みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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生い立ち編
赤ちゃんと陛下


GARDEN『ランヴィリズマ』第二層──最高中央司令室。

 

第九軌道人類史における最後の砦。

空を漂う浮遊大陸の中枢、その“方舟”の司令室には、たった一つ、異様な光景があった。

 

広大なフロアの中心。白く輝く床の上に、久条運命は正座していた。

背筋を伸ばし、大窓から差し込む陽光を肩に浴びながらも、その姿はどこか居心地悪そうに見える。

 

音のない空間。無機質な空気に、足音一つすら吸い込まれるような静けさが満ちていた。

 

そこへ、冷ややかな声が響く。

 

「──で、あなたは本来ならば排除するべきであった魔剣(これ)を持ち帰ってきたと」

 

正面、数歩先。仁王立ちしていたのは一人の少女──GARDEN最高司令、マリア。

運命の実質的な上官である彼女は、微かに額に青筋を浮かべながら、隣に立つ桃髪の少女が抱える“それ”を親指で指した。

 

『……うん、はい。そうです……』

 

ぴたりと睨まれた運命は、おずおずと答える。

緊張からか、伸ばしていた背筋がふっと縮こまった。

 

「まあまあ、マリアもそんなに怒らないであげて? 運命くんも、悪気があって連れてきたわけじゃないんだから」

 

桃髪の少女がふんわりと笑みを浮かべ、腕に抱えた“それ”に問いかけるように優しく声をかける。

 

「ねー?」

 

その一言に、マリアの額の青筋がピキリと一段濃くなる。

 

「悪気……? それがないから、余計にタチが悪いんじゃない! いったいどうするつもりなのよ──!」

 

そして叫ぶ。

 

「魔剣から出た赤ん坊なんて──!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ママはこの子が危険じゃないかどうかちょっと見てくるねー」

 

自らを“ママ”と名乗る桃髪の少女──メイズは、腕に抱いた赤ん坊の頬にふわりと頬を寄せ、小さな鼻をすり寄せるようにあやした。

赤子は短くくぐもった声で泣いたが、メイズはまるで花をなでるような手つきで背をさすっていた。

 

「よしよし、ねー、怖くないよー。ママだよー?」

 

司令室の無機質な空気には不釣り合いな、優しい声色だった。そのままメイズは腕に抱く赤ん坊をあやしながら司令室の入口まで歩き出す。大きなため息をついて、マリアも仕方なく彼女の後を追った。

少女二人は静かに司令室の出口へと向かっていく。

 

その背を見送りながら、運命は立ち上がろうとした。

 

『あの、私も行ったほうが──』

 

「あなたは、赤ん坊の調査が終わるまでそこで正座!」

 

ピシャリと雷のように声が飛んだ。マリアが振り返ることなく指を差す。

運命は肩をビクつかせ、その場にしゅるりと縮こまった。

 

『……はい』

 

素直に答えるものの、声はすっかり小さくなっている。

萎れた背中が、みるみるうちにぺしゃりと折れた。

最初はまだ威厳を保っていたその正座は、もはや見る影もない。

 

──なお、久条運命の正座が解かれたのは、それから約十二時間後のことである。

 

 

 

半日にわたる正座の末、ようやく開放された運命は、赤ん坊を抱えたまま軌道エレベーターへ乗り込んだ。

低く唸るような駆動音。重たい扉が閉まり、エレベーターはゆっくりと下降を始める。

カゴの中にいるのは、運命と赤ん坊、ふたりきりだった。

 

『……メイズママの配慮、かな』

 

苦笑まじりに呟いて、赤ん坊を改めて持ち上げる。

小さな体は、ふにゃりと頼りなく。それでも確かに生きている。

泣きもせず、笑いもせず。

その赤子は、ただじっと、運命の顔を見つめていた。

 

『ほんとに……普通の赤ちゃん、だよね』

 

魔界の僻地に乱立していた小型の神域、その一角に不自然に集まっていた種子体の中。

その中心から出てきたという事以外、この子はどこにでもいる“人間の赤ん坊”だった。

けれど、その「普通さ」が、逆に不気味でもあった。

 

『……でも、どうしようかなぁ』

 

仮面の目尻が垂れ下がる。

勢いで拾ってしまったとはいえ、マリアにもメイズにも報告してしまった今、自分が面倒を見ないわけにはいかない。

責任は、もう確定している。

 

『私、子ども育てたこと……ないよ』

 

──いや、それどころか、まともに触れ合った記憶すらない。

騎士としての任務、GARDENの依頼、ラーメン屋も営む日々。

そんな生活の中に、赤ん坊の世話を差し挟む余地が、いったいどこにあるというのか。

 

赤ん坊が、くぅ、と喉を鳴らした。

まるで、それに返事をするかのように。

運命は、静かに息を吐く。

 

『……誰か、手を貸してくれないかな』

 

その淡い祈りとともに、彼女は静かに赤ん坊を胸に引き寄せた。

キキ……と金属の擦れる特有の音。それと共にエレベーターが制動を掛けながらゆっくりと停止した。

空気が抜ける音。ロックが外れ、重厚な扉が開く。吹き込む外気は、わずかに冷たかった。

その静けさの中、間延びした明るい声が降ってきた。

 

「あれー?陛下、それどうしたのー?」

 

スリット入りの、漆黒のシスター服。

金糸の刺繍が僅かに煌めく裾を揺らしながら、サイドで結った薄桃色の髪が、緩やかに流れ落ちている。

扉の向こうで、運命に向かってにこやかに手を振る少女の姿がひとつ。

 

『……トロイ?』

 

問いかけに、彼女はふわりと微笑んだ。

 

「はーい、トロイさんだよー。メイズママに言われて来てみたけど、また陛下が厄ネタ掴んでて草ー」

 

トロイ──トロイメライと呼ばれる少女。

彼女のいつもと変わらぬ緩やかな笑顔に、運命はふっと肩の力を抜いた。

トロイは、そのままトコトコと小さな足音を立てて歩み寄る。

 

「その赤ちゃん、トロイさんにも見せてくれるー?」

 

間延びした声を弾ませながら、トロイは運命にぐっと距離を詰めた。

普段と変わらぬ遠慮のない歩み寄り方だったが、そのいつもの調子が運命にはありがたかった。

運命は少しためらいながらも、腕の中の赤子をそっと見せる。

 

「わー……ちいさー……」

 

トロイは、興味深そうに赤子を覗き込んだ。

薄桃色の髪がふわりと揺れ、赤子の額にそっと影を落とす。

その目は、笑っているようで、どこか真剣だった。

 

『……変なこと、考えてたりしない?』

 

運命がぽつりと尋ねると、トロイはにこにこと笑ったまま、ゆるく首を振った。

 

「しないよー、そんなこと。陛下は信用ないなー?」

 

トロイの指が赤ん坊の頬を優しくなぞる、触れられた反射で赤ん坊は彼女の指をきゅっと握った

 

「……この子、あったかいねー。ちゃんと、生きてるー」

 

そう言ったトロイの声は、ふだんの間延びとは違って、ほんの少しだけ、芯があった。

 

 

エレベーターの外は、まだ人工灯の仄暗い光に包まれていた。それもそうだ、時間はもう深夜帯に入ろうとしている。

運命は赤ん坊を抱え直しながら、トロイと並んで歩き出す。トロイは一歩後ろ、あるいは横にぴたりと寄り添う位置をとり、足音ひとつ立てずについてくる。

しばらくの静寂。

その中で、トロイがぽつりと尋ねた。

 

「ねえ、陛下。この子、なんて呼ぶのー?」

 

『……え?』

 

唐突な問いに、運命は思わず立ち止まる。

赤ん坊は、運命の腕の中でぐずることもなく、静かに寝息を立て始めていた。

 

「名前。ないままだと、ちょっと困っちゃうでしょー?ずっと『赤ちゃんー』じゃ、さすがにかわいそう過ぎて草散らばるよー?」

 

草だって花だって名前はあるのに、ねー?

トロイは、そんなことを言いながら、にこにこと赤子を覗き込んだ。

 

運命は少し困ったように唇を噛む。

 

『……名前、かぁ……』

 

考えたことがなかった。

この小さな命に、何かを与える責任を、自分が負うことになるなんて。

トロイは、急かさない。

ただ、少しだけ運命の隣で待っている。

運命は、赤子の顔を改めて見下ろした。

小さな小さな存在。それでも確かに、生きている。

その重さが、ほんの少しだけ重くなったような気がした。

 

『……どんな名前がいいかな』

 

思いつくよりも先に、そんな言葉が零れていた。

 

 

 

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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