこいつへのじちゃんの親だったな、とやい子は改めてこの母子の異常性を認識した。
さて、登録者数が爆増したとはいえ基本的にやる事に変わりはない。むしろこのようなタイミングだからこそ普段通り、クオリティの高い動画や配信を心掛けるべきである。朝夕の生配信に突発動画というコンテンツにへのじちゃんとくろじのダブルスターを擁した『へのじちゃんねる』は突然起きたバブルを逃すことなく、堅実に登録者数と再生数を稼いでいく。
そんな上り調子の最中の『へのじちゃんねる』にある問い合わせが舞い込んでくる。
以前断りを入れたVtuverが所属する事務所から、正式にコラボを打診してきたのだ。