TS雷家事親父   作:ぱちぱち

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誤字修正、ジャック・オー・ランタン様ありがとうございます


朝から生ニュゥウス(ばぶばぶばぁぶぅぶ)

 最近楽しみにしている朝の習慣がある。

 

 出勤の用意をしていた彼は目覚まし時計が朝6:59分を指したのを確認すると、リモコンでテレビの電源を入れてこのために新調したタブレットで動画サイトを開く。もちろんコーヒーは口に含まない。

 

 テレビのチャンネルは『朝から生ニュース』。他のニュース番組と比べてエンタメ性が低いため一人では絶対に見ない番組だが、この朝の習慣に関しては例外だった。

 

 一人で見るのではなく、彼が最近推している配信者との同時視聴になるからだ。

 

 

「お、へのじちゃんは今日も可愛いねぇ」

 

 

 タブレットの画面の中では、朝も早い時間だというのに今日も元気に体を動かし、上半身ラジオ体操をしている赤ん坊の姿がある。まだ座り立ちも出来ない彼女は赤ちゃん用の座椅子に座っているのだが、勢い余って座椅子から転がり落ち、その度母親かカメラマンの手を借りて再び座椅子に座っている。

 

 こんな子供が欲しいなぁ。

 

 彼女いない歴=年齢の彼だが、これまで全く考えていなかった子供を育てるという考えをこの『へのじちゃんねる』を見るようになってからは持つようになった。婚活、チャレンジしてみるかなと考えていると、へのじちゃんのラジオ体操が終わる。

 

 そろそろか、と彼は背筋を正した。毎朝の事であるが、この始まる前の瞬間はなんともいえない緊張感のようなものがあった。なにかを受動的に見るだけではなく、自分も参加して大きな動きを創り出すような、そんな感じだ。

 

 タブレットの準備が完了した後、スマフォのツブヤイターを開く。タグ入りで『#へのじちゃん朝活』と入力しいつでも書き込みできるよう準備をしていると。画面の中のへのじちゃんの前に小さなちゃぶ台が用意される。上には小さなレゴブロックで作られた湯呑のようななにかが置かれたそれは、この後必要なギミックだ。

 

 そしてこれが置かれたという事は、始まりの合図と同義である。

 

 7時になった瞬間、自宅のテレビから『朝からナマニュゥゥス!』とアナウンサーの掛け声を響かせる。そのまま最初の挨拶が始まる中、タブレットの中のへのじちゃんが「朝から生ニュゥウス(ばぶばぶばぁぶぅぶ)」と声を上げた。へのじちゃんの方の配信は現実より10秒ほど遅くずらしてあるため、ちょっと時間差が出るのだ。そしてこの10秒がこの朝企画のミソである。

 

 

「やっべ、マジでなに言ってるかなんとなく分かるわ」

 

 

 へのじちゃんは相も変わらず表情と仕草だけで雄弁すぎるほどに物語ってくる。これが癖になるんだよね、と誰にともなく呟いて、ついいつもの癖でコーヒーカップを手で探す。一度吹き出してからへのじちゃんを見る際には近場にコーヒーは用意しないようにしているのだが、長年の習慣は中々消えないようだ。

 

 

『本日最初のニュースです。先年妊娠したパンダのドンドンですが可愛らしい双子の赤ちゃんを出産しました。この双子は暫く生育したのち両親と共に中華国へ返還するとのことです』

 

「んん~、これは違うかな」

 

 

 タブレットの中のコメントもツブヤイターもほぼ動かない。そのままへのじちゃんの反応を見ていると、へのじちゃんはパンダの双子の部分でにんまりと笑った後、返還するという単語で思い切り顔を顰めている。が、動きはない。つまりは今回は外れという事だ。

 

 つづいてのニュースはアイドルグループのライブについて。これも違う。へのじちゃんは男女問わず若い子が頑張っている姿をみると笑顔になるのだ。いや赤ん坊が自分の十倍以上の年齢の相手を見て年少者を応援する年寄りの笑顔を浮かべるのはおかしい、というのは重々承知している。しているが、ここまでへのじちゃんを見ている『へのじちゃんねる』愛好者はもうその程度では驚かない。

 

 へのじちゃんはそういうものだという認識なのだ。

 

 

『続いてのニュースです。本日、〇玉県の〇玉市で起きたひき逃げ事件で容疑者とみられる外国人男性Aさんが不起訴となりました。県警本部は――』

 

「こいつだ!」

 

 

 そのニュースが流れ始めた瞬間、彼は急いでツブヤイターに書き込んだ。タイムラインが同じ感想を持った視聴者たちのコメントで埋もれる中、そこそこ早いタイミング書き込むことが出来た彼は安堵の息を吐きながらタブレットを眺めていると、へのじちゃんの表情はみるみる内に変わっていく。

 

 へのじちゃんは最初は口をへの字に曲げ、少しずつ顔立ちに赤みが増していき、そして全身が震え始めたかと思うとガシッと目の前のちゃぶ台を掴み。

 

 

ばっぶばぶぅ!!(バッカモーン!)

 

 

 力いっぱいにそれを空中に放り投げた。

 

 

「うっし的中」

 

 

 朝から幸先のいいスタートだ。画面内で雷親父のごとくキレ散らかすへのじちゃんを眺めながら、彼は小さくガッツポーズをする。朝の同時視聴は『噴火するへのじちゃん』のタイミングを予想する、視聴者参加型の配信コンテンツなのだ。夕方の教育番組を視聴するへのじちゃんも面白いが、朝一で見るへのじちゃんからはまた違った栄養分が補給できる。すっかり彼女のファンになった彼はそう感じている。

 

 視聴者参加型という事もあって、この予想で正解したコメントの中から無作為に選ばれた視聴者には『へのじちゃんねる』公式からのファングッズが送られる事もあるという。ひそかにそれを狙っている彼は、明日もまたこのイベントに参加するだろう。

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