裏路地。ストリート・レース。代理競争。決着は一方がギブアップしたとき。
表で知られぬ暗闘が幕を上げた。
護送する品を持って逃げる新たな逃走者と、それを追いかける追っ手の競争だ。
「あ……」
先ほどまで必死に逃げ惑い、つい今しがた荷物を託したばかりのこの旧逃走者の脇を、もうお前に用はないとばかりに五人が通り過ぎていく。
その頃には十分な加速をつけた逃走者。目深に被ったフードはそのまま狭い路地を駆け抜ける。
「はっ、正体不明の仮面ヒーローのつもりか。そんなナリでこのコース<路地>を駆け抜けられると思っているとか、甘いにも程があらぁ」
追っ手のボスが言う通り、この裏路地はグラウンドの様な走るために整備されたコースとは違う。
ランナー同士が余裕をもって隣同士幅を空けて走るだけの十分なコースの幅もなければ、そもそも人一人全速力で走ることも想定されていないそんな場所だ。常に左右の壁にぶつからないよう気をつけなければならない慎重さが求められる。
それに障害物。雑居ビルに入居する数々の店が置いていたゴミ箱やら逆さまにされた酒ケース。室外機にそこから伸びるパイプや長期にわたって放置された二輪車といったものの数々。
障害物に行く手を遮られようが、最悪転がっていた物に足を取られて転ぼうが、ここでは文句1つ言えないのだ。
だが、この逃走者は――
「…………」
この狭い路地を颯爽と駆けていく。
スキニーパンツのぴったりフィットした両脚の足さばきもしなやかに、暗闇の舞台の中気配だけを頼りに優雅に踊って見せるバレリーナのように、この道悪のコースを疾駆するのだ。
「くっ、やるじゃないか」
これにはややたじろいだ追っ手だが、すぐに意気を取り戻す。
敵は最初の直線こそ小器用にクリアしたつもりだが、どの道ここは勝手知ったる我らのホームグラウンドなのだ。
如何様にでも追い詰められる。
直線で距離を確保できたことを確認した逃走者である。ふと横を伺うと、そのまま急停止。脇の道へと潜り込む。
「それで撒こうってつもりだろうが、甘いんだよ」
早速だがほら見ろ。
路地を逃げる逃走者。大概何を考えるか。
「こんなに入り組んだ道なのだ。左右に逃げれば追っ手を撒けるだろう」
浅はかにもそう目論む。
わざわざ一時停止してまで、コーナーを曲がることになるのだ。その度にせっかく直線で稼いだスピードをロスすることになる。
そして言っただろう。我々はこのエリアを熟知していると。
相手が飛び込んだ道がどんな様相かは手に取るように分かる。対策は容易だ。
対する相手は飛び込んだところのコースがどんな具合かギャンブル任せ。
どちらが有利かは火を見るよりも明らかだ。
そしてもう一点。
「…………!」
たった今飛び込んだコースがこれまで以上に走りづらいと踏んだのだろう。
逃走者は再び緊急停止。直角に曲がりまた別のコースへ入り込む。
――狭い路地裏は距離感をも曖昧にさせる。
本来数秒で数十メートルを駆ける我々ウマ娘だ。全速力で駆ければ数百メートル、あっという間に通り過ぎていくのだ。
にも関わらずこうして「たかだか」十数メートル走っただけで「もう十分に距離を稼いだ」と度々曲がっていては、とても本来のウマ娘のスピードなど活かせはしない。
故に後は相手が万策尽きるまで後ろを取れば良いと踏んだ追っ手のリーダーである。
続いて逃走者が入り込んだのは、これまでより更に狭い道だ。……走りやすい道に戻ろうと運試しに飛び込んで、いっそうヘマをこいた訳か。
とは言え追う側にとってもここはきつい道。先頭の者が合図を出して、五人一列になった。
そんなことをしている間にこの逃走者、一層走りにくい道に入り込んでおいて、なお逃げ惑わんと闇雲に走るものだから、やがては注意力も散漫になって、足元に目がいかず、
ほら、足を取られて――
「……!!」
追っ手の先頭が、目を剥いた。
この逃走者。足元のゴミ箱に足を取られて転倒するかと思いきや、それを華麗に避け、しかも後ろ足でこちらに向けて蹴り飛ばしてみせたのだ。
転がってくる空っぽのゴミ箱にぶつからぬよう、慌てて飛ぶ先頭のウマ娘。
後続も次々脇に避けるなり急停止なりを余儀なくされた。
「何をしやがる!」「待てや!!」
とんだ無法行為に罵声を浴びせる仲間たち。
振り返った逃走者は、追っ手を軽く一瞥してみせた。
そのフード越し覗く口角歪んだ笑みは、
「おっと悪い悪い、足が滑った。けれどもそもそもこれはそういうレースだろう。お前たちが仕掛けた」
と不敵に告げているのだ。
大体逃げる相手をこんな場所に追い込んだのはお前らなんだろう。お前らが有利にレースを運べるように。
それならコースの不整備で起こるイレギュラーってやつも、甘受しねぇとな。
「ふっ、やるじゃねぇか」
相手からの思わぬ意趣返しに、追っ手たちも「久々に骨のある相手が現れた」と、俄然やる気をみなぎらせるのだった。