交戦規定 ~Outlaw Runner~   作:椚木

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VS内通者

「きゃっ」

「うわっ」

 

 向こうからすごい勢いで駆けてくるウマ娘を、慌てて避ける通行人たち。

 躱そうとしてよろけてしまった女性を、隣の同行者らしい男性が咄嗟に支え助けた。

「どいたどいたどいた」

 群衆の中悪目立ちしている現状に怯むこと無く、逆に威嚇するように声を荒げ、行く手の前に立つ通行人たちをどかそうとするタイトアンドチニーだ。

 少し走った後右と左どちらに進むか瞬時迷い、ショッピング・モールに入るのは自殺行為と判断した。

 反対方向へ歩行者デッキを駆け抜け、狭い階段から降りていく。

 

「……ええい、ままよ!」

 

 駆け下りるのももどかしく、階段の中途そのまま手すりに手をかけるとそのまま下の道路へ飛び降りてみせた。

 

「きゃああ!」

 

 突然上から降って来たウマ娘に、驚いて悲鳴を上げる罪のない歩行者。

 数メートル下のコンクリートの地面への落下は流石に脚に堪えたようだが、すぐに意気を立て直すと、そのまま駆けていくのだった。

 

 そんなタイトの逃走を、無論オーデンも手をこまねいて見ている訳ではない。

 

 タイトの罵声でモーゼの海割りのように分かれた群衆の隙間を縫って、後から追いかけるのは却って容易かった。

 流石に階段を飛び降りる訳にはいかず駆け下りたが、その時タイトがどちらへ逃げたか分からず辺りを急いで見回すと、

 

「反対方向です。駅の方に逃げました」

 上からタイトの動きを逐次見ていた眼鏡のウマ娘グラスナルビーが、オーデンに叫んで告げるのだった。

 

「今交差点を渡って角を左に。西の方に逃げてます」

 最初の報告を聞いた時には既に駆け出していたオーデンの背中に、そう伝えるグラスである。

 

「ひぃ、ひぃ。うちの加速はどんなもんや。『逃げ』ならば、スクールの生徒ともタメ張れたんやからな」

 

 疾駆するのは、高架を走る路線と平行に走る、地上の街道。

 太陽の沈む西に向かって一目散に走りゆく。

 皮肉にもそれは、先ほどオーデンたちが辿ってきた道、その逆走。

 

 体力に自身のないタイト。持久力勝負になったらどの道負けるから、早々と逃げを打って相手と距離を開け、そのまま姿を晦ましてしまおうという魂胆なのだ。

 逃げが云々とははるか昔レース・スクールに通うような子どもらと走ってた頃の話だ。それでもあたしだってストリートでそれなりに腕を磨いているんだから。そうタイトは自負していた。

 

 そんな彼女が前方にいるのを見定めたとき、既にオーデンとは距離が優に交差点2つ分に渡って離れていた。

 グラスも後を追いかけているが、流石に射程圏外。

 もう頼みの綱はオーデンだけだが、その彼女にしても先のレースで疲れが残っている筈だ。そしてこの距離のハンデがある。

 

 更にはこのコース。

 当たり前だが車両も行き交う道だ。信号で制御されている。

 

 タイトは車両が通ってどうしようもない時はその場で足踏みをし、通行がなくなり次第赤でもなりふり構わずといった様相だが、追う側はどうする。

 彼女を捕まえる為にこちらもなりふり構わず追いかけるか――。

 

 それらの諸条件がありながら、しかしオーデンは、

 

「―――――」

 

 ただその場でスタートの構えをとるばかりだ。

 腰を落とし、重心を低く落とす体勢になり、じょじょにもっとも弾みを付けられる位置まで後ろ足を持っていく。

 噴射のタイミングをはかるような、動き。

 

 第三者が見たら何を悠長なことと焦るのではないか。

 だが、オーデンはぶれない。確信しているのだ。そしてそれは叶った。

 

「ああ、私はこう在っても。紛れもなく一族なのだな。確かにここでもこうなるのだから」

 

 それはこの闘争を勝利に導く福音でありながら、しかし宿痾と呼ぶべきものへの呪詛。

 

 

 前を、視る。

 

 その瞬間である。

 

 

 前方のすべての信号が、青に変わった。

 

 スタートを切る。

 

 遅れて駆けつけたグラスは見た。

 圧倒的なスピードで、オーデンが駆けるのを。

 鋭い前傾姿勢で風を切る。いや、彼女自身が鎌鼬となって、タイトを切りつけんとするかのような追撃戦。

 

 最前「すべての信号が青に変わった」とは言った。無論すべての信号が同時に青に変わるなどということはないし、厳密に言えば数個先の信号は赤のものもあった。

 ただ彼女がたどり着いたちょうどその瞬間に、それら信号も青に変わった。まさにそうした意味で、「すべての信号は青」なのだ。

 「こうあるべき」という確信が、現実をそう導く『運』を引き寄せる力。

 

 そんなことよりも彼女の駆ける速度。尋常でない。

 

 子供の頃運動会でかけっこ自慢だった?

 近所じゃ敵なし?

 スクールの子ともタメを張れた?

 

 は、そんなのとは桁外れだ。あれを前にしたらタイトのふかしなど「お山の大将」だ。

 しかも既に一戦混じえた余力であの速さ。

 じゃあそんな状態で周囲と抽んでた彼女は一体何なのだ。

 

「まさか……」

 グラスは遥か彼方に飛び去った競争者を見据え、そう結論付けて良いのかと唸るばかりだ。

 

「へへ、もうここまで来れば」

 背後に迫る追跡者など露知らず、内通者はそう余裕の現れのように漏らす。

 1kmも走れば折れ曲がりやや北へ進路をとる街道だが、その辺りでもうペースを緩めて路地に潜り込んでも良いだろう……。そんな皮算用までする始末だ。

 

 ぞくっ――

 

 その思考は、背後に迫る気配で打ち切られた。

 

 背中に冷たい鉄の塊を押し付けられた。

 膨れ上がった増長を鋭く冷たい針で一息に刺されたような。

 いや、膨れ上がったのは相手の気配か。それに小さな獲物の自分が呑み込まれんとする。

 何と評すのが正確なのか、グラスには分からない。これまで味わったこと無いあらゆる感覚が一挙に押し寄せてないまぜになったような混沌。

 

 ただ1つ言えるのが、

 

「追われている」

 

 ストリートでだってそれなりに場数を踏んだ。そんな自負とは比べ物にならない圧倒的な暴が、押し寄せてくる。

 それを背にしたとき、タイトは精神と肉体が切り離され、己の脚が、ただ自動で動く機械に成り代わっているのを感じるしか無かった。

 

 ただ結局のところ、それは自分が感じた印象。

 相手からすれば、この街道の走破も、それこそこれまでの人生無数に走ってきた経験その一回に過ぎないのだろう。

 

 それを証拠に、グラスがこうして惑乱していたのは、実時間にしてほんの一瞬。

 背後にいたオーデンはあっという間に彼女の横につくと、極めて涼しい顔でこう言うのだ。

 

「このまま並走すると危ない……。ひとまず止まってくれるかな?」

 

 スイッチオフ。機械は停止した。

 この時点で『逃げ』を打つタイトはまだペースを落としておらず、にも関わらず速度比べで純粋に負けた。従って自力の勝負での完敗と認める他無い状況であった。

 

 

――逃げる時は瞬く間に通り去った道だが、歩いて帰るのは実に億劫なものだ。

 

 途中追いかけてきたグラスと合流し、彼女はスマホで「そこで待っていてください」と駅で待機している者たちに連絡する。そのまま3人連れ立って戻ることにした。

 

「…………」

 

 裏切った挙げ句にその相手に捕まってしまったことのショックかはたまた先ほどのレースの衝撃か。すっかり意気消沈し無言のタイトアンドチニーである。

 その両脇を挟んで歩くオーデンとグラス。

「…………」

「…………」

 

 そんな無言の沈鬱を埋めるかのように、眼鏡のウマ娘が口を開いた。

 

「それにしても」

 1つ向こうのオーデンに語りかける。

「なんだい」

「何故」

 

 「そんなに速く走れるのですか」などと、凡庸な問いかけはしなかった。

 

「彼女が内通していたと」

「ああ」

  オーデンは息を吐くように言葉を続ける。

 

 「その話ね」

 実際あの時はこちらから半ば恫喝と言いがかりで理不尽に追い詰めたようなものだから、味方からそう問われても不思議ではない。

 問われたオーデンは説明する。

 

「『監視のため』になんて言ってどこかにいたらしいが、わざわざ味方から姿の見えない場所まで離れる必要があるか。逐次報告するなら、傍にいたほうがよほど良い。それに本当に敵さんが来て逃げる必要があるってなら、全員で示し合わせてバラバラに逃げれば良いだけの話だ。初めから集合していた方が良い。それをわざわざ監視って断る時点でね。妙でしか無いんだ。それに他チームへの連絡だって、今どきスマホでどうとでもなるだろうに。……まだ『お花摘みに行ってくる』の方が信頼できたよ」

 

「ほう」

 

「あとな」オーデンが付け加える。「さっきのストリートレースで決着がついた後、あいつらがこんな事を言っていたんだ。『駅につくまでは安全を保証してやる。その後は知らない』とな。……ここで2つ奇妙なことがある。1つ、何故あいつらはコールの行き先が駅だと知っていた。考えられるのは事前に情報を漏らした者がいた。2つ、駅につくまでは安全だ。それはどういうことだ? その先の安全は保証しない? じゃあ直後に襲いかかってくると。――そんな節操のない真似、するとは考えにくかった。ではと考えたとき、恐らく駅についた後で何かを企んでいる。それを仄めかしてたんだなと、推測してみたんだよ」

 

 タイトの内通は、実のところ相手からも心象が好ましくなかった。だから「こう言うことが起こるかもよ」と(直接は明示しない形で)こちらに伝えてくれたのだろうと、オーデンは語るのだ。

 

 自身内通相手から「捨てられた」ことを突きつけられ、どちらにつこうとどの道詰んでいたことを知ったタイトは、がっくりと項垂れた。

 

 

 高架をくぐり階段を登って、コールたちが待つ駅前の集合場所へと戻った。

 無事USBメモリを取り戻せたことを確認し安堵の表情を見せる3人。しかし裏切りの張本人であるタイトもおり、その憮然とした表情から先の行動が一時の気の迷いなどではなく、本気のそれであったことを知り、すぐに不安そうな顔に戻るのだった。

 

 カツラミヤビとトマトケツィアプの間に立つコールの前に、オーデンはタイトを連れて行った。

 タイトとコール、向き合う形になった。

 一体何のためだと不審がる裏切り者、やや慌てる形で捲し立てる。

 

「ああ、何やねん。今さらよりを戻してくれとか、そんなこと。……こちらからだって願い下げだからな」

 自棄っぱちになってそう吐き捨てた。

 

 あとは「コールが思いつきで始めたことで、騒動に巻き込まれる弱小チームの我々が如何に迷惑しているか」、「あれこれ言いつつ結局のところ安定を乱しているのはお前じゃないか」、「大体チームの代表者でもないお前が勝手に物を持ち去って信用を裏切ったんだから、こちらも裏切りを企んで何が悪い」

 と言ったことをのべつ幕なしに言い立て、自身の正当化をはかるのだった。

 

 「自身相手からそう悪く思われていたのか」といったことを直接突きつけられ、にわかに表情を曇らせるコール。

 その様な中、

 

「謝れ」

「は?」

 

 1人その様な流れお構いなしに、この弾劾者に対して告げる者がいた。

 

「さっき胸を突いて彼女を躓かせただろう。それを謝れ」

 

 騒動だのストリート界隈での責任だのそんなことはどうでも良い。

 ともかく先の暴力行為について謝罪しろとオーデンに告げられ、しばし虚をつかれた形になったタイトであったが、しかし彼女から真摯な顔で見据えられると、

 

「……すまんな」

 素直にコールに向かって頭を下げるのだった。

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