みにくい魔剣の子   作:えいちゃ

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難産+完全にキャラ性がうちの時空仕様です。





8歳と仰望.1

 朝の光が、すべての色を薄くしていく時間だった。

 区画外縁の空調塔が吐き出す風が、足元を低く撫でる。

 ドローンの羽音も、警報も、今は遠くで眠っているようだった。

 世界が一度、深く息を吸い込んだような静けさ。

 その真ん中で、リンデンは、目を閉じていた。

 彼は、ハルに抱かれていた。

 アクシオンゲートのJOKER。竜の因子を持つとされ、

 “眠り姫”の名で呼ばれる、切り札の少女。

 その小さな腕に、リンデンは柔らかく包まれていた。

 身体を丸めるようにして、頭は彼女の胸元に、背中は膝の上に預けられて。

 ハルはいつものように、寝息を立てていた。

 この姿は、施設内ではもう珍しくもなんともなかった。

 ハルはいつも眠っていて、ぬいぐるみを抱いていて、今日の“まくら”はたまたまリンデンだったというだけのこと。

 誰も驚かない。誰も起こさない。

 薄く、まぶたが震えた。リンデンは、静かに目を開けた。

 眠っていたわけじゃない。眠っている“ふり”をしていただけ。

 この腕の中で、彼はずっと、息をひそめていた。

 胸元の生温い呼吸と、淡く汗を含んだ布地の匂いが、やけに近い。

 動けば起こしてしまう。

 いや、動かなくても、空気が変われば目を覚ますかもしれない――

 そんな想像が、何度も頭をよぎる。

 彼はしばらく、そのままでいた。

 身じろぎもせず、気配すら立てずに。

 ――でも。

 目を閉じて、じっとしているだけでは、何にもなれない。

 そう思った瞬間、リンデンはゆっくりと腕を引いた。

 慎重に、慎重に。

 まるで“ぬいぐるみ”から“人間”に戻るかのように。

 その時だった。

 

「りぃで……」

「ハルちゃんのまくら、なるのは……や……?」

 

 眠たげな声が、耳元でぽそりと落ちた。

 白い指が、彼の上着の裾を小さくつまんでいる。

 動きを止めたまま、リンデンはしばらく黙っていた。

 それは迷いではなく、罪悪感に似たやわらかな痛みだった。

 ――ぼくは今、誰かの“必要”になっているのだろうか。

 ――それとも、ただ“そうしてくれる誰か”に甘えて、役にも立たず、

抱きしめられているふりをしているだけなのか。

 このまま、ここにいてもいい。

 けれど、このままでは、きっと何者にもなれない。

 もう一度、息を整える。ハルの指先が微かに動くが、眠りはまだ深い。

 ぬくもりと柔らかな息づかいが、今も胸元に残っている。

 けれど、今日は。

 今日は、ちゃんと“自分の足”で動こうと決めたのだ。

 そっと、ハルの腕から抜け出す。

 その瞬間、体温がひとつぶん消える。

 少しだけ寒い。けれど、それも仕方ないことだった。

 リンデンは、ハルの寝顔をちらと振り返る。

 小さな鼻、寝癖のついた髪、うすく開いた唇。

 それら全てが、あまりに無防備で、綺麗で、そして遠かった。

 それでも、もう一度だけ小さく呟く。

 

 「……ありがとう、ハルお姉ちゃん」

 

 そして、扉が音を立てぬように静かに閉じられる。

 空調の風が、再び彼の頬を撫でた。

 ――さあ、行こう。

 まだ何者にもなれていないけれど、

 誰かの“ため”に、なれるかもしれないから。 

 彼は歩き出した。

 まだ幼い足取りで、でも確かに。

 この日だけの、ささやかな“旅”の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ほんの少しだけ、風が強くなった。

 

 搬送路を渡る鋼の橋の上で、リンデンは立ち止まった。

 高層区の空はすでに白く、淡い人工光が朝焼けに押し戻されつつある。

 遠くではドローンの羽音が響き、発着所のランプが点滅していた。

 鉄と油の匂い。規則正しく交差する荷台のリフト音。

 そのすべてが、今日向かう“場所”の気配だった。

 

 オッター貿易株式会社。

 GARDENに所属する第六騎士団にして、輸送と物流の中枢。

 幹部や運営は騎士で構成されているが、

 ここにはもうひとつの“顔”がある。

 騎士でもなく、力を持つものでもなく、特別な力を持たない者たちが、誰かのために手を動かす場所――。

 それはリンデンにとって、どこか遠くて。

 けれど羨ましく思える光景だった。

 ポケットの中に、小さく折り畳まれた作業許可証がある。

 ただの紙切れ。けれど、今日だけは、「何者かになる」ための通行証だった。

 風が、髪を揺らす。

 リンデンはゆっくりと歩き出した。

 胸の奥に、小さな決意を仕舞いながら。

 

 鉄と油の匂いが交じる風が、区画の隙間を抜けていく。

 積み上げられた搬出コンテナが朝の光を反射して、薄く白く霞んで見えた。

 その中で、ひときわ小柄な少女が一人、端末に向かって手を動かしていた。

 

「おはようございます、リンデン」

「ちゃんと来てくれてえらいです。今日の搬出は少し忙しいので、手伝ってもらえると助かります」

 

 オッター貿易株式会社所属、JOKERのマイナス。

 白の制服に作業ベスト、肩にかかる黒に近い濃紺の髪は丁寧に整えられていて、小柄な体の動き一つひとつに、きっちりとした正確さが宿っていた。

 

「マイナスお姉ちゃん、今日はよろしくお願いします」

 

 リンデンが丁寧に頭を下げる。

 その言葉に、マイナスの肩が小さくぴくりと跳ねた。

 視線は変わらないままだったが、端末を持つ手がほんのわずかに止まる。

 

「……はい。よろしくお願いします」

「搬出区画は通路が少し狭いです。私の後ろについてきてください。

 荷物や人とぶつかると危ないですし……あと、あまり離れると見えなくなってしまいますので」

 

 後半だけ少しだけ小声になる。

 それでもマイナスはすぐに表情を戻して、淡々と歩き出した。

 リンデンは小さく頷いて、その背中に従った。

 連結通路を抜けた先――そこは、想像よりもずっと広く、整然としていた。

 滑らかな床には無数のラインが走り、搬出物の載った自動台車がそのルートに沿って音もなく移動していく。

 所々に立つ案内灯が控えめに明滅しており、空調が保つ微細な風が制服の裾を揺らした。

 

「こちらが、今日の作業エリアです。主に、ドローンで仕分けた物資の確認と搬出手続きになります」

「ラベルの色で搬出先が違いますので、そこだけ注意してください。分からなければ、すぐに聞いてください」

 

 いいですね?と続けたマイナスの声は静かに、けれど手際よく響いていた。

 その手には端末。指先の動きは機械的で、そこに迷いは見えない。

 

「これは、ランヴィリズマ第三層の医療区画へ。これは第八層の再利用処理場。こっちは……第九層の研究棟ですね。ラベルが灰色のものは全部そこです」

 

 そう言って差し出されたドローンの搬出リストを、リンデンは両手で受け取った。

 目を通すと、数十点の荷物がそれぞれ違う色でマーキングされている。

 

「……はい、分かりました。頑張ります」

 

 そう応えて、リンデンはリストを見つめる。

 大きな手ではない。けれど、確かに“誰かの仕事”を任された手だった。

 

「ふふ……えらいです。不真面目な社員(8番)よりよっぽどです」

「一度に全部じゃなくていいです。少しずつ、ゆっくりで構いませんので」

 

 マイナスはそう言って、リンデンの頭を軽く撫でた。

 その動作は、どこか慣れていないようなぎこちなさを含んでいて――それでも、優しかった。

 リンデンは目を伏せて、小さく笑った。

 頑張らなきゃ、ともう一度だけ、胸の内でつぶやいた。

 

 

 作業は単純だが、決して簡単ではなかった。

 色分けされたコンテナの中には、精密機器や医療物資、分解途中の電子部品など――間違って運ばれては困るものばかりが詰まっている。

 

「これは……灰色だから、第九層の研究棟、で……」

 

 ひとつずつ確かめながら、リンデンは慎重にドローンへ指示を送る。

 小さな手が端末の画面をなぞり、確認を終えた荷物をスキャン。

 指定ルートに乗せて送り出す。簡潔で、確実な動き。だが――

 

「あ……」

 

 一瞬の迷いが、誤ったラベルへの登録を引き起こした。

 搬出ルートが、違う。ルートを走るドローンの表示が、警告色に切り替わった。

 

「……っ」

 

 リンデンの手が止まる。顔がこわばる。

 “間違えた”。その事実が、胸を締めつけた。 

 ――必要とされるためには、間違えてはいけない。

 そんな声が、心の奥底から這い出してくる。

 けれど――すぐ傍から、ひとつの手が静かに伸びた。

 無言で端末を操作するマイナス。警告を無効化し、搬出設定をリセット。

 ドローンがルートから戻され、何事もなかったように再起動を始める。

 

「……大丈夫です」

「人間は、機械ではありませんから。間違えても、すぐ直せば問題ありませんよ」

 

 その声は、機械よりもずっと柔らかかった。

 リンデンは、静かに顔を上げて、小さく頷いた。

 

「ありがとうございます。……マイナスお姉ちゃん」

 

 マイナスの肩が、またぴくりと動く。

 

「ふふ……いえ、どういたしまして」

「でも、次からは確認を二回するようにしてくださいね。お姉ちゃんとの約束です」

 

「……はい」

 

 その返事は、ほんの少しだけ明るくなっていた。

 

 

 午前の搬出作業がひと段落した頃。

 陽が少し高くなり、構内のブザーが軽やかな音を鳴らす。 

 

「じゃあ、ここまでで一旦休憩にしましょうか」

「リンデンも、よく頑張ってくれました」

 

 そう言ってマイナスが案内したのは、搬出ヤードの隅にある仮設ベンチ。

 業務用の給水スタンドと、携行食のパックが積まれているだけの質素な場所だったけれど――

 風が通り、陽も柔らかく、どこか落ち着ける空気があった。

 

「お水と、栄養剤も取っておいてくださいね」

「ちゃんと支給された分は、全部飲み切ること。約束です」

 

 そう言って差し出されたのは、

 半透明の小瓶に入った錠剤と、紙コップの水。

 リンデンは、すっと受け取り、迷いなく口に含んだ。

 喉を鳴らして飲み下す。眉ひとつ動かさず、すぐに水で流し込む。

 

「えらいですね……リンデンは、いつも」

 

 その様子を見て、マイナスがふと呟くように言った。

 そして、自分の瓶を見つめた。

 中には、同じ形の粒剤。飲み慣れているはずのもの。

 なのに、手が――ほんの一瞬だけ、止まる。

 リンデンはその仕草に気づいた。

 小さく首を傾げて、静かに声をかける。 

 

「……マイナスお姉ちゃん、大丈夫?」

 

 その一言で、マイナスの肩が再びぴくりと揺れた。

 けれど、すぐに顔を上げて、小さく、誇らしげに笑った。

 

「だ、大丈夫です。もちろん。お姉ちゃんですから」

 

 そう言って、勢いよく錠剤を口に運ぶ。

 ――が。

 

「……っ、く……っ!」

 

 苦味が喉に残ったのか、思わずむせてしまう。

 咳を抑えながら、ごくごくと水を流し込むマイナス。

 

「ほら、ゆっくり。お水、ちゃんと飲んで」

 

 すかさずリンデンが立ち上がって、背中をぽんぽんと叩く。

 その手つきは、どこか慣れたような、でもぎこちない優しさを帯びていた。

 

「……ありがと、ございます……」

 

 マイナスは少し顔を赤くしながら、紙コップの水を飲み干した。

 肩を上下させながら、それでもどこか照れくさそうに、リンデンに目を向ける。

 

「ま、まあ、苦いだけで効きますから……たぶん……」

「それに、リンデンがそばにいてくれたので……ええ、大丈夫です」

 

「うん」

 

 リンデンはにこりと笑った。

 その笑顔に、マイナスはまた小さく目を逸らし、帽子のつばを整える仕草をした。

 

 

 

 

 

 定刻を知らせる電子音が、静かに区画に響いた。

 作業用ドローンがひとつ、またひとつと停止し、積み上がったコンテナの影に音が消えていく。

 

「……ここまでですね」

 

 端末を操作しながら、マイナスが短く言った。

 リンデンも手元の作業を丁寧に終え、少しだけ息をつく。

 制服の袖に付いた埃を払って、小さな荷物を肩にかけた。

 次の場所へ向かう準備――それもまた、リンデンにとっては“誰かに必要とされに行く”行動のひとつだった。

 

「マイナスお姉ちゃん、今日はありがとうございました」

 

 そう言ってぺこりと頭を下げると、マイナスは端末を操作する手を止めずに、ほんの少しだけ視線を上げた。

 

「リンデン」

 

 呼び止められて、リンデンは振り返る。

 整然としたその顔には、ほんのわずかに迷いの色が揺れていた。

 

「今日は……ありがとうございました」

「……それから、ちゃんと食べて、ちゃんと寝てください」

 

 それは一見、マニュアル通りの挨拶。

 けれど言葉の最後だけ、どこか不器用に――“心”が滲んでいた。

 

「リンデンは、ちゃんと“必要”ですから」

「……わたしが、そう思ってます」

 

 たったそれだけ。けれど、確かな言葉だった。

 

「……うん。ありがとう、マイナスお姉ちゃん」

 

 小さく笑って、再び歩き出すリンデン。

 その後ろ姿を、マイナスは長い睫毛の奥から、しばらく静かに見送っていた。

 端末の画面に視線を戻すと、作業リストが一つ、また一つと完了印へと切り替わっていく。 

 

「……もう、ちゃんと子どもじゃないんですから」

 

 小さく呟いた声は、誰にも届かず、機械音に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通路を抜けた先、エレベーターに乗り込む。

 目的地は――第六層、騎士寮。

 ほぼすべての騎士団に所属する騎士たちが生活する場所。

 いつもの顔ぶれがいて、慣れ親しんだ空気が流れている場所。

 リンデンにとっても、ある意味“家”のような場所だった。

 扉が開けば、清掃が行き届いた寮の通路。

 壁にはちょっとした連絡メモや掲示、談話室からは誰かの笑い声が漏れている。

 生活と戦場の狭間で安息を繋ぐような、そんな空気。

 リンデンはゆっくりと歩き出す。

 この階のどこかに、“完璧なメイド”がいる。

 ブレイドライン所属、JOKER――ロンド。

 どこにいても、彼女は茶目っ気のある――それでも整った所作で、綺麗に空気を整えているはずだった。

 今も、どこかの掃除か配膳、あるいは報告書の整理でもしているかもしれない。

 だがきっと、こちらの足音に気づけば、悪戯な笑顔を浮かべて振り返るだろう。

 リンデンは小さく深呼吸をひとつした。

 そして、足音を静かに、でも確かに響かせながら――寮の中を進んでいく。

 騎士寮の通路は、いつも通りだった。

 どこかの部屋からは掃除機の音。別の部屋では、誰かがラジオを流している。

 生活と任務が混ざり合うこの場所で、リンデンは何人かの顔見知りに小さく会釈を返しながら、ゆっくりと歩いていた。

 そのときだった。背中のすぐ後ろ――空気がひとつ、変わった。

 

 

 

 ふわり、と風が動く音。

 衣擦れと、フリルの擦れる小さなリズム。

 つかの間、世界が静かになったと思った瞬間――

 

「――はいっ、油断(ギルティ)有り余る殿下確保ぉっ♥」

 

 背後からの奇襲。

 両脇を抱え上げられ、世界がぐいっと傾く。

 頬に触れるのは柔らかくて温かくて、ちょっとだけくすぐったい。

 

「ぴゃ……っ!?」

 

 ふいに重力が浮く。視界が持ち上がる。

 そして次の瞬間――

 

「今日も罪なくらい(ギルティ)可愛いですねぇ?

 これはもう、観測者冥利に尽きるというものですよぉ~♥

 はい、罪の意識高い系スーパーメイド、ロンドさんでーす!」

 

 通路に響く、やかましくも明るい声。

 白黒のメイド服、踊るように動くスカート、軽やかすぎる身のこなし。

 それはまさしく、第一騎士団《ブレイドライン》のJOKER、ロンドそのものだった。

 

「ロンドお姉ちゃんっ……!? な、なんで後ろから……」 

 

「んー?だってぇ、殿下がのそのそ歩いてたからぁ」

「これはもぉ……捕獲(ギルティ)確定♥ って判断ですねぇ?」

 

 ぴったりと頬を押し付けられたまま、リンデンはされるがままに抱きかかえられ、

 くるんと一回転されかけて、どうにか軽やかに地面に戻される。

 着地の直前まで、指先は絶妙に力を抜かれ、

 まるで羽毛のようにそっと――けれど、確かに受け止められていた。

 

「はいっ、ロンドさんのおはようの魔法でしたぁ♥ 今日も素直でよろしい~♪」

 

 言葉の端々まできらびやかで、軽やかで、まるで踊るようなテンポ。

 この寮の、いやこの世界のどこにいても、ロンドだけは変わらずこのテンションで迎えてくれるのだと――

 そう思わせるだけの強さと安心感が、そこにはあった。

 

「……今日も、よろしくお願いします。ロンドお姉ちゃん」

 

 リンデンは、小さく笑って頭を下げた。

 ロンドは、その姿を嬉しそうに眺めながら――満足げに、両手を腰に当てて、うんうんと頷いた。

 

「えらいっ♥ 素直な殿下は、ロンドさんのごほうび対象ですねぇ~♪」

 

 

 

 

 

 ロンドの案内で、ブレイドラインの騎士たちの私室を順に巡ることになった。

 第六層にある騎士寮――リンデンにとっては、馴染み深い空間だ。

 けれど今日は“訪れる側”ではない。“働く側”として、己の手で誰かの暮らしを支えるという、新しい立ち位置だった。

 

「はーい、ではまずっ!こちらがブレイドラインの希望と誇り、我らが聖剣お姉ちゃん――カノンちゃんのお部屋でーす♥」

 

 掃除カートを押していたロンドが、くるりとターンして軽やかに扉を開ける。

 中は、整然としていた。無駄のない配置、きっちり畳まれた制服、丁寧に磨かれた剣架。

 隅には、一輪の白花が活けられている。まるで部屋に「心」を置こうとした痕跡のようだった。

 

「カノンちゃん、ほんとはお部屋のことにはあんまり無頓着なんですけどねぇ……でも、気づけばこんなに清潔感あふれる空間に♥ さすが聖王、内面が滲み出ちゃってるってギルティですねぇ」

 

 ロンドが磨きをかける横で、リンデンは黙って頷き、小さな手で棚の隅や窓辺をそっと拭いていく。

 それは、“誰かのため”という想いを、ほんのわずかでも形にしたいという手つきだった。

 

 

 

 次に向かったのは――ソナタの部屋。

 

「ここは……ギルティゾーンでございます♥」

 

 扉を開けた途端、視界に飛び込んでくるのは山と積まれた書類、服、トレーニング用の器具に、未整理の何かの機材。

 机の上には、大量に放置されたエナジードリンクの空き缶が積み上げられていた。

 

「この、秩序と混沌のミックスドリンクみたいなお部屋こそ、ソナタちゃんなんですよねぇ♪

 ……えっ、これ何のコード?もしかして命に関わる?セーフ?……あ、ダメなやつ(ギルティ)?」

 

 慣れた様子で障害物を避けつつ、ロンドは埃を取り除く手を止めない。

 リンデンもまた、慎重に“何かの上”に乗った制服を拾い、丁寧に畳み直す。

 

「でもでも、こういう混沌の中にも秩序ってあるんですよぉ♪

 だからプロはね、“片付けすぎない勇気”も持ってるんですー♥」

 

 ふたりで“整えすぎない”清掃を済ませると、次は風雅の部屋へ。

 

 扉を開けた瞬間――空気が変わった。無音、無臭。そして、圧。

 壁面、床、天井近くまで、ところ狭しと立て掛けられた刀剣の数々。

 古式ゆかしい名刀から、明らかに伝説級の封印武装まで。

 一振り一振りが“語りかけてくる”ような気配を放ち、無数の刃が視線を浴びせてくる。

 

「……はい、来ました。物理的ギルティでーす……♥」

 

 ロンドがそっと呟く。

 いつもは調子よく喋る彼女も、さすがにこの空間には小声にならざるを得なかった。

 

「ちなみにロンドさん、前にここでスカートの裾ひっかけて三本まとめて倒しました……そのあと三時間正座でした……反省(ギルティ)ですねぇ……♥」

 

 床にはぴっちりと並べられた研磨済みの刀。

 その間を縫うようにして、ロンドは体を屈め、慎重にホコリを払っていく。

 リンデンも緊張した面持ちで、床に並ぶ刀に触れないよう布を使い、そっと拭き掃除を進める。

 

「風雅ちゃんって、ほんとに武器と一緒に生きてるんですよねぇ……

 この部屋があの子の心の中なんだって思うと、ロンドさんちょっと泣きそう♥」

 

 凛とした無言の空間の中で、ふたりは静かに、丁寧に、刀の間をすり抜けていった。

 

 

 

 続いて――トロイの部屋。

 

 ほのかに香る、薄桃の気配。

 窓から差し込む柔らかな光が、聖典のページを照らしていた。

 椅子の背にはシスター服が無造作に掛けられ、引き出しの取手には十字架の飾りが揺れている。

 

「ここはねぇ……うーん、精神的ギルティですねぇ……」

 

 ロンドはあえて何も深く言わず、そっと目を逸らすように床掃除に徹した。

 リンデンもまた、何かを察したように物には触れず、黙ってロンドの後を追う。

 

「……って、ダメですよそこ開けちゃ♥

 ロンドさんでも、開けないって決めてるところがあるんですからぁ……ね?」

 

 

 

 

 そして最後は――ブルーの部屋だった。

 

 扉を開けた瞬間、ロンドがその場で天を仰ぐ。

 

「殿下、おつかれさまでしたっ!本日の汚部屋ランキング、堂々の一位(ぶっちギルティ)はここでーす♥」

 

 散乱した衣服、ベッドに埋もれたぬいぐるみ、積まれたままの食器、読みかけの絵本。

 お菓子の空袋、割れたペン、くしゃくしゃになったメモ。すべてが“ブルーらしさ”であり、“放っておけなさ”だった。

 

「……でも、こういう子こそ、ギルティの向こうに真実があるんですよねぇ♪

 いっちょ、ロンドさんたちで綺麗にしちゃいましょうっ!」

 

 そう言ってロンドはカートから予備の掃除道具を手渡し、ふたりの“聖掃”が始まる――散らかった空間に、小さな秩序を灯すように。

 

 

 時間をかけて掃除を終えたふたりは、そのまま寮の洗濯室に移動していた。

 陽が少しずつ傾き始めた頃、窓際のベンチにはふわりと風に揺れる白布が並び、洗いたての衣服やタオルが整然と積まれていく。

 リンデンは黙々と、畳んだ布を重ねていく。その動作は丁寧で、少しぎこちなくて、けれどまるで壊れ物でも扱うかのようなやさしさが宿っていた。

 その隣で――音速で作業を進める影がある。

 

「んー、やっぱり可愛い弟が頑張ってるのを隣で眺めるのは役得(ギルティ)ですねぇ♥」

 

 ロンドは軽やかに、タオルをひと振りして空中で整えながら、さらさらと畳んでいく。

 手元は完璧、口元にはにやけ、そして何故か満足げなドヤ顔。

 

「殿下、ちょっと肩あがってるぅ。緊張してますねぇ?」

「可愛いお姉ちゃんメイドさんが優しくマッサージしてあげましょうか?もちろん太ももから♥」

 

 「結構です」と即座に返されて、ロンドはふふんと笑った。

 そのまましばらく、ただ衣服と布とを相手にふたりの手が動き続ける。

 

 そして、ふと――

 

「……ねえ、ロンドお姉ちゃん」

 

 畳んだ衣服を揃えながら、リンデンがぽつりと呟いた。

 

「誰かに……“必要”だって思ってもらうには、どうすればいいんでしょうか」

 

 その問いに、ロンドは「おやおや?」と首を傾げた。

 ひと呼吸おいて、ロンドは両手を止める。

 

「殿下もお悩み(ギルティ)極まってますねぇ……」

 

 ふざけた口調とは裏腹に、ロンドの目元からはいつものちゃらけた色がふっと抜け落ちていた。

 小さく肩を竦めて、洗濯物の山を横目にしながら、ロンドは言葉を続ける。

 

「ロンドさんはですね、思うんですよ。誰かに“必要”って思われたいのって、わりと人類みんなに標準搭載されてる願いだと思うんです」

「でも、必要って言葉って、たまにすっごく重たいじゃないですかぁ。責任とか、代替不可とか、義務とか……そういうのが混ざってきちゃったり」

 

 リンデンは小さく頷いた。ロンドは、ゆっくりと視線を戻す。

 

「だからねー……ロンドさんは、“好き”とか“嬉しい”とか“楽しい”とか、そういう軽い言葉が積み重なって、その先に“必要”があってくれたらいいなって思ってます」

「いきなり“必要にならなきゃ”って頑張ると、殿下みたいな子は、ぜーったい壊れちゃうから」

 

 優しく笑うロンド。その声音は、騒がしい小悪魔メイドのそれではなく、ずっと深くて静かな色をしていた。

 

「ね、殿下?今日みたいに、誰かの布団たたんだり、トイレ掃除したり、それだけでもう十分“必要”ってやつですよ?」

 

 リンデンはその言葉に、目を伏せて、少しだけ考えるように口を結んだ。

 そして、少し遅れて、小さく――「はい」と頷いた。

 その声は、ほんの少しだけ、柔らかかった。

 

 

 すべての掃除と洗濯が終わったあと。

 ロンドの部屋に案内されたリンデンは、小さな二人掛けのテーブルに向かい合うように座っていた。

 部屋の内装は、彼女らしい華やかさと実用性が混在していた。鮮やかなクッション、整然と並んだ茶葉の缶、そしてメイドらしくピカピカに磨かれたポットとカップたち――。

 今回、紅茶を淹れたのはロンドではなく、リンデンだった。

 少し緊張気味に温度と蒸らし時間を測り、慎重にティースプーンを回して、ゆっくり注いだ紅茶。

 カップの中には、ほんのりと赤味を帯びた金色の液体が、湯気とともにやさしい香りを漂わせていた。

 

「うーん……」

 

 ひと口、ロンドがその紅茶を味わい、頬をほころばせる。 

 

「殿下の一生懸命が紅茶に深い味わいを作ってますねぇ♥ これはソナタちゃんが騒ぎ出すのも納得ですよぉ♪」

 

 ロンドの言葉に、リンデンはカップを置きながら、首を傾げた。

 

「ソナタお姉ちゃん……ですか?」

 

「そうですよぉ。この前、殿下がいれてくれた紅茶を、ロンドさんソナタちゃんに渡したことがありましてー」

 

 そこで、ロンドはお得意の“ロンド劇場”を始めた。

 指先をひらひらと動かしながら、声色まで変えて朗読のように語り出す。

 

 

 

「“む、ロンド。いれ方を変えたのか?普段とは風味が違うようだが……”」

 

「“おお、流石ソナタちゃんお分かりになりましたか♥ 実はソレ、殿下がソナタちゃんにといれた物なんですよねぇ〜♪”」

 

「“何っ!!それは本当かっ!!!”(バカデカボイス」

 

「“いかん、いかんぞロンド。せっかく弟がお姉ちゃんの為にいれてくれた紅茶を半分も飲んでしまった……!”」

 

「“残りは永久保存しなくては……闇虹を探して頼み込むしかあるまい……!!”」

 

 

 

「――といった感じで荒ぶっておりましてぇ……」

 

 最後まで抑揚たっぷりに語り終えたロンドは、くふふと笑いながら紅茶をもうひと口。

 その向かいで、リンデンは複雑な顔をしていた。どこか呆れて、でもほんの少しだけ、肩の力が抜けたような。

 

「ソナタお姉ちゃん……」

 

 ぽつりと呟いたその言葉には、驚きと理解と、それからちょっぴりの照れが混ざっていた。

 カップの中の紅茶から、まだ小さく湯気が立ち昇っている。

 それをじっと見つめていたロンドが、ふと目を細めて、すんすんと鼻を鳴らした。

 

「……ふふん。これはぁ、香りといい渋みといい、どこかで覚えがあると思ったんですけどねぇ」

 

 目を細めたまま、紅茶の表面を見つめた彼女が、ぴたりとその名を口にする。

 

「――この味、トロイちゃんが好きなやつですよねぇ?」

 

 ぴく、と。

 リンデンの肩が揺れる。湯気の中、まるで隠れたかったように、紅茶のカップの影に顔を隠す。

 

「やっぱり、やっぱりぃ〜? 殿下はトロイちゃんのことがだぁいすきなんですねぇ♥」

 

 ぎゅうっと手を握りしめながら、ロンドは頬を緩ませて言う。

 

健気(ギルティ)極まれりですよぉ♥ 片想いってだけで可愛いのに、そのうえお紅茶でアプローチとか、ロンドさん感動ですよぉぉ♥」

 

 盛大なハートマーク付きのテンションに、リンデンはついに紅茶を置いて、テーブルの影に顔をうずめた。

 耳まで真っ赤に染まっているのが、もう一目で分かる。

 

「……うん……」

 

 ぽしょぽしょと、掠れた声。

 

「……大好きですから……」

 

 そのひとことを聞いた瞬間、ロンドのスイッチが入った。

 

可愛い罪(ギルティ)確定でーす!!」

 

 椅子から立ち上がってひとりでぐるぐる回りながら、ロンドは手を打ち鳴らし、歓喜を全身で表現する。

 

「はぁ〜〜〜!そーゆーとこですよぉ、殿下っ!その真面目でまっすぐでピュアっピュアなところがですねぇ、もうたまらんのですよぉ♥」

 

 興奮のあまり椅子に戻ってきたロンドが、にやりと目を細めた。

 

「トロイちゃんの次はですねぇ……手慰みでメイドに手を出しても、ロンドさん的にはオッケーなんですよぉ〜?」

 

 その瞬間――リンデンの紅潮していた顔が、すっと冷静さを取り戻した。

 

「結構です」

 

 即答だった。

 

「……ギルティ!!!」

 

 椅子からずり落ちそうになるロンドを見て、リンデンは紅茶をひと口すする。

 それは、ほんのりと渋くて、けれど優しい味だった。






とても今更ですけど、感想に評価にお気に入りに、とても励みになります。

恐らくここからひたすらボスラッシュばりの連続戦闘(10万字予想)が続くので、息継ぎの為に話の間(1.2.閑話.3.4みたいな感じ)でも閑話を差し込むべきかどうか。

  • ずっと戦闘でもいいよ、あまり気にしない
  • 息継ぎは欲しい、差し込んで欲しい
  • 叡智閑話
  • イベのトロイさんちゃんの掘り下げビビった
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