レース勧誘
「それでな、欠員が1名発生して、急遽補充を探すことになったんや」
「言うてこの時間、そこそこ走れる奴はまだ来とらんじゃろう、リーダー」
「じゃかわしい。もちろん通話で当たりは付けとるわい。ここで手当たり次第声掛けようとか、無策かっての」
「当たりって、実際相手の返事はどうなんよ」
「あー、それがな……」
ポリポリと頬を掻く。
カツラミヤビと合流した後、オーデンたちは彼女に誘われまた会場のカウンターに舞い戻る。
そこでのミヤビと彼女のチーム員同士のやり取りだ。
チームの仲間とタメで話しあうミヤビの会話内容を察するに、
「今日のメインレースの1つに彼女たちのチームも出走予定だったが、リレー形式のそのレースにおいて出走予定だったチーム員が急な用事で欠席。代走者が必要になった」ということらしい。
「で、結局のところどうするんですか? この後」と、チーム員の視線を受けたカツラミヤビは「うー、うー」と唸るように視線をあちこちに巡らせた。
そして、突然「ハッ」となったかと思うと、「何だ、初めからこうすれば良かったじゃないか」といった表情に。
隣の席のオーデンに向かい合うと、「頼む!」とばかりに両手を合わせ、上目遣いで問いかけるのだった。
「なぁ、この後のレース、出てくれへん?」
突然の勧誘を受けたオーデン。本日は無理だと思っていたレースに出走できるのはありがたい。しかしミヤビのチームとしての参戦になるという。
しばし考えさせてくれないか、と答えるオーデン。杯を仰いで息を継いだ。
「あ、もしかしてチームに勧誘されとる。このままうちのチームに取り込まれちまうんじゃないかって、いらん心配しとるとか? ははは、そんなこすいこと、考えとらんで。……なぁお嬢ちゃん、説明したってや」
お前さんのことも忘れとらんでとばかりに、ミヤビが小さなウマ娘に話を振った。
「ええと、確かにチームレースとは言っても、厳密に出走者全員が同じチームでなければならないって規則はないんです」
コールが、突然のレースへの勧誘を受けたオーデンに説明する。
「例えばチームの昇級戦みたいなレースでは、チームメンバーで揃えたり、代替として呼べる人数が制限こそされていますが」
「もちろん普段のレースも自由とて何事も節度ってのはあるしな。例えば『お前らのチームよりうちらの方が強い』イキっておいて、いざ勝負ってときに助っ人満載なんての見たら『何じゃそりゃ』思うやろ」
「チームに関して強い思いを抱いている方の中には、特にそうした傾向が強い方もいらっしゃいますね。『チームレースを名乗る以上、出走者は全員チームメンバーで統一してしかるべきだ』と」
「まぁ言うてそれは現実的じゃないけどな。少人数のチームは日程を合わすだけで一苦労だし、最近じゃソロチームだって珍しくない。……その手の無茶言うやつに限って、大抵は運営や雑用は人に任せて苦労知らずだったりするんや」
と、何を思い出したのか脳内のそいつに毒舌を吐いた後で、
「あくまで今回は補欠ってことで、なぁ頼むっ」ミヤビがあらためて頼み込んだ。
「ほな、コースはこんなんだが、覚えてくれたんかい?」
「ああ、まぁ実際実戦で走ってみれば、感じで分かるかな。そうそう間違えないだろう」
「本当は初めてのレース場訪れたら、初級者レースを試走してコースを覚えていくもんなんやけど、いきなりになってすまんね。まぁ誘ったのはワイなんだが」
「今のうちに何度か走っておけば、実戦での試走とそう変わりないだろう」
オーデンは勧誘者に案内されて歩いてコースを回った。
会場にはコースの地図も用意されているし走行中のビデオもあるのだが、直接コースを歩いて回ったほうが飲み込みが早いだろうという算段である。
外は日が傾き、裏通りのこちらは日陰でグンと暗くなる。その辺り夜になって視界は大丈夫かという問題だが、「その頃には街灯もつくから」とミヤビ。
「姉ちゃん夜目の効く方だっけ? 不安なら
「ああ、その点は問題ない」
「そういや、お嬢ちゃんを助けた時も
実際先ほどモニターで観た初級者レースとは、チーム戦は幾分コースが違っているようで、外を回ったり逆に敢えて狭い道、いや敷地の中の障害物が通行を妨げるようなアスレチック的な進路を通らせたりと、なかなかに趣向が凝らされているのであった。
敷地を通る道など、走っている最中にどこから飛び込めば良いか、咄嗟に分かりづらい点だが、
「レース中はコースを示す係も立っとるから、『ここから飛び込めー』的な合図に従えば良いさ」とのこと。
確かに先の初級者レースでも、コースのあちこちに行き先をコーナーの曲がり角に立つ係員兼通行人の監視が配置されていた。
それにしても人通りが絶えることが想定された街の裏手とは言え、こうも遠距離そして広範囲に渡るエリアをレース場とする。それも一回こっきりや数回程度といった訳ではなく、恒常的にレースを運営する。
その様な界隈が形作られる、それを指揮する組織とも言えるようなものが、よくも構成されたものだと、オーデンはあらためて驚くのだった。
「みんな初めはそう言うんだけどな」
素直に感心を口にしたオーデンに、ミヤビが応えた。
「まぁ別に何か最初からすげーもんを作ろうって試みでそのように出来た、そんですげー場所になったって訳でもなくてやな。集まった皆が試行錯誤あれこれやりくりしながら、今の界隈が形作られていったっていうのが正解みたいやけど。まぁうちだって途中から参加した口な訳さかい、偉そうなことは言えんのやけど。先代や先々代から口づてで聞いた話じゃ、初期の初期はそれこそルールなんかも曖昧で揉め事も多いし、通行人とのトラブルだってあったそうや」
「ほう、昔はあったのかい。トラブルが」
「ああ、そうやな。何ならトレセン学園とのドンパチだって幾度も起こっとる。姉ちゃんだってウマ娘ならその手の話は聞いとるやろう」
「まぁな」
「まぁルールの穴絡みで有名な話だと、トレセン学園の生徒とトラブルになってリレーで決着をつける。そんな話になったそうや。ぶっちゃけこれは相手が一匹狼だったのを逆手に取った意地の悪いルール提案だったんや」
「ほう、それでどうなったんだい」
「そしたらな。その学園のウマ娘、こう返したそうな。『いいよ受けるよ。そう言えばアンタたちのレースのルールを見たんだけど、このリレー・レースってやつ、出走者の人数って規定されてないじゃん』ってね。……確かにルールブックにはバトンタッチの規定は載れども、どこを見渡してもそもそものリレーの出走人数について定めた規定はなかった」
「おや、そいつは」
「そんでストリート側もそいつの言ったことを認める他なく、そのままレースをする運びになった。そんでそいつはリレーの筈のレースを1人で悠々と走って、一着を掻っ攫っていったそうや。なぁ、トレセン学園にも随分面白い奴がおるんやな」
そんなエピソードをニヤニヤ混じりで開陳するミヤビに、
「そりゃどこにだって突飛なことを考えてのける奴はいるだろうな」
オーデンは軽い口調で返した。
「まぁそういったルールの『穴』みたいなもんを潰すために。あるいはトラブルの元を潰すために、話し合うなりコースを整備していくうち、自然と洗練されていった。今の形が出来上がった。そういうもんなんやな。……だからうちらも先人の知恵と努力に感謝して、ありがたく走らせてもらわんとな」
と、説明しているミヤビ自身感慨深げになり、そう結ぶのだった。
集合場所に戻ると、既に夜のレースプログラムが近づいていることもあり、観衆そして出走者たちでいっそうその場は溢れているのだった。