TS雷家事親父   作:ぱちぱち

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おお、これは凄いな(ばぶ、ばぶぶばぶば)

「お前さぁ」

 

「ごめん、やー子! でも、見るに見かねてぇ」

 

 

 腕組みしてりんを睨みつけるやい子に、言われれば土下座でもなんでもしそうな剣幕でりんが頭を下げる。トラブルメーカーの気があるりんがやい子に怒られることはままあるが、今回は過去のやらかしとは別ベクトルのためりんとしても平謝りをするしかない。

 

 何をしたのかというと、『へのじちゃんねる』の運営にかかわる問題――コラボ案件をやい子に相談せず取ってきてしまったのだ。

 

 基本的に『へのじちゃんねる』の運営はりんとやい子(大人たち)の合議の上で行われている。赤ん坊をメインコンテンツとして扱っている以上、慎重にしすぎるなんて事はないと考えている。

 

 そのため、これまで受けてきたコラボや案件はしっかりと吟味し、問題がないと確信したものだけを受けてきていた。その前提で動いていたやい子にとって、今回りんが行った行動は横紙破りにもほどがあるものだったのだ。

 

 

「でもぉ、仲良くなっちゃったし、困ってそうだったから」

 

「それに加えてアンタがファンだったんだろ? 一時期ヘビリピしてたの知ってんだぞ、その歌手」

 

「うぐぅ」

 

 

 ぐうの音も出ない指摘にりんは一言文字を付け足して応える。今回、りんが持ってきた仕事は『へのじちゃんねる』に問い合わせがあったものではなく、彼女が極個人的に知り合った歌手、所謂『歌い手』と呼ばれる人種のアーティストからの依頼だった。

 

 どういう繋がりで仕事が舞い込んできたかというと、なんとそのアーティストはりん達が居住しているタワマンに元々住んでいたのだという。りんはモデル業を生業としていることから毎日体系維持のための運動を行っており、くろじを連れてランニングを行っている。その際に同じように犬を連れていたアーティストと仲良くなり、その流れで、というのが事の発端だという。

 

 『へのじちゃんねる』は登録者数も10万人を超え、もはや名実ともに著名だと名乗っても良い規模のチャンネルだ。へのじちゃんだけでなくレギュラー扱いのくろじも当然認知されており、相手の方は一目で「わぁ、くろじちゃんだ!」と見抜いたらしい。

 

 

「登録者数60万人。スマイル動画の頃から活躍する歌い手『へぶん』かぁ。3年前なら願ってもないコラボ相手だけどねぇ」

 

「いや。その、今もすっごい良い歌歌ってるよ?」

 

「でも再生数激落ちしてるっしょ」

 

「うぐぅ」

 

 

 再度やい子から繰り出されたぐぅの音も出ない指摘にりんはそう応えた。『へぶん』という女性アーティストは自身で作詞作曲、更に動画作成も行うクリエイター気質の歌い手で、数年前までは100万再生を連発していた人気歌い手だった。

 

 だが3年前に発表した『天界への階段』をピークに緩やかに人気が落ち込んでいき、直近の『歌ってみた』動画の再生数は1月前に発表した『そらまめ』という歌が20万再生ほど。ここ1年の間の楽曲も5つあるうち100万再生を超えた作品はなく、完全に落ち目と言われる状況だ。

 

 生き馬の目を抜くような激しさの配信界隈では常に新しく面白いを追求する事が求められる。『へぶん』はその競争に脱落してしまった歌い手なのだ。

 

 とはいえ『へぶん』自身もまだまだ意欲を失っているわけではないし、発表している楽曲のクオリティが下がっているわけでもない。なにかの切っ掛けがあれば再浮上できるポテンシャルを持っていると彼女自身は考えており、その切っ掛けを手に入れるために最近は色々なチャレンジを行っているのだという。

 

 犬を飼って共にランニングしているのもその一環であり、ペットとの触れ合いに刺激を受けて新しい楽曲を作成している最中にくろじを連れたりんと出会いその縁で依頼をしてきたのだ。

 

 

「はぁ……で、へのじちゃんとくろじをテーマにMVを取りたいんだって?」

 

「そそ。直近の動画も一時期より再生は落ちてるけど20万再生は超えてるし、悪い話じゃないと思うんだよね。撮影も向こうの家でやるって言うから手間も全然かからないし」

 

 

 一通りりんに反省を促した後、やい子は大きなため息をついて気分を切り替えた。りんが言うようにこの案件は決して悪い条件ではない。落ち目とはいえ向こうは『へのじちゃんねる』よりも何倍も多い視聴者を抱えており、またこれまでにアピールしていなかった視聴者層へ『へのじちゃんねる』を売り込むチャンスでもある。

 

 移動の手間がないため他の仕事や案件との調整も効きやすいし、デメリットはかなり少ないと考えても良い。唯一の懸念は相手側が落ち目であり、焦りからなにかやらかしをしないか位だろうがそこまで考えていてはなにも出来なくなってしまう。

 

 話を決める前に呼べよ、と愚痴をこぼしながらやい子は最終的にこの話を受け入れ、一先ずは顔通しをという事で『へぶん』を自宅に招き入れる事になった。

 

 のだが。

 

 

おお、これは凄いな(ばぶ、ばぶぶばぶば)

 

「こ、こんにちはぁ……へぶんって名前で活動してます、赤佐(あかさ)てんです」

 

 

 りんから連絡を受けてやってきた『へぶん』を見て、へのじちゃんはピン、と背筋を伸ばして赤ちゃん椅子に座りなおす。

 

 赤佐(あかさ)と名乗った女性の背後に居る、数多の亡霊たち。彼ら彼女らの姿に、へのじちゃんは思わず両手を合わせて「南無(ばぶ)」と口にした。

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