交戦規定 ~Outlaw Runner~   作:椚木

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入浴(コールとオーデン)

「ほああぁぁ」

 気持ち良い声を上げる。

 風呂ではそうした声をあげるのがマナーというルールがあったかはしらない。ただ背筋を浸す温かみや湯船に入った時のお湯の揺り返しが心地よく、すっかり気を緩ませ喉が唸ってしまった。

 

 ともかくゆったりとした湯船に浸かり、心地よくあげた声が広々としたバスルーム内に反響する。

 

 そう、広い。

 

 マンション全体がそうなのかこの部屋の仕様なのか、バスルームは走りを生業とするウマ娘種族が十分に汗を流してリフレッシュ出来るように設計された、<制式>とも呼ばれる構造をしている。

 

 一般家庭に育って、そうした設備のある立派な養成所やスクールとも縁のなかったコールにとっては、ついぞ馴染みがなかったバスルームだ。

 それを備えた住居を持つなんて、やはりオーデンさんはただ者じゃないと思わずにいられない。

 

 湯船の前方ヘリの部分に首と肩を乗せるようにし、そのまま後方へと足を伸ばす。

 流石に泳げこそしないが、身体を伸ばしてバタ足程度なら十分にできる広さ。

 

 実際<制式>の浴槽で、水の抵抗を活かした軽い訓練をこなす者はいるという。浮力で関節への負担を極力減らす効果があるのだ。

 

 そんなことは知らないこの小さなウマ娘だが、水中にいれば浮力を受けるのは万人に共通の事象であり、ゆえに彼女もそんなポーズでのんびり身体を浮かしていたら、水面からお尻の2つの膨らみがぷかーーと……

 

 

「入るぞ―」

 

 ガバっとバスルームの戸が開けられ、闖入者が現れた。

 

「ひゃあああ」

 

 お尻を晒した恥ずかしい格好でいたものだから、慌てて身体を逆さ向き。湯船の中で前を隠す。

 あれ、身体をひっくり返したら前がモロ出しで余計に恥ずかしいんじゃ。いや混乱してて良くわからない。

 

 そんなこととはお構いなしに、バスルームに入ってきたオーデンはシャワーの前に立った。

 

――先ほど「<制式>バスルームは走りを生業とするウマ娘のための風呂」と言った。

 

 もちろん「彼女たちが走った後に存分にリフレッシュして欲しい」という願いの元設計されたものだが、裏を返せば、彼女たち種族が本気で走った時は、それくらいの設備が必要になるという意味でもある。

 だから公式レース場には、レース後出走者が汗を流すあれだけのシャワー設備があるし、大きめの施設にもそれに準ずる設備が備わっている。

 そうでなくても一般的なスクールや養成所にもシャワーが完備されている。

 ストリート・レースだってサウナ券を出走者に配ったり、なんて気さくなサービスをすることもある。

 「走る」とは、とにかく滴る汗との付き合いなのだ。

 

 そして眼の前の競争者。

 

「オーデンさん、凄い……」

 

 コールは彼女の前裸という恥ずかしさも忘れ、瞠目していた。

 

 あれだけ涼しい顔をして勝ったとは言え、短時間に2度も、実戦の走りをしたという事実は変わらないのだ。

 

 熱で赤ばんだ全身から仄かにもうもうと立ち込めているのは、決してシャワーの湯気だけではない筈だ。

 しなやかな身体つきは、実戦のために磨かれたボディ。細いウエストはしかし引き締まっていて、その腹筋は大理石の彫刻の表面が濡れたように艶めかしい。

 大地を蹴るその反動に耐えうる、力強い足首から指先にかけてが靴を脱いだ今露わになるが、これもまた精緻な彫刻のよう。

 身体を運ぶ両脚そのともが存分に張り詰め、「これが【本格化】したウマ娘の走りの力の源なんだ」と、幼いウマ娘に語ってくれる。

 

 両脚から視線をあげその付根の方へと視線を向ければ――

 

「はうううぅぅぅ」

 

 口を湯船に沈めブクブクブク……。

 

 未だ【本格化】の時期を迎えてはいないコールは、ウマ娘の共感能力というものも十分に芽生えていないから、例えば相手を見ることでウマ娘の『眼』を通して伝わる『気配』や『意志』と言ったものを感じ取ることは出来ない。

 

 だから今感じとったものは、あくまでただ見たものを通して感じた即物的なものに過ぎないのだが、そうであっても自身を助けた「救世主」の威容に、ありのまま感動することは出来た。

 

「きっとこれが、オーデンさんの『努力』に裏打ちされた『強さ』なんだ……」

 

 それに対して自分は何だろう。コールは打ちのめされる。

 

「お前が余計なことをするから」

 自分の前に連れてこられた裏切り者、タイトは眼の前で彼女をそうなじった。

 

「はっ、同盟なんて綺麗事言って、所詮自分じゃ何も出来ないじゃないか。大人しくしてれば良いものを、ただ事態を引っ掻き回して混乱だけ招かれて、うちらとしちゃいい迷惑なんだよ」

 

 「身の程をわきまえろ」タイトはそう言うのだ。

 

 弱小チームの悲哀だ。別に支配者が変わろうが変わるまいが、単に自分たちは大人しく上の者に従っていれば良いだけなのだ。別に「今から税金が100%」とか、そんな荒唐無稽なことが起こるわけでもあるまい。

 ただ羊のように従順でいれば、覚えも良くなって待遇だって徐々に向上していくだろう。そうやって我々は生き残れば良い。

 

 そこに変な理想だの振りかざして場に混乱を招かれて、それに右往左往させられるこちらの身にもなってみろよ、と。

 

 彼女たちからしたら、コールの方こそ身勝手な存在にしか思えないのだ。

 

 

「実際そう思われても仕方ない――」

 

 湯船の中、膝を抱えて丸くなる。

 

 まだ【本格化】を迎えていないコールは、実戦では足手まといのランナーだ。ハンデ付ということで、それ用のレースにお情けで出させてもらっている。

 

 それに、じゃあいざその時期を迎えたとて、自分はどこまでやれる?

 

 所詮近所のかけっこでも周囲から抜きん出ることもなく、スクールや養成所から声がかけられることもなかった身だ。

 そんな自分が今から飛び抜けた才能に目覚めて、なんてことあるのか。

 

 それこそ今日見た走り。

 オーデンさんの様な境地に数年後の自分がたどり着ける自信は、全く描けなかった。

 

 

「強くないと……」

 

 何も叶えられないんだ。コールが今一度気落ちしかけたとき、

 

 ザブーン

 

 ウマ娘1人分の容積が加わったことで、流石に湯船からお湯が溢れ盛大にこぼれ落ちる。

 

「わ、わ……」

 

 レース後の汗とオーラ(?)を流し終えたオーデンが、傍若無人にも(いや、彼女の所有する部屋なのだが)コールが漬かるバスタブに入ってきたのだ。

 

 コールの背後、バスタブの内側面との隙間に、己の身体を差し込む形で侵入してきたオーデン。

 

 バスタブの底にお尻をつけ、内側面に背中を預けリラックス。

 足も思うまま伸ばしてゆったりとした風情。

 

 いや、この体勢なんだか凄くないか。

 

 身体を丸めていた形であったコール。

 己の左右に伸びるオーデンの足に、挟み込まれるような感じで取り囲まれる。

 

 更にはオーデンと来たら浴槽の中密着してしまうのも厭わないものだから、背中に彼女の発達した身体の感触を存分に味わうことになる。

 

「はううぅぅぅ……」

 

 すっかりカチコチになり漂うコールの身体。 

 オーデンの足と足、そして90度起こした上体の間に作られた空間。

 その奥の『収まりの良い』場所を自然求め、そこへすっぽりと嵌り……。

 

 良いんですか、そんなとこ……。

 

 浴槽の中、愛しき者に抱かれる赤子の気分を味わうのであった。

 

…………。

 

 お風呂椅子にちょこんと座り、背中を流してもらう。

 まだ子どもとは言え、もうそれなりの年頃になったコールだ。

 

 流石にお子様扱いとはと気が引けなくもないが、それでも年上の女性に意のままにされる体験は、どうにも耐え難い誘惑というものがあった。

 

 だから背中を流してもらう前、身体をボディソープで洗ってもらう時も、オーデンの逞しくしなやかに伸びる手が己の全身にくまなく行き届き、ソープが滴るスポンジが身体の随所その一箇所一箇所に当たる度、喜びを感じていたのだった。

 

 

「あ、あの……」

「どうしたんだい」

 

 ドギマギしたまま背後に向かって尋ねる。

 

「オーデンさんっていつも誰かと一緒にお風呂に入っていたのですか」

「誰かって」

「あ、もちろん女の子。ウマ娘さんとって意味です。……こうやってお世話してくれるのが、随分と手慣れているなって思いまして」

「まぁそりゃ、風呂を浴びるってなったら、十分に身体を綺麗にしないとな。私ほどじゃないが、コールもあれだけ動いた後だろう。だいぶ汗にまみれていたよ」

「ありがとうございます……。でも、私みたいな他人なんかと一緒に……」

 

「あー」

 

 年上のウマ娘は思案したように、

 

「まぁ元々一族……。一家で集団になって一緒に暮らしてた身だし、風呂なんかも子供の頃から大浴場で皆と顔を合わせて入ってたからな。その時年下の子の面倒を見ることが、良くあったよ。だから今も、コールと一緒することに抵抗はないな。……って、子ども扱いするのは悪かったかな」

 

「オーデンさんって……」

 つい振り返る。

 

 先ほどシャンプーをして流してもらっていたさなか、こうして目が塞がっている今も鏡越し自分の身体をありのまま見られてしまう恥ずかしさにぐずついてしまい、オーデンの配慮で一時中断後回ししていたということがあった。

 

 その時シャンプーの泡立った薬液が十分に流れず、頭の上でそのままになってしまっていた。

 その白い泡が今ひし形になって、コールの前髪に模様を描く。

 

 それを見た時、オーデンが何故か激しく動揺するのが、この鹿毛のウマ娘にも伝わった。

 ちょっと湯にあたって目眩がしただけだといった体で、オーデンは無理やり話を戻す。

 

「……それに寮生活の期間もそれなりにあって、そこではやっぱりほうぼうから集まって衣食住を共にする者同士、みんなで風呂に入ったしな」

 コールの背後、懐かしそうに目を細める。

 

 やっぱりオーデンさん。寮の話で煙に巻かれたけど、時々規格外の話をしてくれる。 それに今見せた動揺。もちろん私なんかに対してではない。もっと何か、大きなこと。自分自身が置いてきたもの。

 彼女自身のアイデンティティに関わるような……。

 

 

 そんなコールの思案を打ち切るように、

 

「あーでも、」

 

 ここで頭をポリポリ掻いて。

 

「家の風呂に2人で入るのは流石に狭かったな」

 

「今更ですかー!?」

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