さてウマ娘が走るために生まれてきた生き物であることは周知の通りだが、それは例えば【トゥインクル・シリーズ】の様な至高の国民的スポーツ・エンタテイメントに参加する、ごく限られた者だけに留まらない。
至高の舞台、そしてそこに参戦するためにトレセン学園に入学する者はウマ娘の中でも、狭い門をくぐり抜けたほんの一部。
けれど願いが叶わなかった、初めからそうした道に進まなかったウマ娘たちだって、その本能には抗えない。
だから彼女は走る。
公道の専用レーンで。河川敷で。山道で。廃墟となった郊外の施設で。
そして街の裏、人の目の届かぬ場所で。
無論彼女は1人じゃない。
我が走れば彼も走る。皆、その裡に抑えきれない闘争心を秘めているのだから。
ウマ娘同士走る舞台が重なれば、必然何が起こるか。
競争だ。
何故ならウマ娘とは、走るために生まれてきたと同時に、「自分こそが一番」だと信じては願って止まない生き物だから。
だからそれが“いつ”発生したのかは正確には分からないし、何ならば彼女らの『習性』その後で自然発生したと言う方が正しいのかも知れない。
ストリート・レースの始まりだ。
最初はレギュレーションなんて有ってないようなものだから、お互い走っている最中に「これは」と目したライバルに出くわしたら、どちらからともなく「私のほうが速いのよ」と闘志を剥き出しに。
それでそのまま競争が始まって、双方死力を尽くして走りあう。どちらかが「ギブアップ」となったら決着がついてと言った具合だ。
こうやって始まる野良レースだけど、良く考えてみれば双方にとって公平でない。
何故って互いにランニング途中で突然始まるレースだ。コンディションだって様々なら、体力もそう。一方がより長く走っていて疲れている可能性だってある。
これでは勝った方だって、本当に自分が強くて勝ったのか、納得できないでないか。
だから事前に打ち合わせてのレースが始まるまで、そう時間はかからなかった。
よし、俺とお前でいついつの時間にどこどこでレースをしよう。
スタートはここでゴールは向こう。どっちがゴール辿り着くのが早いか。そんな風に日取りとレギュレーションを決めて、レースの約束を交わす。
そして待ち合わせの日に現れて競争をしてと、【私的決闘】の始まりだ。
当然「誰々と誰々がレースするらしい」なんて噂が広まれば、面白いレースがあると踏んだ野次馬がどこからか現れる。
人間もウマ娘も、自分を熱くさせてくれるものには目がないものだから。
当たり前の話だが、人々から注目されるレースほど、集まる人数だって多い。
印象的な出来事が起これば人々の口の端にものぼるようになり、観衆が増えれば話題は更に遠方へと広まり、注目する者も更に増えていく。
そして脚が速い奴は、レースに強い奴は。より皆から支持を集めて慕われていく。必然の流れ。
皆から集める支持=自分の強さ・人気のバロメーター
だから出走者たちも観衆に向かってパフォーマンスする。
「あの人だ」って分かる装束に身を包んで見せたり。
対戦者や観衆に向かって挑発じみた言動をしてみせたり。
自分やファンが理想とするキャラクターを演じてみせたり。
観衆の方も、有力な出走者を見分けては「あ、この人直線に定評がある出走者だ」って記憶したり、自分の贔屓する出走者を見つけてファンになったりと言った具合。
そうやって出走者としての『パーソナリティ』とでも呼ぶべきものを確立し、今日もストリートに君臨する。
おかしい。思い思い走っていた筈のそれが、いつしか『自分』を背負った【闘争】と呼ぶべきものにでもなってしまったぞ。
出走者たちの活動は、「個」のそれに留まらない。
お互い気に入った者同士が意気投合したり、「ライバルの誰それを倒したい」「技を磨きたい」といった共通の目的を持った者同士が示し合わせたりして、【チーム】とでも呼ぶべきものが結成される。
そうやって自然発生した【チーム】の中には、本当にそれが正式な【チーム】であると名乗りを挙げるところもある。
曰く、「仏恥義理」、「弾剃」、「L/Roars」…………。
大きいチームともなればその名は全国区に広まっていくから、聞いたことあるチーム名もあるんじゃないかな。
チームが生まれればその中でウマ娘同士の鞘当てってものが起こるし、当然チーム間での競争や利害関係から、チーム同士の対立が生まれることだってある。
そこで起こる抗争は、とうとう個人間のそれを越え、チームの枠組みで戦略や外交が繰り広げられる、より規模の大きい戦いとなるだろう。
観衆は更なる熱狂に胸を高鳴らせるのだ。
他を寄せ付けない、圧倒的な【英雄】の誕生。
それを引きずり降ろさんとする蟻の群れと、展開される恐るべき【策謀】。
日々敵対と同盟の入れ替わるチーム間の【抗争】に。
かつて栄華を誇った最強の集団にも遂には訪れる【下剋上】のとき。
これまで燦然たる輝きを放った【最強】の退場に涙すれば。
そうしている今にも新たなる【英雄】が産声を上げる。
人々は眼の前で日々繰り広げられる物語に一喜一憂しながら、更に己を興奮の坩堝に引きずり込んでくれる【物語】を渇望して止まない。
日常に不満を抱えた人々は、レースで走る競争者たちを己が夢を叶えてくれる代理闘士に見立てて、彼女が体験する【物語】を、自分のことのように感じて止まないのだ。
「そんな高尚なこと考えてないよ。俺はただレースの勝ち負けを占ってるだけだ」なんて宣う者だって、結局はその勝敗予想において贔屓からは逃れようがない。
で、その「贔屓」を産み出すのが、今語ったような【物語】だってのは、言うまでもないだろう。
そうやって【舞台】<シーン>が生まれていく、レースそれ自体がエンタテイメントとして確立していく。
おや、この流れどこかで見なかったか。
――何のことはない。
「何とか学園」の生徒たちが参戦する「何とかシリーズ」とかいう何とかエンタテイメントと、何ら変わりは無いのだ。
その熱狂の構造において。
もちろんこれは先に言ったように、正確にはいつ頃起こったことか分からない。何なら全国各地で、同時多発的に展開した現象だ。
「ストリート・レース」その定義について、明確に定めたものはないし、何なら観客が求めるもの、そして競争者が追求するものだって、それこそ様々だ。
ある者は純粋にスピードを追求し。
ある者はレースでスリルと波乱を求めてより観客を熱狂させんとし。
また別の者は人々を幻惑させるパフォーマンスに自身酔い痴れる。
負け続けることで愛される者もいるが、まぁそれは例外中の例外かな。
流行は移ろいゆくからその都度追い求めるものを変遷させる者もいれば、あくまで自分が追い求めるものを固持する者もいる。
その辺も一般社会と変わりない。
――とまぁ「ストリート・レース」に関して今言えることはあらかた語り尽くしたが、でこの辺りの「ストリート・レース」界隈一帯に今、【異変】が起こっているらしい。
そんであの【騒ぎ】となっていた訳だが、今はただ謎がある。
「これは全て、私が始めたことなんです」
と語った【小さなウマ娘】、コールオブダイヤの真意。
彼女が懸命に運んでいた物。
そして突如オーデンアジリティを名乗るウマ娘が、この闘争の【舞台】に現れたことで、一体どの様な波乱が巻き起こるのか。
それでは物語を続けることにしよう。