TS雷家事親父   作:ぱちぱち

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いえいえ。ただの務め人でしたよ(ばぶばぶ。ばぶばぶばぁぶばぶ)

 柔らかな座布団の上に置かれたベビー椅子に座って、へのじちゃんは自然体のまま目の前に座る法衣姿の男性に向き合う。

 

 

「…………」

 

「…………ばぶ」

 

 

 関東圏のとあるお寺の中。板張りのお堂の中でへのじちゃんと向き合う男性は、穏やかな表情を浮かべたままへのじちゃんをしげしげと眺め、唐突に視線を外しやい子に言葉をかける。

 

 

「やこちゃん。急に連絡寄越して来たと思ったら、なんだか凄い子連れてきたねぇ」

 

「叔父さん。ごめんだけど、叔父さんしか頼れんのよ」

 

 

 彼は園山恵瓊(そのやまえけい)さんだ。やい子の叔父にあたる人物で20代の頃に仏門に入り、このお寺の娘さんと結婚して住職を継いだのだという。

 

 大事故配信が行われた日の夜、『へのじちゃんねる』の関係者+1(へぶん)はこれ、このまま夜を明かしていいのか、という話し合いを行った。あの大事故配信の後も一切態度を変えないりんとへのじちゃんは兎も角、やい子と何故かこの話し合いに参加したへぶんがお祓いに行った方が良いと主張したためだ。

 

 その話を聞いていたへのじちゃん(良成)はいやお祓いなら十分やったんだが、と思ったが眠くなったので主張はせず、残ったりんも「それはそれで撮れ高ありそうよね!」と動画配信者の運営としては満点の回答を返したため結局は満場一致でお祓いに行くことが決定。

 

 寝息を立てるへのじちゃんを起こさないように声を潜めて、くろじとぺこをペットホテルに預けた後。知り合いにうってつけの人がいるというやい子の伝手に連絡を取り、レンタカーを走らせて数時間。そうして到着したのがこの園山(そのやま)氏が住職を務める園略寺である。

 

 

「それで、どう? なにか悪いものが憑いてるとか、そういうのある?」

 

「うーむ」

 

 

 心底から心配そうな姪っ子の言葉に、園山(そのやま)氏は困ったな、という風に苦笑いを浮かべて首をかしげる。姪っ子は分かりやすい現代っ子であり、オカルトチックな出来事に対しては明らかに耐性が出来ていない。科学全盛の時代しか知らない現代の若者にどう言葉をかけるかは、現代を生きる宗教関係者にとっての課題の一つであり中々難しい事柄だ。

 

 とはいえ碌に付き合いのない園山(そのやま)氏に頼るほどに姪っ子が追い詰められているのは事実。であるならば出来る限り手を貸してあげたいと考えるのも親族の情というものだ。

 

 

「そうだな。まず、なにか悪いものがこの子に憑りついているだとか、そういう気配はない」

 

 

 むしろそういう気配が強いのはやい子の隣で座布団に座り、ヘッドフォンを耳に当ててガタガタ震えながら般若心経を呟くへぶんの方なのだが、そちらは姪っ子の要件を終わらせてからでも良いだろうと園山(そのやま)氏は考えた。逆隣りで園山(そのやま)氏に許可を取り、この一部始終をスマホで撮影している赤ん坊の母親の方は……心配いらないだろうな。

 

 

「輪廻転生という言葉を知っているかな、やい子ちゃん」

 

「え……こ、言葉だけは」

 

「あ、うち知ってます! なろう小説で読んだ! 生まれ変わるって意味ですよね!?」

 

はんにゃーはーらーみーたー

 

 

 なろう小説で読んだ、と元気に応えるりんに園山(そのやま)氏はまた苦笑を浮かべる。輪廻転生は様々な宗教で取り扱われる重要な概念であるが、現代だと生まれ変わるという概要だけが独り歩きしていたりする。大きく間違っているわけでもないので園山(そのやま)氏は頷きを返し、言葉を続ける。

 

 

「人間はね。皆生まれて、そして亡くなる。誰しもが車輪のように死と再生を循環しているんだ。これが輪廻。転生とは生まれ変わる事。魂が新しい肉の器に宿り、新たな人生が肉の器が再び滅びるまで歩むんだね。それが輪廻と転生。誰しもがそれを繰り返して、そして忘れているだけなんだ。赤ん坊の時とかにね」

 

「おぉ~なるほど! へえ~理解した!」

 

「お前絶対分かってないだろ」

 

ぎゃーてーぎゃーてーはーらーぎゃーてー

 

「ははは。まぁ、中にはその繰り返しを覚えて居たりすることもある。時たまふっと、経験したことがないのに見覚えがあるといった事や始めてきた場所なのに何度か来たことがあるような気がすることはないかな? 程度の差こそあれ、そういったデジャヴは前世での経験を魂が思い出しているのかもしれないんだ。この子は、それが他者よりもちょっとだけ強いんだろうね」

 

 

 女三人寄れば姦しいとは言うが、若い子のパワーは凄いな。思わずそう笑ってしまいそうになった園山(そのやま)氏は視線を自分の前に座るへのじちゃんに向ける。

 

 

「さぞや前世で徳を積まれた御仁とお見受けする」

 

いえいえ。ただの務め人でしたよ(ばぶばぶ。ばぶばぶばぁぶばぶ)

 

「ははは。不思議だ、言葉は伝わらないというのに謙遜されたことだけはなんとなく分かる。何も知らずに接すれば御仏の化身かと見間違えそうだ」

 

いやいやいやご冗談を(ばぶばぶばぶぶばぶ)

 

 

 園山(そのやま)氏の言葉にいやいやいや、と手を振って首を横に振る。明らかに会話が成り立っているようにしか見えないが成り立ってはいない。片方はずっとばぶばぶ言っているだけだからだ。その様子にりんは何時ものごとく「撮れ高撮れ髙」と無邪気に笑っているがやい子としては気が気ではない。

 

 悪いものは憑いていない。輪廻転生。現代っ子には理解できない単語の二つに押しつぶされそうなやい子だったが、その様子を園山(そのやま)氏は見逃さない。

 

 

「やこちゃん。科学では説明できない事柄はこの世の中、往々にして存在するんだ」

 

「……いや、でも。叔父さん」

 

「理解できないのは怖いかい? そうだね。人は幽霊や妖怪を畏れるものだ」

 

 

 今日、園山(そのやま)氏が声をかけているのはへのじちゃんに対してではない。やい子に対してだ。

 

 悪いものがその精神の隙間に憑りつかれそうになっていたのは、やい子である。

 

 

「だけどね、やこちゃん。それらが怖いという感情は、大体が理解できない事柄だからなんだよ。君が今日、怖いと感じたのはなにについてかな。いきなり人影が現れては消えた事かい? それならば今日理解できたね。幽霊は存在するし、対処法も存在する。人影が消えたのは昇天したからだよ。それともそれを成したへのじちゃんが怖いのかい? もしそうなら、よく見るんだやい子。この子の事を」

 

 

 にこやかな表情のまま、叱咤するように園山(そのやま)氏はやい子に言葉を飛ばす。

 

 彼の視線を受けてやい子は、自分の前に座る赤ん坊に視線を向ける。元々、明らかに知能が発達しすぎていると思った。まるで大人のように振る舞う0歳児の姿に逸材だとばかり考えていたが、改めて考えればどう見繕っても異常としか言えないではないか。

 

 前世、というものを信じたことはなかったが、今ならば素直に受け止められる。この赤ん坊は普通じゃない。普通じゃないという事は、異常であるという事だ。異常であるという事は――

 

 やい子の考えが危険な色を帯び始めた時。相棒の様子にりんが視線を向けた時。園山(そのやま)氏が表情を険しくしようとした時。般若心経ヘビリピが12回目に達した時。

 

 

これ、あげるよ(ばぶ、ばぶばば)元気出して(ばぶばぶば)

 

 

 顔色を悪くしたやい子を気遣うかのようにへのじちゃんは自身の宝物であるおしゃぶりを彼女に差し出した。

 

 初めて出会った時と同じように、心配そうな表情を浮かべて。

 

 

「……あ、はは」

 

「やー子。どったの?」

 

「はは……なんでもない。なんでもないよりん」

 

「お、おう。マジどったの?」

 

 

 やい子の思考を全て一蹴するかのような湿り気を帯びたおしゃぶりは、彼女の手に収められた。小難しい話が何度も何度も頭の中を埋め尽くしていたが、やい子は至極単純なことにようやく気付いたのだ。

 

 

「あんがとね、へのじちゃん。これ、返す」

 

うむ。まぁ人生いろいろだよ(ばぶ。ばぁぶばぶばぶ)

 

 

 カポっとおしゃぶりを口にくわえてご満悦の様子に、やい子は憑き物が落ちたかのような表情を浮かべてへのじちゃんの頭をなでる。

 

 大事な宝物を気遣うように差し出す、優しい子だ。そんな簡単な事をやい子は今さらになって思い出したのだ。

 

 

 

 

 

「それはそれとして、そちらのお嬢さんが今回の原因だね。正式なお祓いしよっか」

 

「やっぱりアンタか! おらヘッドホンなんて外せ! おら!」

 

「ひょええええぇ!? へ、へのじちゃんの般若心経がぁ!!?」

 

 

 へのじちゃんの読経で今現在寄り集まっていた霊魂はなんとかなった。だが原因を調査してそれを封じなければまた元の木阿弥となってしまうのは明白だ。

 

 結局へぶんのお祓いは一晩中をかけて行う事となり、その様子を撮影したやい子は『全ての元凶』と題したその一連の様子を動画配信で公開。りんとへのじちゃんは園山(そのやま)氏の自宅で布団を借りてぐっすりと眠り、起きた時には昨日とは別の意味で炎上が起きていて涙を流すへぶんとすっきりとした表情のやい子を連れて自宅へ帰宅した。

 

 しばらくの間宗教系のアカウントからの勧誘がしつこかった。




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