「うわ、マジのへのじちゃんだ!」
「だからウチ来たら会えるつったっしょ?」
ある日、池宮家に母親の友人がやってきた。
池宮家は片親の家庭で決して裕福な家庭ではないとへのじちゃんは思っているが、それに輪をかけて困窮していそうな人物だ。困ったときはお互い様。へのじちゃんはそう内心で納得し、自身が咥えていたおしゃぶりを彼女に差し出した。
「
「りーん。へのじちゃんなんかおしゃぶりくれるっぽいんですけど?」
「え、うっそ初パターンじゃん。撮れ高撮れ高」
そういえば昔。駅前のベンチでぼんやりと駅のホームを眺めていた青年を助けたことがあった。東京のいい大学に入りようやく親孝行が出来るタイミングで入社した会社が倒産。失敗して故郷へ帰る金もなく、途方に暮れていると言っていたなぁ。
「|ばぶばばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばぶばっばぶばぶばぶぅ。ばぶばぶばばぶばぶばぶばばぶばばぶ《青森までの切符代を出してやったら何度も頭を下げてお礼を言っていた。お陰で母さんにはお小言を貰ってしまったがその後に礼の手紙が届いて》」
「今度はうんうん頷き始めたよ。どったのこの子」
「あー、なんかたまにそうなるんだよねベイビーちゃん。かわいいよね♪」
「……あ、うん。そだね」
「はい、じゃぁ撮影始めるよー」
「おけまる水産よいちょ丸」
「なにそれ」
「えー、知らんの? テレビで昔やってたじゃん」
「知らん。うちテレビレスだから」
りんの友人、明石やい子は動画編集を生業にする人物だった。動画編集という言葉の意味は見当がつかないが、恐らくテレビ局の職員なのだろうとへのじちゃんは当たりを着けている。なぜならやい子はとても庶民では手が出せないような高級品であるビデオカメラを持っていたからだ。
という事は、もしやすると母親は芸能界に身を置く、女優やアイドルのような立場なのかもしれない。つい先日、へのじちゃんを切れ散らかさせた仕事着を考えると苦界に身を沈めている可能性すら考えていたへのじちゃんにとっては、この友人の存在は非常にありがたいものであった。
職業に貴賎なしというが、へのじちゃんの前世である良成は古い人間だ。もしも母親が夜鷹やそれに類する職業の人物であれば、偏見の眼で見ずにいることが出来たか。正直に言って自信がない。
その生まれて以来最大の懸念を晴らしてくれたやい子の事を、へのじちゃんはとても気に入った。気に入ったのでもう一度おしゃぶりを渡そうとしたが、やい子は笑ってそんなへのじちゃんの様子をカメラでとらえ続けて居る。
「
母親を撮るものだとばかり思っていたのにカメラはずぅっとへのじちゃんに向けられている。そのことに気付いたへのじちゃんは慌てて身だしなみを整えようと周囲を見回した。なにせ今身に着けているのは
「ねぇりーん。お宅の娘さん、ずっとキョロキョロして何してんの?」
「わっかんね。まぁこれも撮れ高っしょ」
「わ、赤ちゃん用エプロン自分でつけてる。賢い」
ひぃひぃと慌てた様子でエプロンを身に着けるへのじちゃんの様子を、大人たち二人はニヤニヤと笑ってビデオカメラに収めていく。実の子供が必死になっている様を笑う母親。物語の悪役のような状況だ。
後日、編集して動画サイトに配信したこの日の動画はそこそこの反響だった。これを機に母親はやい子と組んで動画配信を始めていき、へのじちゃんの存在は徐々に世間に知られ始めていった。