TS雷家事親父   作:ぱちぱち

3 / 29
誤字修正、AimaY様ありがとうございます


ばぶ? ばぶばぶぶ(あれ? おかしいぞ)

「うわ、マジのへのじちゃんだ!」

 

「だからウチ来たら会えるつったっしょ?」

 

 

 ある日、池宮家に母親の友人がやってきた。所々穴が開いたジーンズ(ダメージジーンズ)にTシャツ一枚という格好をした女性で、余り裕福な身の上ではないかもしれない。

 

 池宮家は片親の家庭で決して裕福な家庭ではないとへのじちゃんは思っているが、それに輪をかけて困窮していそうな人物だ。困ったときはお互い様。へのじちゃんはそう内心で納得し、自身が咥えていたおしゃぶりを彼女に差し出した。

 

 

ばぶ、ばぶばぶぶ(これ、少ないけど)

 

「りーん。へのじちゃんなんかおしゃぶりくれるっぽいんですけど?」

 

「え、うっそ初パターンじゃん。撮れ高撮れ高」

 

 

 自身の持つ最大級の価値があるもの(おしゃぶり)を差し出したへのじちゃんに大人たちは大興奮である。これが器というものだろう。へのじちゃんは今生では0歳児であるが前世も含めればとっくに還暦を超えている。戦争に貧困、高度経済成長と上り下りの激しい時代を生きた経験が器となって今もへのじちゃんの中で息づいているのだ。

 

 そういえば昔。駅前のベンチでぼんやりと駅のホームを眺めていた青年を助けたことがあった。東京のいい大学に入りようやく親孝行が出来るタイミングで入社した会社が倒産。失敗して故郷へ帰る金もなく、途方に暮れていると言っていたなぁ。

 

「|ばぶばばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばっばぶばぶばぶぅ。ばぶばぶばばぶばぶばぶばばぶばばぶ《青森までの切符代を出してやったら何度も頭を下げてお礼を言っていた。お陰で母さんにはお小言を貰ってしまったがその後に礼の手紙が届いて》」

 

「今度はうんうん頷き始めたよ。どったのこの子」

 

「あー、なんかたまにそうなるんだよねベイビーちゃん。かわいいよね♪」

 

「……あ、うん。そだね」

 

 

 痘痕も靨(あばたもえくぼ)といったりんの様子に、友人は少し間をおいて頷きを返した。恐らく返答を色々考えた後つかれて考えるのを止めたのだ。

 

 

 

「はい、じゃぁ撮影始めるよー」

 

「おけまる水産よいちょ丸」

 

「なにそれ」

 

「えー、知らんの? テレビで昔やってたじゃん」

 

「知らん。うちテレビレスだから」

 

 

 りんの友人、明石やい子は動画編集を生業にする人物だった。動画編集という言葉の意味は見当がつかないが、恐らくテレビ局の職員なのだろうとへのじちゃんは当たりを着けている。なぜならやい子はとても庶民では手が出せないような高級品であるビデオカメラを持っていたからだ。

 

 という事は、もしやすると母親は芸能界に身を置く、女優やアイドルのような立場なのかもしれない。つい先日、へのじちゃんを切れ散らかさせた仕事着を考えると苦界に身を沈めている可能性すら考えていたへのじちゃんにとっては、この友人の存在は非常にありがたいものであった。

 

 職業に貴賎なしというが、へのじちゃんの前世である良成は古い人間だ。もしも母親が夜鷹やそれに類する職業の人物であれば、偏見の眼で見ずにいることが出来たか。正直に言って自信がない。

 

 その生まれて以来最大の懸念を晴らしてくれたやい子の事を、へのじちゃんはとても気に入った。気に入ったのでもう一度おしゃぶりを渡そうとしたが、やい子は笑ってそんなへのじちゃんの様子をカメラでとらえ続けて居る。

 

 

ばぶ? ばぶばぶぶ(あれ? おかしいぞ)

 

 

 母親を撮るものだとばかり思っていたのにカメラはずぅっとへのじちゃんに向けられている。そのことに気付いたへのじちゃんは慌てて身だしなみを整えようと周囲を見回した。なにせ今身に着けているのはベビー服(部屋着)だ。これじゃあ恰好がつかないだろう。

 

 

「ねぇりーん。お宅の娘さん、ずっとキョロキョロして何してんの?」

 

「わっかんね。まぁこれも撮れ高っしょ」

 

「わ、赤ちゃん用エプロン自分でつけてる。賢い」

 

 

 ひぃひぃと慌てた様子でエプロンを身に着けるへのじちゃんの様子を、大人たち二人はニヤニヤと笑ってビデオカメラに収めていく。実の子供が必死になっている様を笑う母親。物語の悪役のような状況だ。

 

 後日、編集して動画サイトに配信したこの日の動画はそこそこの反響だった。これを機に母親はやい子と組んで動画配信を始めていき、へのじちゃんの存在は徐々に世間に知られ始めていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。