TS雷家事親父   作:ぱちぱち

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お前がデカくなったんだよ(ばぶばぶばぶばぶばぶ)

親父、小さくなった?(きゃんきゃんきゃん?)

 

お前がデカくなったんだよ(ばぶばぶばぶばぶばぶ)

 

 

 くろじが池宮家にやってきてからひと月。順調に成長していくくろじはふと気づけばへのじちゃんに負けないくらいの大きさになっていた。犬の生育は早いため、これからそう遠くないうちにへのじちゃんよりも大きく成長するはずだ。

 

 まぁ多少デカくなったとはいえへのじちゃんとくろじの間に築かれた関係がそうそう崩れることはない。くろじはへのじちゃんの腕っぷしにほれ込んで親父と慕っているわけではないからだ。

 

 

「なんて会話してたら面白いよね」

 

「やい子さん、もしかして疲れてます?」

 

 

 へのじちゃんとくろじのなにを言ってるか分からないが何故か通じ合ってるっぽいやり取りを見てやい子がそう感想を漏らすと、人間をダメにするソファに座ったてんが感想を返した。これにウジ虫を見るような冷たい視線で見られて般若心経を口ずさみ始めるまでがこの二人の定型的なやり取りである。

 

 なぜ家に居るのかもう誰も口にしなくなった辺り、てんの浸透作戦は成功したようである。その計算高さをもっと多方面に生かすことが出来れば随分と生きやすいだろうに。やい子はソファでダメになっているてんを見るたびにそう思っている。

 

 

「あ、そういえば。こないだ出した新曲めちゃめちゃ好調じゃん。おめでと」

 

「うひゅふふふふ。ああありがとうございますぅ。いやぁなんぼ言われても良いですねぇこのおめでとうって言葉は! 久しぶりの7桁再生ですよぉ!」

 

「あそこまでへのじちゃん旋風にきっちり乗っかれるのは凄いと思うよ」

 

「はんにゃーはーらーみーたー」

 

 

 きっちりと上げた後に叩き落としておくとてんは静かになる。池宮・明石家では基礎テクニックとして扱われている技術だ。

 

 実のところ例の炎上騒ぎからそれほど経たずにいきなり大ヒット作品を飛ばしている点についてやい子は非常に感心しており、へぶん(てん)の実力を見直していた。が、それはそれとして普段の言動が余りに余りなものだったため口に出して褒めることはしないようにしている。褒めれば褒めるほどうざくなるのもまぁ原因である。

 

 それはそれとして、目の前で般若心経を読経する女はなにも考えていないようでいて、その時求められているものをしっかりと世に送り出す才能を持っているのかもしれない。今回の新曲を耳にしたとき、やい子は素直にそう考えた。

 

 赤佐てん(へぶん)が作成した新曲、その名もずばり『読経ロック』は非常に単純な造りの音楽だ。なにせへぶん自身の歌声以外はへのじちゃんの読経と園山さんの読経、それに鈴棒と木魚の音しか入っていない。読経をメロディに使って一曲歌いきったこの曲はへのじちゃん効果で一気に知名度を獲得し、そして予想以上の出来栄えで聞いたものたちを根こそぎ自身のファンにしてしまった。それが出来る実力と魅力を『へぶん』という歌い手は持っているのだ。

 

 

「ぎゃーてーぎゃーてー」

 

 

 問題はそれだけの実力を持ってるのに本人のメンタリティがいつまで経ってもスマイル動画の歌ってみた系を上げていた頃のままという点なのだが、まぁそれはへぶんの問題であるので『へのじちゃんねる』には特に関係はない話である。

 

 『へのじちゃんねる』は開設から4か月を迎えた。登録者数は60万人を超え、現在も日に数千人の規模で増加している。つい数週間前に起きた大事故配信動画の影響は流石に発生当時ほどではないが今も続いており、毎朝毎夕の生配信も流石に大事故配信すぐの頃の同接数万人越えを連発していた頃ほどではないが毎日5~8千人規模の視聴者を掴んでいる。

 

 人気上昇に伴い人手不足が深刻になったりもしたが、それは今月から正式に始まったライバー事務所『どどんぱち』との業務委託で一気に解消され、りんとやい子(大人たち)は動画の撮影や企画・運営だけに集中できるようになった。

 

 この状況を踏まえてりんとやい子(大人たち)は体制は整ったと判断。忙しさのために中断や没交渉となっていたコラボ計画を再スタートする事を決めた。

 

 と言っても、1月前と同じ計画を立てているわけではない。1月前と今とでは『へのじちゃんねる』を取り巻く環境は激変しているといっていいし、元々予定していたコラボ先にこちらから再度申し込むのはやい子が嫌がった。仕方がない点は確かに大きいが、一番大変な時期に梯子を外されたという感覚があるからだ。

 

 

「でもやい子さんだって私とのコラボは嫌がってたじゃないですかぁ」

 

「当たり前だろこの元凶。再録してやったんだからありがたく思えよ」

 

「それもりんさんが良いって言ってくれたぁ!」

 

 

 へぶんが使用したへのじちゃんの読経は大事故配信の時に録音されていた読経ではなく、へのじちゃんと園山氏に頼み込んで再度録音しなおした雑音の無いものだ。へぶんはこのためにおニューのおしゃぶりを購入してきてへのじちゃんに賄賂を贈り、かつ母親であるりんに土下座を3回くらいした。『へのじちゃんねる』主要メンバーのうち2名を篭絡すればお願いを聞いてくれるとへぶんはこの1月で学んでいる。

 

 園山氏には普通にお寺に連絡を入れて依頼したら有料で録音させてくれたらしい。鈴棒と木魚の音はその際に録音したそうだし、録音したへのじちゃんのリズムに合わせて読経をしてくれるサービスぶりである。

 

 叔父と姪なのにサービス精神に違いがありすぎる、と本人の目の前で口にしたへぶんがやい子にチョークスリーパーをかけられるというアクシデントはあったが、無事に音源が手に入ったへぶんはそれを駆使してわずか数日で『読経ロック』を作成。大ヒットを飛ばしている。

 

 へのじちゃんの音源を使用しているため、この『読経ロック』が赤坊(あかぼう)べいび以来の正式なコラボ案件という事になり、『へのじちゃんねる』のコラボ計画はまず一手目から大きな成果をあげた事になる。

 

 そして次のコラボは前に中断された育児系ライバーを――と思っていたのだが、委託契約を結んでいる『どどんぱち』という存在もいる。まずはそちらとの付き合いが優先だろう、という事がりんとやい子による運営会議で決まり、『へのじちゃんねる』3回目のコラボ相手はライバー事務所『どどんぱち』で最大の登録者数を誇るバーチャルライバーと行うこととなった。

 

 

「問題は赤坊(あかぼう)さんと違って1ミリもジャンルが被ってない事よね。コラボ内容どうしよ」

 

「割と勢いでイケんじゃね?」

 

「そんな行き当たりばったりで……へのじちゃんならなんとかしそうだなぁ」

 

 

 登録者数80万人。サメの頭を被った少女のアバターを持つ鮫好き系バーチャルライバー『鮫頭(さめず)しゃく』。得意な配信は海洋系雑談とゲーム配信。まったく配信内容が被らない相手とどう動画を撮るか、りんとやい子(大人たち)は頭を悩ませる日々を過ごすことになる。




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