交戦規定 ~Outlaw Runner~   作:椚木

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相談・この後の戦略<タクティクス>について

 お風呂から上がって着替えると、そこで初めて生き返ったという実感が湧いてきた。

 「お風呂に入って喉がカラカラだろう」と、オーデンが用意してくれたハーブティーを頂く。

 白のカップに注がれたりんご色のお茶を飲み干せば、身体の内と外からぽかぽか温められ、すっかり極楽に登る気分。

 

「おっと、こんなところで昇天しないでくれよ」

 

 なんて心地よさに包まれながらも、依然悩みが解決したわけではなく、課題は山積みだ。

 

 同盟が破綻した今の戦力のあて。

 旗振り役には力不足の自分のこと。

 そもそものこれから取るべき具体的な方策について。

 

 先ほどまでは、こうしたことを考えていくうち沸いてくるネガティブな思考が、負の感情を呼び起こし、自分を痛く苛んだ。

 

 ただこうして身体に元気が沸いてくれば、捨て鉢と言っては何だが、己を傷つける心の声に負けないタフな心根が芽生えてくるというもの。

 なに。どうせ何かあったって、自分が死ぬわけでもない。ただ恥をかくだけだ。

 結局は、やることをやるしかないのだ。

 

 

 そう言えばソファに腰掛けるコールが今着ている寝巻きだが、これはオーデンのものを借りることとなった。

 細身のオーデンのものとは言え、丈が合わないから当然ブカブカなのだが、襟元を合わせるようにぎゅっと軽く握ると、もう片方の腕を顔の高さまで持ち上げて、ブカブカの袖に鼻を近づけてみせた。

 

「あの人のパジャマ……」

 

 とすると、オーデンがお風呂場の脱衣所から出てきた。

 咄嗟に体勢を戻す。

 

 バスタオルで拭いた短い髪の毛をふぁさっと靡かせるようにしてコールの前に現れたオーデン。

 着ているのはグレーのタンクトップに、両の脚が眩しく剥き出しになったやはりグレーのショートパンツ。

 

 ラフというよりは「それ下着じゃないですよね」と言いたくなるような大胆さなのだが、元々一人でいる時の部屋着なのだからこんなものか。

 

 すっかり落ち着いた様子のコールを確認すると、自身彼女を刺激しないよう(別の意味で刺激的なのだが、)リラックスした様子で真向かいのソファに腰掛けた。

 

「えっと」

 コールが自分から言い出すべきだろうと口を開く。

 とオーデンはそれを制し、

「流石にもう疲れただろうし、もう横になりな」

 

 そう告げる。

 

 確かに気持ちがリラックスしたことで、緊張の中忘れていた身体の方の疲れがどっと押し寄せてきた。カップを持つのも億劫で、そのままだらんと垂らしてしまいそうだし、身体も心持ち前かがみ。

 

 塾から帰ったらあれもしたいこれもしたいと考えていたのに、いざ家に帰ったら積極的には何もしたくなくて早く寝たい。寝床でスマホを開くのが唯一の楽しみというあのだるさ。

 自分ではテンションだけ上がったつもりで、実際それほどまで疲れていたのだ。

 

 だからオーデンの勧めに応じて寝室に行き、シーツの整ったベッドの中に身を横たえたのは良い。

 しかし体のほうが疲れていても、気持ちのほうは昂ってどうにも眠れない。

 

 オーデンもそんな彼女の様子は分かっていると見えて、傍らに寄り添って話し相手になってくれるのだ。

 

「あの……」

「ああ、そうだ」

 

 「今後」のことを話し合うにあたって、コールの方から切り出させる。彼女に負担をかけるようなことを、オーデンはしなかった。

 

「明日から本格的に『ストリート』に参戦したいんだが、生憎私はこの辺りの事情に疎いんでね。コールが知っていることがあれば、何でも聞かせて欲しい」

 

 それを聞いた彼女の瞳が丸くなる。

 本当なら自分から切り出すべきだった。

「もしよければ私たちの力になってください。この『界隈』に君臨するヒーローになって、私たちを窮状から救ってください」

 

 ところが何ということだろう。自分が頼み込む前から、オーデンは己がストリートに参戦するというのだ。

 

 と、ここまで考えて自分自身の甘さに歯噛みする。

 

 オーデンさんはあくまでストリート・レースに参戦したいと、自分自身の要望を語っているだけではないか。

 それを何「私たちのために戦ってくれるのだ」などと、勝手に期待をしているのか。

 己が抱いた虫の良さというものに、密かに赤面するコール。

 ただ自分に「知っていることを聞かせて欲しい」お願いをしてくれたオーデンの手前、恥ずかしいところは見せられない。

 だから胸に抱いた羞恥心を押し殺し、早速の説明に入るのだった。

 

「えっと、もちろんストリート・レースは誰にも門戸を開いていますから、オーデンさんが参加したいと思えば、いつでも参加できますよ。もちろんレースが開催されているときですけど」

 

「へぇ自由ねぇ」

 

「えっともちろん上級のレースになると、チームでの登録が必要だったり、ある程度実績のある人じゃないとエントリーできなかったりするんですけどね」

 

「チームか……」

 

「あ、それでもオーデンさんならストリートでも頭角を現して、グレードの高いレースにもすぐに招待されるようになると思いますよ」

 

「とは言え、他の奴らはチームで競っている訳だろう。そこに単身で乗り込むというのはどうもね。……しかも私は【連合】に楯突いた身だ。匹夫の勇にも程があるよ」

 

 この辺りの事情はオーデンにもすぐに呑み込めた。

 

 ストリートとは言え、集団でレースをする以上運営が必要だ。

 運営に関わったチームが出走権を融通してもらうというのは、至極当然の配慮だろう。そうしたチームだの運営だのに拘なくとも、個人で十分な実力を見せれば、観客たちからの支持を集め、より高位のレースへの出走を望まれるようになるというも、当然の話だ。

 

 オーデンの方から尋ねてみた。

「高位のレースもあるって聞いたが、やっぱり出走者には『ランク』とかがつけられる訳か」

 

 例の人気のシリーズでは、メイクデビューで勝ち上がったウマ娘が、重賞やグレードと、ランクの高いレースへの出走権を手にする。

 それと似たようなシステムなのかと尋ねている訳だ。

 

「それなのですけども、ストリートは少しルールが違いまして」

 

 コールはどう説明したものかと考えながら、たどたどしく話す。

 

 曰く、ストリートではレースに出走する際は、【チップ】とでも呼ぶものを支払って出走権を得ることになる。グレードの高いレースほど、必要な【チップ】は高額になる。

 

 この【チップ】についてだが、入手先はさっき言ったレースの運営に参画することで、その負担割合に応じて定められた額が各チームに配布されるほか、もちろんレースの着順で報酬としても配られることになる。

 近年だと、観客が運営から直接【チップ】を購入して、贔屓の出走者に贈る『投げ銭』なんてシステムもある。

 

 ともかくそうやって入手した【チップ】を利用して、各チームが出走者を目当てのレースに送り込んだり、個人でレースの出走権を得たりする訳だ。

 

 ストリートを訪れた新人は、界隈に加わってくれた報酬として初めに一定の【チップ】を供与されるそうだ。

 これが『0』になってしまったらストリートでの参加権を永久に失ってしまうのかと言えばそういう訳でもなく、レース当日何某かの奉仕活動をすることで、日払いの【チップ】を貰えるらしい。

 

 有力なチームは、その分界隈へも運営に協力する形で貢献して多額の【チップ】を得るし、出走権の確保が容易いとあれば、それを目当てに実力自慢の有力な選手だって多数集まってくるだろう。

 

 チームの束縛を嫌って個人で走る出走者もいるだろう。そうした者はレースで結果を出して【チップ】を独力で稼ぎ、より稼げる上位のランクを目指すことだろう。

 

 有力なチームに入る伝手もなく、さりとて上に登り詰める実力もないが、けれども走りたいんだ。

 そんなウマ娘は、手伝いをして【チップ】を稼ぎ、身の丈にあったレースに出走する。

「ギルメンとソロプレイヤー。課金ユーザーと無課金ユーザーの違いみたいなものか」

「??」

「ああ、何でもない。ちょっと例え話をしただけだ」

 

 ストリート・レースの参加者の誰もが、何らかの形で【界隈】へ貢献することになり、そしてその貢献度を目に見える形で評価されるよう設計された、合理的なシステム。

 

 『民主的』とは謳われているが、このシステムを作った者。他者を競い合わせるその企みにおいてただ者ではない……。

 

「それじゃあ、レースに関するマニュアルを盗んだっていうと……」

 

 助けてもらった当人から、大それたことをしていたんだなと告げられ、コールは恐縮したように肩を潜めた。

 

「私が盗んだのは、あくまでレースを実施するためのマニュアルだけですので……」

 

 仮想とは言え、通貨の代替物とも言える様なものの書類を盗んだら。それらの流通と兌換に混乱を来たすようなことが起こったら、このストリート全体にどの様な事態が起きるか。流石にコールも、「やってはならないこと」の線は見極めていた。

 もっとも【チップ】に関するマニュアルや台帳はギルド間で責任者を定めて厳重に隠匿されているから、コールがどうこうするようなことは出来なかった訳だが。

 

「なるほど。レースへの参加方法は大体分かったよ……。それなら実際参加しようと思ったら、どこに行けば良いのかな」

 

「えっと、それに関してなんですが、この辺りで開かれているレース会場は全部で16あるんですけど、それぞれに受付があって……」

 

「16! そんなに」

 

「あ、もちろん毎日16もレースが開かれている訳ではないですよ。……コースだって被っているところはありますし。今日はここでレース、明日はこことここで、何て感じに開催されています」

 

 毎回同じ場所を走るのはつまらないし、だからコースがそれだけ用意されているというのも理解できる。

 当然それぞれのコースでのレースだって、各レースごとに形式は幾らでも変わるだろう。ある日はここからここまでの距離で。今回のレースはスリルを求めて障害物を多めに配置しましょうなんて具合に。

 

 とは言え16という数は流石にオーデンも面食らったようで、感心した表情を浮かべるのだった。

 

「大きなレースなんかは、大抵の場合【メイン】って呼ばれている、一番賑やかなコースで開かれるんですけどね。もちろん他のレース場でも、お客さんの集まる大レースは開催されていますが」

 

「なるほど……。つまり、最初は周囲のレース場から参戦してチップを稼いで、中央の【メイン】に乗り込めー、って感じなのかな」

 

「そんな風に考えてもらっても良いと思います」

 

「ふむ……」

 

 コールから一通りの説明を聞き、オーデンは思案気だ。

 

 自身が取るべき具体的な方策について。

 

 今聞いた通り、ストリートで頭角を現したかったら、有力なチームに入るのが一番だ。

実際オーデンの実力なら本来なら引く手数多だろう。

 

 しかし先程言った通り自身は【連合】に楯突いた身。その様な曰く付きのウマ娘を、敢えて勧誘しようなどというチームがあるというのか。

 同盟も破綻した今、なおさらのこと。

 

 個人で出走しても彼女ならやれるとコールは言ったが、正直周囲との軋轢を考えると、単独での出走を続けるのは厳しいと見ている。

 個人プレイがいつまでも続くほど世の中は甘くないと、オーデンは慎重に考えていた。

 

「それなら……」

 

 そんなオーデンの葛藤を目にし、コールはこの機会にと尋ねようとする。

 「いっそ私たちのチームに入りませんか」と。

 

 推薦及びチームへの勧誘権なら、マメにチームに通っていたコールにも付与されていた。レースの出走に関しても、基本的には立候補形式で、よほど非常識でもない限り大抵の申請は通っていたから、オーデンだって希望するレースに参戦できるだろう。

 チームメンバーだって穏健な人ばかりだから、オーデンの要望を敢えて却下しようなどと言う者もいない筈だ。

 

 オーデンさんは後ろ盾を手に入れて。

 私たちは有力な出走者を迎えることで、【連合】にも対抗できる。

 願ったり叶ったりなように思えたのだが。

 

 しかし、このストリートへの新参者が述べたことは、コールにとっても予想外のことであり、彼女の度肝を抜くのであった。

 

「じゃあ、新しいチームでも作るか。そんで信頼できるメンバーを集めていこう。うんと強いチームを作んないとな」

 

 

――――――――。

 

 

「…………」

 ベランダに出て涼む。

 マンションの高所に吹き付けるビル風が、風呂に入った後もオーデンの肌に纏わりついたままの熱さを拭い去っていく。

 

 あの後彼女の突拍子もない宣言に驚き通しであったコールだったが、流石にそれまであれこれ考えながら喋っているうちに、精神の方も休息を求めたのだろう。

 ぜんまい仕掛けの玩具が動力を失ったように、ストンと寝落ちてしまった。

 

 彼女を寝台に残し、独りベランダに佇む

 

「救世主様か。大した崇拝っぷりだな」

 

 心の裡で厭らしい声が囁く。『あの日』以来、常に自分の心の何処かに潜み、折りにつけては悪意を囁いてやまないあの悪魔。

 

「で、本当に救世主様ならば、今回も助け舟を出してやるんじゃなかったのか。『君だってやれば出来るんだよ。私が保証する』『何事も役割分担だ。お前がチームを引っ張って、私が走る。それで良いだろう』ってね」

 

 コールが悩んでいることが「己の力不足だ」ってのは、その様子を見れば在り在りと分かった。その時の対応を、悪魔は嘲るのだ。

 

「それが何だ。ただ風呂で巫山戯てお茶だけ濁して体よく誤魔化して。そうだもんな。お前がまさに『それ』だもんな」

 

 それが確信とばかりに、悪魔がケケケと笑った。

 

「あれだけ期待を寄せられ、その癖力及ばず幾度も期待に背いては遂には諦めて。挙げ句叶わなかった願いを『妹』に押し付けて、自分はそそくさと逃げ出した。それがお前だ。そんなお前に、語る資格ないもんなぁ」

 

 

 黙れ

 

 

 叩きつけるように拳を振り下ろし、心の中の悪魔に一喝する。

 「はいはい」とばかりに悪魔は引っ込んで今宵はそれきり黙った。

 

 オーデンは歯噛みすると、ベランダの敷居を跨ぎ寝室へと戻る。

 勝手知ったる自身の部屋だから、照明はつけなくても寝床につけた。

 部屋の中では彼女の葛藤など知る由もなく、コールが安らかな寝息を立てて眠りについている。

 

 部屋の主も寝台に横たわると、そのまま眠りにつく。

 

 悔恨の念を堪えるように、ぎゅっとシーツを握りしめて。

 

 

 

 翌朝。

 

 朝日が差し込むとともに2人して同時に目が覚めたわけだが、眼の前のオーデンと目を合ったコールは開口一番、

 

「あ、あああ。オーデンさん。ご家族とは床も共にされていたのでしょうかかか?」

 

「すまない。これは素で間違った」

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