セーフティハウス
「わああ」
マンションに誘われるなりソワソワし通しだったコールだが、招かれたオーデンの部屋に足を踏み入れるなり感嘆の声を上げた。
プラネタリウムが上映できそうな大きな白い天井を見上げる。
床はリノリウムのツルツルのエリアと、絨毯でふかふかのエリアとが分かれていて、どちらにいても両の足に心地良さを伝えてくれる。
幅広の窓に駆け寄って、昼間は太陽の光を取り込んでくれるその窓から景色を眺めれば、眼下にはあのレース場が。コールたちがいるストリート界隈も、この景色の中では街並みの中にすっかり埋没しているのだ。
部屋に視線を戻せば、家具や調度品も、シンプルで実用的な配置の中に隠しきれない格式高さがぷんぷんする。
キッチンだってこんなにピカピカ。収納場所にも事欠かないときた。
「っていけない。ついあちこちを」
コールの驚嘆に、「はは、大げさだよ」とオーデン。
まぁ確かにハウス・キーパーだのコンサルジュだのがついている訳でもなく――そんなものがついているのを目にしたら、たちまち卒倒してしまったことだろう――、部屋が広く感じたのも一人暮らしで物が少ないゆえ、幾分開放的に感じられたというのもあるだろう。
あくまで「正体の知れぬ1ウマ娘」が所有する「住居」としては、不相応に感じられるといった程度のそれだ。
それでもこうして案内された場所はなんだか「秘密基地」めいていて、コールのような自分だけの空間を夢見る年頃の子供には、眩しすぎたのだ。
「私と年齢もそんなに変わらないのに、こんなところに住めるなんて凄いですよ」
称賛するコールに、
「昔取った杵柄と、一族……まぁ親戚からの財産の蓄えを切り崩しているだけだよ」
なんてオーデンは寂しそうに語るのだった。
そんなオーデンの返答にも、コールは謙遜としか受け取らないから、もちろん素直に凄いと感じるわけであるが。
玄関近くのオーデンのところまで戻ってそんなやり取りを交わしつつ、気がつけばウキウキ気分リノリウムの床の上でスケートの真似事をしつつあったことに気が付き、ハッと赤面した。
そんな小さなウマ娘にオーデンは微笑ましい表情を見せる。
そして一度あちこちを見回した彼女を、あらためてリビングに招いた。
「はぁぁ」
ソファに座り柔らかなクッションに背を預けると、これまでの疲れや緊張が思い出された。一気に脱力し、このまま自身ふわふわに蕩けて(?)クッションと一体化してしまいそう。
「無理もない。しんどかったら横になると良い」
「このままで……大丈夫です」
辛うじて意気を取り戻すと、「じゃあ私は片付けがあるから」とドレッサー・ルームの方に行ったオーデンを見送る。
一人になったコールの頭に、この半日であったことが去来する。
ストリートのチームルームから、あろうことかチーム員の自分が、皆にとって大事な物を奪って逃走してしまったこと。
当然追っ手を差し向けられ、逃げ惑ったこと。
いよいよ裏通りに追い詰められたとき、眼の前に現れた救世主。
彼女に助けられ目的地までたどり着いた。
そこで内通者の発生という裏切りに直面するも、何とあの救世主が再び立ち上がり、逃げる内通者を捕らえてみせた。
そして内通者タイトを彼女の前に引き出したオーデンが何をするのかと思えば、暴力行為(と言っても「乱暴な接触」というのが正しいか)への謝罪であった。
あれだけ突拍子もなく登場して代理レースを引き受けてみたり、話に聞くところによるとタイトを捕らえるため車も行き交う街道をまっ直線に疾駆してみせたりした。そうした豪胆さとは裏腹に、妙なところで律儀なところがあるのが不思議だ。(そう言えば最初のストリート・レースでも、わざわざ道にある障害物を、あらかじめ片付けていたという。バイクや自転車みたいな重たいものもあっただろうに)
ただコールは、そうした暴力行為への収拾の付け方・配慮に、高貴な者が持つ、「魂」と呼ぶべきものを見たのだった。
そして……。
胸を打つような感動から、一転。決して喜ばしくないことを思い出し暗い顔をする。
結局、内通者のタイトからUSBを取り戻すことに成功した訳だが、そこであらためて残った者同士で同盟締結ということには、ならなかった。
「あんたが余計なことしやがったから」と依然コールをなじる内通者タイトと、よりを戻すというのも厳しい話だ。それに加え当然ながら「呼びかけた者の中に、内通者がいた」という事実そのものが、「このまま同盟を結んでよいのか」と残った者をも及び腰にさせてしまうのだ。
例えばトマトケツィアプなどは「うちは元々呼びかけのあった者全員が組むこと前提で段取りを進めていたから、タイトさんが抜けたら話が変わってしまいますのや」と、主張する。
一方でカツラミヤビやグラスナルビーからしたら、「一度裏切った相手を同盟に招くというならば、安全を保証できないと見て、こちらの脱退を考えさせて頂きます」と、いった具合。
まぁ結局のところあれこれ注文をつけられているが、「この度同盟を結ぶのは見送りましょう」と、やんわりとはねつけられていると見るのが正しかった。
そうした訳で、コールが漕ぎ着けた同盟締結の約定は、決裂という結果に終わった。
――今さらチームにも戻れず行き場のないコールだが、「これからどうしよう」と途方に暮れかけたところを、オーデンに「家に来な」と誘われる。
それで家族には「友だちの家に泊まることになった」と電話をして、彼女の招きに応じたのが、先ほどまでにあった出来事である。
間もなくオーデンがリビングに戻ってきた。
着替え、と言っても来ていた上着を脱いだだけのラフな格好。まだ入浴はこれからだから、本格的な着替えは後で良いという感じなのだろう。
コールが暗い顔をしているのを見て、
「まっ、まずは風呂でも入ってリラックスしようか」
そう呼びかけるのだった。