交戦規定 ~Outlaw Runner~   作:椚木

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VS追跡者(その2)

 競争は続く。

 依然前を行く逃走者に、追いかける追跡者。

 

 逃走者は先ほどのような物を蹴ってみせる不埒な行為にこそ及ばないものの、度々止まっては90度道を折れ曲がり、追っ手を撒こうとする行為に及んでみせた。

 無論追っ手もその様な企みに惑わされること無く、身体を傾け巧みにコーナーを曲がって見せ、逃走者と距離を詰める。

 

 もう何度めかになるカーブでのことだ。

 何かを見定めた追っ手のリーダーは、後ろ2人に合図を出した。それを受けた2人はにやりと頷くと、前3人の入った路地には行かず、そのまま直進する。次いで次の角で路地に入り、並走するように駆けるのだ。

 既に相手の進む道は読めた。

 反対から回り込ませ、先回りするつもりなのだ。そして両側から取り囲めば万事休すだ。

 

 そうとも知らず、これが最後の直線となるだろう路地を行くまぬけな逃走者。

 行く手の右側は、ビルの壁とブロック塀が続くばかり。入り込む道は塞がれている。

 一方の左側はごく限られた曲がり道があるが、そこを曲がって再び元の方へ進もうとしても、その先は突き当りになっている。かと言って反対を行けば、こちらが先に回り込ませておいた伏兵が待ち構えていて、といった具合だ。

 

 奴はもう詰んでいるのだ。

 いや、辛うじて残された手段は、このまま諦めること無く直進を続けることだろうが、これについては、裏路地のストリートレースで一日の長がある我らが圧倒的有利。

 

「おいっ」

 

 そんなことを読んでいたリーダー、今は先頭に代わったウマ娘が背後から呼ばれる。

「何だ」

 調子良くなってきたところに水を差すなと言いたげなリーダーに、仲間が急くように尋ねた。

「何かあいつ、急に速くなってないか」

「速くって――」

 

 仲間に問われたリーダーは、初め突然何を言い出すんだと言いたげに、しかし思いついてはっとなる。

 

 おかしい。これだけ細い道なのに。何であいつ、ちっとも減速してないんだ。

 壁に身体を擦り足元を取られ転ぶこと気にする素振り無く。

 

 いや、そもそもおかしいのはこの道。ビルの裏にありながら、たまに並ぶ室外機のほかは、そこに在っただろう物の全部が全部、何処かへ片付けられているのだ。

 

 故にランナーは安全を確保したままトラック上のように足を運ぶことが出来る。

 

「やられた」

 

 ここに至って追っ手は気付かされる。

 

 そもそもこの裏路地のコース、我々にとってのホームグラウンドの様なものだと思っていた。そしてそれは事実だ。

 だが何故相手がこのコースの特性を事前に把握していないと思っていた?

 

 初め右往左往するように、角を曲がってみせた。あれは自身道に迷っているようで、実際は想定されたコース、すなわち今の直線へ誘導するつもりじゃなかったのか。

 わざとらしくゴミ箱を蹴ってみせた。あれはこちらへの意趣返し兼挑発と考えていた。しかし実際には我々に「攻撃」を警戒させ、細い道で仕掛けることをさせなくしたのだ。

 故に我々はこの道を利用した挟み撃ち作戦を取らざるを得なくなったのだ。 相手の思惑通りに。

 

 そして奴は自分が走りやすいようあらかじめ物も全て片付けておいて、ここで決着をつけるつもりだったのだ。

 無論、狭い道を走る走法も学んでいただろうことは言うまでもない。

 己が勝つための準備をするのは、当然のことだろうとばかりに。

 

 まんまと相手に乗せられた。

 

 大体最初我々が追い詰めた逃亡者の前に横から悠然と現れた時点で、「初めから捕物がどの様に推移するかも分かっていた」と考えるべきではなかったのか。コースも熟知しているのだ。

 

「くそっ」

 気づいた時にはもう遅い。

 慌てて駆けたとして、脚力――あとは純粋なかけっこだ――で及ばないのは、傍目にも明らかだった。

 

 逃走者は悠々と加速――そうだ、この前を往くウマ娘、素で走ればここいら一帯のウマ娘とはレベルが段違いだ。

 

「何だよまるでこいつ……」

 

 そんなことを考えている間にも、ロケットのように急加速した逃亡者は更に距離を広げていく。

 

 さぁ、もはや行く手にお前を遮るものはない。

 自在に脚を運んでいくこのウマ娘。ビル間を吹き抜ける風となって、勢いがつくあまり被っていたフードが剥がれた。

 露わになるのは、右耳の前に乗った小さなクラウン。

 頭部の前面から幾条もの前髪にかけて走った流星が、風になびいてはためいた。

 

 次いでフードの前が開かれれば、このビル風吹きすさぶ中寒くないのか、へそ出しの戦闘的なストリートファッションに身を包んだなりがありありと示し出される。

 

 その装いは、彼女がこれから生きていこうという場所を示すその宣言にも思えた。

 

 ただ今はそんな感傷とは無関係。

 己を追いかける追跡者を、アスファルトを蹴りつける音と共に遥か後方へ置き去った。

 

――相手を突き放した末、これで勝負アリと見定めた逃走者である。

 路地を抜けた先、駅へ向かう大通りの歩道の開けた場所に立って、競争者たちを待ち構える。

 その頃にはレースの行方をおっかなびっくり見届けた最初の逃走者、小さなウマ娘もこの勝利者のもとに駆け寄って、その隣に隠れるようにする。

 ときおりチラチラと彼女の小脇を伺って、「そもそも私の逃走目的であった、例の物は忘れられていませんよね」と心配そうな顔を浮かべて。

 

 無論例の物はきちんと彼女の腕の中。

 救世主は使命を果たした。

 

 間もなく追跡者たちが息を切らしながらやって来た。

 彼女らを見据えて、この逃走劇に割って入ったウマ娘は、告げるのだった。

 

「今回のレースは私の勝ちだ。だからこれも、預からせてもらう。ああ、不満があるっていうなら――」

 

 力尽くでも奪ってみるかい? 何ならこのまま1VS5で戦ってもよいのだが。拳で。

 如何なる勝負でも自分が勝たないと気がすまない種族特性ゆえ、ギラついた瞳を輝かせそう語るこのウマ娘だが、敗れたウマ娘はハッと息を吐いて。

 

「今さらそんなくせぇ真似出来るかよ。今回のレースはあたしらの負けだ。だからそいつはお前に預けておく。だが次は覚えておけよ。駅までの道の安全は保証してやるが、そこから先は知らねぇ」

 

 追っ手のリーダーはそう吐き捨て、取り巻きを引き連れまたあの路地へと戻っていくのだった。

 

――相手の姿が見えなくなったのを確認後。

 

「ふぅ……」

 人心地ついたように息を吐いた。

 

「流石に本当に戦っていたら、勝ち目はなかっただろうね」

 

 一般人も通る表の通りだったし、奴等もよもや挑んできまいと踏んだ上での挑発だが、流石にこの様な啖呵は本人も慣れていないと見えて、このウマ娘も冷や汗が垂れるのを隠せない様子だった。

 

「あ、あの……」

 そんな彼女に、隣に控えていた少女がおずおずと話しかける。

 

「なんだい」

 

「あ、その……ありがとうございました」

 そのまま勢いつけて頭を下げる。

 

「止めなよ。私はただ通りがかりにアンタがあんな風に追っかけられているのが見ていられなくて、ちょーっと加勢に入っただけさ。なに、ちょうど私も鬱憤が溜っててね。それを代わりに晴らさせてもらったのさ。だからアンタにそんな風に感謝される筋合いない」

 などと、すっとぼけて見せた。

 

 それでも少女はただぺこぺこと頭を下げて、のべつ幕なしに思いつく限りの礼の言葉を述べるのだった。

 

 精一杯の感謝の気持ちを伝えきり、ようやく納得したのだろう。

「では、私はこれで……」

 

 そう言って最後に深く1度頭を下げると、踵を返し雑踏の中に消えていこうとする。

 

「待ちな」

「え」

 

 助けてもらった相手に呼びかけられて足を止める。

 一体何だろう。

 まさか今になって「気が変わった。やっぱり荷物を置いていきな」なんて……。

 

 肩をビクリとさせおずおずと振り返る少女に「心配ない」とばかりに微笑みこのウマ娘は伝える。

 

「さっきまで追われてた身だろうに。まさかこれから1人でお使いを続けようっていうのかい。ほら、私がついて行くよ」

 

 そう、同道を申し出る。

 

「あ、ありがとうございます!」

 この日出会った救世主様との同行の延長という思わぬサプライズに、このウマ娘は、喜色を浮かべて礼を述べるのだった。

 

 

 

 ゆったりとくねる街道を北上する。こちらから駅まで向かうのは迂回する形になってやや遠回りだが、安全を重視した。

 

 聞けば用事があるのはまさに駅前だという。

 そこに目的の物を持って待ち合わせた仲間と合流するのが、この小さなウマ娘の「使命」だったのだと、彼女は同行者に伝えるのだった。

 

 そう言えば名前を聞いていなかったなと、この同行者が尋ねると、

「えっと私の名前はコールオブダイヤです」

 そうスラスラと答えてみせた。

 すっかり彼女のことを信用しきっているのだ。

 

 その名前を聞いて軽く目を見開いた同行者だが、背丈の差もあって相手には気づかれなかった。

 

「そうか、いい名前だ」

 そう述べるこのウマ娘に、

 

「あの」

 小さなウマ娘が隣を見上げ、今度は彼女から尋ねた。

「そう言えば、私も貴女の名前をお聞きしていませんでした」

 

 自らの恩人の名前をどうしても知りたいんだ。そんな一心で問う少女。

 

「私の名前かい」

 

 尋ねられたウマ娘はしばし思案するように顎に手を当てて、

 

「オーデン。オーデンアジリティと呼んでくれ」

 

 そう名乗った。

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